現代の我々からすると、昔のお殿様ってのはずいぶんと贅沢だったんだろうと思いがちですな。食べるものにしても、きっと豪華だったんだろうと考えますが、これが実はそうでもないようでして。
たとえば鯛のオカシラつき。これを身体に毒だからってんで、すっかり油抜きをしちゃって、ぱさぱさになったやつが、毎日膳部に並んだ。まあ、殿様も気の毒だ。
たいていはひと箸、ふた箸と箸をつけると、あとは全部残しちゃうんですが、あるお殿様、その日はどうも勝手が違いまして。
いつのものごとく鯛にひと箸、ふた箸、箸をおつけになると、
「美味である。かわりをもて」
おかわりを要求してきた。
御付の三太夫さん、困り果てちゃいましてね。
いつも食べないんですから。一匹しか焼いてありません。
「どうした三太夫、かわりをもて」
ここで三太夫さん、機転を利かせまして、
「殿に申し上げます」
「ん、なんじゃ」
「庭の泉水がわきに植えましたる桜、満開のおりにはさぞ美しかろうと、臣等一同、心待ちにしております」
ん、そうかってんで、殿様が桜を見ている隙に、三太夫さん、鯛の頭と尻尾をつかみますと、くるっと裏返した。
「殿」
「ん、なんじゃ」
「持参いたしましてございます」
「おお、早かったのう」
お殿様、またひと箸、ふた箸とおつけになると、
「ん、美味である。かわりをもて」
今度こそ三太夫さん困っちゃった。裏っ返すと、またもとのあらが見えちゃうんですから。
さすがに三太夫さんがもじもじしていると、
「どうした三太夫、かわりをもて。三太夫、これ、三太夫? ・・・もう一度桜を見ようか?」
かき麿
たとえば鯛のオカシラつき。これを身体に毒だからってんで、すっかり油抜きをしちゃって、ぱさぱさになったやつが、毎日膳部に並んだ。まあ、殿様も気の毒だ。
たいていはひと箸、ふた箸と箸をつけると、あとは全部残しちゃうんですが、あるお殿様、その日はどうも勝手が違いまして。
いつのものごとく鯛にひと箸、ふた箸、箸をおつけになると、
「美味である。かわりをもて」
おかわりを要求してきた。
御付の三太夫さん、困り果てちゃいましてね。
いつも食べないんですから。一匹しか焼いてありません。
「どうした三太夫、かわりをもて」
ここで三太夫さん、機転を利かせまして、
「殿に申し上げます」
「ん、なんじゃ」
「庭の泉水がわきに植えましたる桜、満開のおりにはさぞ美しかろうと、臣等一同、心待ちにしております」
ん、そうかってんで、殿様が桜を見ている隙に、三太夫さん、鯛の頭と尻尾をつかみますと、くるっと裏返した。
「殿」
「ん、なんじゃ」
「持参いたしましてございます」
「おお、早かったのう」
お殿様、またひと箸、ふた箸とおつけになると、
「ん、美味である。かわりをもて」
今度こそ三太夫さん困っちゃった。裏っ返すと、またもとのあらが見えちゃうんですから。
さすがに三太夫さんがもじもじしていると、
「どうした三太夫、かわりをもて。三太夫、これ、三太夫? ・・・もう一度桜を見ようか?」
かき麿
―大辞林より―
頭があっても尾が付いてない魚はオカシラツキとは言いません。
煮干や目刺しを尾頭付きと言うかは疑問ですが・・・