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ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

子供という隣人のために

2021-12-06 | クリスマス

SHUTTERSTOCK / TONY WEAVER/ANL/REX

 

 

 

 

夫のハーマンと私がついに店に施錠し、帰宅することにしたのは、午後11時だった。 クリスマス・イブ。 ほぼすべてのおもちゃを販売したことになる。 ある1つのパッケージを除いては、すべての取り置き注文品も客に引き取られていった。 そのパッケージに手付金を支払った人は全く現れなかった。

クリスマスの早朝、12歳の息子、トム、夫ハーマンと私はクリスマス・ツリーの下にあるプレゼントを開けた。 しかし、このクリスマスには何もドキドキするような騒ぎは、もうなかった。息子トムは成長したし、そして私はそんな息子の過去数年間の幼さの残っていた活気をもう見ることはないのだった。

朝食が終わるとすぐに、息子は友人を訪ねるために出かけ、夫は「もう一眠りするか」とつぶやきながら、寝室に姿を消した。

だからクリスマス・ツリーの周りで、私は一人物足りなさを感じていたのだった。 午前9時近く、みぞれに雪が混じって外の明るさが遮断されたようになった。 「今日のような日に外出する必要がなくてよかったわ」と思いさえした。

すると、あることが始まった。 これまで経験したことのないこと。 奇妙で永続的な衝動。 それは 「お店に行って」と言っているようだった。 「まさか。クレイジーだわ」と私は自分に言った。「クリスマスの日に店を開く人は誰もいないわ。」 一時間ほど、私はその奇妙な気持ちと戦った。 

とうとう、私はもはやそれを我慢できなかったので、着替えることにした。 ウールのコートを着て、帽子を頭に被り、次に雨靴、スカーフ、手袋を着用した。 外に出ると、風が体をを吹き抜けるようだったし、みぞれが私の頬を刺すかのようだった。 ばかげた感じがふとした。 このひどい寒さの中で出かける必要はなかったのに。

すぐ目の前にうちの店があった。 「でも、一体なんなのかしら?」と私は疑問に思った。 店の前には二人の少年が立っていた—二人は互いに身を寄せ合い、しかもその身なりは、この天候には貧しく、半ば凍っているようだった。 一人はだいたい9歳ほどで、もう一人は6歳くらいだった。

「ここのお店のおばさんが来るよ!」と、年嵩の少年が小さく叫んだ。 「ほら、おばさんはきっとやってくるよ、と言ったでしょ?」とその少年は幼い少年に言った。 その幼い少年の頬は涙で濡れていたが、私を見ると目を大きく見開き、すすり泣きが止まった。

「ここであなたたち二人は何をしているの?」私は彼らを店に急いで入れながらつい叱った。

「僕たちはあなたを待っていたんです」と年上の少年は答えた。 「僕の弟のジミーはクリスマスを迎えてもなにもプレゼントはなかったんです。 僕がスケートを弟のために買いたいんです。 それが弟が望んでいたことなんです。」

私は彼の手にある3ドルと二人の期待のこもった顔を見た。 それから私は店を見回した。 「ごめんなさい」と私は言った。「でもスケート靴はありません…。」それから私の目はその唯一のパッケージの置いてある取り置き棚を見やった。 あれはもしかしたら? 私は歩いていってそのパッケージを開けてみた。 奇跡の奇跡、一足のスケート靴がそこにあったのだ!

ジミーは手を伸ばした。 「主よ」私は黙って心のうちで呟いた。「この一足のスケート靴がこの少年に会う大きさでありますように」。 するとさらに奇跡が加えられたのだった。 それはその少年のサイズだった。 年上の少年が弟のスケート靴のひもを結ぶのを終えて、スケートが完全に合うのを見たとき、立ち上がって、私に紙幣を提示した。

「いいえ、私はあなたのお金を取るつもりはありませんよ」と私は彼に言った。 「私はあなたの弟さんにこれらのスケート靴を持っていってもらい、あなたのそのお金であなたの手のための自分用の手袋をお買いなさい。」 ジミーの目にあったのは、祝福のようでキラキラ輝いていた。 それは純粋な喜びであり、とても美しかった。

二人を店から帰す時、兄の方を向いて私は尋ねた。「どうしてあなたたちは私が来ることを知っていたの?」

少年はその安定した視線を私に向けて、そっと答えた。 「僕はあなたが来ることを知っていました。僕はイエスにあなたをここへ送ってくれるように頼みましたから。」

背筋を走ったのは寒さによるものではなかった。私は神がこれを計画したことを知っていた。さよならと手を振ったとき、来た時よりも、もっと明るいクリスマスであることに心が温まって、私は帰宅した。

 

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この話を分かち合ってくださったエリザベス・イングリッシュさん、どうもありがとう。

 

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最も素晴らしい時

2021-12-04 | クリスマス

Waiting For The Word | CC BY 2.0

最も重要な贈り物

 

 

 

ある母親は2人の子供と一緒にクリスマスの買い物をしていた。おもちゃの陳列棚を次々と何時間も歩き、子供たちは、たくさんの棚で見る物を次から次へと欲しいと口々に言うのを何時間も聞いた後、彼女はついに2人の子供たちの手を引っ張って店のエレベーターに向かった。

この母親は私たちの多くが一年のホリデーシーズンに感じることを感じていた。自分のクリスマス買い物リストに載っているすべての人に完璧な贈り物を贈り、すべてのパーティーに行き、すべての新築祝い、すべてのクリスマスの食事やおやつを味わうということに圧倒的なプレッシャーを感じていた。リストに載っている人々を忘れないようにすることと、カードを送ってくれたすべての人に確実にカードを送って対応するというプレッシャー。

ついにエレベータのドアが開き、その中は、多くの人で混んでいた。それでも彼女は自分自身をまずそこへ押し込み、2人の子供とすべての荷物を一緒に引きずり込んだ。ドアが閉まると、彼女はついに混んだエレベイターに、それまで感じていたクリスマスの支度でのプレッシャーをさらに感じたあまり、「このクリスマス全体を始めた人は誰でも、見つけて、縛って、撃たなければならないわ」と思わず呟いた。

するとエレベーターの後ろから、静かで落ち着いた声が、「心配しないで、私たちはすでに彼を十字架につけました」と答えた。

残りの乗客はとても静かになって、もしピンが落ちたら、その微かな音さえ聞こえたことだった。

 

今年、このクリスマス全体を始めた御方の考え、行動、お受けになった試練、言葉を忘れまい。もし私たち全員がそうするなら、この世界がどれほど良くなるかを考えてみたい。そして、本当のクリスマスの意味を知ること、だろうか。それは最高のプレゼントをむらなく購入して経済の心配を被ることや、完璧なクリスマスの御馳走やスィーツをくたくたになるまで作り続けることでもないのは、本当は皆知っている。

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クリスマスはこの世界に魔法の杖を振ります、そしてご覧なさい、すべてがより優しく、そしてより美しいでしょう。

-ノーマン・ヴィンセント・ピール

Norman Vincent Peale:1898年5月31日– 1993年12月24日は、特にベストセラーの本The Power of Positive Thinking=積極思考の力を通じて、その概念を広めることに尽力したことで最もよく知られているアメリカの牧師兼作家

 

私はおおいにピール氏に同感するので、この歌を持って12月を例年のごとく始める。

 

 

It's the most wonderful time of the year
With the kids jingle belling
And everyone telling you be of good cheer
It's the most wonderful time of the year
It's the hap-happiest season of all
With those holiday greetings and gay happy meetings
When friends come to call
It's the hap-happiest season of all
There'll be parties for hosting
Marshmallows for toasting
And caroling out in the snow
There'll be scary ghost stories
And tales of the glories of
Christmases long, long ago
It's the most wonderful time of the year
There'll be much mistltoeing
And hearts will be glowing
When loved ones are near
It's the most wonderful time of the year
There'll be parties for hosting
Marshmallows for toasting
And caroling out in the snow
There'll be scary ghost stories
And tales of the glories of
Christmases long, long ago
It's the most wonderful time of the year
There'll be much mistltoeing
And hearts will be glowing
When loved ones are near
It's the most wonderful time
Yes the most wonderful time
Oh the most wonderful time
Of the year
 
Source: LyricFind
Songwriters: Eddie Pola / George Wyle
It's the Most Wonderful Time of the Year lyrics © Demi Music Corp. D/B/A Lichelle Music Company

今は一年で最も素晴らしい時
子供たちとジングルベルをしたり
みんな喜びにあふれるよう
一年で最も素晴らしい時
すべての中で最も幸せな季節
ホリデイの挨拶を出会う人々に明るい幸せな気持ちを
友が呼びかける
すべての中で最も幸せな季節
パーティへのお誘い
マシュマロを焼いたり
雪の中でキャロリング
恐ろしい幽霊の話があったり
ずっとずっと昔のクリスマスの
栄光の物語
一年で最も素晴らしい時
たくさんの寄生木(ミッソルトゥ=これが下がっている戸口の下ではキスができる)
心が温かく輝き
愛する人がそばにいて
一年で最も素晴らしい時
パーティへのお誘い
マシュマロを焼いたり
雪の中でキャロリング
恐ろしい幽霊の話があったり
ずっとずっと昔のクリスマスの
栄光の物語
一年で最も素晴らしい時
たくさんの寄生木(ミッソルトゥ=これが下がっている戸口の下ではキスができる)
心が温かく輝き
愛する人がそばにいて
一年で最も素晴らしい時
それは最も素晴らしい時
そう、最も素晴らしい時
ああ、一年の最も素晴らしい時

出典:LyricFind
ソングライター:Eddie Pola / George Wyle
最も素晴らしい時
歌詞©DemiMusic Corp. D / B / A Lichelle Music Company

 

 

 


エンジェルの木

2021-12-02 | クリスマス

specialpals.org

「天使の木」

 

 

 

クリスマスの季節は、街を行く人々や、商店にいる客たちも、忙しげではあってもこのシーズン特有のちょっとした幸福感に笑みを浮かべたり、店先で見かける救世軍のケトル(赤い鍋)へ、気軽にポケットの小銭を入れる。そんな中、家族や友人や親しかった人を亡くした悲しみに沈んでいる人もいる。友人の一人も、そうだった。彼女の小さな経験をここでお話ししたい。

 

*******

 

「ハッピーホリデー!」私が自動ドアから店内に入ると、陽気なウォルマートのグリーター(入り口で客に挨拶する係の人)が大声で叫んだ。エルフの帽子が彼の頭にちょこんと陽気に乗っている。店はクリスマス・シーズンに向けての飾り付けである。通路には赤いガーランド(ひも状の花や飾り)が張り巡らされ、きらめく光に包まれたプラスチックのサンタが飾られ、入り口の真正面には大きくて背の高いモミの木があり、その枝には色とりどりのクリスマスの装飾品が飾られていた。

クリスマスがどんどん近づいてきて、周りの買い物客はみんな楽しげで元気そうだった。私もそうなりたいと思っていたが、私のギフトリストは例年よりも1つ名前が消えていた。父が亡くなり、その損失がわたしの考えの全てだった。

医師が69歳の父に白血病と診断した後、父は病床に伏すことを拒否した。彼が最後の息を吸うまで、父は私たちを元気に保とうとして笑顔を続けていた。自分がもっと良い場所に行くことを知っていると父は言ったが、私たちと一緒にここより良い場所があるとは私たちは想像することができなかった。

「プレストンは私が知っている中で最も幸せな人です」と父の友人はよく言っていたが、その言葉は正しかった。父の笑顔がなかった時など思い出せなかった。あの笑顔は父の寛大で、与える精神から来ていたのだった。たとえ父が自分の何かをいくつも犠牲にしてきたとしても、父は他人を助けることに純粋な喜びを得ていたのだった。父は神を深く信じ、人々を最も信じていた。

そんなことを思いながら、ショッピングカートをグリーターのそばを押しながら、リストを見下ろすだけが、自身の平静さを保つのに精一杯の私だった。私はいつも父へのプレゼントを買うのが大好きだった。父は私が彼のために選んだシャツや靴をとてもありがたがったのだった。そんな父の姿を見ることは2度とない。

私はクリスマスツリーの前で立ち止まった。飾りの間の枝から白いタグがぶら下がっていた。「天使の木」(老人施設や孤児院などからの入居者の希望を書いたタグを吊す木)の一つだと思った。買い物客はタグを選んで、入居者への贈り物を買うことができる。私は近寄った。

目の前の看板が目に入った。 「お年寄りのためにサンタになりましょう。」 私はそのプログラムについて聞いたことがなかった。自分が何をしようとしているのかを知る前に、私は手を差し伸べてタグをつかんでいた。

 

要望するギフト:シャツ、サイズXL ;パンツ、ウエスト42 ;靴または靴下、サイズ12 –12半

シニアの名前:プレストン

 

私はカートをくるりと回して、紳士服売り場に向かった。父と同じ名前(!!)で同じサイズ(!!)のお年寄りへのプレゼントを見つけなきゃ!

イエス・キリストの至福の教えの中で最も美しいものの1つは、次のとおり。「悲しむ者は幸いである。彼らは喜びの精神を受けるからである。」父を亡くした悲しみに沈んでいたこの娘の私は、この出来事でその真実を発見した–すべてウォルマートでのある日の午後に!

 

 

 

 

 


世界に光を

2020-12-25 | クリスマス

Nativity by Greg Olsen

ヨハネによる福音書第8章12節 

イエスは、また人々ひとびとかたってこうわれた、「わたしはひかりである。わたしにしたがってものは、やみのうちをあるくことがなく、いのちひかりをもつであろう。」

 

 

まずはヴィデオの話していることの翻訳をお読みください。

25年近くの間、私はさまよいました。1968年に良い家族に生まれましたが、私たちは神を信じていませんでした。実際、私は年をとるにつれて、神が本物であると思っている人々をからかうようになりました。私は他の誰かの空想上の神を必要としませんでした。私は神がそこにいないと確信していました。

14歳から22歳まで、私は完全に自分のために生きました。高校時代は人気があり、一生懸命パーティーをしました。2つの州のバスケットボール選手権にも勝ちました。 18歳までに、私は大学バスケットボールをするための全額奨学金(返済不要)を得ました。成功への途中にいるような気がしました。

しかし、4年後、すべてが崩壊しました。私はいくつかの悪い選択をしました。そして徐々に私は自分が今までに得たすべてを失いました。22歳の時ある木曜日に、人生を終わらせようと決心した日を決して忘れません。

その日、私は学校の食堂に座って、どうやってその計画を遂行し、最後の週末を地球上でどのように過ごすのかを考えました。近くのテーブルでは、2人の女の子が断食と祈りについて話しているのを耳にしました。私は自分の考えを中断し、断食とは何かを二人に尋ねました。そのうちの一人は、神の助けを求めたいときにしたことだと私に言いました。

それはとてもばかげているように見えましたが、私は耳を傾け、興味をそそられました。その夜、一人でひざまずいて、人生で初めて祈りました。私は断食するつもりでもあり、24時間食べ物と水なしで行い、神ご自身を私に見せてほしいと神に言いました。

私は断食しました。すると、8年ぶりに、私は麻薬とアルコールなしの1日を過ごしたのです。しかし、翌日までには何も起こりませんでした。その時点で私はもう人生を終わらせたくありませんでしたが、神は私に決して話しかけてはくれませんでした。そして、私はすべてを忘れました。私は彼が存在しないことを知っていました。私は自分の人生を続けました。

すると、奇妙なことに、1か月後、古い友人が電話をかけてきて、5年間会っていなかった友人なのに私を招待しました。それで私たちはある日会うと、突然彼が言いました、「トッド、なんと君に言っていいのかわからないけれど、僕は君を招待することさえ恐れたんだよ。

けれども、昨日、僕が君に電話をかけるようにと神が願っているような強い印象を受けたんだ。そして、神は今日、君を神ご自身の側に必要としていることを君に言うようにとの、感銘を僕は受けたんだ。」私は言葉を失いました。神は実在するのでしょうか?神は私の祈りに答えたのでしょうか?彼は私に誰かを使いとして送ったのでしょうか?

友達の助けを借りて、次の1年半の間、私はすべての問題を克服するためにライオンのように戦いました。浮き沈みがあり、途中で成功したり失敗したりしました。しかし、少しずつ、私は自分の人生の中で小さいながらも明白なことが起こるのを見始めました。

長い間悩んでいた質問への答えが明らかになり始めました。ゆっくりと物事が変化し始めました。ついに私は教会に行くことにしました。ある日、教会にいた誰かが私を教会主催のピクニックに招待してくれました。

少しぎこちなく感じましたが、行くことにしました。それは私が今まで行った中で最も真面目なパーティーであることがわかりました:誰もが若者たちへの麻薬、アルコール、愚かなゲームなどはしやしなかったのです。私たちは昼食をとりました、そして誰かがホットドッグを食するので、食べ物の祝福と感謝の祈りを捧げたいと言うのでした。変な感じだと思ったのですが、私は頭を下げて目を閉じました。

そして、私の人生は変わりました。最初の断食と祈りから2年後、自分のクローゼットの中で神に懇願するように祈ってから700日後、私は今までに服用したどの薬よりも20倍は強い何かを感じました。まるで誰かが私を抱きしめているようで、私に「おかえりなさい」と言っているようで、新しく知り合った人々は善良であり、私は彼らと一緒にいる必要があり、神はそこにいて、神は私を名前で知っていて、彼は私を愛しているとわかったのです。

私はいつも、神が私に彼自身を現すならば、稲妻または大きな衝撃的な火の塊で目前に降りてくるだろうと思っていました。しかし、あのピクニックの日に、自分が間違っていることを知りました。私たちが暗闇に囲まれているように感じることは、人間としての私たちの状態の一部であることに気づきました。

しかし、私たちが道に迷ったと感じても、神は私たちが進む道を、どんなに時間がかかっても照らすと約束されています。 2年間、神はこの疑わしい魂を育てられました。少しずつ、彼は私が私に伝えたいことを完全に聞くのに十分謙虚になる日まで、私が扱える限りのことを私に与えてくれました。

私自身の経験から、暗闇の中で誰かがスイッチを入れるのを待っているだけの人には、霊的な光が届くことはめったにないことも学びました。キリストの光に目を開かせるには、信仰の行為が必要です。 20年経った今でも、私はすべてを知りません。しかし、私は今、自分が誰であるかを知っています。私は神が誰であるかを知っています。そして、私は神の光が本物であることを知っています。

 

神の光の希望

 

どちら様も安寧なクリスマスをお過ごしくださいませ。

 

 


家族の幸福を願う

2020-12-24 | クリスマス

 

 

 

一月ほど前新聞の人生相談欄で、こんな質問を読んだ:

「私はCovid-19(Corona Virus 2019=コロナ・ヴァイラス(ウイルス)2019)がパンデミックとなって以来、長いロックダウンをしているうちに、うつ病が悪化しつつあるのを感じています。。。もともと私の家族は、感情についてや精神的なことについてオープンに話し合うなどということは一切なく、もちろん愛しているなどと両親も誰も言いません。。。」

回答者は、すぐにセラピストを探して、そのケアにかかることを奨励し、同じように悩む人もいるので、助けとなる組織を探して連絡をとるようにと答えていた。そしていくつかの組織の名前や電話番号を連ねていた。

それを読んで長女と末娘と話す機会があり、ふとそのことを話した。「あなたたちは、もちろん子供達に、ちゃんと愛していることを伝えているわよね?それは子供達に限らず、夫達にも同様に告げているでしょう?」そう、余計なお節介である。すると娘達は、笑いながら言った。「お母さん!当たり前でしょう?それを言わずに育児はできないわ。言おうと思わなくとも自然に口をつくわ。」そう、それならよかった。

もし生きることが戦だとしたら、家族は最後まで守りたい砦である。戦友が生涯の仲間であるように、結婚において伴侶は、最も愛する信頼の置ける戦友である。英語のGoodwillは、好意、親切、親善という美しい意味がある。家族にそのグッドウイルを愛情と共に示すことは、忘れがちな、とても重要なことだと私は思う。子供が即座に受けた好意や親切にありがとうと自然に返すのを見たら、聞いたら、その親は、その晩きっと夢見がいいことだろう。

それと同時に、子供が落ち込んでいたり、悲しかったりした時には、「ちょっと話してみようか」と声をかけ、その子供と二人で散歩に出たり、アイスクリームをおごるわよ、と連れ出してみるだけでも、気持ちを落ち着かせられるかもしれない。無理に話させることはないが、「お母さんは(お父さんは)いつでも聞くからね。そしていつでもあなたの味方だから、それを忘れないで。」とだけは言っておきたい。

クリスマスは、キリスト教徒だけのものではなく、万人が家族や子供や愛する人を思う季節である。無宗教者でさえ、クリスマスの持つ独特の雰囲気を好む。そしてそれをいい機会に、どなたかご近所でひとりぼっちでいらっしゃる隣人がいるかどうか思い巡らせて、暖かいココアなどにお誘いしたりしたい。この広い世界で、一人でも心配している人がいると知るだけで、人は心が温まるものだ。

アメリカにはGoodwillグッドウイルという慈善団体のトリフトショップがある。そこのコマーシャルなのだが、この若い女性は、父親を亡くし、同時に断捨離をする。そうしたもう不要な物を入れた箱をGoodwill店へ寄付するために持ってくる。そして箱を開けた途端、亡き父親との思い出が溢れ出す。最後の最後に、「世界中で最高のダッド(父親)」と書かれたマグが棚に置かれる。世界で一番大切にしたいのは、物ではなく、すでに彼女の心にしっかりある。