
清き心の未知なるものの為に㊴・・・ダグ・ハマ-ショルドの日記より
「夜は近きにあり。」そう、またひととせを重ねた。そして、もし今日最後の日であると
したら!
「-------われわれが買いたたかれたり脅かされたりすることが、どうしてありえようか。
とうにそのときどきに余分の支払を得ているのに・・・・」
日は日にあいつぎ、われわれを容赦なく前へ前へと押しやってゆく。------この最後の日に
むかって、そう思うとき、はっとするのは、もう(その先)がないという瞬間があるのを考える
ときである。私は選ぶ者として、すべてを指先で試してみることができる。すべてを--------
ただし、ひとつだけ別のものがある。すなわち、日々と歳月とが凝結して成った一瞬である。
死の光に限りなく照らし出された、死の直前のその一瞬である。ただ死のみが測ることので
きる、その一瞬である。
だれかが重要な決定をくだすに先立っておまえの手を握ろうとするとき------鉄の色をした
墨絵のように薄暗い風景のなかに、金色の光がほのかに反射する。おまえが思い切って信ず
ることができずにいたすべてのことの証明。
クリスマスとか、来年の夏とか、大人になると日とか------なにかをまちうけている子供に
とって、時の流れはゆるやかに感じられる。幸福な一日の一瞬一瞬に全霊を捧げつくしてい
る者にとっても、やはりゆるやかである。だが、そのあとは----------
彼は他人にたいして忠実なればこそ、彼らの劣等感のせいで攻撃的にならずにはいなかった。
「他人の無関心のうえにあぐらをかく。」そして同時に、同情に飢えているとは!
現在の瞬間に意義があるのは、われわれを未来へと渡してくれる橋としてではなくて、それ
自体の内容のゆえなのである。もしわれわれにその内容を受け取る力さえあれば、それはわれ
われの空虚を充填して、現在の瞬間に立つわれわれの内容となるのである。
「老人は探検家であってしかるべきだ。」なかには、そうならざをえない人たちもいる-----
なぜならば、普通人の住みなれた世界は彼らにたいして閉ざされているからである。しかし、
首尾よく新しい土地を開拓する者は稀である。
ナルキソスは泉に身をかがめた。-------彼は、これまでに大胆にも思いのままに見つめるこ
とのできた唯一の男から、金縛りあったように目を逸らせずにいたのである。
ナルキソスは泉に身をかがめた。------彼自身の醜さに魅せられて、なぜならば、彼は自分
の醜さを認める男気があると思って得意がっていたのであるから。
悪魔の宴会の日に伏魔殿へ飛んでゆく。そこでわれわれが出合うのは、ただただわれわれ自
身、われわれ自身、われわれ自身。
われわれはあまり豊かでないのであるから、どんな体験も、もっとも辛い体験さえも、忘れ
てしまう余裕はない。
われわれは懐かしい死者たちのことを思い出す。かれらが生まれたときのことを、前途のあ
った人たちとして。------それとも、みまかったときのことを、達人の域にいたたった人たちと
して。