(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 三十三

2015-02-22 20:44:18 | 新転地はお化け屋敷
「ついさっき同じことしたくせに『うわあ』はないでしょうよ孝一」
 内包するものが違う以上はもちろんそれで正しいのですが、同じ反応をしてみせた僕と栞のうち、お母さんは僕だけに批判の眼差しと言葉を向けてきます。
「あ、いや、不意を突かれたというかね? 嫌なもの見たとかそういうんじゃないからね?」
「あら、栞さん以外の女の子にキスしたと思ったら今度は他所の奥さんのキスシーンに見惚れちゃったってわけ?」
「…………」
 どうしろと。
「楓さんなら仕方ないですよ、お義母さん。何もしてなくたって人目を惹きそうなのに」
 どうもする必要はありませんでした。
「ふふっ、それって孝一に甘いのか家守さんに甘いのか、どっちなのかしら」
「どっちもです」
 そういう話に対しては相変わらず無闇に自信満々な受け答えをしてみせる栞なのですが、
「でも今後はちょっとずつ孝さん寄りにしていくつもりです」
 と、そんなふうにも。それって僕を押し上げるのか家守さんを押し下げるのか、どっちなんでしょうか――なんて訊いてみたところで、返事は今のそれと全く同じなのでしょう。なので、わざわざ尋ねたりはしないでおきました。
「あら、そこまでしてあげなくてもいいのに」
「いえ、ちゃんと話し合って決めたことなので。……あはは、普通は真面目に話し合うようなことじゃないんでしょうけどね、こんなこと」
「孝一ともどもね」
 僕ともどもだから何だ、とまでは言わなかったお母さんですが、しかし訊き出そうとしたところで馬鹿にされるのがオチなので、ならば触らないでおいたほうが良いのでしょう。褒め言葉ということになるんでしょうしね、この時点で止めておけば。
「おおそうだ、ちなみにな孝一」
「ん?」
 とここで、何か思い出すことがあったらしいのはお父さん。
「母さんの反応は栞さんのそれだったぞ、お前と栞さんのキスシーンの時」
 …………。
 なんでワンテンポ遅らせて知らせてくるんでしょうかね、そういうこと。
「もう、なんて嫌な人なんでしょ。今更そんな」
 当然お母さんからはそんな文句が飛びもするわけですが、しかしその割には、表情も声もにこやかにさせているのでした。話の繋がりよりもそっちを重視したってことなんですかね、お父さんは。
 で、話の繋がりを重視しないそのお父さんは、
「ちょっと前の話に戻るけどな」
 と。キスシーンの話の時点で既にいくらか戻ってるよ、と言いたいところではありましたが、しかし何やら真面目な話に移るかのようなトーンだったりしたので、黙って話の続きを聞かせてもらうことにしました。
「いい所か? あまくに荘は」
「え? ええと、うん」
 質問の内容的には気持ちよく断言してみせたかったところなのですが、しかし不覚にもその内容の唐突さに当てられてしまい、躊躇ったような返事になってしまいました。
 前の話に戻る、ということだったので、ならばこれはあの話なのでしょう。あまくに荘は賑やかな所だ、という。
 するとお父さん、「まさかこんなに早くなるとはさすがに思ってなかったけど」と何やら苦笑してみせてから、「結局はな」と。
「そうやっていずれ収まるところに収まるもんなんだよ、人っていうのは大体。最初は親元で暮らしてるのを自立だとか独り立ちだとか言って一旦独りになるわけだけど、でもまさか親から離れた先でずっと独りぼっちでいろって言ってるんじゃないんだから」
 そりゃまあそうでしょうね、と納得しそうになったところで僕は、「いずれ収まる」だとか「ずっと」という言い回しに、口の端を歪ませることになるのでした。
 いずれも何も最初からだったんですしね――幽霊が見える人間ということでアパート全体から大歓迎を受け、しかもお隣さんと好い仲になり、更にはそのまま結婚にまで漕ぎ着けたわけですし。
 息子を実家から送り出す、という行為にはそりゃあ一時とはいえ厳しい環境に置くことも想定されているものなんでしょうし、だったらそりゃあ苦笑しますよね親だって。
「すいません、色々と駆け足で」
 であれば、その「まさかこんなに早くなるとはさすがに思われていなかった僕がいずれ収まるところ」に該当する人は、お父さんと同様に苦笑しながら頭をさげてみせるのでした。
 が、お父さんは「いえいえ」と。
「おかげさまで、私達の息子が思った以上に要領のいい奴だったと証明されたわけですしね。親の立場から勝手に満足しているってだけのことなら無視しても構いませんけど、息子自身の自信にも繋がるでしょうし――あ、しょうもないギャグとかじゃなくて」
「今そういうのいいですから」
「で、どうだ孝一。今の話みたいに、自分のことでも自分以外の誰かを通して初めて気付くことっていうのはあっただろう、やっぱり」
「うん」
「まさかこんなにあっさり女の人とくっ付くような人間だと思ってたわけじゃないだろうしな、自分でも。まあ、あっさりって言ってももちろん、それは時間だけを指した話なんだけど」
「うんって言ってるんだからそこで終わらせといてよ」
 お母さんの突っ込みも僕の相槌も気にせず話を続けるお父さんは果たして、お母さんと僕を通してそのことに気付けているんでしょうか。……いや、間違いなく気付いてるんでしょうけどね。なんせ笑ってますし。
 というわけでお父さん、その笑みを残したまま「ははは、まあまあ」と。それは乱暴に言えば「改めるつもりはないけど我慢してくれ」ということであり、ならばその意味の通り、ここまでの調子を崩すことなく話を再開させるのでした。
「今の話はお嫁さん――栞さんに限った話じゃなくて、お前の周りにいる人達全員がその対象になるんだけどな。自分では気付けない自分のことを気付かせてくれるっていう」
 そして、「ああもちろん、その一番手が栞さんなのは間違いないんだろうけど」とも。
「うん」
 お父さんが調子を変えないでいるのに合わせて、というわけではありませんが、先程と同様に短い相槌を返すのみな僕。その後のもう一言はなかったことにしておきまして――それというのは、この話については既に似たようなものを済ませた後なので、頷く以外にとくに言及するようなこともない、というのが実際のところだったのです。自分を定義するのは自分でなく他人である、という形で。
 ただもちろん、話をしているお父さんだってそれは分かっていることでしょう。なんせその時だって、話をしていたのはお父さんだったわけですしね。
 というわけで、
「じゃあそうやって自分がどういう奴か気付いていったらどうなるかって話なんだけど」
 と、その時済ませた話がここから更に展開をみせるらしいのでした。
「まずは幸せになれるよな、普通に」
 普通に、なんて言葉が後ろにくっ付くほど軽い事柄ではないような気もしますが、それはまあ確かにそうなのでしょう。
 碌に説明もないまま納得してしまうのもそれはそれでどうかとは思うのですが、なんせ僕は現在その真っ只中にいる人間なので、それは大目に見てもらいたいところです。幸せなんですもん、現に。
「何がどうなった時に幸せを感じるかっていうのも気付かせてもらえるわけだしね」
 説明もなく納得できるというのであれば当然その中身も把握できるわけで、ならばとお父さんの説明を待つことなくこちらからそんな話をしてみたところ、お父さんは嬉しそう「おお、そうそうそういうことそういうこと」と。
「でも、それだけじゃなくてな」
 まずは、と言っていたので、そう続くのは想定していました。が、その先どう続くかについては、そうでもありません。
 お父さんは言いました。
「自分がどういう人間で、何が出来て何が出来なくて、何が得意で何が不得意か把握できたら、周りの人達をそれまでより効率よく幸せにしてあげられもするだろ?」
 …………。
「ああ」
 呆けたようにそう返す――いやそれは、返事と言えるようなものではなかったのでしょう。お父さんに向けたものでもなければ他の誰に向けたものでもなく、ただただ自分の中だけの話として、呆けていたのでした。あまりにもするりと納得でき過ぎて。
「効率って、なんだか作業とかお仕事みたいで嫌ですねえ」
 一方でお母さんはそんなふうに。なるほど確かに、言われてみれば。
「そこはまあ、言葉のあやというか何と言うかな……」
 お母さんの指摘に苦笑してみせるお父さんだったのですが、するとそこで動いたのは栞でした。
「でもまあ、心を込めた仕事っていうのも矛盾したものではないですし。ね、孝さん」
 ――ね、とさも共通の理解であるように言われてしまいましたが、
「それは何のことを言ってるの? と、訊いてみちゃってもいい感じ?」
「あー、そっかあ。当たり前過ぎて逆に分からないかあ」
 だといいんですが……。
「隠し味は愛情ですっていうやつ」
「ああ」
 なるほど、確かに当たり前過ぎることでした。
 いやはやハラハラさせられた――なんて思っていたところ、しかし栞の言い分にはまだ続きがあったようで、
「それ以外でも、こう、普段真面目な話をしてる時とかもね? 問題があったらすぐ片付けるって感じで、それが作業みたいだって言われたらそうだろうなって思うし」
「ああ。そうだね、それは」
 それがいいんだしね、なんてことは、最早お互い口にもしませんでしたが。それこそ共通の理解というやつですしね。
「さっき『人は収まるべきところに収まるもんだ』って言ったばっかりだけど、凄い話だよなそれも」
 それと言われてもどれを指しているのかいまいち分かり難かったりするのですが、ともあれここでそんなことを言ってきたのはお父さん。まあ何を指していようがこの流れですし、僕と栞についての話ではあるんでしょうけど。
「孝一は栞さんとお付き合いさせてもらってる中で自分がそういう奴だと気が付いて、栞さんの方はそんな孝一に影響されたって話だっただろ? お互いに初めは自覚がなかった部分で似た者同士だったなんて、なあ」
「ああ、そういう」
 それは常々そう思っているところではあります。まあ、常々、なんて言葉を用いるほど長い年月を重ねてきたわけではないのですが。
 実情はともかくそんなふうに言いたくなるようなことではあったので、
「それは本当にそう思います。というか、よくそんなふうに思ってます」
 僕と同じ感想を持ってくれる栞なのでした。
 後から自覚を持っただけの僕はともかく、その僕に影響されてそうなったって話なら、栞と僕が全く同じ立場ってことはないだろうに――なんて突っ込みどころは存在していないと言わんばかりです。
 まあ影響を受けてそうなったとはいえ、全く芽がないところからいきなりそうなるってわけでもないでしょうしね。つまりは結局、根っこのところでは栞も初めからそういう気質を持ち合わせていたと、そういうことになるんじゃないでしょうか。
 ……そうではないけど僕を強く意識してくれたあまり、という話になってもそれはそれで嬉しいところではあるんですけどね。故に今の話は、そうだろうなとは思うもののそうであって欲しいとまでは思わない、というのが実際のところだったりしなくもないのでした。
「ははは、それは結構なことで」
 言葉以上に表情でそう語ってみせるお父さんは、それをそのままお母さんに向けてみせも。するとその表情はお母さんにも伝染し、そしてそれを確認してから、お父さんはやはり満足そうにしながらこうも続けてきます。
「それをなるべくしてそうなったと捉えるか、それともとてつもない幸運だと捉えるかは、二人に任せるけど――おかげで良くなっただろう? 効率。ほら、さっき言ってたアレ」
 アレ、だけでは何のことだかさっぱりだったでしょうが、効率という単語が出てくればすっきりと理解できるところではありました。アレですよねアレ。
「……幸せって連呼するのが今になって恥ずかしくなってきた?」
「いやあ、年食った人間にはキツいもんだぞやっぱり」
 今度は照れと苦みが交じったような表情を浮かべるお父さんでした。こういう場じゃなければ僕だってそりゃそうなるよそんなもん。
「年寄り自慢も結構ですけど、そろそろそんなこと言ってられないっていうのも自覚してくださいね」
 ここで何やらお父さんを叱り付けたのはお母さん。今の話だったら同意すると思ってたのに、その「そろそろそんなこと言ってられない」というのははて、一体何のことでしょうか。
 ――なんて言ってはいけませんよね。他の誰かならまだしも、この僕が。
「ありがとうって言いたいところなんだけど、それも何か変な話なんだよねえ……。宜しくお願いします? とかでいいのかな? この場合」
「それはもっと止めて頂戴。栞さんと一緒ににこにこしてくれてればいいわよそれで」
 お母さん、若干早口なのでした。
 ……宜しくお願いしますね、弟か妹。
「だから栞さん、孝一と一緒ににこにこしててね?」
「はい」
 くしゃっと潰れてしまいそうなその表情を――潰れてしまわないよう踏み留めているその表情を、すると栞は、力技で強引に笑顔にしてみせます。
 栞のことをよく知らない人には、これが普通に笑ったように見えたりするんだろうか?
 そんなことを考えながら僕は、テーブルの下で軽く握り込まれていた彼女の手を取りました。そしてそのままの位置で、つまりは両親の目に入らないままの位置で、繋いだその手に少し強めに力を加えます。
 こちらが加えた力に反比例して緩く、柔らかくなっていく彼女の手に僕は、親愛と感謝と尊敬の念を惜しまないのでした。
「まあ、つつかれると痛い話はこれくらいにさせてもらうけど」
 苦笑いを浮かべながら、お父さんはそう言って話題の修正に掛かります。痛いのはそっちだけじゃないんだけどね、というこちらの事情はしかし、明らかにしてしまうと栞の頑張りを無駄にすることになってしまいます。なのでこれはそのまま、手の内に隠しておくことにしましょう。
 あともちろん栞の時と同様、それを「痛い」と思ってくれることには感謝させてもらうところではあります。たとえそれがお母さんの言う年寄り自慢の一環でしかなかったとしても、真剣に考えているからこそそういうものが出てくる、ということではあるんでしょうし。
「今の時期くらいは栞さん一筋でもいいけどな孝一、ある程度落ち付いたら他の皆さんも幸せに――アレにしてあげるんだぞ、アレに」
「無理に言い直すことはないでしょうが」
「いやあ、無意識のこととはいえ、今言ったばっかりなことを引っ繰り返すのはどうかと思って」
 というわけでお父さん、幸せという単語を口にした瞬間はもちろん、それを訂正した今でも特に恥ずかしそうにはしていないのでした。そんな変なところで几帳面にならなくても……というのは、あまり人のことは言えないのかもしれませんが。もしかして遺伝なんでしょうか? いやまさかそんな。
「で、それはともかくだな」
 僕の動揺が繋いだ手を通して伝わったのか、それとも単にお父さんの妙な言動をということなのか、栞が小さく笑い始めます。そしてその後、お父さんからは話の続きが。
「情けは人のためならず、みたいな話だなこれは。誰かを幸せにしてあげられたらそれはそのまま、もしかしたらそれ以上になって返ってくるかもしれないっていう」
「その『幸せになる』っていうのを理屈っぽく語ってもらった後だし、だったらまあ頷かないわけにはねえ」
「義理かあ」
「冗談だって」
 がっくりと肩を落としてみせるお父さんでしたが、しかしそれは正にそのまま、落としてみせただけではあるのでしょう。なんせ顔は笑ってますし、それに何より、僕と栞がそれに頷かないなんてふうにはあちらも思っていないでしょうしね。ここまでずっとその話をしてきているうえ、それが現在の自分達に当て嵌まるというふうにすら思っているんですし。
「野暮な感じもしますけどね、幸せを理屈で語るっていうのは」
 とここで、お父さんの話の腰を折りかねないことを言い出したのはお母さんです。
「うーん、さっきの効率云々の時といい、今日の母さんは妙にロマンチストだなあ。孝一と仲直りできたから、とかなのか?」
「そうですが何か」
「ごめんなさい」
 お母さんの目が鋭くなるや否や、平謝りなお父さんなのでした。
 …………。
「ふふ、照れ笑いくらい我慢しなくてもいいのに」
 そうは言われましてもね栞さん。なまじ誤魔化しようもないくらいしっかりはっきり仲直りしてしまっているというのもあって、その照れ笑いも同様に誤魔化しの利かない本気の照れ笑いなんですよこれが。
「そういうわけだから孝一、理屈もいいけどそれだけじゃ駄目よ? 気楽になれる部分も作っとかないと疲れちゃうしね。夫婦なんて、四六時中一緒にいる相手なんだからね」
「ははは、そんなこと注意しなきゃいけない新婚夫婦ってのも珍しいもんなんだろうけどな。むしろその気楽が過ぎて疲れるくらいの時期だろうに」
 そう言われて浮かべた苦笑いをそのまま栞へと向けてみたところ、するとあちらも似たような表情をこちらに向けていたのでした。
 笑い話でなくそこそこ真剣に気を付けなきゃいけないんでしょうね、僕達の場合。――という思いも、ならばその苦笑いとともに同様のものなのでしょう。
 しかしまあ何にせよ、出すに出せないでいた照れ笑いが上手い具合に苦笑いで上書きされたわけです。こんな表情で言うようなことでもないとは思いますが、少し気持ちが軽くなりました。
「あら、新婚じゃなくても注意して欲しいものですけどね」
「ん? それって年甲斐もないこと言ってるのかそれとも単なる嫌味か、どっちなんだ?」
「どっちだと思います?」
「……ノーコメントで」
 どっちだと思う? ということは少なくともどちらかが正解なのは間違いないわけで、ならばどちらにしてもコメントはし辛い立場にあるお父さんとしては、そうせざるを得ないところだったのでしょう。
 だったらなんでそんな質問したんだと言わざるを得ないくらい、それは完全に自分で撒いた種だったのですが――しかしそれが分かっていても尚、同情を抑え切れない僕だったりもするのでした。
「私達も将来ああいう遣り取りが出来るように頑張らないとね」
 はい……。
「あー、変な――いやいや、実に有難いお言葉のおかげで話が逸れたけどだな」
 一家四人、弱るのは男ばかりな状況ではありましたが、しかしそこで踏ん張ってみせるお父さん。さすが大黒柱。……なんて、人ごとのように言っていられる立場ではもうないわけですけどね、僕だって。
「誰かを幸せにすれば同等以上のものを返してもらえるかもしれない、っていう話だったけど、そこであれだよ。自分を定義するのは他人だっていう」
「こっちが誰かを定義したらその人はその定義に基づいて更に誰かを定義して、の繰り返しだって話?」
「あ、先に言われた」
「そりゃあまあ、これくらいは」
 と言ってしまうのも何だか自慢げに取られてしまうかもしれませんが、いいじゃないですか今日くらいは自慢したって。なんたって、こういう話をすることに慣れてしまったのは栞とのことが下地になっているわけですし。
 ……とはいえ正直、自慢するほどのことでもないんでしょうけどね。ここまでの話を聞いていれば、誰だってそんなふうに考えるとは思いますし。
「そう、つまり、ずーっと高め合い続けてるわけだな。ぱっと見では毎度毎度同じこと繰り返してるような関係でも、そこに幸せがある限りは」
 お父さんの言葉を先取りしたのと同様、それもまた想定内の理屈ではあります。が、それでもやはり耳触りの良さを感じずにはいられなくもあるのでした。
 こういう話はあまり理想的に過ぎると逆に胡散臭さを感じてしまうものですが、しかしこれくらいだったら現実に在り得てもいいんじゃないかというくらいの、丁度いい塩梅というか――いやまあ、それもまた今日がこういう日だからということになってくるのかもしれませんけどね。
 というふうに気分を良くする一方で、しかしこんなふうにも。
 直前までの話は「誰かと誰か」という無いも同然なくらい広い括りだった筈なのですが、ここで随分とそれを狭めてきたお父さん。はて、その「同じことを繰り返しているような関係」というのは一体何を……。
「自分に甘い理屈をでっちあげてるだけにも聞こえますけどね、そう仰るのがあなたじゃあ」
 僕が思い浮かべた疑問と関係あるのかどうかは分かりませんが、ということにしておいて、ここでお母さんが冷やかにそんな言葉を浴びせ掛けます。
 しかしお父さん、それに全くへこたれることなくむしろからから笑ってみせると、「大丈夫」と。
「全国の奥さんほぼ全員が自分の旦那に同じようなこと思うだろうからな、こういう話になったら。そんな大多数の夫婦がそれでも成り立ってるんだから、つまり旦那というものはこれが正しいあり方なんだよ」
「よくもまあぱっぱぱっぱと思い付きますねそんな話」
「こんな話をぱっぱぱっぱと思い付けるくらいお世話になってるからな。いつもありがとうな、母さん」
「…………」
 呆れ顔が一転、むすっとした表情で押し黙ってしまうお母さん。積み重ねた月日や経験で流してしまえないものというのも、どうやらないというわけではなさそうです。
「ふっふっふ、素直に感謝しておけばお小言を封じられるわけだな。いい発見をしたぞこれは」
「…………」
 むすっとした表情が一転、睨み付けるように押し黙ってもしまうお母さん。お小言を封じることに成功したお父さんはしかし、だというのにしおしおと小さくなってしまうのでした。
 仲が良いですよね、我が両親ながら。
「高め合う、かあ」
 目の前の光景に口の端を持ち上げつつ、しかしそれについて言及はすることなく、栞は先程のお父さんの話を引っ張ってくるのでした。
「孝さんにそうしてもらってきたっていうのはもう、それこそはっきり実感できることとして認識できてるんだけど……そうだよね、『そうしてもらってきた』で済ませたら勿体無いよね」
「その言い方だと僕と栞二人だけの話みたいになっちゃうけどね?」
 照れ臭さ故の指摘、というのもなくはなかったのですがしかし、それこそが今の話において重要なポイントだというのも間違いないでしょう。なので前者については無かったことにしておき、飽くまで正論で話を進めるという体で堂々と話を続けさせてもらいます。
「僕が栞にしてあげられたことは、だからって僕にしか返せないってわけじゃないんだろうしね。栞に関わる全ての人に――なんて言ったらなんだか途方もない感じだけど、でもまあ、そういう人達にも返せるってことになるよね。さっきの話だと」
「つまり私に関わる人全てに孝さん成分が伝染していくわけだね?」
「……まあ、まあ、そういうことでいいんじゃないかな。表現の仕方はともかく」
 流れからそうしてみたとはいえ、僕が説明するまでもなくそれくらい把握してたでしょうにね。何をそんな、いま言われて初めて理解した、みたいな。伝染って貴女。


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