(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十章 息抜き 五

2011-03-19 20:48:38 | 新転地はお化け屋敷
「あのー、栞さん」
「ん?」
「いやその、どうってわけじゃないんですけど、なんでこの状況でするのが成美さんの話なのかなーって」
 言いつつ、「この状況」という言葉が何を指しているのかを明確にするため、少しだけ髪を弄ぶようにしてみます。せっかく綺麗なのを自分から乱したくはないので、程々にですけど。
 すると栞さん、ふふっと息を漏らしました。
「うん、意識して避けてたところはあるんだけどね」
「なんでまた」
「撫でられてる時、成美ちゃんは黙ってたなって」
 とのことなので思い出してみるのですが、確かに成美さん、気持ちよさそうな笑い声以外では黙っていました。
 しかしそれが確かだったからと言って、じゃあなんで栞さんがそれに倣って撫でられている自分の髪に触れた話をしないのかと言われれば、それは依然として不明なのでした。という話をしている今ですら、僕の手は栞さんの髪を撫で続けているのですが。
「成美ちゃんの猫耳が触ると気持ちいいっていうのは、みんな初めから知ってたでしょ? 触られる成美ちゃん自身も含めて」
「そうなんでしょうね」
 さすがに自分からそう言い出すようなことはないにしても、触った人から「気持ちいい」と言われた経験はかなりあるでしょうしね。
 栞さんはそこで「まあ私は猫耳じゃない普通の髪でも気持ちいいと思ってるけどね」と付けたしましたが、結論から言ってそれは本筋に関係していない話でした。しかも、言われなくても重々承知ですしね。たまにそれ目当て抱き付いたりしてますし。
 本筋に関係していないならそれはそれとしておいて、ならば本筋に関係ある話ですが、
「私もそれと一緒。こうくんが私の髪を好きでいてくれてるっていうのを知ってるから、じゃあこうくんが私の髪を触ってどう思ってるかとか、逆に私が触られてどう思ってるかとか、そういうのはわざわざ言わなくてもいいんじゃないかなって」
 なるほど、理屈はとてもよく分かります。言葉にしなくても伝わるっていうのは、実際にはだからどうしたって話ではあるんですけど、いい気分になっちゃいますよね。
 しかし理屈はよく分かるのですが、
「そんなふうに言われると、わざわざ言ってみたくなっちゃいますけどね」
「それって、意地悪で?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」
 不意を突けるかな、と思ってしまうわけです。喜んでもらえるんじゃないかな、と。
「なんにせよ、言いたいんなら言ってくれていいよ? それだって嬉しいだろうしね、私」
「……やっぱり、止めときます」
「意地悪で?」
「多分そうです」
 それでも栞さんは、嬉しそうにしているのでした。

「じゃあ栞さん、また後で」
「うん。お勉強、頑張ってらっしゃい」
 普段より長かった昼休憩ののちに到着した大学にて、次の教室は狭いので、早速ですが栞さんとは一旦お別れです。たった九十分のことではあるんですけどね。
 それにしても栞さん、自主的に来ているとはいえ、あなたがやることだってお勉強には違いないんですよ?

 ――というわけで、その「頑張ってらっしゃい」と激励を受けた講義なのですが。
「…………」
 黙り込んで教科書に目を通している僕は、果たして頑張っているでしょうか?
 否、頑張っておりません。頑張ってと言われた以上、頑張りたいのはやまやまなのですが、この後の買い物が気になり過ぎるのです。
 大吾と成美さんも一緒に買い物に行く、というだけならさして珍しいことでもなく、ならばこんなに気にするのはおかしな話なのでしょう。ならばどうして今回はこんなにもこんな感じなのかと言いますと、アレです。清さんが発した「ダブルデート」という言葉です。
 やることは結局普段の買い物とそう変わらないんでしょうけど、それでもやっぱり、響きが楽しそうじゃないですか。ダブルデート、つまりはデートがダブルだなんて言っちゃってるんですから。普通のデートだって楽しいのにそんな、ねえ?
「で次の、四十四ページだけど――」
 言われて手元を見てみれば、自分が開いているのは四十二、四十三ページ。しかも見ていたのは四十二ページのほうということで、妙なことを考えている間に授業のほうは二ページも進んでいたのでした。
 幸か不幸かその現実に浮かれた気分は冷めやられ、授業に復帰することができました。とはいえ、全く聞いていなかった二ページ分は自主的な勉強でどうにかせざるを得ないんですけどね。

「お買い物が楽しみで、授業に集中できなかったよ」
 合流した栞さんは、苦笑しながらそんなことを言ってきました。
 笑ってしまいそうになりました。――というか、少し笑ってしまいました。
「あ、あれ? 笑われちゃうとまでは思ってなかったんだけど……」
「いや、僕も全く同じだったんです。それがなんとなく、面白くて」
 単純ですよねえ、お互いに。
 その単純さが僕だけなら本当にただの笑い話なのに、栞さんの話になると頭に「綺麗な」という一言を付け加えたくなるのは、何なんでしょうね。
「こうくんは駄目だよ、お金払ってここに来てるのに」
 怒られてしまいました。
「なんて、もちろん冗談だよ」
 冗談だったようです。
「駄目なんて言ったら、お金払わずに混ざってる私のほうがよっぽど駄目なんだしね」
「僕みたいにお金を払って栞さんみたいに真面目に講義受けてたら、それが完璧なんでしょうけどねえ」
「一人で完璧っていうのは難しいものだと思うよ? 何事においても」
 …………。
 それっぽいというか、ちょっと考えさせられる言葉ではありました。
「なんて、偉そうに言ってみちゃったりね」
 やっぱり冗談だったようです。
「繰り返しになっちゃうけど――楽しみだね、お買い物」
「そうですねえ」

 そんなことを言ったり言わなかったりしている間に、いつもの短い帰宅時間は過ぎてしまいます。気分としてはこのまま直接202号室に声を掛けに行きたいところですが、まあ一旦部屋に戻って一息つくぐらいはしようということで、204号室へ。
「うーん、さすがにこういう時ぐらいは自分の部屋に戻るべきかな。特にすることがないにしても」
「することがないなら別にいいんじゃないですか?」
 当たり前のようにここへ来た栞さんは、しかしそれを当たり前でなく思ったようでした。しかし今言った通り、理由もないのに戻らなきゃならないってのも変な話ではあるんでしょうし。
「そうなんだろうけど、丸一日以上自分の部屋を空けっぱなしっていうのはなあ」
 口元に手を当て、眉をひそめる栞さん。丸一日以上、というのは詳しく言えば栞さんがこの部屋に二日連続で泊まっているということなのですが、着替えなり洗面用具なりを取りに帰った僅かな時間を除けば、確かに丸一日以上です。というか、あと数時間もすれば丸二日になります。
 照れ笑いが浮かんだりもしてしまいますが、栞さんに全くそんな様子がないことが、これまた照れ臭かったりしないでもありませんでした。
「……あ、そうだ。あったあった、自分の部屋でやること」
「なんですか?」
「お掃除」
 なるほど。庭掃除を毎日の仕事としている栞さんなら、真っ先に出てくるものがそれっていうのも当然なのかもしれませんね。僕だったら……ううむ、せめて何日に一回とか、そういう予定を立てるくらいはしたほうがいいんだろうか。気の向いた時にやるってことじゃあ、下手したらずっとほったらかしってことも在り得るしなあ。
「あ」
「え? どうかした?」
 ……栞さんと一緒に暮らしはじめたら、僕が決めるまでもなくなるんだろうなあ。
「あ、いえいえ。こっちの話です」
「そう? じゃあ、あっちの掃除が終わったらまた来るね」
「はい」
 自分が今どんな顔をしているかは敢えて考えないでおきまして、さあ今から暫く休憩時間です。掃除という目的を見付けた栞さんとは違って本当に何もすることがないので、ごろんと横になるだけなんでしょうけどね。
 ばたん。
 と、栞さんが部屋を出た音がしてから気付きました。自分の部屋の掃除は仕事じゃないんだから、言えば手伝わせてもらえたんじゃなかろうかと。――いや、しつこ過ぎますかね、さすがに。
 ……あ、そうだ。栞さんを手伝うなどという頭が緩んだ話の前に、講義で聞き逃した二ページ分の自主勉強が……。

「やっと来たか。ふふ、お前達が帰って来た時からずっと、いつ来るだろうかと落ち付かなかったぞ」
 結局、休憩のつもりだった時間は全て自主勉強で潰れてしまいましたが、まあそれはともかく。202号室の呼び鈴を鳴らした僕達を出迎えたのは、今行こうすぐ行こうと言わんばかりに嬉しそうな成美さんでした。
「オレは落ち着いてたぞー」
 成美さんの背後、居間のほうからはそんな声も。わざわざそれを言ってくるっていうのはどうなんだろうね、大吾。
 すると成美さんは、一度その居間を振り返ってから、意地悪そうな顔でかつ小声で、こう言ってきました。
「待ってる間、大吾の膝の落ち付かなさったらなかったんだぞ?」
 膝の落ち付かなさ。ああ、つまりは貧乏ゆすりってことですね?
「可愛いね、大吾くん」
「ふふん」
 女性方はそんな短い遣り取りをしつつお互いにニコニコしていたのですが、僕は「成美さんが座ってたら落ち着いてたんでしょうけどね、膝」なんてことを考えてしまっていたのでした。多分、不純なんだろうなと思います。
 少し待つと、その大吾が出てきました。
「なんで人の顔見るなりニヤニヤし出すんだよオマエ等」
「よくあることでしょ?」
「自分でも今言おうと思ったけどな、それ」
 自覚があるのはいいことですし、ならば間違ってもそれを気の毒だなんて思いませんとも。思ってたらニヤニヤしてられませんし、ニヤニヤしてるのにそんなこと思ってたら、それはつまりただ馬鹿にしてるだけですしね。
 ともかく、出発でございます。

「わざわざんなもん持ってこなきゃなんねえほどデカい買い物、しねえと思うけどなあ」
 乗りもしないのにわざわざ持ってきた自転車を見て、大吾はそう言いました。だからって乗っちゃいけないってわけじゃないんですけどね? 別に。
「少なくとも食べ物は買うから、それだけだったとしても手に持つよりは楽なんだしさ」
「……ま、いいんだけどよ」
 あっちから言ってきた割にはなんとも薄い反応ですが、そんな大吾がふいと振り返った先では、栞さんと成美さんがじゃれ合っています。自分も成美さんの猫耳を撫でたかったな、と言っていた栞さんが、それを実行している最中というわけです。
 ……猫耳を撫でるどころか抱き付いてますけどね、どう見ても。
「ああもう、やっぱり気持ちいーい」
「ははは、こら、くすぐったいし歩き難いぞ喜坂」
 言うまでもありませんが、間に入りたくなるほど幸せそうな空間がそこにはありました。
 しかし実際に間に入るわけにはいかないので、ならばこちらの話を進めましょう。
「なんで今の話からあっちを向いたのかな?」
「ん? 別にどうってわけでもねえけど?」
 何かよからぬことを言いたそうにしているけど気付かないふりをしておく、というような素っ気なさの大吾。自分で言うのもなんですが、まさか今の僕の言い方で気付かなかったってことはないでしょうしね。
 自転車を使えば少なくとも手に持つよりは楽、と僕が言ったところで、成美さんと栞さんのほうを向いた大吾。さてそれは特に意味もなく、なんとなしでそうしただけなのでしょうか?
「自転車があれば、成美さんが持つよりそっちが優先されるんじゃないかなーとか」
「…………」
「そしたら、『仕事だから』って荷物を引き受けようとする成美さんが楽になるんじゃないかなーとか」
「……エスパーかオマエ」
「大吾が分かりやす過ぎるだけだよ」
 あちらの女子二名ほどではありませんが、男共は男共なりにじゃれ合うのでした。
「成美に言うなよ、そんなこと」
「言われなくとも」

「で、何処から見て回る?」
 到着したいつものデパートの自動ドアをくぐり、外とは違う空調設備が利いた空気を感じ始めた途端、成美さんが落ち付かない様子でみんなに尋ねました。元から買い物を楽しみにしていたところ、更にさっきの栞さんのちょっと過剰かもしれないスキンシップもあってか、テンションが随分と上がっているようでした。
「一階で行くとこなんてペットショップくれえだろうし、そっちだってこないだ猫じゃらし買ったばっかだしな。とにかく上の階でいいんじゃねえか?」
「うむむ、そう言われると猫じゃらしを見に行きたい気もするが……ああでも、そもそも猫じゃらしはこっちのペットショップではなかったか。だったらそうだな、私も大吾に賛成だ」
 ここのペットショップに置いてないかどうかまでは存じませんが、過去に二回猫じゃらしのおもちゃを買ったのは、ここからもう少し歩いた場所にある別のペットショップなのです。
 だからといってすっぱり諦められる成美さんには気持ちのいいものを感じつつ、それはそれとして、これからどこへ行くかという話ですが、
「僕は一階で食べ物を買う予定ですけど、それは帰る前でいいですしね」
 つまり、賛成ということで。そして残るは栞さん。
「じゃあ私もそういうことで」
 とのことでした。ならば話は決まりです。

「あのよ、孝一」
「ん?」
 二階に限らず、その上の階も含めて四人でうろうろしていたところ、大吾から声を掛けられました。何やらえらくそわそわしているような気がしますが、何かあったんでしょうか?
「ちょっと……オマエと二人だけで、行きてえとこがあんだけど」
「僕と?」
 僕を呼ぶ、というのならまだ分かります。しかし、僕だけを呼ぶというのはどういうことなのでしょうか? それはつまり栞さん成美さんと別行動をしようということで、じゃあ、ダブルデートでもなんでもなくなっちゃうんじゃあ?――いや、ダブルデートについては清さんがそう言ったってだけですけど。
「別にいいけど」
 それは「悪くはない」というだけのことなのですが、返事を聞いた大吾はほっとした様子で「そうか」と呟くように言うのでした。
「ええと、ちょっとオレ、孝一と二人で行ってくるわ」
「そうか? 待ち合わせはどうする?」
「ええと、この辺で。そんなに掛からねえと思うし、時間も適当で」
「そうか。喜坂もそれでいいか?」
「うん」
 呼ばれた僕ですらちょっと困惑が冷めやらないほど急な話だったのですが、その割には成美さんも栞さんも、さらりと納得してみせるのでした。まあ、話がこじれるよりはいいんでしょうけど。
 さて、どこに連れて行かれることやら。

「ここ、なんだけどよ」
 と大吾に言われる十秒弱ほど前には、自分がどこへ連れていかれているかには気付いていました。その店は隅っこの方にあったので、変な回り道をしているのでもなければ、その店ぐらいしか候補がなかったのです。
 で、何の店かという話ですが。
「人を呼んだ理由は何となく分かるけど……」
 そこいらから「きらきら」という擬音が聞こえてくるこの店は、貴金属店なのでした。
「僕じゃ役に立てないんじゃないかなあ」
 大吾が、貴金属店。失礼かもしれませんが自分のための買い物とは思えず、ならば十中八九、成美さんへのプレゼントなのでしょう。で、選ぶ手伝いをしてくれと。そしてもちろん、僕にそんな選定眼などありゃしません。
「だからっつって喜坂呼んだんじゃあ、買い物できる奴がいなくなるだろ。オマエと喜坂両方呼んだら、成美が一人になっちまうし」
 なるほど、それはまあそうだね。
「成美さんに来てもらうっていうのは?」
「……そうしなかった時点で察してもらいてえんだけど」
 一応のつもりで訊いてみただけなのですが、しかし大吾は相当困ってしまったようで、そっぽを向きかつ頭を掻き始めます。
「分かった、そういうことなら。自信はないけどね、こういうこと」
「悪いな」
 大吾のその返事に「悪くないよ」という言葉を思い付いたところ、そこから連想して栞さんの顔が浮かんでしまいました。まあ、僕がよく注意されるアレとはまた違うんでしょうけどね、今のは。
 さて、ではさっそく入店ですが、僕も大吾も普段全く縁がない場所ということで、まずは店内をぐるっと一通り回ってみることに。何を買うかという問題以前に、どんなものが置いてあるかすらしっかりと把握できていないわけなのです。
「値段、ピンキリなんだねえ。やっぱり」
「まあそりゃそうだろ」
 当たり前だと言わんばかりの大吾の返事。そりゃあよく考えるまでもないようなことなんでしょうけど、デパートの一角にある一店舗でしかないこういう所だとあまり高級感がないというか、そんな先入観を持っていたのでした。いや、ちゃんとした店ならもっと高いものが置いてあるとか、そういうこともあるんでしょうけど。
 ちなみにピンのほうはもちろん、キリのほうですら、今の僕には厳しい値段だったりします。買うのは僕じゃない、という点はさておき。
「それで大吾、ご予算のほうはいかほどで?」
「手持ちは十五万」
「……そんなに持ち歩いてるの?」
「普段からってわけじゃねえよ」
 ということは大吾、出掛ける前からこの買い物を予定していたってことか。なるほど、出掛ける直前に成美さんが言ってた貧乏ゆすりの件も、だったら分かる気がする。
「まあ、クレジットカードとか使えねえんだし、高い買い物するってなるとどうしてもな」
「ああ、そっか」
 だったら僕が一時的に立て替えてあげる――とは、目の前にずらずら並んだ値札にこれまたずらずら並んでいるゼロの列を見ると、とても言えませんでした。くう、格好悪い。
「高いのはともかく、全く手が出ねえってわけじゃなさそうだな」
「十五万もあれば、そりゃあね」
 さて、そんな金銭面の話をしている間に、店内一周の旅は終わりを迎えました。あまり広いとそれこそ何を買うか決めるのが大変だったでしょうが、そこはデパートの一角。そんなこともないようで、一安心なのでした。
 ああちなみに、お店の人からすれば僕は「ぶつぶつと独り言を発しながら店内をうろつく変な客」なのでしょうが、高価な買い物をする直前となればそれもそこまで不自然ではないのではなかろうか、と自分を納得させて、気にしないことにしておきます。
「で、まずは指輪とかイヤリングとかネックレスとか、そういう大まかなとこから決めてったほうがいいんじゃないかと思うんだけど」
「あ、そうだな。そのほうが楽か」
 貴金属選びとはまた別の話なのでしょうが、ともかく参考にしてもらえる意見が言えたようで、ほっと一息。呼ばれた意味がまるでなかった、という事態だけは回避できました。
「丸投げするわけじゃねえけど――というかオレとしての意見はもうあんだけど、オマエはどう思う? どういうのが成美に似合うかって」
 こういうところで意地を張ってくる性格ではないので、意見がもうあるというのは、嘘でないと見て間違いないでしょう。だったらこちらとしても答えやすいというものです。
「ネックレス、かなあ」
「おお」
 驚いたのか喜んだのか曖昧な、しかしどちらにせよ悪くはない印象ではあるのでしょう。あまり悩むようなこともなくネックレスと答えた僕に、大吾はそんな声を上げました。
「成美さんってあんまり飾りっ気がないというか――正直、何も付けないほうがいいんじゃないかと思うくらいなんだけど」
 これからそういったものをプレゼントしようとしている大吾にとっては、嫌な意見かもしれません。しかしそう思ってはみたものの、当の大吾は小さく頷いていました。
「それでもどれが一番かって言われたら、それかなあって。こう、左右対称というか、あんまり主張しないというか」
 崩れる、と言うのはおかしいかもしれませんが、指とか腕とか、ともかく身体の左右どちらか一方にだけ付けるものというのは、成美さんのイメージにそぐわないような気がしたのです。だからといってイヤリングを両耳に付けたりとかだと、それはそれで派手過ぎるというか。
「全くと言っていいほどオレと同じ意見だな。ぶっちゃけ、驚いた」
 聞き終えた大吾は、そんなふうに言って満足そうにしていました。
 僕も多少は驚きましたが、しかし大吾も僕も「何が成美さんに似合うだろうか」ということを考え始めてから即座に答えを出したわけで、となれば長々と考える場合よりもイメージ優先ということになるんでしょうし、だったら答えが同じでもそう不思議ではないのかもしれません。
「何も付けないほうがいいってところまで同じなの?」
「まあ、そうだな」
 気になったので一応訊いてはみましたが、大吾は迷いなく頷きました。しかしだからと言って、「なのにプレゼントしようと思ったの?」とまでは尋ねません。
 しかし直接尋ねられなくても、僕がそんなふうに思ったことは伝わったのでしょう。大吾は自分から、その辺りのことについて話し始めました。
「結婚指輪――みてえなもんかな、気分としては。だからって別に指輪じゃなくてもいいんだけど、なにかしらは贈っときたくて」
「うん」
 ここに連れて来られた時点で何となくそんなふうには思っていたので、そんなふうに短く返しておきました。
「もちろん成美はそんなこと知らねえだろうし、どっかで知ってたとしても、気にしてはねえんだろうけどな。そもそもこういうとこで売ってるもんに興味があるかどうかすら分かんねえし、だからもしかしたら、あんまり喜ばれなかったりするかもしれねえけど――」
「いやあ、それはないと思うけどね」
「……そっか。ありがとうな」
 僕がそう思うのは大吾と成美さんの仲があるからなんだし、だったら大吾がそこで僕にそれを言うのは、違うような気もするけどね。
「僕が選ぶのを手伝ったのは内緒ってことでお願いね」
 それについては大吾、少しだけ考える時間を置いてから、「ああ」とだけ返事をしてきました。そうしてもらわないとこっちが困りますしね、やっぱり。
「あと今更かもしれねえけど、こっから先はオレ一人で選ぶわ」
「ごゆっくり」
 というわけで、あとはネックレスに狙いを絞ってあれかこれかと悩む大吾を、後ろから眺め続けるだけになりました。
 もちろん暇ではありましたが、一方で意外と悪くない時間でもありました。

 無事にネックレスを購入し、あとは待ち合わせ場所に向かうだけ。その場で渡すか帰ってから渡すかはプレゼントする者の自由ですが、それはともかく今現在、大吾は歩き方がどこかぎこちないのでした。
 で、その待ち合わせ場所に到着したのですが。
「あれ、アイツ等まだなのか」
「みたいだね」
 意外にも、時間を取らされた側である成美さんと栞さんのほうが帰りが遅いのでした。
「もしかしたら、あっちはあっちでなにか買い物してるのかも」
「かもな。いや、ほっとしたっつうか、逆に疲れが押し寄せて来たっつうか」
 言い終えると、大吾はすぐ傍にあったベンチにどかっと座りこみました。本当にお疲れのようで、こうべが垂れてしまっています。
「バッグとか持ってねえからなあ。手に直接持ったままっていう……」
 直接とは言っても箱に納められはしているのですが、成美さんから「それは何だ?」とでも訊かれたら逃げ場のない状況ではあります。逃げてどうするんだって話でもありますが、大吾の気持ちはまあ、分かります。


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