(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 三十四

2015-02-27 20:56:08 | 新転地はお化け屋敷
「落ち付いた頃ならいいけど、今の段階の孝一成分か……」
「そこまでにしといてね? 何を言わんとしてるのか知らないけど」
 新婚なくせに理屈ばかりじゃ駄目だなどと忠告を受け、そしてそれを肝に銘じないといけない状況にあると自覚してもいる僕、もとい僕達ではありますが、とはいえそりゃあ新婚なりのあれやこれやが全くないというわけではありません。
 ええ、どろどろねばねばしていることでしょうね、今の段階の僕成分とやらは。それの何が悪いと仰るのか。
「大丈夫ですお義父さん。何を言わんとしてらっしゃるのかは私も分かりませんけど、それが何であれ孝さんが『そう』なら私も『そう』でしょうし」
 そこまで言っておいて分からないというのも白々しいこと限りないのですが、しかしそもそもそれ以前に、栞と僕が一緒だということが解決に繋がる問題なのでしょうかこれは。むしろ悪化するだけのような。
 ……そりゃあ、歓迎はしますけど。
「ははは、なら大丈夫ですかね」
 息子が宜しくない状態をこそ歓迎したいという板挟みの目に遭っているその横、もとい真正面で、お父さんはそう言って笑ってみせるのでした。
 ので、
「それで大丈夫なの?」
 つい訊き返してしまいました。広げに掛かるべき話題でないということは明白だというのに、です。
 しかしお父さん、こちらが懸念したような話題の広げ方はせず、落ち付いた口調でこう返してきます。
「よく言うだろう、人の振り見て我が振り直せって。直せるもんなんだよ、そんな状態でも」
「なるほど……」
 これには普通に納得、どころか感心させられてしまいました。そうですよね、誰でも自然にやってることですよねそれって。そのよく耳にする文言を意識して初めてできること、というわけでもないんでしょうし。
 で、誰でも自然にやっていることだと言うのであれば、それはもちろん僕達にだって適用される話だったりもするわけです。
「そういえば私達もちょっと前まで、『あんまりいちゃいちゃし過ぎないようにしよう』なんて決め事してたもんね」
「なんだ、良い具体例どころかそのものずばりじゃないか孝一」
「まあ、ね」
 そういえば、と栞はそう言いましたが、僕としても同じく「そういえば」というような話ではあるのでした。しかしそうして思い出してみたところで、あまり胸を張ってうんと言えるような思い出ではなかったりもするのですが――。
「それって要するに、そうしなきゃいけないくらいいちゃいちゃしてたってことよね?」
 そうなんですよお母様。気付かないでくださいよお母様。
「すいませんお義母さん。色々とこう、その――何とも言い難いんですけど」
「うふふ、いいのよ楓さん。ただいちゃいちゃしたいからしてたってわけじゃないんでしょうしね、どうせ」
 許してもらえたのは良かったとして、どうせって何よどうせって。と、そんなふうにも思ってみたのですが、
「なんせあなた達、こっちからいちゃいちゃしなさいって言わなきゃならないくらいなんだから。そうなった――いえ、そうした、かしらね? そうした事情とか理由とか、なかったわけじゃないんでしょう?」
 ぐうの音も出ないのでした。事情も理由も知っているくせに疑問形で尋ねてくる辺りなんて、いっそこっちから卑怯だと糾弾したいくらいです。まあ、実際に返事をしたのは僕でなく栞だったのですが……。
 というわけで栞、気後れすることなく「はい」と。
「私の場合、『そうした』と言うよりは『そうしてもらった』なんですけどね。その事情とか理由とかを考えると」
「それを言うんだったら孝一だって、『そうした』と言うよりは『そうしてあげられた』でしょうけどね。ねえ孝一?」
「卑怯だなあ、本当に」
 したかったところへ更にしたくなるようなことを言われてしまったので、してやりました。確信してるんだったらわざわざ僕に確かめなくてもいいじゃないですか。栞だってそれだけで納得するでしょうに。
「でもまあそれも、突き詰めたら結局は『そうした』に戻るんだろうけどね」
 もう一言くらいは言い返しておきたい、という幼稚な理由からそんなふうにも言ってみたところ、
「あら、それはどういう?」
 と面白そうにしているお母さん。待ってましたと言わんばかりですが、するとつまり僕は、まんまと釣り上げられてしまったということになるのでしょうか?……まあ、そう思ったところで手遅れですし、だったらこのまま続けますけど。
「どっちがしてあげたとかどっちがしてもらったとか、無いとは言わないけど薄くなってくるでしょそういうのは。夫婦仲が冷めたとかの話じゃなくて――ええと、何と言うか」
「気の置けない間柄ってやつ?」
「そう、それ」
 自力で思い付きたかったところではありましたが、そこはまあ仕方ないとしておきましょう。
 というわけで、そういうことです。その「気の置けない間柄」というのは何も夫婦のみを指す言葉ではないわけですが、しかしだからこそ、夫婦をその対象とする際は余計に、ということにもなってくるんでしょうしね。
 聞こえの悪い話かもしれませんが、長く一緒に暮らしている相手に対する些細なことへの気遣いやそれに対する感謝といったものは、そりゃまあ段々と薄らいでくるものなのでしょう。例えば毎日毎食「ご飯作ってくれて有り難う」なんて言われ続けたら、それはなんだか逆に息苦しかったりするでしょうしね。
 ……とはいえ僕のことなので、いざ本当にそうなったら普通に喜んでいたりもしそうですが。
 実際に言ってもらって確かめてみようか――などと馬鹿馬鹿しいにも程がある案を検討してみていたところ、しかしその案を却下するよりも栞が「ふふっ」とくすぐったそうに微笑むほうが先なのでした。
 であれば却下前提の案などそれ一発でどうでもよくなってしまい、であればそれはともかくとしておいて栞、その微笑みの内訳についてはこんなふうに。
「なんだか、嬉しいなあ。そういう昔からありそうな言い回しに自分が当て嵌まってるって」
「と、いうのは?」
「普通の人達が普通にやってることを私も普通にできてるんだなあってね」
 普通普通と連呼するとなんだか逆に蔑んでいるように聞こえなくもないのですが、もちろんながらそういう意味ではないのでしょう。自分は「普通の人」ではないのに、と、栞が言っているのはそういうことです。
 であればそれに対する僕の返事は、
「そっかあ。じゃあ、栞がそれくらいのことで嬉しがれなくするのを当面の目標にしようかな僕は」
 ということになります。他にどうなりようもなく。
「おっと、もしかして今のは失言だったかな?」
「だったかもねえ」
 目一杯普通にしてやるので覚悟してくださいね。
「ははは、もう一から十まで語り合う必要もないってことか」
「親がしゃしゃり出る幕はなさそうですね。……なんて、とっくに分かってたことですけど」
 恐らくは、今の遣り取りに幽霊という単語が一度も出てこなかったことを言っているのでしょう。そう言って笑い合うお父さんとお母さんなのでした。
 僕としては別に意識してそうしたわけではなく、なのでこうなったのはたまたまでしかないのですが――とはいえ、そうですね。この件に関しては特に、親に心配を掛けるような状況は避けたいところです。
 栞が幽霊であるということ。
 それについてはもう親という立場や年齢を指して「先達」となるような話ではなく、なのでその話に関して両親に心配を掛けるというのは、ただただ単純な失態でしかないのです。どちらかと言えば僕の方こそ先達に当たるわけですしね。
 僕に任せると言ってくれたお母さんは、優しい口調で「そういうことでいい? 栞さん」とも。
「はい、孝さん一人で大丈夫です。……それ以上に、孝さんだけに預けたいです。これは」
 問い掛けられた栞は、少しだけ申し訳なさそうな色も含めながらそう言いつつ、自分の胸に手を当てるのでした。
 栞が抱えるものについては両親にも知らせてきたわけですが、しかし唯一、その胸の奥にあるものについてだけは両親にも知らせていません。ならば両親からすればいま栞が言った「これ」というのは、単に自分が幽霊であるということだけを指すものに映ったことでしょう。
「ふふ、いいのよそんな顔しなくても。夫婦だもの、それくらいのものはあって当然なんだから。むしろないと駄目なくらい?」
「言ってることはもっともだけど、俺に言う場面だったかなあ……」
 途中までは栞に語りかけていたお母さんは、しかしその途中からお父さんの方へと顔の向きを変えていたのでした。そこでお父さんが苦い顔をするというのは果たして、その合って当然のものがないということなのか、それともあるということなのか。
 どちらにしても結果が同じというのは、なんともまあ辛い立場なことで。
「まあ、じゃあ、話を振られたところでまたちょっと話をさせてもらうけど」
 話を振られたというのとは少し違う気がします。ので、それは話題を変えに掛かったということなのでしょう。――なんて分析をするのもやや気が引けるので、ならばそれについては思うだけに留めておきまして。
 さて、お父さんから何やら話があるようです。
「今出てきた孝一と栞さんの間だけで済む、いや済ませるべき話については別として――父さんがしてきた話、あるだろ? あれやらこれやら」
「有耶無耶な言い方で一纏めにして全部自分の手柄にするつもりですね?」
「うむ」
 話をする側に立っていたお父さんではありますが、それに対しては僕や栞、それにお母さん三人から反応なり横槍なりもあったわけで、ならばずっとお父さん一人が語り続けていたわけではないのですが――というような説明が手遅れになるくらい、あっさりと頷いてしまうお父さんなのでした。むしろ誇らしげですら。
「その父さんの手柄であるところの話に対して、孝一も栞さんもいい顔してくれたわけだけど……あ、いや、順番が逆かこれじゃ。いい顔してもらえたから手柄なんだし」
「すぐボロが出るものですね、無理をすると」
「うむ」
 それはもういいですから。
 と僕がそう言うよりも先に、全くそこに頓着することなくお父さんは話を続けてしまうわけですが。
「でもその話っていうのは全部、今ここでする必要があったかって言われるとそうではないんだよ」
「……そう?」
 今度は返事が間に合いましたが、しかし間に合った割には素早い応答だったというわけではなく、加えてニッと笑んでみせたお父さんの反応を見る限り、どうやら間に合ったというよりはむしろ返事を待たれていたようなのでした。
 で、その返事の中身なのですが――そりゃまあ確かに、今ここで絶対にしなければならない話だった、なんてことはないのでしょう。
 お父さんに倣って有耶無耶な言い方で一纏めにするのであれば、ここまでの話というのは人付き合いに関するものです。ならば今日まで上手くいっていたものが今日この話をしなかったことで全部ご破算になる、なんてことにはもちろん成り得ないわけですしね。
 しかし今更言うまでもなく今日は特別な日であり、それは転じて何かしらの節目とするにはうってつけな日ということでもあります。意識改革、なんて言い方をすると仰々しいことこの上ありませんが――気持ちを新たにするということであれば、「今ここでする必要があった」ということにしてしまっても違和感はなかったのでは、とそう思うのですが……。
「本当にいい顔してくれるなお前は」
「ですよね」
 文句の一つでも返してやろうかと思ったら、そんな僕より栞の方が同意してみせる方が素早いのでした。くそう、愛されてるなあ僕。くそう。
「で、なんで今する必要がなかったのかって話なんだけど」
「はい」
 同意したのに引き続いてということなのか、相槌も僕ではなく栞から。どうせ僕と同じくらい気にしてるだろうに何で真っ先に食い付いたのが僕の表情の話なんですか、とまあ、それはもうそれくらいにしておきまして、
「今ここでそういう話が出たから次からそうしよう、というようなことではないからです。言ってしまえば全部、今までだって無意識のうちにしてきてることなんですよ」
 と言われた栞は、しばしの間考えるような仕草を。もちろんその隣では僕だって同様に頭を働かせ始めているわけですが、しかしそうしたところで恐らくは――。
「そう、ですね。言われてみれば」
 同じ感想を持つことになるのでした。やはり。
 それを聞いたお父さんは、何も言わないでいる僕の方も確認したのち、ふっと鼻を鳴らします。
「栞さんも孝一もそうやってここまで立派にやってきたわけですし、そのうえ環境にも恵まれてるみたいですしね。だから極端な言い方をすれば、私や母さんが口を出す必要は元からないってことでもあるんですよ」
 その言い分に対し、栞は即座に「そんなことは」と否定しに掛かるわけですが、するとお父さんはこれを手で制します。
 その止め方というのはやや強引なところがあるようにも感じられるわけですが、しかし普段はそういうところがないお父さんだからということなのか、
「そんなことはあるんですよ、栞さん」
 そんな言い分も含め、それに気を引き締められこそすれ不満が湧くようなことはないのでした。
「もちろん、今後何があるかは分かりません。場合によっては二人だけではどうしようもなくなって、私や母さんが助けに入らないといけなくなるようなことだって起こり得るでしょう。――でも栞さん、それでもやっぱり、現状では口出しの必要がないほど立派なんですよ。栞さんも、栞さんの旦那も」
「…………」
「口出しの必要がない私達が、それでも二人に何かしてあげられることがあるとすれば、そこしかないですからね。二人とも親が口を出す必要がないほど立派なんだということを知らせて、自信を持たせてあげるっていう」
「お義父さん……」
「言い逃れはできませんよ? 今まで感心してくれていた私の話が、実は自分達が今まで普通にやってきていたことだったということを、いま納得してくれたばかりなんですしね」
「……はい」
 誇張なく言い逃れが出来ない状況に立たされ、ならば他にどうしようもなくこくりと頷いてみせた栞は、どう見ても涙を堪えている様子なのでした。
 その時の栞の心情というのは、一言で言い表せるようなものではないのでしょう。だから、ということでもないのですが、わざわざここでそれを言い表しはしないでおきます。
「大丈夫ですよ、一人じゃなくて二人なんですから。自信満々で何かにぶつかってポッキリ折れそうになったとしても、もう一人自信満々な奴が隣に控えてるんですしね。万が一、二人一緒に折れそうになった時だけ私達を頼ってくれれば、こちらとしてはそれで」
「はい。ありがとうございますお義父さん、それにお義母さんも」
 そう返す頃には、先程の涙をすっかり飲み込んでしまっている栞。それだけを見ても、この人が隣に控えているから大丈夫だという話には疑問を生じさせる余地すらない、と言うほかないところでしょう。
「手応えが無さ過ぎるくらいですけどね、二人揃って出来が良いっていうのは」
「おっ? 寂しいのか?」
「だから必死に追い縋ってるんでしょう? あなただって」
「はは、まあちょっとはな。……いやいや、必死とまでは言うなよ」
 お母さんは否定をせず、お父さんはやや語気を落とし。
 何がどうしてそうすることになったとは言いませんが、大きく息を吐き呼吸を整えようとしてから、「まあ、そうだよね」と。
「助け合っていくことなら、何かあっても基本的には二人の間だけで完結させないとだろうし」
 助け合う、という言葉それ自体は「第三者に助けを求めない」という意味を含むものではありませんが、とはいえ前提、もしくは努力目標として、それを掲げておくべきではあるのでしょう。それを抜きにして初めから第三者の介入ありきで物事を捉えてしまったら、「二人で」夫婦になった意味が薄れる――無くなってしまいかねないわけですしね。
 するとその二人のうちもう一人は、小さく笑ってからこんなふうに。
「それだって、今までもそうしてきたことではあるんだけどね。『基本的には』ってとこまでしっかりと」
 直前に気持ちを切り替えていた栞は、ならば僕とは違って声が震えていたりはしていません。そしてそれだけではなく、少し前に僕がそうしたように、僕の手を取りやや強めに握ってくれもするのでした。
 であれば僕は、それを軽く握り返しつつ。
「……はは、まあね。人に頼ることだってなかったわけじゃないし」
 今までも、なんて言いながら、今この瞬間すら。自分も同じことをしていた以上、あまり言い過ぎると自画自賛になってしまうのかもしれませんが……しかしやはり、自分の隣にいて欲しい人を誰か一人選ぶとしたらこの人しか有り得ないな、なんて、今更ですがそんなふうに思わされてしまうのでした。
「そういうのだって捉えようだぞ孝一。周りに頼れる人達がいるからこそ、変なところで怖気付かずにガンガン前に出ていけるっていうのもあるんだしな」
「それは、うん、もちろん」
 ここでお父さんの口から出てくる「頼れる人達」というのは、自分達のことではなくあまくに荘のみんなを指しているのでしょう。と、すんなりそう思える程度に僕は、それに栞もあまくに荘のみんなをそういう目で見ていますし、ならばそのおかげで前に出ていけるというのも、無理なく納得できるところではあるのでした。
 そしてもう一つ。
 変なところで怖気付かずに、という話。それは変なところでなければ怖気付くこともあると言えてしまうのかもしれませんが……実際その通りですし、それで正しいのだと思います。
 後先考えず何にでも突っ込むのはただの無謀というものです。先程の話を持ってくるのであれば、そうして何かにぶつかり折れてしまった場合でも、隣で自信満々にしている人は助けてくれるのかもしれませんが――しかし、避けるべきところは避けるという判断ができないようでは、そもそも誰かと一緒に歩く資格はないという他ないでしょう。誰が好き好んで大切な人を危険な場所に付き合わせるんだって話ですしね。
「孝さん」
「ん?」
「顔硬い」
「ぼも」
 その大切な人の両の手で、両の頬をサンドイッチにされてしまう僕なのでした。ううむ、結婚式の日にこんな不細工面を披露することになった旦那さんは果たして、全国にどれくらいいらっしゃることなのやら。
 ……というか、
「ここはそういう顔をしていい場面だったんじゃないの? 自分で言うのも何だけどさ」
 潰された顔のままだったのでちゃんと発音できていたかどうかは定かではありませんが、そんなふうに文句を付けてみる僕。これを否定されてしまうというのは重要なアイデンティティの一つを失うも同然のような、なんて、これもまた自分で言うようなことではないんでしょうけど。
 で、栞。潰した顔を解放しようとはしないまま、にっこり笑い掛けながらこう返してくるのでした。
「うん。だから、良過ぎちゃったんだよね」
 僕にどうしろと仰るのか。
「あら、さすが若い世代は違うわね。こんな所でその気になれるなんて」
「何言い出してるのよ母さん」
「まだなってません、まだなってませんよお義母さん。ならないように踏ん張ってるんですから今。顔潰して色々台無しにして」
 …………。
「ぼほお」
 溜息すらこの調子なんですが、それでもまだ頑張りが必要な程とはこれまた結構なことで。……照れ笑いでも浮かべたらもっと酷いことになると思いますけど、どうしましょうか栞さん。
「ま、でも、今みたいな顔が好きだっていうならそれこそ安泰だな。栞さんを射止め続けようと思ったら、いちいち真面目に考え込まなきゃならないってことなんだし。なあ孝一?」
 お父さんからそう呼び掛けられると、栞もさすがに手を離してくれます。そんなことはないとは思いますが、型が付いていてはいけないので今度は自分で自分の頬を揉みほぐしたのち、
「意識しなくても勝手にやってるよどうせ。というか射止めるとか、そんなこと意識したら絶対に見破られるよどうせ」
 どうせどうせということで、意識しようがすまいが、どちらにせよ結果は見えています。であればそりゃあ、良い結果を得られる方を選ぶのが当然でしょう。
 と思ったら、
「私に良い目で見られたいから頑張る、かあ。ふふ、いいなあそれはそれで」
 両方とも良い結果にしてしまおうと画策する栞なのでした。そんなことを言われると意識したくなくてもしてしまいかねないので非常に困るのですが、なんて言ったとして、それは聞き届けてもらえるのでしょうか?
「あら。ということは、孝一は今までそんなふうにはしてくれなかったの? 栞さん」
「あはは、そんなふうにできる場面ではそんな余裕がなかったっていうか……。いえ、そこについてはお互い様なんですけど」
 ……なんともコメントがし難い話なのでした。
 もちろん、いつものように「でもそういう人だったからこそ」ということではあるんでしょうし、お互い様ということであれば僕も栞に対してそんなふうに思ってはいるわけですが……。
 そうだなあ、そういうことあんまりしてあげてこられなかったなあ、と。
 栞に良い目で見られたいと思ってこなかったわけではありませんし、ならばそれを行動に移したことだってそりゃあないわけではないのですが、しかし思い返す限り、どうもそれらはこまごましたものばかりだったというか。大きなこととなってくると、いま栞が言った通りにそんな余裕がなかったわけで。
「だってさ孝一。良かったじゃないの」
「あれ? そういう感想が出てくるような話だった?」
 どういうわけだか祝ってくれるお母さんでしたが、それはちょっと違うんじゃないか、と。いやもちろん、今そう思った通りに「でもそういう人だったからこそ」という話でもあるわけで、その点に関しては良かったで済ませてもいいのでしょうが――。
「栞さんが何をして欲しいかはっきりしたじゃない」
 ああ、なるほどそういう。
「さっきの話も合わせたら、真面目な顔して余裕を持って射止めにこいっていう」
「……確かに良い話だけど、でもだからって全部一纏めにしなくても」
 纏めている筈なのに纏まりがないというか。それら全部を同時に満たすって、人間に可能なのでしょうかそれは?
「い、今になって『射止めに来い』っていうのも、どうなんでしょうね? お義父さんもそんなふうに仰ってましたけど、でも間に合ってるというか何と言うか」
 おや珍しい、栞がそういう話で怯まされるだなんて。
「年取ってから後悔するよりはいいわよ、栞さん」
 怯んだ栞にそうやって追い打ちを掛けるお母さんでしたが、しかしそれに対してはお父さんが「あれ?」と。
「それってつまり、俺は後悔させちゃってたってことか?」
 という話にはお母さん、「あら?」と。
「私達ってもう後悔する程の年なんですか? 二人目の予定まであるのに?」
 二人目の予定。それを言われてしまうとお父さんはもう、フリーズするしかないわけですが――しかし動きこそ停止してはいるものの、見た感じ頭はフル回転させているようにも。
「……良いカード持たれちゃったなあ」
 フル回転の甲斐なく、どうやらお手上げだったようで。
「うふふ、暫くの間口喧嘩で負けることはなさそうですね」
「まあいいけどな、普段から大体負けてるし」
 でしょうね。


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