田園の一直線の道だと思っていたのに そこは薄暗い建物の中の長い長い廊下だ
ったらしく 消毒液の鼻刺す臭いが立ち籠めていた 廊下には猫の死体がぎっしり並
び 足の踏み場がないので仕方なく ドアーの開いている間近の部屋に入った
足裏をドアーに向け縦一列に並ぶ6つの身体 大きなベッドそれぞれに置かれた
小さな6人 放心の表情を硬直させた患者が天井に向け口を開け放っている
ベッドと身体と部屋の異様な光景を眼にしても ぼくはそこに存在しなければならなかった
ずうーっと奥の窓側に位置するベッドは遙か遠くに在っても
ぼくには患者がどんな状態で横たわっているのかはっきり判った その向こうに在る
小さな2つの窓の右側は夜で 漆黒の画面に少し欠けた月が震えていた
左の窓は真昼の透明をきらきら光らせ 太陽は自身の明るさに疲れ霞んでいた
「しんさーつ しんさーつ」 廊下を甲高い声が木霊する 白衣を着た猫がお供を
つれ逆さまの姿で部屋に入ってくる 眼と眼と眼と眼とが合う
右目と左目を別々のモノとして そしてそれを同時に意識したように想え くらくらと眩暈する
「死体で足の踏み場がなく ぼくは天井を猫として軽やかに歩いてきました」
「失礼ですが あなたは野良猫でしょう?」 横たわる小さな患者も猫の姿をしていた
「死んでいながら 生きている真似をするのはとてもエネルギーの要ることなのです」
白衣の猫が天井に足を載せ したり顔で話す
蛍光灯がない 天井に
もちろんぼくの足下の床にも蛍光灯はない それでも 部屋は人工的な明るさ(暗さ)
に満たされていた ぼくはゆっくりゆっくり2つの窓に向かう 2つの窓がゆっくりゆっく
り遠ざかる ぼくは「にゃーお」って言ってみる ぼく自身に
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