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ちぎれ雲

熊野取材中民俗写真家/田舎医者 栂嶺レイのフォトエッセイや医療への思いなど

毘沙門堂例祭

2007-06-25 | 知床
紀伊山地の霊場か京都か奈良か!?という光景が、まーさーかー知床で拝めるとは! 僧侶の皆様と立松先生。この写真には写ってないけど知床に霊場を作ってしまった知床の佐野氏がすごいです。

 ところで、昨日は知床の毘沙門堂ならびに観音堂、太子堂の例大祭でした。
 自然自然自然ばかり連呼される知床に、こつ然と出現するお寺というかお堂というか、それ自体でもすでに面白いのに、もっとむちゃくちゃなのが、ここにはもう宗派一切関係なく、現在の日本を代表する京都や奈良の仏教界のトップが集結することです。金閣寺銀閣寺のご住職から、法隆寺のご管長から、永観堂のご管長から、京都や奈良のあのお寺、このお寺から・・・。
 今回の例祭のことを一言で表せ、と言われたら、ひたすら「現代的」「現代ならではの宗教がここに!」としか言い様がないです。
 本当に現代的。或る意味、「無宗教」と同じ状況です。
 知床のこのお堂は、京都や奈良に比べたら全然歴史はないです。でもその一方、歴史のしがらみもなく、背負わされた諸々もなく、まさに現代の「理想の」宗教のあるべき姿を背負って、なぜかこの知床の地にある。
 パーティーで隣り合った尼様に、京都や奈良でもふだんこんなふうに皆さんお集りになるんですかと尋ねたところ、4/8の花祭り(お釈迦様の御誕生日)に一番盛大に宗派かまわず皆さんで集まって法要を行うそうですが、やっぱり何だかお互いかしこまっていて、こんなふうにざっくばらんに語り合うことはないそうで。だから、皆さんこれが楽しみで、知床まで来るんだと言っていたのが印象的でした。ここ知床は、遠い地であるからこそまた、宗派や歴史のしがらみから完全に解放されて、どんな宗派の偉いお坊さん同士であろうと"友達"に戻れる場所なのでした。
 知床は田舎で、古い寺社も何もないかもしれないけれど、だからこそ新しい宗教の形を現すことができるのかもしれません。

 それにしても、この数日雨で寒かった知床は、お坊さん面々が到着した法要当日、みごとにピーカンに晴れ、その後それぞれ飛行機の時間だ何だと去り、私自身も当直の時間になったのでおいとました所、病院でふっと外を見たら土砂降りになってる?????(@@;;
 さっきまであんなに晴れてたのに。
 いつも取材をしている時、こんなふうに「神様に助けられてる」と思うことがあるのですが、今回はお坊さんが集まってる間だけ神様でもついてたんかという感じででした。

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