しびれる．．．阿佐田哲也 『東一局五十二本場』

実家に置きっぱなしになってた昔の本の中から抜き出してきた１冊、阿佐田哲也の短編集。（Amazonへリンク）

いいっす、これ。

ぴりぴりとしびれるような緊迫した勝負の空気がすげえクール。
さすがにマージャンのルールを知らないと流れは理解はできないけれど、かといってそれほど難しい局面が出てくるわけではない。もっぱら卓を囲む４人の関係性から来る場の空気の描写が、読む側のたるんだ性根にびしびし刺さってくる。

そういう意味では表題の「東一局五十二本場」という１作がやはり出色。
４人の男たちのキャラクターや心理が短い中にぎゅっと凝縮されていて、勝負（といっても東一局）が静かに静かに進んでいく中、張り詰めきった緊張感がオーラスならぬ五十二本場で炸裂するあたりは見事。

実のところをいえば、局面や牌の流れ、手役の進み方などにはちょっと都合よすぎることがまま見受けられる。重要局面ででかい役がかんたんにできたり、そもそも東一局五十二本場っていう設定自体があまりにぶっ飛んでる。
阿佐田哲也としての昔語り風の話などもあったりするが、細部はあくまで娯楽フィクションと思うべき。

それでもそれぞれ短い物語の中には、その場で勝負を見守っているようなドキドキする臨場感がいっぱい詰まっている。五十二本場なんていうありえない状況も、ここでは場の空気作りにしっかりはまってしまうのがうまい。
虚実が皮膜一枚で隣り合いながら、短い中でしっかりとしたリアルさを持った物語に結実させているのは見事だと思う。

「阿佐田 哲也」としての麻雀小説も「色川武大」としての純文学作品も、本人の言う"ひりひりとした"真剣勝負の緊迫感から脱落した男の悲しさのようなものが常に付きまとっていて、独身の若造時代に読んだときより、中年になったいま読み返したほうがいっそう面白い。

加えて言えば、代表作の『麻雀放浪記』各編はやはり面白いし、映画版の『麻雀放浪記』も原作の雰囲気をよく出したいい映画だったと思う。映画版だったら麻雀わからなくても楽しめるんじゃないだろうか？