戦争や原爆の悲惨さを描いた漫画「はだしのゲン」を大阪府泉佐野市教委が1月、市立小中学校の図書室から回収し、子どもたちが今月19日まで読めない状態になっていたことがわかった。作品に「差別的表現が多い」として問題視した千代松大耕(ひろやす)市長(40)の要請を受け、中藤辰洋教育長が指示したという。

 市教委は20日、各校に返すとともに、差別的表現について何らかの指導をするよう求める方針だという。

 市教委や校長らによると、昨年11月、中藤教育長が一部の小中学校に「市長が『ゲン』を問題視している。図書室から校長室に移して子どもらの目に 触れないようにしてほしい」と口頭で要請。今年1月には、市立小中学校18校のうち、「ゲン」を所有する小学校8校、中学校5校に対し、市教委に漫画を 持ってくるよう指示した。集めた作品は市教委が保管していた。

 松江市教委で「暴力描写が過激だ」として市立小中学校の図書室で閲覧を制限していた問題が昨年8月に発覚したのを受け、泉佐野市教委は各校に「ゲン」の所有状況を調査していた。

 千代松市長によると、市長自身も作品を読んだうえで、「きちがい」「乞食(こじき)」「ルンペン」などの言葉について、教育長に「問題が多い」と伝えた。時期は覚えていないという。

 千代松市長は取材に対し、「漫画の内容ではなく、差別的な表現が問題だと思った。泉佐野は市全体として人権教育に力を入れており、教委には、漫画を読んだ子への個別指導が必要ではないかと伝えた」と話した。

 一方、泉佐野市立校長会は1月23日、「特定の価値観や思想に基づき、読むことさえできなくするのは子どもたちへの著しい人権侵害だ」として、回収指示の撤回と漫画の返却を求める要望書を教育長に提出していた。

 中藤教育長は「市教委が閲覧制限のようなことをしたのは望ましいとは言えないが、不適切な表現があるのは事実。市長が求めるように、読んだ子を特定して個別指導するのは物理的にも困難だが、何らかの指導は必要だ」と話した。(編集委員・西見誠一、倉富竜太)

 ■人権教育通り越して言論弾圧

 表現の自由に詳しい独協大法科大学院の右崎正博教授(憲法)の話 作品は作られた時代の影響を受けており、今日的な観点から「問題がある」として作品全体を見せないのはよくない。漫画の一部を捉えて、本全体を読めないようにすることが許されれば、人権教育を通り越して言論弾圧につながる。「ゲン」にとどまらない重大な問題だ。

 教育委員会が権力的立場から一定の制限をすべきではないという松江市の教訓が生かされていない。もし差別的な表現で問題があるというならば、批判的な見方もあることを示せば足りる。受け手の判断に任せるべきだ。もし、読んだ児童・生徒を個別指導するとなれば、誰が読んだか調査することになり、かえって重大な問題を引き起こしかねない。

 ■「全体を見て」作者・故中沢啓治さんの妻ミサヨさん

 「はだしのゲン」の作者、故中沢啓治さんの妻、ミサヨさん(71)は「一部分だけを取ってそのように扱うのは、とても残念。夫が生きていれば怒って、反論したと思う。ゲンは、子どもたちに強く生きて欲しいというメッセージを込めた作品。全体を見てほしい」と話した。

 差別的表現が問題とされたことについては「あくまでも、漫画としての当時の描写。もしゲンが文章だけの作品だったら、これほど読み継がれなかったでしょう」と話した。

     ◇

 〈「はだしのゲン」と閲覧制限問題〉 「ゲン」は広島の原爆で父やきょうだいを亡くした故・中沢啓治さんの自伝的漫画で約20カ国語に翻訳されている。2012年、松江市議会に市民が「誤った歴史認識を植え付ける」と、小中学校からの撤去を陳情。不採択となったが、市教育委員会が「暴力描写が過激」などとして、市立小中学校に閉架を求めた。批判をうけ、市教委は閲覧制限を撤回。その後、神奈川県東京都などでも、「描写が残虐」「国歌を否定している」と、撤去などを求める請願・陳情が相次いでいる。

 

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