『練習』
① (スル)技能・学問などが上達するように繰り返して習うこと。「英文タイプを―する」「バッティング―」「―問題」
② とは言え、習わなくても練習とは言う。「自主―」「ナンパを繰り返すのは、人見知りを克服する為の―だ」
小鳥のさえずりに爆弾型目覚まし時計の音が混ざり始め、おれは朧な意識が徐々に覚醒へと向かっていくのを夢の中で感じていた。早朝の日差しが部屋を明るく照らす中、めっきり冷たくなった空気に体を震わせながら、おれはベッドから身を起こした。有給休暇を取った月曜日、出社しないのにいつもと同じ時間に起きたおれには、平日にしか出来ない事をする予定がこの日にはあった。
平日にしか出来ない事…東京地裁に裁判の傍聴に行く事?いや、人間の愚かさに呆れるのは、もう十分だ。テレビで昼のドラマを観る?おれのテレビはスポーツしか映らない。割引された風俗に行く?…悪くはない。しかし、違う。おれは、一人で平日の休みを過ごす方法として、Jリーグのチームの練習を観に行く事を予定していた。
おれが練習を観に行くとしたら、当然横浜Fマリノス…練習場がみなとみらいにある事を確認すると、おれは10時からの練習に間に合うように、会社に行くのと同じ時間の電車に乗り込んだ。目的地は、みなとみらい線の新高島駅から徒歩10分、マリノスタウンだった。
9時30分、かなりのテンションの高さで移動したからか、かなり早く目的地に到着してしまった。おれは電車から降りると、他に練習の見学に来た人はいないか、周囲を見回す。小中学生くらいの3人組と、女性が2人くらい。かなり寂しい駅だった。しかし、まず間違いなく彼らも練習見学だろうと踏んだおれは、初めて見る景色に戸惑いながらも、彼等の後に続いた。
マップを確認し、地下から地上に出る。マリノスタウンを左前方に確認しながら歩き始めると、前を歩いていた面々は全員、左に曲がってなんちゃらモールへと向かって行った。
「…」
一抹の寂しさと不安を感じながら、おれは一人、無人の通りを練習場に向かって歩いた。周りが更地の中に忽然と建つ練習場『マリノスタウン』、カフェとレストランとグッズショップとローソンが連なるその建物に辿り着くと、おれは心の中で不安が更に増していくのを感じていた。ギャラリーらしき人は、誰もいなかった…
「…海でも、観に行くか…」
気を取り直し、みなとみらいに来たのを良い事に、おれは大好きな海を観に行く事にした。秋も深まり海風がめちゃくちゃ寒かったのは、この際無視した。パシフィコ横浜を横目に見ながら、おれは裏から臨港パークに入っていった。平日の朝、週末はカップルのデートスポットであるこの場所も、今はカップルはおろか誰もいなかった。海辺には、寒さに身を屈めながら釣りをするおっさん達…おれは曇り空の東京湾を眺めながら、マリノスの練習が始まるまでの15分間、物思いに耽っていた。冷たい海風が、無意識に流れた涙を吹き飛ばす…零れ落ちた滴の理由は、二人でここに夜景を観に来た過去を思い出したからか、全然釣れないでいるおっさん連中の切なさからか…
「…よし、行くか…」
時計が10時を指したのを確認し、おれは自身の掛け声を合図に、腰を上げた。デートスポットみなとみらいに一人で来てしまった事に少しの後悔を持ちながら、おれはマリノスタウンへと戻った。
朝食をまだ摂っていなかったおれは、客が一人もいないカフェに入った。客はいない…が、窓際のカウンター席からマリノスの練習が観え、さらに全メニュうーが期間限定で100円引きという、なかなかのカフェだった。ホットドックとコーヒーをオーダーし席に着くと、おれはガラス越しにちんたらと練習をするマリノスの面々を、何気なしに眺めた。
練習は、かなりユルかった。だが、それもそのはず、マリノスは前日に公式戦を戦っていた。つまり、レギュラー組みは軽い練習のみ、そして試合に出場していなかった面々には、90分の練習試合が組まれていた。この日の相手は東京ヴェルディ。練習試合とは言え無料で観れる事にお得感を感じながら、おれはホットドックを相手にしながら練習試合を黙々と待った。
おれの目当ては、小学生の頃から好きだった水沼貴史…は引退しているので、その息子の水沼宏太。いつの間にか買っていた、在庫数トップだった20番のタオルマフラーを首に巻き、おれは宏太のプレーに集中した。一方のヴェルディ、当然サブの面々が来ていたので、平本と船越の2トップ以外は、誰も分からなかった。
注目の宏太が得点し、前日の公式戦に途中出場していた影響から早々に引っ込んだ後半、おれはカフェからフィールド横のスタンドに場所を移した。1時間以上居座ったカフェに居辛かったのもある。だが一番の理由は、カフェから眺めていたスタンドに、一人で来ている女性の姿がちらほら観えたからだった。寒さに身を震わせながらも、おれは一人でいる若い女性の一人に目をつけ、隣に座る…
「…よく、ここには来るのか…?」
などと声をかける事など出来ず、おれは隣に座る女性とデートでここにいると夢想しながら、フィールドを見守った。無意識に、危うく手を繋ぎそうになったのは、言うまでもない。
また、冷たい滴が頬を伝っているのに、おれは気づく。この涙は、デートでみなとみらいと練習見学に来れなかった寂しさからか、はたまた山瀬功治が全然元気なのに公式戦に出させてもらえない事を知ったからか…いや、隣に座る女性が、徐々におれとの間のスペースを広げている事に気付いたからなのは、これまた言うまでもない。
【続く】
Reo.
① (スル)技能・学問などが上達するように繰り返して習うこと。「英文タイプを―する」「バッティング―」「―問題」
② とは言え、習わなくても練習とは言う。「自主―」「ナンパを繰り返すのは、人見知りを克服する為の―だ」
小鳥のさえずりに爆弾型目覚まし時計の音が混ざり始め、おれは朧な意識が徐々に覚醒へと向かっていくのを夢の中で感じていた。早朝の日差しが部屋を明るく照らす中、めっきり冷たくなった空気に体を震わせながら、おれはベッドから身を起こした。有給休暇を取った月曜日、出社しないのにいつもと同じ時間に起きたおれには、平日にしか出来ない事をする予定がこの日にはあった。
平日にしか出来ない事…東京地裁に裁判の傍聴に行く事?いや、人間の愚かさに呆れるのは、もう十分だ。テレビで昼のドラマを観る?おれのテレビはスポーツしか映らない。割引された風俗に行く?…悪くはない。しかし、違う。おれは、一人で平日の休みを過ごす方法として、Jリーグのチームの練習を観に行く事を予定していた。
おれが練習を観に行くとしたら、当然横浜Fマリノス…練習場がみなとみらいにある事を確認すると、おれは10時からの練習に間に合うように、会社に行くのと同じ時間の電車に乗り込んだ。目的地は、みなとみらい線の新高島駅から徒歩10分、マリノスタウンだった。
9時30分、かなりのテンションの高さで移動したからか、かなり早く目的地に到着してしまった。おれは電車から降りると、他に練習の見学に来た人はいないか、周囲を見回す。小中学生くらいの3人組と、女性が2人くらい。かなり寂しい駅だった。しかし、まず間違いなく彼らも練習見学だろうと踏んだおれは、初めて見る景色に戸惑いながらも、彼等の後に続いた。
マップを確認し、地下から地上に出る。マリノスタウンを左前方に確認しながら歩き始めると、前を歩いていた面々は全員、左に曲がってなんちゃらモールへと向かって行った。
「…」
一抹の寂しさと不安を感じながら、おれは一人、無人の通りを練習場に向かって歩いた。周りが更地の中に忽然と建つ練習場『マリノスタウン』、カフェとレストランとグッズショップとローソンが連なるその建物に辿り着くと、おれは心の中で不安が更に増していくのを感じていた。ギャラリーらしき人は、誰もいなかった…
「…海でも、観に行くか…」
気を取り直し、みなとみらいに来たのを良い事に、おれは大好きな海を観に行く事にした。秋も深まり海風がめちゃくちゃ寒かったのは、この際無視した。パシフィコ横浜を横目に見ながら、おれは裏から臨港パークに入っていった。平日の朝、週末はカップルのデートスポットであるこの場所も、今はカップルはおろか誰もいなかった。海辺には、寒さに身を屈めながら釣りをするおっさん達…おれは曇り空の東京湾を眺めながら、マリノスの練習が始まるまでの15分間、物思いに耽っていた。冷たい海風が、無意識に流れた涙を吹き飛ばす…零れ落ちた滴の理由は、二人でここに夜景を観に来た過去を思い出したからか、全然釣れないでいるおっさん連中の切なさからか…
「…よし、行くか…」
時計が10時を指したのを確認し、おれは自身の掛け声を合図に、腰を上げた。デートスポットみなとみらいに一人で来てしまった事に少しの後悔を持ちながら、おれはマリノスタウンへと戻った。
朝食をまだ摂っていなかったおれは、客が一人もいないカフェに入った。客はいない…が、窓際のカウンター席からマリノスの練習が観え、さらに全メニュうーが期間限定で100円引きという、なかなかのカフェだった。ホットドックとコーヒーをオーダーし席に着くと、おれはガラス越しにちんたらと練習をするマリノスの面々を、何気なしに眺めた。
練習は、かなりユルかった。だが、それもそのはず、マリノスは前日に公式戦を戦っていた。つまり、レギュラー組みは軽い練習のみ、そして試合に出場していなかった面々には、90分の練習試合が組まれていた。この日の相手は東京ヴェルディ。練習試合とは言え無料で観れる事にお得感を感じながら、おれはホットドックを相手にしながら練習試合を黙々と待った。
おれの目当ては、小学生の頃から好きだった水沼貴史…は引退しているので、その息子の水沼宏太。いつの間にか買っていた、在庫数トップだった20番のタオルマフラーを首に巻き、おれは宏太のプレーに集中した。一方のヴェルディ、当然サブの面々が来ていたので、平本と船越の2トップ以外は、誰も分からなかった。
注目の宏太が得点し、前日の公式戦に途中出場していた影響から早々に引っ込んだ後半、おれはカフェからフィールド横のスタンドに場所を移した。1時間以上居座ったカフェに居辛かったのもある。だが一番の理由は、カフェから眺めていたスタンドに、一人で来ている女性の姿がちらほら観えたからだった。寒さに身を震わせながらも、おれは一人でいる若い女性の一人に目をつけ、隣に座る…
「…よく、ここには来るのか…?」
などと声をかける事など出来ず、おれは隣に座る女性とデートでここにいると夢想しながら、フィールドを見守った。無意識に、危うく手を繋ぎそうになったのは、言うまでもない。
また、冷たい滴が頬を伝っているのに、おれは気づく。この涙は、デートでみなとみらいと練習見学に来れなかった寂しさからか、はたまた山瀬功治が全然元気なのに公式戦に出させてもらえない事を知ったからか…いや、隣に座る女性が、徐々におれとの間のスペースを広げている事に気付いたからなのは、これまた言うまでもない。
【続く】
Reo.