(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 三十五 (完)

2015-03-04 20:40:50 | 新転地はお化け屋敷
 開き直ったのか、それとも開き直るまでもないことなのかは分かりませんが、するとお父さん、「というわけで」と何を気にするでもなく栞の方を向き直ります。
 話の中身に入る前から「何がどういうわけなんだ」と思わされずにはいられないわけですが、それはともかく。
「私と母さんみたいな中年ですらこんな感じなんですよ、栞さん。まだお若いのにしっかりと芯になるようなものをお持ちなのは素晴らしいことですし、それに――」
 とまで言ったところで、それまで栞の方へ向けていた視線をついと僕の方へ。そしてその視線をにやつかせたりもしながら、「もちろん自分だけでなく、相手にそれを見出せるというのもそうなんですけど」と。
 そこはもうそういう顔じゃなくてもいいでしょうが。今までそういう内容の話を散々真面目な顔して語ってたくせに。――と言いたいところではありましたが、話はまだ続くようで。
「でも、その『芯になるもの』以外のところでは、ちょっとくらいやんちゃしちゃってもいいんじゃないですかね。それこそ母さんも言ってた通り、年取ってから後悔するよりはそのほうがいいでしょう」
「……そうですね。そもそも私の場合、その年を取るってこと自体が特別なことなんですし。それを理由に後悔なんて、絶対したくないです」
 静かに、けれど力強くそう表明する栞。
 それに対してお父さんはというと、にわかに苦笑いを浮かべ始めるのでした。
 分かるよお父さん。そこまで考慮してたわけじゃなかったんでしょ? もちろんお父さんからすればすぐに発想を結び付けられるほど馴染みのある話ではないだろうし、だったらそれに不満を持つなんてことは、馴染みのある立場だからこそ全くないわけだけど――。
「ありがとうお父さん」
「え? 何が?」
「栞がまた一つ魅力的になったからね、今ので」
「ああ、いやあ、ははは……」
 からかい半分、本気半分。これくらいが丁度いいんでしょうね、この立場にある人間のスタンスとしては。
「み、魅力的だなんて孝さんこんな所でそんな」
「…………」
 そうでした、そういうのを抑え込もうと頑張ってたところなんでしたっけ。――いやでも栞、今のはからかい半分だからね? さすがに僕でも本気全部でこんなこと言わないからね? 二人だけならまだしも親の前、どころか公衆の面前でこんな。
「さて。ここまで良い格好しようとしてそれっぽいことばっかり言ってきたお父さんが、息子夫婦にやり込められて情けないことになったところで」
「そこまで言うか母さん」
 そんなつもりがなかったであろう栞はともかく、意識してそうした部分もある僕については、やり込めたと言えばやり込めた形になるわけですが……でも最後には自爆した感じになっちゃったしなあ。
 とまあそれはともかく、するとお母さんはお父さんを無視して僕達の方を――僕達の更に向こう側を、その視線で指し示すのでした。
「そろそろお時間ってことかしらね?」
 その視線、そしてその言葉に背後を振り返ってみたところ。
「済まん日向、話を遮って悪いのだが」
 そこには成美さんをはじめ、今日式を上げた他二組の夫婦が集まっていたのでした。
「お時間なのだ、お母上の仰る通りに。しかも随分急いている」
「え、そうなんですか? すいません、もうそんなに経ってましたっけ」
 このメンツが揃って「お時間」ということになればそれは、尋ねるまでもなく次の予定である披露宴の準備についての話なのでしょう。そして状況的に考えて、どうやら僕達が皆さんをお待たせしてしまったということらしいのですが――。
「あー、いや大丈夫だぞ孝一。焦ってんのコイツだけだから」
 らしい、ということで、どうやらそんな予想は外れてしまったようでした。成美さんの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫で付けながら、大吾は呆れ顔を浮かべています。
「ええと、成美ちゃんだけって、なんで? 披露宴の準備の話だよね? これって」
 と、今度は栞から大吾へそんな質問が。当たり前ですが披露宴の準備というのは三組六名の夫婦に共通する話でありまして、ならばその中で成美さんだけが特別に、というのはそりゃあ、栞だけでなく僕も引っ掛かるところではあるのでした。
 横では家守さんと高次さんがくすくす笑っていますが、そちらに構うことなく大吾が説明してくれたところによると、
「そろそろ耳出しに行っとかねえとってずっと言ってたのに、結局今でもまだコレですからねコイツ。準備に掛かる時間が他より長いんですよ」
 当然と言えば当然なのかもしれませんが、披露宴には大人の身体で出るということなのでしょう。今でもまだ小さいままな成美さんの頭を更にグリグリと撫で付けながら、大吾は力無く笑ってみせるのでした。
「ああ、全部やり直さなきゃだもんねえ」
 というのは、本当に全部です。なんせ下着から替えなきゃならないんですし――と、毎度恒例だというのにわざわざ言及することもないとは思いますけど。
 ちなみに他意はありません。何を他意として想定しているかまでは、これもやはり言及しませんけど。
「まあまあそう言ってあげないでよだいちゃん。押し寄せるみんなからだいちゃんを守るために、こっちの身体で膝抱っこされたりもしてたんだし」
「それはまあ、本人もそう言ってましたけど……」
「押し寄せる皆の側にいた奴がそれを言うのか家守!」
「キシシ、おかげでみんなにアツアツな新婚さんアピールできたでしょ?」
「うむ! とてつもなく祝われたな!」
 うむって……ううむ、どうやら成美さんも随分とはしゃいでらっしゃるようで。それ自体はもちろん良いことなのですが、隣でどんどんお疲れ顔になっていく大吾はどうしてあげたらいいのでしょうか?
「こらこら楓、急いでるって言ってるんだからここでそんな話を始めなくても」
「おっと、それもそうだった」
 慣れた口振りで止めに入られれば、大人しくそれに従ってみせる家守さん。ならばそうさせた高次さんは、呆れの溜息なのかそれとも単に笑っただけなのか、ふっと嘆息してみせるのでした。
 そして、
「すみません、奥様旦那様。息子さん夫婦、少しの間お預かりさせて頂きます」
 と今度はうちの両親に、うやうやしく頭を下げながら。ややごっついと評判なその体格でそういう所作が似合っちゃうんですから、格好良いと言わざるを得ないところでしょう。
「どうぞどうぞ、いくらでも。おほほ」
 他所様向けなのか素敵な若い男性向けなのかは知りませんが、急に上品な笑い方を持ち出してくるお母さんなのでした。……まあしかし、男の立場から格好良いと、言わなかったにはせよそう思った直後です。ならばこれくらいは、「そうなっても仕方がない」ということにしておきましょう。お父さんは呆れているようでしたけどね。
 といったところでそろそろ僕と栞も席を立ち始めるわけですが、するとその呆れ顔のお父さんは一旦ながらの別れ際、こんなふうにも。
「勉強させてもらえよ孝一。なんせこれが、父さんの有難い話の後の一発目なんだからな」
「あはは、はいはい」

「さっきのって、俺が言ったことの続きでああなったのかな」
「勉強させてもらえってやつですか?」
「そうそう。お預かりさせてもらいます、とか言ってたから」
 控室を出たところで、高次さんとそんな遣り取りを。そりゃまあそういうことになりますよね、普通に考えたら。
 でもそういうわけではなくて――ええ、どうやら僕だけでなく親子揃って面倒な性格だったらしくて、
「そういう話をしてたんですよずっと。自分がどういう人間なのか知るっていうのは、自分で考えて答えを出すんじゃなくて周りの人から見てどうなんだってことだぞ、みたいな。あと、そうやって自分がどういう人間なのか把握できれば、その周りの人との付き合い方も円滑になる、とか――」
 とまで説明したところで、思い出したことがありました。
「はっは、そっか。ずっと続けてたんだねあの話」
 そうでしたよね、高次さんの前でもしてたんでしたよねこの話。正確には高次さんと家守さん、それに家守さんの友人四人の前で。
 とはいえどうやら今の説明が無駄だったというようなこともなかったようで、
「周囲の者から見て、か。ふうむ、こういう日なこともあってか耳触りのいい話だな。せっかく聞こえる距離にいたのだし、周りばかり気にせず聞かせてもらえばよかったか」
 と、成美さん。こういう日、だそうですが、そうですよねやっぱり影響してきますよねそこは。
「……いや、すげえオレ見てるけど成美、誰か一人に限るって話じゃないだろその周りの人ってのは」
 と大吾。そういう話も出てきましたよね、確か。
「もちろん限りはしないが、しかし生憎同時に見られるのは一人だけなのでな。なんせ私の目玉は二つ一組しかないのだし」
「そうじゃなかったら怖えよ」
「まあ何組あってもお前だけを見ていたと思うが」
「本気で怖えよ」
 ……そうですね、それはさすがにちょっと怖いですね。
「ふふ――いやいや、それくらいの気持ちだという話だ。誰だってそうなるだろう?」
「そりゃあな」
 それもまた「こういう日なこともあって」ということではあるのでしょう、素直に納得する大吾でした。自分にだって関わる話なんですし、だったらまあそうなりますよね、やっぱり。
 そうやってお互い薄らとした笑みを交わし合ったのち、すると成美さん、「それはともかく」と。
「今日この日に『これ』以外のことでこんなことを言うのも妙な話かもしれんが、幸せな話だよな。好いた者達との関わりがそのまま自分の糧になる、というのは」
「むしろその『これ』がすっぽり収まるよな、この話」
『これ』、つまりは結婚だって、「好いた者達との関わり」という括りの中ではその一部でしかない。確かにそれはその通りなのですが――。
「……今から思うと、よくこんな話してたよね僕達。いや、主導してたのはお父さんなんだけど」
「下手したら色々台無しだったかもね、すっぽり収まり過ぎて……」
 だから大したことではない、なんて話ではもちろんありません。ありませんがしかし、今現在浮かれに浮かれている結婚というものをその一部として内包してしまっている話なんて、よくもまあ。
 というわけで今更ながら力無く微笑み合う僕と栞だったのですが、しかしそこで周囲から聞こえてきたのは、そんな笑みに反するような明るい笑い声なのでした。
「それができるからやったというだけだろう、お前達の場合は」
「ねえ。大喧嘩しながらいちゃつき合ったりしてたくせに、台無しだなんて何を今更」
「やっぱそういう扱いになりますよね、この二人って。なんかみんなも釣られて長話し始めたりもしますし。……オレと違って」
「で、俺らはこの二人のそういうところが好きなんだってね。――だからこそ俺も立ち会いたかったなあ、その大喧嘩。あと一日早く日本に帰って来てりゃなあ」
 合間でいじけ始めた大吾の扱いは成美さんに任せるとして、何やらにわかに持ち上げられ始める僕と栞。ですがしかし、そういうことであるのならば、
「だったら僕達だって皆さんのことは――ねえ? 栞」
 尋ねてみると栞、「うん」と素直に頷いたのち、高次さんのほうを向き直ります。
「大好きですよ、こっちからだって」
 おお、僕が言わずに済ませてしまおうとした言葉をいともあっさりと。元はと言えばたまたま知り合っただけの他人なのに気が合い過ぎるんじゃないか、みたいな話をしていたような記憶はあるのですがしかし、こういうところは差があるままだなあ――。
 などとそれはそれで気分を良くしていたところ、加えてなんとも言えない表情になった高次さんが家守さんに肘で小突かれたりもしていたところで、すると栞は続けてこんなふうにも。
「でもそれって、今に始まったことじゃないですよね? お義父さんもそう言ってたんです、今話してることは自然にやってきてることだって」
 お父さんからそう言われた時の僕と栞もそんなふうだったと思うのですが、すると皆さん、少しばかり考える時間を取るのでした。
 そして残念ながら――というのも変なのかもしれませんが――こうしてお喋りしながら歩いているうちに目的地、着付け部屋に繋がる親族控室のすぐそこにまで到達している僕達なのでした。
 ここまで普通に歩いてきたとはいえ、時間が切迫している状況ではあります。ならば目的地の前で足を止めてお喋りを継続させる、というわけにはいかないのでしょう。
 ――が、しかし。前述の通りにお父さんから既にそう言われ、今みんながそうしているように頭を働かせることになった僕は、僕と栞は、知っています。考える必要が出てくる時点で確定なのだということを。
 考えるということはつまり、あの時あの人とはどうだったろう、この時この人とはどうだったろう、と記憶の中の一場面一場面を思い起こしているわけですしね。思い起こすような場面があるのであればそれ自体が証左になるわけですし、逆にないのであれば、考えるまでもなく「いやそんなことないけど」で済んでしまうことなんですしね。
 というわけで栞は、みんながその答えを出すまで待ちはしないのでした。「だから今、この場合だったら」と、すぐ傍まで迫った親族控室のドアを見遣りながら、
「綺麗な衣装で着飾って、みんなに喜んでもらっちゃいましょう」
 自信たっぷりにそう言ってのけるのでした。折れても隣にもう一人いるから――と、ここで持ち出す話ではないのかもしれませんけどね、それは。
 で、ならばそれはともかく。
 その栞の言葉にはみんなそれぞれ、笑顔なり照れ笑いなりを浮かべ返してくるのでした。その笑みの裏にあるものを察する限り、結局はみんなもお父さんの話に当て嵌まっていた、ということになるのでしょう。
 …………。
 幽霊だったり、霊能者だったり、猫だったり、ただの料理好きだったり。今この場にいる人達だけでも実に立場はバラバラですし、その立場に関わる様々なものを抱え込んでいたりもするのでしょう。
 しかしそれが今こうして同じ状況に立ち、同じ部屋へ向かい、同じ目的を果たさんとしているところを見ると――親しい相手に喜んでもらいたいと、あとついでにそのお返しで祝われようもとしているところを見ると、ああ、結局はみんな似たようなものなんだな、と。
 幽霊だろうが、霊能者だろうが、猫だろうが、ただの料理好きだろうが、今日これまでに関わってきた誰かと、今日これからも同じように関わり続けていくだけなのでしょう。誰かに自分を定義され、その定義に基づいて今度は自分が誰かを定義し――などという小難しい理屈を省略するのであれば、それは要するに。
「孝さん」
「ん?」
「また良い顔してる」
 その時々で隣にいる誰かと、幸せを分かち合うために。


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