歴タビ日記~風に吹かれて~

歴タビ、歴史をめぐる旅。旅先で知った、気になる歴史のエピソードを備忘録も兼ね、まとめています。

瀬波温泉にて

2023-12-20 17:52:34 | 新潟県
録画してあった、NHK・BS「英雄たちの選択」、
「どうする家康」最終回の余韻も覚めやらぬ時なので号泣・・・

というのは、昨年春に山形を旅したときのこと。
山形の鶴岡は庄内藩、大森南朋さん演じた酒井忠次の孫を藩祖とする。
その鶴岡で戊辰戦争の跡をたどり、深く感動したからだ。

縁もゆかりもないくせに、20代で会津藩に惹かれ、
以来、ずっと戊辰戦争の奥羽越列藩同盟に、
勝手な思い入れを抱いている。

で、番組の余波をかって、
あの旅の感動をまとめようとしているのだが、
なかなか難しい。


悪戦苦闘しているうちに、
もうひとつ、大事なことを思い出した。

旅から戻り、手に取った
広岩近広、岩井忠正・忠熊『特攻と日本軍兵士ー
大学生から「特殊兵器」搭乗員になった兄弟の証言と伝言 』(毎日新聞社)。

時代は、戊辰戦争から一気にアジア太平洋戦争へ飛ぶわけだが・・・

(80年余。今の世から太平洋戦争敗戦までと、ほぼ同じ年数なのだ)

以前、梨木香歩さんがエッセイで書かれていた
岩井兄弟についてアップした(→「本と歴史と散歩と」)が、
その、ご兄弟の別の本である。



重なるが、お二人について、もう一度簡単に触れておく。

「特攻」に興味をもつ者には、
「岩井兄弟」としてよく知られている、お二人だ。

兄・忠正氏は慶應義塾大学、弟・忠熊氏は京都大学、
それぞれ在学中に学徒出陣、海軍特攻隊員となる。

戦後は、それぞれに証言と、
若い世代に伝言するためにと、
「特攻」つまりは戦争について語る活動をなさっていた。

忠正氏は今年の春、忠熊氏はこの秋に、それぞれ亡くなられている。
享年103歳と101歳でいらした。



そのお二人が、出征が決まってから旅に出た。

去年、わたしが旅した、新潟県村上市の瀬波温泉だ。
村上市は新潟でも最北、山形県の鶴岡(旧庄内藩)と隣り合っている。

わたしは村上城に登城したくて、
米沢や鶴岡から足を延ばし、村上市内のここに宿をとった。
静かな海辺の温泉だったが、ここを岩井兄弟が80余年前に
お二人で旅されていたとは!


ご兄弟は学徒出陣が決まると、姉上から
「出征前に先祖の墓参りをし、温泉にでもいっていらっしゃい」と
お小遣いをもらったという。
姉上の心づくしだろう。

姉上の夫君は現役の陸軍中佐。
このとき既に、忠正氏は義兄から戦況の見通しを聞かされていた。

京都からやってきた弟・忠熊氏と新潟県新発田で落ち合い、
米沢で墓参りを済ませると、二人は瀬波温泉に向かう。

その汽車の中で、忠正氏は、そっと心の内を弟に明かす。

「戦争に行くのだから生きて帰れないだろうな」
「そうだろうな」と弟。
息を潜めて二人は語り合う。

車内に乗客はチラホラながら、「天皇」と口にすることはできず、
代わりにドイツ語の「カイザー(皇帝)」を使ったという。

「おれはカイザーのために、死ぬつもりはない」
「おれも、そう思っている」

兄と弟は、天皇制軍国主義国家について語り合い、
基本的に同じ考えだと理解し合ったそうだ。



「天皇」に結びつけた「戦史」について語ることはタブーであったため
「面従腹背」でいくことを決めていた忠正氏が、
1度だけ心中を明かしたのが、この汽車の中だったという。


このあと、二人は海軍に入り、横須賀第二海兵団で新兵教育を受ける。
そして、忠正氏は人間魚雷「回天」に、
忠熊氏は爆弾ボート「震洋」、人間機雷「伏龍」の特殊兵器の
乗員に志願することになった。
当時の軍隊では、志願せざるをえない雰囲気があたりまえだったからだ。


「カイザーのために死ぬつもりはない」と
心の内を確認し合った、ご兄弟・お二人。

その後のご活動を思うと、瀬波温泉へ向かう汽車の旅は
大事な人生の通過点ではなかったかと思うのである。



********************

80年前に岩井兄弟が、私と同じ温泉地を歩いていらした・・・
こういうささやかなことが、たまらなく嬉しいのです。

おつきあいいただき、どうもありがとうございました。

📷 本日の画像は瀬波温泉、
お世話になった「椿のやど 吉田や」です。
海岸まで歩いて数分、家庭的な気持ちの良い宿でした。

明治40(1907)年創業という旅館(↑)、
もしやお二人も・・・と夢想しています。

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2 コメント

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Unknown (あたこ)
2023-12-22 08:52:27
おはようございます。
こちらの部屋はー
あまりにも重い内容が多く、それをまとめられるぴあ野さんの筆力に圧倒されて、ただただ読ませていただくしかありません。この記事に触発された想いは溢れるほどありますけど。
が、今回の特攻隊に関連した新聞記事を読んだので、多分ご存知だと思いますが、ちょっとだけ書かせていただきますね。
特攻兵にはヒロポン(覚醒剤)入りの、菊の紋章のあるチョコレートが配られたということ。その製造に携わった人が証言しているそうです。また、特攻兵にヒロポンを注射していたとも。
特攻兵が自ら志願した、という美談に終わらせてはならないと、記事にはそう書いてありました。
あまりにもおぞましい、人間の醜さに震えました。
これからもコメントは書きませんが読ませていただきますね。
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Unknown (ぴあ野)
2023-12-22 10:25:14
2023-12-22 10:20:21
あたこさん、嬉しいお言葉をありがとうございます。
こちらはわたしの備忘録というか、気持ちの整理のために綴っている、実に個人的なブログです。
本当はノートにでもまとめて置くだけで良いのでしょうが、
なんせ整理がよいもので、ノートだと散逸してしまいそうで、
こちらにまとめている次第です。
なので、読んでいただけるだけでありがたいので、
コメントなんてお気になさらないで下さい。

そして、貴重な情報も、どうもありがとうございます。
知らなかったことなので、さっそく新聞記事を調べ、本も図書館に予約しました。
年内に借りられると良いのですが・・・

特攻が始まったのは、ヒロポンの注射が始まる半年ほど前なので、
ヒロポンの力を借りることもあった・・・ということなのでしょう。
わたしの力不足で、うまくお伝えできなかったのですが、
志願せざるをえない「当時の雰囲気」というのは確かにあったようです。
でも、それもヒロポンと同じですよね、結果としては。
「自ら志願した、美談」ではありませんもの。
自己犠牲の美しい物語ではないことを、しっかり考え定期たいと思います。

本当をいうと・・・
なんで、こんな辛いことばかりを考えているのかなぁと、しょっちゅう思います。
具合も悪くなるし。
でも、やっぱり考えるのを止めたらいけないと思うらしく、気付けば戻っています。
わたしの中で大病したことが大きく影響しているのだと思います。
なんだか変な使命感に駆られてしまって・・・お恥ずかしいです。
長々失礼いたしました。
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