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何が嫌かと言ったら、疲れてやっと就寝したのに、夜中にふと覚醒してしまうことである。 それは大抵夜明けには程遠い。 明日は大事な予定や、旅に出る、などがあるから、しっかり睡眠をとっておきたいのに、と再び寝入ろうとすると、ますます目が冴えてしまう。
そんな話を同僚たちと話していると、皆あるある、その体験。 「家族の中で夫も子供たちもすでにすっかり寝入っているのに、私だけ夜中にひとり取り残されて、仲間はずれな気分がしないでもないわよ。」とある同僚は言った。
昔バリー・マニロウがSomewhere In the Nightという歌を作り、ヒットさせたが、そのメロディが脳裏を駆け巡る。 でも「夜のどこかで」ぱっちりと目をあけてしまうことは、ちっともロマンティックではないのだ。
すると、ある55歳の同僚が話し始めた。
「僕は11歳になるまで、母、父、兄二人、祖母と一緒に、築70年の壊れそうな木造の家に住んでいたんだ。 ところがある運命の夜、火事で家もなにもかもを焼失してしまってね。 僕たちは皆、命からがら逃げ出せたが、所有していたものすべてを失ってしまって。 ありがたいことに、愛情と思いやりのあるコミュニティが助けてくれて、すぐに父は小ぶりの家を手に入れることができたんだ。 でも、祖母だけは、数マイル離れた所に小さな 二つ寝室のついたトレイラー・ホームを購入してね。 それまで毎日祖母と暮らしてきて、その時から毎日会えなくなって僕はかなり寂しい思いをしたんだ。 でも、祖母の新しい家を訪れては、彼女が作ってくれたおいしい食事を楽しみ、さらに、そこには僕が今まで見たことのないケーブル・テレビという贅沢があったんだよね。
祖母のトレイラーハウスで初めて一泊したときのことをよく覚えているよ。 僕は祖母が寝てからもずっとテレビを観ていたのさ。 そしてとうとう夜も更けたから、テレビの電源を切ったとき、しーんとした家の中で、奇妙な感覚になったんだ。 両親や祖母さえも先に寝てしまうほど夜更かししたのは、僕には、これが初めてだと気がついたんだ。 すると突然、世界は暗く、怖く、孤独な場所に思えちゃってね。 僕は起こさないように静かに祖母の部屋に行き、かすかに寝息をたてているのを静かに見ていたんだ。 自分は安全だと思ったのさ。
あれから44年経った今でも、夜中に目が覚めると、時々あの時のような感覚がするんだよ。 僕は自分の家族の中で今や最年長の世代であることにまだ慣れていないかのように。 両親や祖母が恋しいほど懐かしくなるんだ。 そしてふと、この世界はいまだ冷たく、暗く、孤独で、恐ろしい場所なのかもしれないとさえ思っちゃうのさ。」
実際、私たちは何歳になっても、その心の一部はまだ子供で、どこかまだ親の愛を必要としているような気がする。 心の一部は、祖父母や両親に抱きしめられ、慰められる必要がまだあるような気がする。 セピア色になった古い家族写真を見る時、そこに写っている幼い自分は、今と比べるとなんと自由だったのだろう、としばし思うこともある。 その時は、電気不足だの、ガソリンの高騰だの、そんな世間の喧騒など憂うことなく、明日の宿題をすれば、逆上がりが格好良くできれば、世の中は暮れて明けていたのだった。 夜、突然暗闇のなかで目が覚めて、ああでもないこうでもないと下降するような気持ちにもならなかった。
そんな中途半端に覚醒した夜、不安な気持ちを優しく背中を撫で、時には抱きしめてくれる父母、祖父母はとっくのとうに、亡い。 隣の夫をたたき起こすのも無慈悲だから、寝かせておく。 その代わり、私は天父に心のなかで小さな祈りを捧げる。 それは何かを求めるのではなく、平安と愛と光が心にあることを確かめるためである。 そしてそれはいつもあるのだ。 それは温めたミルクよりもずっと効果がある。