(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十章 息抜き 六

2011-03-24 20:39:38 | 新転地はお化け屋敷
「実際、成美さんってどうなの? こういうことって、やっぱりそれっぽい雰囲気でしたほうが喜んだりするのかな」
 それっぽい、というのはまあ、基本的な例を挙げるなら「二人きり」とか。僕と栞さんが一緒な今では無理のある話なので、口に出しはしませんけど。
 すると大吾、落としていた首を持ち上げて「どうだろうなあ」と腕を組みます。
「『それっぽい雰囲気』ってことで喜ぶってのはそりゃもちろんなんだろうけど、成美にとっての『それっぽい雰囲気』とオレ等のそれが全く一緒、ってことはねえんだろうし」
 成美さんと自分達、という分け方。僕の話が成美さん個人の感性を指したものでなく、人間と猫の差を指しているということは、理解してもらえているようです。
「そっかあ」
 大吾でも正確なところは分からない、ということなのでしょう。だったら僕なんかに分かるわけもないので、これ以上こちらから話を広げるのは、得策ではなさそうです。無駄に混乱を引き起こしかねない、というか。
「まあでも最低限、こっちが気ぃ遣ったってことぐらいは察してくれるし――それに、心配ならしなくていいぞ。オマエと喜坂が一緒だからっつって気ぃ悪くするようなことは絶対ねえから。むしろそのほうが喜ぶかもしれねえしな、アイツなら」
「だといいね。……としか言えないんだけどね、こっちとしては」
 軽く笑いながらそう言うと、大吾も同じように笑うのでした。
 いいお嫁さんだね。なんてのは、今ここで言う言葉ではないんでしょうかね。

 待つとは言ってもそう長くはないかな、なんて思ってたら意外と長く待つことになり、栞さんと成美さんが戻って来たのは、それから十分ほど後のことでした。
 いや、想定していた時間と比べて眺めだったというだけで、結局はたかが十分なんですけどね。
「ごめんね、待ってる間に自分の買い物を済ませちゃおうと思ったんだけど」
「すまん、途中でわたしがどうしても気になるものを見付けてしまって」
 栞さんはいくつかの小物が入っているように見えるビニール袋を、成美さんはただでさえ大きいのにしかもパンパンになっている紙袋を、それぞれ持っていました。
「別にそんな謝られるほど待ったわけじゃねえけどな。で、成美、それ何買ったんだ?」
 しれっとそう尋ねて見せた大吾は、ネックレスが入った小箱を後ろ手に隠しています。隠している体勢自体が不自然だったりもしますが、ずっと隠し通すつもりがあるというわけでもないんでしょうし、だったらここは成り行きに任せておきましょう。
「大き過ぎてここでは広げられんのだが……」
 大吾と違って隠すようなものではないらしく、成美さんはそう言いながら紙袋を広げて中身をこちらへ向けました。
 そこには何か、ビニールのような透明な袋に包まれたもこもことしたものが詰まっていたのですが、しかしそれ以上のことは分かりませんでした。大吾のほうを向いてみれば、あちらも僕と同様らしい怪訝な表情をしています。
「なんだ、布団っぽく見えなくもねえけど、何だこりゃ?」
「あ、大吾くん惜しい」
 栞さんによるとそういうことなんだそうですが、布団で惜しいとなると……?
 するとここで成美さん、待ちかねたと言わんばかりに若干早口で正解を発表します。
「抱き枕、というものだそうだ。なんとな、これでも空気を抜いて二つ折りなのだぞ。袋から出せばもっとふわふわで、しかも抱き枕という名前の通り、抱き付けるほどの大きさなのだぞ。もちろん、この身体のわたしでもな」
 実物を目の前にするのは初めてですが、しかしもちろん知ってはいました。なので興奮気味に説明する成美さんに少し笑ってしまいそうになりましたが、それは堪えておきましょう。
「抱き枕か……。そうだな、抱き枕かどうかは別にしても、オレもそろそろ枕買い替えようかなあ。今使ってるやつ、すっかりペシャンコだし」
 そういう話をするのが悪いとは言わないけど大吾、今はその隠し持ってるものをどうするかについて考えたほうがいいんじゃないかな。――などという言葉はもちろん口にできず、なので無駄にはらはらしながら事態を見守っていると、成美さんがこれまた興奮気味に口を開き始めました。
「それだったら大吾、この抱き枕を一緒に使えばいい! なんせ大人が抱き付けるほど長いのだから、横にすれば二人と言わず、三人四人は一緒に使える大きさだぞ!」
 抱き枕を横にして、普通の枕として使う。これはなかなか斬新な発想なのではないでしょうか? いや、実際に所持している人は割と思い付いたりするかもしれませんけど。
「一緒に……。ま、まあ、気が向いたらな」
 横にするという点より、そちらのほうが気になってしまったらしい大吾なのでした。そりゃそうなんでしょうけどね、僕と栞さんが居る前で、ですし。
「あーっと、それはそれとして、だな」
 ここで大吾、後ろ手に隠し持っている小箱をちらりと見遣りました。ついに、ということでしょうか。
 しかし大吾、そうまでしておきながら踏ん切りがつかないのか、らしくもなくもぞもぞし始めるのでした。
「それはそれとして、なんだ? ああそういえば、さっきは結局どこへ行っていたんだ? 日向を呼びまでして」
 躊躇っている間に成美さんから話を振られることになってしまい、事情を知っていれば読み取れる、という程度な薄さで苦い顔をする大吾。
 しかしそうは言っても、これは好機といえば好機でしょう。固く見えるほどに真剣な顔になった大吾は、後ろ手に隠していたものをさっと差し出しました。
「これ、オマエに」
 箱に収まっているので、その中身が何なのかは開けてみなければ分かりません。しかし単に箱とは言っても、そこはウン万円もしたネックレスを納めるもの。箱の時点でこ洒落ており、ならばそこからある程度、中身の想像は付くということで、
「わあ」
 成美さんよりも先に栞さんが目をキラキラさせるのでした。
「な、何か凄いものなのか? この箱が?」
 受け取った箱自体にはほぼ無反応ながら、栞さんのリアクションに慄いてしまう成美さんでした。すると栞さんは慌てて口を塞ぐのですが、成美さんからすれば、それもまた「よく分からないリアクション」なわけで。
「うーむ……。いや、贈り物ということではあるんだろうし、それについては嬉しいのだがな? もちろん」
「まま、まあ、開けてみてくれよ」
 この場面で困惑を見せる成美さんに大吾の緊張は極限まで高まっているらしく、言葉が震えてしまっています。そしてどうやらそんな緊張は僕にも伝染してしまったらしく、完全に外野ながら、心臓がバクバクと大きな音を立ててしまうのでした。
 贈る側と受け取る側の心情に巨大とも言える差があるまま、成美さんが箱を開きます。
「おお、これは」
 そこに収まっているのは、飾り付けはほぼ無いに等しいながらも、それ自体が輝きとともにシンプル故のストレートな美麗さを放っている、大吾が選びに選んだネックレスです。
 そのネックレスを箱から取り出し、手に取った成美さんは、それが放つ輝きを照り返したような歓喜に溢れる目で、こう言いました。
「なんなのかは分からんが――とても綺麗だなあ。ふふ、ありがとう、大吾」
 ……実情こそちょっと理想と違ったかもしれませんが、しかし。
 成美さんの喜びようは理想通り、またはそれ以上だったのかもしれません。普段より少し高い感謝と喜びに満ちたその声を聞き、どこか照れたようでありつつしかし躊躇いのないその笑顔を見れば、「今すぐに大吾に抱き付いてもおかしくない」と、僕でなくてもそう思ったことでしょう。この場で言うなら栞さんも、そして大吾自身も。
「貸してみ。付けてやるから」
「付ける? う、うむ」
 声の震えなんて吹き飛んでしまったらしい大吾は、おずおずと差し出されたネックレスを受け取ると、それを広げて成美さんの首に回します。後ろに回るのではなく、正面から。
 それは嫌味抜きに絵になる光景なのですが、しかし僕では、ああはいかないんでしょう。成美さんより背が高い大吾だからこそそう思えるわけで、こっちは成美さんより小さいんですし。
 もちろん、成美さんを相手として想定すること自体が間違ってはいるんですけどね。
「ああ、そうか。首に下げるものなのだな」
 傍から見れば大吾に抱き付かれているように見えなくもない体勢ながら、成美さんはネックレスがどういうものなのかを冷静に理解したようでした。
 しかし一方で大吾ですが、ちょっと手間取ってしまっているようです。後ろからなら手元が見えて楽なのでしょうが前からなので、手元は成美さんの頭の向こう側です。
「はは、慣れてねえのに格好なんか付けるもんじゃねえな」
 照れ臭そうにそう笑う大吾でしたが、笑い終える頃には作業を完了させていました。
 大吾が後ずさるようにして離れると、成美さんは自分の胸元を見降ろします。少しの間、そうしてネックレスを指で軽く弄ったりした後、大吾へ向けて顔を上げました。
「ええと、似合うだろうか、ということでいいんだろうか?」
「似合ってるよ」
 ネックレスと同じく、飾りっけのないストレートな感想でした。しかし大吾はその直後、自分の言葉に照れてしまったのかそっぽを向いてしまいます。
「つってもまあ、オレが似合うと思ったからそれ買ったんだし、だったらオレが似合うと思うのは当たり前か」
「似合うと思ったから――」
 特定の誰かへ向けてアクセサリーを買うなら、誰だってそれを念頭に置くでしょう。しかしこれまでそんな意識が全くなかったであろう成美さんは、「似合うと思ったからそれを買った」という大吾の言葉に、とても感激した様子でした。
「『ありがとう』の一言では済ませられんな、これは。どうしていいか分からんくらい嬉しいぞ、大吾」
「どうこうしてくれなんて言わねえよ。喜んでもらえたんなら、それで。……いやその、正直、そこまで喜んでもらえると思ってなくて、むしろオレのほうがどうしていいか分かんねえっつうか」
 大吾のそんな様子に軽い笑みを見せた後、すると成美さんは静かに大吾へと近付き、そしてそのまま正面から真っ直ぐに抱き付きました。
 何も言わなかったのか、それとも何も言えなかったのか。大吾もそれを、優しく抱き返すのでした。
 離れる時も同様に、お互いに何も言わないまま。照れているからというのも無くはないのでしょうが、しかし主だった理由は、それとは別のものなのでしょう。
「んじゃあ、あとは孝一の買いもんだけか?」
「そうだね、私はこれで」
 話題を切り替えた大吾に応じた栞さんは、手にしたビニール袋を軽く持ち上げながら言いました。その中身が何なのかは教えてもらっていませんが、しかしまあ、ある程度の想像は付きます。家でも話してたことですしね。
 そしてもう一言、こちらはやや躊躇いがちに言うには、
「ああ、でももしかしたら、歩き回ってるうちに別の欲しいものが出てきたりとか、あるかもしれないけど」
 とのこと。とはいえ今回はむしろそういう「適当な買い物」が本題だったりもするので、もちろんそれに不満が出るようなことはありませんでした。
「わたしはどうだろうなあ。自分の買い物もしたし、そのうえこんなものまで貰って、まだ別の何かを欲しいと思うような余裕があるかどうか――」
 躊躇いがちな栞さんに対して、成美さんは幸せいっぱいというようなご様子。さっきの流れを見たならば、逆にそうならないほうが変だとすら思えてしまうんですけどね。
 しかし、その時。
「あ」
 小さく短いそんな声とともに成美さんの幸せそうな様子は掻き消え、ずんと重いものが感じられさえするような顔になり、そしてついには。
「あっ、おい、なんで今そうなるんだよ」
 慌てだした大吾の目線の先には、青い火の玉が。久々に見ましたね、なんて悠長なことを言ってる場合でないのは重々承知です。
「だって……大吾から贈り物をされておきながら、わたしが買ったものは……なんだ、とても個人的というかだな……。なのに、お返しをしようともせずに満足していたなどと……」
 成美さんが買ったもの。抱き枕。確かに個人的な買い物ですが、「横にして大吾と一緒に寝る」という個人的でない用途を提案したことについては、すっかり忘れてしまっているようでした。
 そしてそもそも、お返しをしようともせずに、という点からして間違っていたりもします。
「ああ悪い、説明してなかった! それはああいうものなんだよ、結婚指輪っつって――指輪じゃなくてネックレスだったけど、オレはそのつもりで――ええと、結婚する男からその相手の女に渡すもんで、だからお返しとか、そういうのが必要なもんじゃねえんだって!」
 慌ててそう説明する大吾を見ていて思いましたが、なんかえらく落ち着いてるような。誰がって、僕が。周囲の関係ない人まで巻き込むことを考えたらすっごい危険な状況だというのに。
「……そうなのか?」
「そうそう。だからあれだ、さっきみたいに思いっきり喜んでくれてるほうが正解だな」
「……そうなのか」
 弱々しい声ではありましたが、その納得の台詞をもって、成美さんの肩から青い火の玉は消え去りました。
 ところでさっきの話の続きですが、大吾が慌てて僕が落ち着いてるっていうのは、逆なんじゃないでしょうか? 成美さんのことをよく知っている大吾は落ち着いていて、大吾に比べればそうでない僕が慌てる。そんな流れのほうがしっくり来るような気がするのですが、はて、どうしてこうなったんでしょう?
 そんなことを気にする僕の一方で、栞さんは別のことについて、こう分析しました。
「いっぱい嬉しかったから、その分反動が大きかったんだろうね」
 それは、どうしてさっきのような些細とも言えることで成美さんはこうなってしまったか、という話。なるほど、確かにそれなら筋は通りそうです。
「そうかもしれんな。……今になってそんな、恥ずかしい限りだ。すまん、迷惑を掛けて」
「んー、迷惑とまでは思ってないかな。危なかったのは確かだけど、人魂三つまでいっちゃうとは思ってなかったし。怖くはなかったもん、全然」
 それは先程僕が考えていたのと同じことになるでしょうか、どうやら栞さんもそうだったようです。あの状況だというのに落ち着いていた、という。
 僕自身ですら頭を捻っているそんな話、それが成美さんともなればなおのこと。怪訝そうな顔をし、更には怪訝に過ぎて言葉が出ない様子でした。
「なんか、オマエ等にそんな平気そうなツラされてっと、慌てたオレがアホみてえだな」
「そんなことないよ。大吾くんがそうだからっていうのも、平気な理由の一つなんだし」
 どうやら栞さん、僕とは違って何かしらの答えを既に思い付いているようでした。
 すると大吾は「よく分かんねえな」とこれまた首を傾げるのですが、栞さんはにこにこと微笑むばかりで、思い付いているらしい答えを披露してはくれませんでした。僕も聞きたいんですけどねえ、自分が落ち着いてる理由。
 とはいえそう思うばかりではもちろん、話す気のないものに話す気が出てきたりはしません。くるりとこちらを振り向いた栞さんが口にしたのは、それとは別の話なのでした。
「それで孝一くんの買い物だけど、食材以外に何かあったりする? 今のところ、欲しいものって」
「あ、ええと」
 答える前にみんなの持ち物を改めて確認してから、僕はこう答えました。
「実は、座椅子が欲しいなって」
 なぜわざわざみんなの持ち物を確認したかと言うと、どんな感じで梱包されるものなのかは知りませんけど、座椅子なんてどう考えても大きな荷物になるからです。そういう場合のために今回、乗りもしない自転車を引っ張って来たわけですけど、それだって限度はありますしね。
 大吾の荷物は、成美さんが首にさげているので実質無し。
 成美さんの荷物は、見た目は大きめだけど軽いから大丈夫。
 栞さんの荷物は、ビニール袋一つのみ。
 栞さんについては「ただし、今のところ」という注釈が必要かもしれませんが、ともかく僕が大きな買い物をすることについて、現段階で問題はなさそうでした。
「座椅子か。うむ、あれはいいものだからな」
 僕が欲しいと言ったものを既に所持している成美さんは、嬉しそうというか、どこか誇らしげにそう仰るのでした。
 しかしそもそも、僕が座椅子を欲しいと思ったのはどう考えても成美さんが持っていることが影響していて、だからその言い分はとてもしっくり来るんですけどね。
「ただまあ、最近ではわたしより大吾が座ることのほうが多いが」
 笑いながら重ねてそんなことを言ってくる栞さんでしたが、それを聞いた大吾は、不自然な咳払いをするのでした。
 大吾が座椅子に座っている。その様子を思い浮かべると、自動的にその膝の上に成美さんが座ってしまうのは、間違ったイメージなのでしょうか。多分、間違ってないと思います。大吾の反応からして。
 ……成美さん、青い火の玉の件からはもうすっかり立ち直っているようです。ならば困り顔の大吾はともかく、それについてはよかったよかったということで。
「よし、では買いに行くとするか。場所なら知っているしな」
 成美さんは張り切っていました。初めに歩き回ってた時に場所は確認済みですけどね、とは言い出し辛かったので、いっそ言わないでおくことにしました。

 張り切って売り場へ向かう成美さんを先頭に、その後ろ隣に大吾、その更に後ろに僕と栞さん、という隊列で歩いていたところ、栞さんから小声でこう尋ねられました。
「座椅子を買うのって、もしかして昨日のことがあったから?」
「はは、なくはないんですけどね、それも」
 少々恥ずかしい話なのですが、しかしだからといって誤魔化すほどのことでもありません。そもそもその時、「座椅子が欲しい」なんて直球で言っちゃってますしね、僕。
 昨日の夜、「頼ってくれ」と僕は栞さんにそう言い、そしてその言葉に従った栞さんは、僕に抱き付いてきました。それだけならよくある話、かつ胸が温まる話なのですが、なんとも情けないことに、座った姿勢で背もたれ無しに栞さんを抱き留めた僕は、背中が辛かったのです。断じて栞さんが重かったというわけではなく――って、これは昨日も同じこと考えましたっけ。いやしかしまあ、大事なことですしね。
「それも、かあ。それ『だけ』だったら、私が遠慮すればいいだけなんだけどね」
「それはそれで困りますけどね」
 遠慮されたくないという前提があったからこそ、それが原因で背中が辛くなってしまったわけです。そこで背もたれを用意するのでなく、大元の前提から覆してしまうとなると、それは本末転倒というものでしょう。
 ――しかし、そうは言ってみたものの。僕がそんなふうに考える性格だということは栞さんも重々承知なわけで、だったらわざわざ僕を困らせるようなことを言いはしないでしょう。
 ということで。
「あ、そういうことじゃなくてね」
 軽く手を振りながら、僕の早とちりを訂正するのでした。
「『ああいうこと』を遠慮するわけじゃなくて、昨日のあの姿勢を避ければいいかなって」
「ああ。……いや、でもわざわざそういうことを考えながらっていうのもなんとなく妙な感じですし。テンポが悪くなるというか」
 テンポなんてそんな細かいことをと思われてしまうかもしれませんが、しかしあれはつまるところ、気持ちの問題なのです。なので、冷めるとまでは言いませんが、そんな些細なことで一呼吸置いてしまうというのは、いろいろと機会を逃すことになってしまうような気がするのです。まあ、結局細かいことなのかもしれませんけど。
「ありがとう、そこまで考えてくれて」
「いえいえ」
 細か過ぎて気味が悪い、なんてふうには思われなかったようでほっと一息。返事は余裕ぶらせていても、中身はこんなもんです。
 そんなふうにしてこの話題については終了したのですが、ついでということでもう一つ。耳打ちとまでは言わないにしても、やや声を落として尋ねます。
「そういえば、さっきのあれってどういう意味だったんですか?」
「あれ?」
「成美さんが火の玉出しちゃったあと、『大吾が慌てたから平気だった』って言ってましたけど」
「ああ、あれね」
 僕も同じく平気だったけど、どうして平気なのかが自分でも分からなかったという話。栞さんのそれと僕のそれが同じ理由から来ているかどうかは分かりませんが、やっぱり聞いておきたいのでした。
「だって、慌てるってことは危機感を持ってるってことでしょ? だったら大吾くんとしては『何とかしなきゃならない』ってことだし、大吾くんがそう思ったらなんとかなるもん、絶対」
 その意見、確かに僕の中にあるモヤモヤを振り払ってはくれたのですが、しかし振り払い切れはしませんでした。ということで、もう一押し。
「でも、大吾でもなんとかならなかった、ってこともあるかもしれませんよ? もしかしたらって話ですけどね、もちろん」
 大吾ならなんとかしてくれるだろう、というのは僕でもそう思います。しかしそれは「だろう」であって、裏を返せば、今も言った通り「もしかしたら」という可能性についても考えてしまっているのです。
 するとここで栞さん、腕を組んで「うーん」と唸り始めてしまいました。
「孝一くんはどっちかって言うと『頼られる側』だし、あんまりそこまで意識が行かなかったりするのかな」
「……ええと?」
「大吾くん一人だけならそうかもしれないけど、成美ちゃんだって頑張ろうとする筈でしょ? 止めに入ってくれてるっていうのは分かるだろうし、しかもそれが大吾くんなら尚更だし」
 ああ。……ああ、なんでそっちに気付かなかったんだろう、僕。
「『頼る側』が偉そうに言うことじゃないかもしれないけどね」
「いえ、すいません」
 言うまでもなく、そして言われるまでもなく、今の話は栞さんにも当て嵌まるのでしょう。いや、当て嵌まるどころか、実体験に基づいた意見なのでしょう。
 うーん、少なくとも栞さんについては分かってたはずなのになあ。
「何の話してんだ?」
「うわっ」
 ぬう、と割り込んできたのは大吾の顔。不意を突かれたということもあって、なんとも軟弱な声を上げてしまいました。
「んな驚かなくてもいいだろ。いや、なんかさっきから後ろでボソボソ言ってたからよ」
「どうした?」
 成美さんまで加わってしまい、さてどうしたものでしょうか。聞かれて困るという話ではなかったにせよ、積極的に話したいというような内容でもないですし。
「成美ちゃんと大吾くんは格好良いなって話をね」
 悩む僕に対して、栞さんの決断は素早いものでした。微妙なところですが、口調と雰囲気からしてこれは恐らく、誤魔化すつもりでしょう。嘘ではないけど核心には触れない、という方法で。
「格好良いって……後ろから見てるだけで何がどう格好良いって話になったんだ?」
 見た目の話じゃないんだよ大吾。そう思ってくれれば好都合だけど。
「いや、わたしは分かるぞ。例え分からなくても、喜坂がそう思ったのを否定することはできんしな。なんせ普段から背負ってもらっている身だ」
 後ろから見て。背負ってもらう。つまり成美さん、背中の話だと思ったようでした。が、
「……あれ? わたしも格好良いのか? 背中が?」
 自分のこととなると疑問に思ってしまうようで、肩越しに自分の背中を確認しようとすらし始めるのでした。


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