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新転地はお化け屋敷 第五十六章 妹より愛を込め返して 二

2013-11-12 20:51:56 | 新転地はお化け屋敷
 また、それとは話が別なのかもしれませんが分かり易いプラス要因として、最近ちょっと優しくなりましたしね、兄ちゃん。いやそりゃあ、なんだかんだ言っても前から優しくはあったんでしょうけど。
 何が原因でそうなったかと言われたらそりゃあ疑うまでもなく成美さんと一緒になったからでしょうし、となれば成美さんの手柄ではあるわけです。変な言い方ですけど。
「はあ」
 意図せず溜息が出ました。とはいってもそれは疲れたとか、二人のラブラブっぷりに辟易したとかそういうことではなくて、逆にいい気分を溜め込み過ぎたことによるものでした。
 となれば、吐き出さなくてはなりません。今の溜息一つ程度で吐き出し切れるものでもなし。
「よし、行くかな」

「うおおー! 成美さーん!」
「ぬわーっ!」
 突進して抱き締めてぎゅうぎゅうしてもふもふしてすりすりしてやりました。大人の身体だったらちょっと大変だったかもしれませんが、都合のいいことに小さい方の身体だったので、相変わらずしっくりくる抱き心地です。
 というわけで、あまくに荘202号室です。手紙への返事を考え終えたあたしは、ならば早速、と休憩を挟むことなくここを訪れたのでした――というのが本題であることを、くれぐれも忘れないようにしなくてはなりません。ああ、こんなにも気持ち良いのに。
 吐き出し終えた、と一応はそういうことにしておいて、成美さんを開放したところ、
「こちらから今みたいなことをしてやろうと思っていたのに、出鼻を挫かれてしまったな」
「あれ、そうだったんですか?」
 自分が今したことを逆に成美さんからしてもらえていたなんて、それは実に惜しい機会を逃してしまったものです。
「はは、まあいいかそんなことは。いらっしゃい、庄子」
「お邪魔してます、成美さん」
 部屋に上がってから、どころではな今更なタイミングで挨拶を笑顔を交わしたのち、すると成美さんは、後から部屋に入ってきてテーブルの向こう側へ座った兄ちゃんの隣へ移動し、そこへ腰を下ろすのでした。
 なんで兄ちゃんがあたしより後に部屋に入ってきたかというのは、あたしが玄関まで出迎えてくれた兄ちゃんをほったらかしにして成美さん目掛けて突き進んだからなのですが――と、もちろんそんなことは今どうでもよくて、あたしは並んで座る二人と向かい合うようにしてテーブルに着きました。
 この形が今後のどういう展開を想定してのものなのかというのは、説明するまでもないでしょう。
「あんまり意味ないとは思うけど、ナタリー達、今あっちにいるから」
 言って、兄ちゃんはこの居間から直接繋がっている私室を指差しました。いつもなら大体は開けっぱなしになっているふすまが、今日は閉じられています。
「あ、みんな来てるんだ」
「来てるっていうか待ってたっていうかだけどな。手紙のことも知ってるし」
「そうなんだ」
 あんまり人に見せるような内容ではないんだろうけど、でもまあナタリー達にそれはないんだろうな。兄ちゃんだし。
 と、今回の件とは全く別のところで兄ちゃんを評価してみたところ、すると今度はその隣から成美さんが、そわそわした様子を隠すこともなく尋ねてきました。
「で、庄子、いきなりで何だが手紙の返事は……」
「はい」
 背筋をしゃっきりさせ、ついでに意識もしゃっきりさせ、加えてこれから話すべきことを改めて頭の中で駆け巡らせるあたしなのでした。さすがに、ちょっと緊張しなくもありません。

 ――とはいえやっぱり一度はっきり思い描いたことですし、それに何より、あまり緊張を長続きさせるような相手でもありません。家で考えてきたことをそのまま口にするのに、とくに不自由することはありませんでした。
「ええと、以上です。そういうわけなので成美さん、これからは――いや、今初めてそうなったってわけでもないですけど、義理の妹として、改めてこれから宜しくお願いします」
「うむ。こちらこそ、義理の姉として宜しくな」
 はっきりとした口調で格好良くそう返してくる成美さんではありましたが、しかしちょっとだけ、はっきりし過ぎかつ格好良過ぎに聞こえました。
 成美さんは、何も言わずに兄ちゃんを見上げました。
 兄ちゃんは、何も言わずに頷きました。
 こちらを向いた成美さんの目は、涙できらきらしていました。
 成美さんは立ち上がり、ゆっくりとこちらへ近付いてきたかと思うと、そのままゆっくりあたしを抱き締めてきました。ここへ来たと同時にあたしがしたことを指して「今みたいなことをしてやろうと思っていた」と言った成美さんでしたが、いざ実行されてみると、それはとても同じようなことではないのでした。
 包み込まれている。自分より二回りも三回りも小さい相手に対して、あたしはそんなふうに感じたのでした。
 成美さんの肩越しに見た兄ちゃんは、いつの間にかそっぽを向いていました。

「済まんな、堪え切れなくて」
 暫くして、顔を上げた成美さんはにっこり笑ってそう言いました。とは言っても瞼はまだきらきらしたままですし、顔もちょっと赤みが残ってますし、それに抱き付いたままではありますけど。
「いえ。ちょっと照れ臭いですけど、喜んでもらえたみたいで」
「はは、ちょっと喜び過ぎたがな」
 そこまで言ってあたしから離れた成美さんは、涙を手で拭ってから兄ちゃんの隣へ戻っていきました。あたしとしては引き続き膝の上に座ってもらったりしたいところではありましたが、でもそうですよね、手紙への返事をしただけで終わる話でもないんでしょうし。
 兄ちゃんは、これまたいつの間にかこちらを向き直っていました。
「そういうわけで庄子、感極まってしまうほどの返事をありがとう。義理の姉として、これからも宜しくお願いさせてもらうぞ」
「こちらこそ、義理の妹としてこれからも宜しくお願いします」
「うむ」
 そうして簡単な挨拶を済ませたところで、あたしと成美さんの視線は同じ方向へ向けられます。というのはもちろん、手紙への返事をしてからここまで、一言も喋っていない兄ちゃんのほうなのですが、
「庄子」
「ん」
「……あ、ごめん、まだちょっと無理オレこれ」
 今度は「いつの間にか」ではなく目の前で、そっぽを向いてしまう兄ちゃんなのでした。それだけだったらちょっとくらい意地悪な言葉を掛けていたのかもしれませんが、その声の震え様から、そんなことをしてやろうとはとても。
「はは、兄のほうは情けないことだな」
「仕方ないだろ、オマエと庄子の話とか。ここでこうなれなかったら、何でこうなれるんだよ、オレ」
 …………。
 成美さんの、じゃあ、ないんだ。
 震えた声でもはっきりそう言ってくれた兄ちゃんに、じゃあこっちとしても今日くらいは、なんて、あたしとしてはそんなふうに思わされるのでした。
 今話している内容とは違ってしまいますが、でも。
「兄ちゃん」
「ん」
「ありがとう、今までのこと」
 何のことを指した言葉なのかというのは、あたし達兄妹にとっては自明なことです。
 あの日。あたしがもう居なくなってしまった筈の兄ちゃんの声を聞いたあの日から、今までのこと。そのうちのどれとは言いません。全部です。
「…………!」
 兄ちゃんは声にならない声を挙げ、それと同時に床についたその手は、皮膚の色が変わるほど硬く握り込まれていました。
 そんな兄ちゃんに成美さんが寄り添います。俯けられた顔を更にその下から覗き込むようにし、そうしてふっと微笑んだあと、膝立ちの姿勢を取ったその小さな身体で兄ちゃんを優しく抱き留めるのでした。
 それが引き金になったように、兄ちゃんは声を上げて泣きました。押し殺そうとはしているようでしたが、とても押し殺し切れないようでした。その泣き声とあの握り拳に、自分がどれだけ大切にされていたかが表れているようでした。
 もっと早く言っていれば今成美さんがしていることをあたしがしていたんだろうな、なんてふうに思ってみると、少し胸がちくちくしないでもありませんでした。

「悪い、ありがとうな」
「もう大丈夫か?」
「おう」
 落ち着きを取り戻した兄ちゃんがそう言うと、成美さんは抱き留めていた腕を緩めて兄ちゃんの顔を確認し、もう一度ぎゅっと抱き留めてから、そうなる前までのように兄ちゃんの隣へ座り直しました。
 ああ、もう本当にこの人なんだなあ。
 なんて、主語がはっきりしない感想を持ってみるあたしなのでした。
「庄子も悪いな、変に時間取って」
「ううん。これくらい、兄ちゃんがあたしに使ってくれた時間を考えたら」
「追い打ち掛けようとすんなよ」
「あはは、ごめん」
 偽らざる本音ってやつでもあったんですけどね。
「――で、話途中で止めてたけど、オレからもありがとうな庄子。成美を義理の姉ちゃんとして受け入れてくれって話だったのに、なんかオレのこともいろいろ考えてくれたみたいで」
「改まって感謝されるとむずむずするけど、でも今日は素直に聞いとくよ」
 大好きな成美さんのためだし。
 ……大好きな兄ちゃんのためでもあるし。
 それはさすがに口にできないでいたところ、すると兄ちゃん、さっき手で拭ったばかりなうえにそもそも成美さんの服に染み込ませてもいた以上、もう水分なんて綺麗さっぱりであろう両の瞼を念入りにごしごしと。そして、その手で量の膝をぽんと叩いて言いました。
「うし、じゃあそろそろいいか」
「何が?」
 尋ねてみたところ、兄ちゃんは顎で私室の方を指しました。ああ、そういえば。
 ……変なこと言わなかったっけかな、あたし。
 立ち上がった――いや、膝立ち止まりというさも気だるそうな姿勢でずるずると私室の前まで移動した兄ちゃんは、閉じられたままのふすまをすっと開け放ちました。
 ら。
「庄子ちゃーん!」
 するるるるーっ! とナタリーが凄い勢いで突進してきました。うーん、人によっては気絶しかねない状況なんだろうなあこれ。
 とはいえそこは仲良しであるところのこのあたし、驚いて身を引くどころか逆にさっと手を差し出してみせます。となればナタリーは、勢いそのまま手、腕、肩とあたしの身体を這い上ってきました。
「いらっしゃい!」
「お邪魔してます。……で、いいのかな?」
 102号室ならまだしも、ここ兄ちゃん達の部屋だけど。
「ふふ、いっそ逆かもしれんぞ? 庄子はわたし達の身内なのだし」
 言われてみればそうかもしれません。抱き締めていいですか成美さん。
 ともあれ、そういうことだそうなので。
「いらっしゃい、ナタリー」
「お邪魔してます」
 ああ、さっきみたいな話の後だと余計に和むなあこの素直さ。あたしがもし男だったら和みが高じて好きになっちゃうかも――と、それはちょっと困るかもなあ、なんて、今好きな人の顔を思い出しながら。
 するとそこへ、「じゃあ私もお邪魔しますよっと」と意識と視界の外からそんな声が。ついでに胸の辺りにじっとしてなきゃまず気付けないくらい小さな小さな感触が。
「それだとこの部屋ってよりあたしの胸にお邪魔してるみたいじゃないかな、フライデー」
「そのつもりだったよ?」
 だったよ? じゃないよこのおっさんは。いや実際におっさんなのかどうかはよく分からないんだけど。
 人間のおっさんだったらこれもう警察呼ばなきゃなんないんだろうなあ、なんて思いつつ苦笑いを浮かべていたところ、すると他にもまだあたしの方へ近付いてくる人影が……って、ええ、まあ、人ではないんですけど。
「あ、旦那さんも来てたんだ」
 人かどうかはともかく二つだったその影の一方、ジョンの頭を撫で付けたりしながら、そういえば手紙に旦那さんの名前も出てきたな、なんて。まあ名前じゃないんですけどね。
「うむ。家守達がいれば話ができるようにしてもらっていたところだが、まあ大体の流れくらいは察しているんじゃないか?」
 成美さんはそう言ってくるわけですが、
「となると、流れを察したうえで成美さんでなくあたしのほうに来たっていうのはどういう?」
 旦那さん、ジョンと一緒にあたしの膝元へ歩み寄ってきていたのでした。
「ふふ、わたしや大吾を泣かせた悪者をやっつけに行ったのかもしれんな」
「ええ」
「もちろん冗談だ。泣かせたのは本当にしても、ならばそこからお前をどう思うかというのは、な」
 だといいんですが。
 ともあれ膝元まで歩み寄られていて何もしないままというわけにもいかないので、そちらへ手を差し出してみます。ちょっぴり程度は恐る恐るなところもありはしたのですが、
「ひゃわっ」
 指先をぺろっと舐められました。実際の感触は「ぺろっ」どころか「ざらっ」でしたがそれはともかく、となるとこれはつまり、こういう?
 差し出していた手でそのまま喉の辺りをくすぐるようにしてみると、気持ち良さそうに低い声を上げる旦那さんなのでした。
「惚れられたかもな?」
「またまた、それも冗談ですよね成美さん?」
「さあ、これについてはどうだろうなあ」
 …………。
 すいません、あたし他に好きな人がいますので。
 いや結局は冗談なんでしょうけどね?
「ふふん、まあしかし、そちらがそんな様子ならこちらはこうせねばなるまい」
 いつもの得意そうな調子を取り戻したらしい成美さんは、そんなことを言ってすっと立ち上がったかと思うと、兄ちゃんの足の上へその小さなお尻をどかっと落とすのでした。
 ううむ、あれと今のこっちの状況は対応したものと言えるんでしょうか……? それとも、旦那さんかジョンを膝の上に座らせるべきなのでしょうか。旦那さんはともかくジョンはきつそうですけど。
「成美」
「ん?」
「ちょっと痛かった」
「おお、済まん。つい勢い余って」
 なんかもう、本当に切り替え早いなあ。いいことだけど。
「あ、そういえば」
「どうした?」
 こっちも見習って切り替えようか、なんて思ってみたところ、本当に切り替わらざるを得なくなってしまう話を思い出したのでした。都合よく反応したのが成美さんということもあって、そりゃもう躊躇いなくさらっと尋ねてしまいますが、
「タンスに手紙置いた時、ブラ弄ったのってやっぱり成美さんですよね?」
「…………」
 …………。
「ばれたか?」
「配置変わってましたし」
「むう、元通りにしたつもりではあったのだが。あまりあてにならんものだな、記憶なんて」
 あたしもその記憶から配置が変わってることに気付いたんですけどね。と、そこはまあ毎日見てるか一目見てるだけかの違いなんでしょうけど。
「そういやオマエなんか言ってたよな、そのブラ弄ってた時」
 見てないで止めろよ! いや止めなくてもいいけど見るなよ!
 と言いたいところではあったのですがしかし、そんなあたしなんかより成美さんの方がよっぽど酷く慌て始めてしまったので、言いたかったことは引っ込んでしまいました。
「ばばば馬鹿者大吾お前、元通りにしたつもりだと今言っただろう? そんな話をして構わないのであればそこまでしないとは思わないのか? せっかくさっきあんな話ができたというのに台無しだぞ? さすがにちょっと泣くぞ?」
「わ、悪い悪い」
 つまりはそういうことになってしまうようなことを言ったんですね、ということにはなるわけですが、しかしそんな論理的思考を働かせるには馬鹿馬鹿しい話でもあるわけです。だって、ブラですよ?
 というわけで何を言ったか聞き出そうとする気は起きなかったわけですが、しかし成美さん、すっかりしょげてしまったのか、がっくりと肩を落として、
「それだけしっかり育っているなら、もう少し色気のあるものを選んでもいいのではないか、と……」
 と、白状してくれました。してくれたっていうのもちょっと違うかもしれませんけどね、この場合。
 そして成美さん、そうしたところでまだ見せる相手がいないわけですよ。というか、相手がいたところで見せていい年齢ではないわけですよ、一応。しかもその候補はそのあたしより更に年下ですし――ああいかんいかん、考えるだけでいかんぞこれは。
「色気って言うならあたしより成美さんでしょ、今は」
 というわけで、逃げに入ることにします。
「そうなのか? 大吾」
「確かにオレに訊くところだろうけど、でも訊かないでくれ」
 それってつまりは否定するつもりはないってことだよね、というのは成美さんにも分かったようで、
「しかし何分、この貧相さだからなあ。似合う似合わない以前に、合う大きさのものがあるのかどうか……」
「いや別に、そういうのはボインボインな人専用に作られてるわけじゃないんですから」
 確かに、例えば家守さんなんかはものすっごく似合うんでしょうけど。――しかしだからといって、その対極である成美さんには似合わない、なんてことはないんじゃないでしょうか? いや、ない筈なのです!
 耳を引っ込めている今は確かに可愛いばかりで色気という点では劣ってしまうかもしれませんが、これが耳を出した時はどうですか!? あの美人ぶりですよ!? そりゃまああたしだってそんなものに手を出した試しはないわけですから想像でしかないですけど、もし成美さんがセクシー系の下着を身に付けてたりなんかしたら――!
「鼻の穴広がってるぞ庄子」
「ふんが」
 いかんいかん、慕い方を間違えた。
 おほん。
「じゃあ、今度一緒に買い物に行く機会があったりしたらちょっと見てみます?」
 メインではなく飽くまで他の買い物のついで。義妹として一緒にショッピングを楽しむついでに、たまたまそういう店に立ち寄ってみたと、そのくらいがいい塩梅なのでしょう。そもそもそんな所行こうとするなよ、という突っ込みを無視するとしたら。
 そしてそれはともかく成美さんですが、気後れしがちながらもだんだんと微笑みを浮かばせてくるのでした。
「う、うむ、頼もうかな。前にも似たようなことがあった気はするが」
「服なんてどんどん買っちゃっていいんですよ?」
 という話に下着を含むのが一般的かどうかは分かりませんが、まあしかし咎められるようなことでもないでしょう。幽霊はお金を使おうにも使い道に困ってしまう、なんてことくらいは、あたしでも知っているのです。
「見せる相手が兄ちゃんってんなら、あたしとしても気が楽ですし」
「逆じゃねえかなあ……っていうか、オマエが平気でもオレが困るような。オマエが選んだヤツだって分かるわけだろ?」
「下着姿の成美さんを前にしてあたしの顔を思い浮かべるような余裕があるの?」
「…………」
 黙り込むんじゃないよ生々しい。
「ああ、ちょっと前に私もされたよそういう話」
「ん?」
 兄ちゃんが作り出した沈黙を破ってきたのはフライデーでした。優しいね、と、そういうことになるのかどうかは分かりませんが、
「大吾君にキスしてやって、これで成美君とキスしたら私と成美君が間接キスだぞふっふっふ、なんて言ってみたらね、大吾くんとキスする時に私のことを思い出す余裕なんかないって言われちゃってね」
 話の内容は全く優しくないのでした。それが冗談で済まされるっていうのは本当に凄いですよね、ここ。
「あらまあ」
 しかしそれはそれとして、どうなのでしょう。さっき兄ちゃんに言った下着姿の成美さんを前にしても云々、というのはもちろん冗談なのですが、好きな人とするキスというものは、そんなふうになっちゃうものなのでしょうか?
「キスっつっても腹だぞ腹。そもそも口ねえだろソイツ」
 んなこと気にしてないんだけどね、こっちは。
 ということで、気にしていることに関連した質問を。
「兄ちゃんはどう? やっぱり他のこと考える余裕とか無くなっちゃう感じ?」
「オマエ、本当にオレのそんな話聞きたいのか? 成美の方はまだ分かるとしても」
「兄ちゃんの話っていうよりは男の人の話って感じかなあ」
「あー、清明くんな」
 名前出すの勘弁してくれないかな。妄想が進展しちゃうでしょうが。
「ど、どうだ? 大吾」
 成美さんが返事を急かしました。ああもう、本当に可愛いなあこの人。
 で、となれば兄ちゃんの方もここで初めて照れた感じになってくるわけです。可愛いねえ、けっけっけ。
「……そりゃまあ、どっちか片方だけがどうのこうのってことはないだろやっぱり。意見が一致してるっていうか――」
「気持ちが通じ合ってるっていうか?」
「そういうことになるんだけどそういう言い方すんなよもう。で、まあ、そうでもなかったらキス自体しないだろうしさ。相手にその気がないのに無理矢理ってわけにもいかないだろ、やっぱり」
 実際そこまで極端な話でもないとは思うけど、でもまあそう心掛けるというのは悪いことではないのでしょう。うん、褒めてやるぞ兄ちゃん。成美さんもすっごい嬉しそうにしてるし。
「そうは言ってもまああれだ」
 そのすっごい嬉しそうな成美さん、自分が座っている兄ちゃんの膝をぽんぽんと叩きながら、いかにも得意げに話し始めます。
「普段からこれだからな、わたし達は。その気、というのが全くない時の方が少ないということはあるのだろうさ」
「んー、まあ、そうかもな」
 えらく甘々なことを言っちゃったなあ、なんて思ってもみたのですが、しかし直後に兄ちゃんもそれを肯定してみせるのでした。とはいえそう「かも」という辺り、自覚はないけどそうなんだろうな、ということではあるんでしょうけどね。そりゃまあ毎度毎度そんな自覚を持ちながら膝の上に座らせてるんじゃあ、ただのスケベですし。
「しかし、そうなるとどうなのだろうな?」
 ここで何やら疑問が浮かんだらしい成美さん、小首を傾げてみせました。となれば兄ちゃんは「何がだ?」と胸元の成美さんを見下ろすわけですが、
「いや、普段からこんなふうになっているのはわたし達が特別そうなだけだ、ということくらいは分かっているのだが、しかしそうなると他の皆の場合はキスに至る垣根が少し大きくなるわけだろう? 普段の生活の中でその垣根を越えるのはどういった時なのかなと」
 なるほど、それは面白そうな話です。そこのところをしっかり把握できれば活用の機会も――いや、今のところは残念ながらまだないわけですけど。残念ながら。
「キスったってまあいろいろあるからなあ。ナタリーなんかも感謝の意味でキスしてたりするだろ」
「そうですねえ。というわけで庄子ちゃん、何か感謝できることってない?」
 ええっ。
「あとはまあ……そんなことしてる奴滅多にいないだろうけど、いってらっしゃいとかおかえりとかの」
「なに、そんな理由でもしていいものなのかキスは」
「いやいや、だから滅多にいないもんだからな? そんなことする奴」
 何処か離れた場所、少なくともこの部屋の外からくしゃみをしたような声が聞こえた気がするのは気のせいなのでしょうか。
「そもそもオレらの場合だと、どっちかだけ出掛けるってことがあんまりないだろ」
「むう、確かにそれはそうだ」
 ちょっと残念そうな成美さんなのでした。機会があればキスをしたい、という甘ったるい望みを隠そうともしていないわけですが、しかし一方でやたらめったらするのではなく節度はしっかり保っている、ということにも――なると思います。きっと。


3 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-11-12 22:09:04
毎晩お疲れ様です!
いつも楽しく読ませてもらっていまーす
今日、ふと「新天地はお化け屋敷」カテゴリーのところを見てみたら、555だったんで
ゾロ目だー!って喜んでコメントしちゃいましたw
すごい根気ですね
私も小説書こうとしてるんですけど…。
最後まで書き上げられたことがほとんどありません…orz
これからも楽しみにしてます!
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Unknown (代表取り締まられ役)
2013-11-13 21:45:08
コメントありがとうございます。
記事数555……ううむ、我ながらよくもまあこんなに書き上げたもんだ。
とはいえそれについては特に、というか全くもって「頑張った」なんて自覚はなかったりします。毎日6時から9時の間に2000字書き上げるこの作業はもはや、日に3度の食事並みに生活の一部と化してしまっているのです。もしサボったりしてもどうせ他にやることがない、くらいの。

というわけで、とにかく作品を書き上げたいということであれば「毎日何時から何時までを執筆時間とする!」と決めてしまっては如何でしょうか?
取り敢えず空いた時間にでもやっとこう、みたいな感じだと他の用事に押し流されがちになるでしょうし。

――とまあ、それだってよっぽどの暇人でない限りは丸1年中続けるなんて無理なんでしょうけどね。もちろん私のことなんですけど。
……もうすぐ7年になりますか。
これからも当ブログをどうぞご贔屓に。
執筆のほうも是非、頑張ってください。

ついでといってはなんですが……。
下の方にもう一言、作品を最後まで書き上げるためながら若干気持ち悪いアドバイスを書いておきます。
ドン引きしても当方は責任を負いかねます。







作中の登場人物に惚れてください。
途中で見捨てられないくらいに。
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Unknown (Unknown)
2013-11-13 22:27:50
アドバイスありがとうございます!
感謝感激です!
なるほど。習慣化しちゃえばいいんですね
やってみます

あと、登場人物に惚れ込む ですか~w
確かにここの小説たちは、作者様の愛情がこもってるって感じがします
こっちもやってみたいです!

ためになるお話ありがとうございます!
これからも、楽しみにしてますね!!
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