毎日新聞が「特集ワイド」で
広がるか「落選運動」 強引な政治に憤る有権者 強硬手段で「反撃」と題して落選運動を報じている。

毎日新聞 2015年10月08日 東京夕刊
http://mainichi.jp/shimen/news/20151008dde012010003000c.html


 その中で記事は「とかく日本人は既成事実に弱いといわれる。しかし、安倍晋三政権が強引に成立させた安全保障関連法に対しては、「違憲」「反対」の声は収まるどころか、さらに強まる気配だ。野党共闘や違憲訴訟の行方と並んで、今後注目されるのが、来年夏の参院選で安保関連法に賛成した議員を落とそうという「落選運動」。どのような運動なのだろうか。【石塚孝志】

この記事の中で政治学の日大の岩淵教授は次の通り解説しているが気になったので実務家の立場から見解を述べようと思った。

「落選運動は公職選挙法に抵触しないのか。すなわち選挙違反にならないのだろうか。岩渕美克・日本大大学院教授(政治学)はこう解説する。」

 「落選運動は、特定の候補者の落選を促す政治活動なので、選挙運動ではないと解釈されています。極端に言えば、選挙運動が法で禁止されている公務員や未成年にも認められ、今日からでも始めることができます」。ネット選挙が解禁された2013年の改正公選法ガイドラインでも「何ら当選目的がなく、単に特定の候補者の落選のみを図る行為である場合には、選挙運動には当たらないと解されている」としている。一方で、これまで落選運動があまり注目されることがなく、問題が表面化することはなかったが、岩渕氏は“落とし穴”もありそうだと付け加える。

 例えば、ある選挙区で立候補者が2人しかいないケース。特定の候補者を落とそうとする運動が、もう1人の候補者を当選させる目的がある、と解釈されないのか。岩渕氏は「落選者らが司法に訴えた場合、公選法に照らすとグレーな部分があると判断されるかもしれない。司法は、落選運動があまりにも大きく広がり、結果として特定の候補者の当選につながることになれば、選挙運動に該当すると判断するかもしれません」と説明する。司法判断は、社会情勢に影響される部分が否定できないからだ。

2人しか候補者がいない場合にA候補の落選運動はB候補の当選を目的にしていると判断され選挙運動に抵触する可能性があるというのであるが、この表現は不正確であろう。

公職選挙法上、「選挙運動」については定義規定をおいていないが、選挙運動とは判例上「特定の選挙について、①特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させる為に②直接又は間接に必要かつ有利な行為」と言われている。

①   特定の候補者の当選という「目的」からの制限である。落選運動は「安保法制に賛成した議員で立件主義に反する議員」の落選を目的にしているのであって、別のB候補の当選を目的にしない限り、選挙運動ではないと一般的に定義されている。ブログとか、メールでB候補を応援するなどの誤解を生じるような行動は控えるべきであろう。

②   「直接又は間接に必要かつ有利な行為」のうち「間接に有利な行為」に該当すると点を教授は心配されているのであろう。

落選運動はB候補者にとって結果として「間接的に有利な行為」になったとしてもB候補の当選には「必要な行為」でもない。何故ならB候補の当選目的にはBへの投票依頼行為があってこそ、B候補の当選に「必要な行為」になるからである。

この点、戦前の裁判所の判例は「選挙運動」とは「単に議員候補者の当選を得しめざる目的をもって行う行為は選挙運動にあらず」(昭和5年9月23日衆議院議員選挙法違反被告事件)。

戦後の判例もある。

「文書図画の頒布行為が公職選挙法第146条に違反するという為には一定の公職につき一定の公職の候補者を当選させる目的がなければならない」として「悪質ボスを村にはびこらすな」と題する印刷物多数を撒いた事案で原審が有罪事件を破棄差戻」(札幌高裁昭和28年6月4日判決・高裁刑事判例集6巻5号49ページ)

このような選挙運動に対する伝統的な定義が、インタネット等の利用を認める法改正に際して公職選挙法は「選挙運動」と「当選を得させないための活動」(法142条の5)を明確に区分したと思われる。

 (インターネット等を利用する方法により当選を得させないための活動に使用する文書図画を頒布する者の表示義務) 

第百四十二条の五  選挙の期日の公示又は告示の日からその選挙の当日までの間に、ウェブサイト等を利用する方法により当選を得させないための活動に使用する文書図画を頒布する者は、その者の電子メールアドレス等が、当該文書図画に係る電気通信の受信をする者が使用する通信端末機器の映像面に正しく表示されるようにしなければならない。 

  選挙の期日の公示又は告示の日からその選挙の当日までの間に、電子メールを利用する方法により当選を得させないための活動に使用する文書図画を頒布する者は、当該文書図画にその者の電子メールアドレス及び氏名又は名称を正しく表示しなければならない。 

 

公職選挙法はインタネット「選挙運動」をあれこれ規制しているが「当選を得させないための活動」=落選運動については上記の規制しかない。告示後は142条の5の「制限」があるが、インタネット選挙運動の様々な制限とは明白に区別しているのは、落選運動は公職選挙法上の選挙運動に該当していないからであろう。なお告示後においても選挙運動でないのである。

もし落選運動が公職選挙法上抵触するとすれば、B候補の当選目的の事前選挙運動に該当する可能性の問題である。

実際に2人しか立候補する候補者がいないかどうかは、告示後でないと判明しないから、A候補の落選運動はB候補の「当選目的」の事前運動と認定するのは実務上困難であろう。

「安保法制賛成議員の落選運動を法的に支援する弁護士の会」(仮称)は来年7月の参議院選挙に向けて活動予定でHPなどを11月には立ち上げる予定である。候補者が確定していない段階で、どのような落選議員の対抗馬が出馬するのか不明である以上、落選運動は何ら選挙活動に抵触しないと判断している。

 もちろん落選運動に関与する弁護士は落選運動に「特化」して運動予定。