森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

生きるヒント(60) 第12章 想う その5 最終回

2018-01-21 08:16:53 | 生きるヒント


          花は美しい代表的な存在です。その短い命ならばこそ、そこに花としての価値があるのかもしれません。 
           
  




            生きるヒント(60)
                 五木寛之著

            第12章 想う その5 最終回

               そして、実はそのことを人間はよく意識すべきだというのが、今のぼくの考え方なんです。
             晩年にになって、朱夏の季節が終り、白秋の季節になってはじめてそれを意識する。これではと
             ても遅いんです。

               更年期になってようやくそれを考えるということは、もっと悲劇だと思います。そうではな
             くてもいろいろと問題の多いときに、突然そういうことをはっきり見据えてしまうとショックが
             とても大きいです。男性の場合、朱夏の季節を過ぎて、若い世代がぐんぐん自分たちの頭の上を
             通りこしていってしまう。子供たちからもなんとなくかばわれているような感じになっていると
             ころへ、さあ、自分がゆくのはどこかと考えたときに、それがはっきり見えてくると、初老性の
             うつ病なんていうのがでてくる。

               女性の場合も往々にしてそういう時期があります。肉体的にもいろんな不調があって、そし
             てお医者さんなどへいくと一言で簡単に、あ、それはもう更年期の自律神経失調症です。まあ4
             5年たてば元気になりますよ、なんて言われて、それでおしまいという。実はそういうものでは
             ないのです。そんなふうにお医者さんは片づけてくるけれども、たまたま、人生についてももの
             を考える時期と、そして女性が生理的にある峠をこえる時期とが不思議に重なるものだというこ
             とではないでしようか。

               男性の場合には、さしたる更年期はありませんが、窓際族とか定年退職とか社会的活動の原
             則と重なります。その時期にようやく人間というものは人生を真剣に想うようになって、そこで
             ものすごいショックをうけます。程度の差こそいろんな傷つき方をする。ひどいときには自殺し
             たりすることがあります。

               では、どうすればいいかというと、こういう問題を一日でも早く、もう少年のときから、あ
             るいは子供のときから真剣に考えたほうがいい、というのがぼくの考え方なんです。

               一度もそういうことを想おうともせずに、ふだんそういうことが意識の隅にうかびあがって
             こようといると、あわててそれに蓋をしてめてしまう。重しをのせて、うかびあがってこないよ
             うにする。そして、できるだけ明るくにこにこと楽しく暮らす。そういう形でずうっとやってき
             た人ほど、いつしか重しがとれて、カメの中から人生の不条理というものがぬっと顔をだしたと
             き、それに直面したときのショックは大きいのです。

               人生というのはこういうものらしいなというみとを少年時代や少女のころから慣れて親しむ
             という言い方はおかしいのですけれども、死ということに想いをめぐらしたり、人間の有限の生
             命ということを考えたり、感じたり、そういうことをずうっと意識の隅に置き乍ら、それと共に
             生きてきた人の方が、実は非常にいきいきと平静に、しかも幸福に、自分の白秋から玄冬へ移動
             していけるのではないでしようか。

               中世のヨ-ロッパには<メメント・モリ>という言葉がありました。知識人たちの中には、
             <メメント・モリ>とラテン語で書いた石、文鎮のようなものをテ-ブルの上にいつも置いて、
             絶えず見ることを心がけていた思想家たちがいたそうです。

               <メメントメモリ>という言葉を訳しますと<死を想う>ということになりります。生き
             てあるその日のうちに死を思えということ、死を想うということと、何か非常に不吉なような
             感じがしますが、実際はそうではないんです。自分たちがどこから生まれてきてどこへゆくの
             かということを一日も早く意識して考えること。そして、死をおそれることなく、まるでそう
             いう観念が自分の友達でもあるかのごとくに親しんで生きることのほうが、実は大事なのです。

               なぜかというと、この世界が永久につづくと考えたとき、人間というものは毎日の体験に
             感激を持てなくなります。それから、自分たちが何でもできるんだ、自分たちの力で人生をつ
             くていけるんだというふう考えたとき、人間というのは日常的に傲慢になってきます。

               そう考えたときに人間は、与えられた人生というものの中でどう自分の一生を生きていこ
             うかということを非常に謙虚に考えるようになるはずなのです。無力感よりはむしろその中で
             どう生きていこうかということを真剣に考えるようになるはずです。そして有限の人生である
             ということを感じたときに、この一年間、本当に大事に過ごさなければいけないと考えると思
             います。

               ところがいま、私たちの生活というのは、死というものを目前にすることが非常に少なく
             なています。

               よく言われることですが、昔は、ふつう、家で亡くなるわけですから、臨終のときには家
             族はもとより、周りも親族一同も集まってきて、苦しんだり平静に死んだり、そういうふうに
             してこの世から旅立つ肉親を、祈りながら見守っていました。そして湯灌(ゆかん)というのを
             つかいました。

               ぼくも子供心に覚えていますけれども、母が亡くなったときも、お湯をたらいに入れ、痩
             せて三分の一ぐらいになった体をタオルでみんなが拭いてあげるのです。そのように死の儀式
             を家族の手で行うことにより、死んでゆく、滅びてゆく肉体というものを手で触るように、子
             供心ながらに感じたものです。ぼくの母は44歳でなくなったのですが、ぼくが13,4のころで
             すけれども、本当に死というものが目に見えて感じられたものです。

               でも今は、病院の集中治療室なんかで科学的に亡くなり、子供たちも死というものを生々
             しく実感する機会が少なくなってきているんです。

               インドへ行ってカルチュア・ショックをうけるのは、バスの窓から道端で倒れて死んでい
             る人の姿を目のあたりにしたり、川のほとりで焼かれている人を見ることなのですが、昔は日
             本でも死というものが身近にありました。ですから私たちは否応なしに子供のときから、お祖
             父さんが死んだり、お婆さんが死んだり、肉親が死んだり、友達が死んだりという中で、人間
             の有限の命というものをいやというほど、無意識のうちに感じていたはずなのです。

               昔は仏壇というものが大体ふつうの家にはありました。いろんな法要があったり、あるい
             は毎日のおつとめをする家もありました。少なくとも仏壇というものがあるだけで、子供心に
             はある種の威圧感があったと思います。あの仏壇の奥には何があるんだろう。位牌って一体な
             んだろう。あれは死んだ人のなんなのだろうと考えます。その仏壇の奥には死というものがい
             つも存在している。自分の祖父の死、さらに先代の死、さらに昔の先祖の死というふうに、日
             常生活、家の中で兵隊ごっこをやっている最中でも、死というものと直面していましたし、戦
             争中は日常の出来事としてありました。

               でも今は、死というものが非常に遠くなってしまった。頭では理解できますけれども、実
             感として死をとらえることの非常に少ない時代なのです。

               そういうふうに考えると、リア王の登場人物が言うように、たしかに人間は泣きながら生
             まれてきた人間が、それでも生きてゆこうとして、10年生きて子供のうちに死んだとしても、
             その10年間というのはすごい貴重な戦いなのです。20年生きたということはもっとすごい
             と思います。まして30年生きた、40年生きた、50年生きて、いま60歳を迎えたという
             方は、本当にがんばって生きてきただけで、これだけの重さを背負いながら、これだけの不条
             理をは、返しながら、いろいろな人生の変転の中でいま生きているというだけで、ものすごく
             価値のあるものなんじゃないでしようか。そういうふうに考えなければならないと思うのです。

               生きているということに、つまり肉体を養うために、あるいは心をささえるためにどれだ
             けの根とか根毛が必要だったかを考えてみますと、目に見えないものすごい努力と、大変なエ
             ネルギ-で、この生命がかろうじて維持されているということに気がつきます。

               人間は泣きながら生まれてきて、重い重い宿命を背負い乍ら、それを跳ね返し、跳ね返し
             生きている。これ以上、その人間に何を要求するだろうか。失敗した人生もあるであろう。平
             凡な人生もあるであろう。成功した人生もあるであろう。だけど、どの人間もみんなそのよう
             に与えられた生命というものを必死で戦って生きてきたひとりの戦士なのです。

               そう考えるみますと、生きていくということはすごいことだな、どんな生き方をしたかと
             いうことはせっかちに問うべきではない、という気持にさえなります。

               生存していること、この世の中に存在していること、このことで人間は尊敬されなければ
             ならないし、すべての人は自分を肯定できる。人は己の人生をそのまま肯定しなければならな
             い。余力があれば、世のため、人のためにも働けるにちがいない。いまはただ、生きて、こう
             して暮していることだけでも、自分を認めてやろうではないか、と。

               そこから、本当に希望のある、前向きな人生観が生まれてくるのではないでしようか。そ
             んなふうに今、ぼくは人生というものを受け止めているところです。
                                           今回で、生きるヒントは終りです





             「命」(めい)

                「命」というのは、絶対性、必然性を表し、数学的に言うならば、「必然にして十分」
               という意味を持っている。自然科学は、宇宙、大自然の「命」、即ち必然的、絶対的なる
               ものを、物の立場から研究して科学的法則を把握した。

                 人間も、人生そのものが一つの「命」である。それは絶対性な働きであるけれども、
               その中には複雑きわまりない因果関係がある。その因果関係は自主性を高め、クリエイテ
               ィブになり得る。つまり自分で自分の「命」を生み運んでゆくことができるようになる。

                 私たちが宿命的存在、つまり動物的、機械的存在から脱して、自分で自分の運命を創
               造できるか否かは、その人の学問修養次第である。

               ---------------------------------------------------------------------------------------------- 
                 
                 これらの言葉は、「知命と立命」安岡正篤著より引用したものです。

                 世の中には、実に様々な考え方、思想、哲学があります。その中のどれと自分は縁を得て
               学ぶことができるか。ということが言えます。基本的には、私たちは日本人として生まれ生活
               している存在でありますから、やはり東洋的な学問と言えば堅ぐるしくなってきますが、地理
               的、風土的から長年に培ってきた考え方を基礎として考えるべきだと思います。

                 わが国は核家族となってすでに相当の年数が経過しています。いまさら昔の風習に拘って
               現代を煩ってもどうにも対処のしようがないと思います。どうしても、私達が、自分が今、置
               かれている環境の中でどう生きるかを考えなければならないでしよう。

                 人間は必ず死ぬ存在を認めなければならないことは必然であり、避ける事ができない。そ
               のことを自覚しなければならないことはその通りだと思います。でも、だからといって、リア王
               の三つの要素をそのまま受け入れなければならないとは思わない。

                 やはり、人生には希望があると信じたいし、それを少しでも実現したいと思う。そのため
               に何が大切かは、なかなか断定的に言えることではないでしよう。なぜなら、人は皆生まれた
               環境も育った環境も様々だからです。だからこそ、いろいろな学問があり、思想があり、考え
               方がこの世の中にはあるのだろう。それらのうちのどれと縁が繋がるかは日ごろからの学びか
               らしかありえないのではなかろうか。

                 この五木寛之著の「生きるヒント」を選んだ理由は特にこれといってありませんが、数年
               前に読んだものを、あらためて読んでみたくなったということです。次のテ-マなり書物は何
               冊ありますが、是非ともということではなく、多くの書物の中の一冊として、学んでいきたい
               想っています。    0          
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生きるヒント(59) 第12章 想う その4

2018-01-20 08:02:50 | 生きるヒント



         

            大自然の営みは限りなく、繰り返しています。


         生きるヒント(59)
             五木寛之著


         第12章 想う その4

            これはどういう意味かといいますと、「リア王」の登場人物が考える人間の誕生というものは、
          決して明るい喜ばしいものではない。そこには、三つほど否定できない真理がある。

            第一は、この世の中に生まれてくるとき私たち人間は、自分でどこのどの時代のどういう親の
          もとに生まれてこようとか、どういう人間として生まれてこようとか、どういう肌の色で生まれて
          こようということを選択できなかったということが一つ。誰からとも知れない力でもって、この未
          知の世界に押し出されてきたのです。まず自分の運命の第一歩が、自分の自由意志からではなくて、
          つまり、努力とか誠実とか、そういうものではなくて、どうしようもない何かの力によってこの世界
          にこういう人間として送り込まれたということです。

            さらに、生まれてきた日からわれわれはどこへゆくのかというふうに考えると、生まれたその
          日から、私たちのゆく方向は絶対的に定められていて、変えることができない。どこへゆくのか。
          簡単に言うと、死へ向かって一日ずつ接近してゆく旅。これはもう絶対、間違いないことです。

            人間の一生というものが死へむかって進んでゆく旅行である。ということは、生まれた瞬間か
          らそこへゆかなければいけない。いろいろあちらこちら回り歩いて、その結果、晩年になって、あ
          なたのゆくところはここですよ。とおしえられるのでないのですね。人間というのは生まれた瞬間
          から死へむかって毎日一歩一歩ちかづいてゆく存在である。まず行き先が決まっているということ
          が二つめです。

            第三は、その間の期限が定められてしまって、これをこえることができないということです。
          いま、平均寿命が80何歳と言われています。女性のほうがちよっとながいようですね。いずれに
          しても百歳を超えて生きることは至難のわざです。

            中国の王様とかいろんな人たちは、不老不死の薬を求めたり、不思議な力でそれを延ばせない
          かというふうにたいへん努力したようですが、結局、人間というのはながくても百歳をこえること
          は稀でであって、百数十年の後にはいずれにしても強制的にこの世を去らなければならない。期限
          というものがある。自分は二百歳生きたい、私は三百歳まで生きたいと言っても、できません。こ
          れはどんなに優れた人でもできません。王様でも、お金があっても、権力があっても、できない。

            つまり、人間というものは、第一、生まれてくる条件を何一つ選択できない。第二に、生まれ
          て生きてゆく最終目標、終着駅を選択できない。敷かれたレ-ルの上を走っていかざるを得ない。
          第三に乗車期間が限られている。この三つのことをまざまざと目に見えるように感じたとき、人間
          というものは無意識の暗い想いに駆られるのではないかというふうに考えます。
                                               想う つづきます



            もし、万物の動植物が生まれて死を迎えないと仮定した場合に、この大自然はどのような営み
          になるのだろうかと、考えますと、これは不可能なことだと誰もが思うことでしよう。生まれて生き
          ることは、永遠であってほしい、しかし、自分はいつかは死を迎えることになる。ここで考えてみる
          と、生まれるということは、死があるから生まれることができるのであり、死がないところには、生
          もないということになるのではないでしようか。

            人類が遠い将来絶滅してしまうのであれば、別ですが、何十万年以上も人類は生き続けています。
          これをどう考えるかです。自分はいなくなったけれども、代わりの人間が生まれて生き続けてている。
          この事実は真実なことです。

            五木さんが指摘している三つの条件についても考えてみると、第一と第二は、自分では選択でき
          ないということです。これがもし、選択できたと仮定すれば、世の中どのようになるでしようか。現
          在のような社会にはならないでしょう。自分勝手な人間がうようよして秩序が保たれないのではない
          でしようか。第三の期限が限られるということですが、もし、期限がなく永遠に死なないとなれば、
          それで果たして幸せでしようか。死ぬことが出来ず、地獄の日々を過ごすことになってしまうのでは
          ないかと思います。

            いずれにしましても、これらの問題についてはそれぞれ自分なりに時間をかけて考えていかなけ
          ればなりません。引き続き五木さんの考え方を読んでみることになります。  0



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生きるヒント(58) 第12章 想う その3

2018-01-19 08:06:19 | 生きるヒント




        

          冬の森は、静けさの中で時より鳥がなきます。雪が溶ければ、また必ず新芽が生まれてきます。
          これは木々たちの希望でありましよう。


          生きるヒント(58)
               五木寛之著


          第12章 想う その3

             まず第一に、人生に希望はあるか、という問題ですが、ぼくはやっぱり、ないと思います。
           それで結局、人生論が書けないわけです。これまでほとんど書いてこなかっのは、そのめです。

             人生に希望はないという本を書いて本屋さんに置いたところでねこれはまず売れるわけが
           ないでしよう。

             若い頃、羽仁五郎さんという、もうなくなられましたけれども、在野の思想家で、ぼくの
           たいへん尊敬している先輩の学者がいらして、その方と週刊誌で<青春論>という対談をしたこ
           とがありました。お正月の特別号でした。そのとき、ぼくは編集部の方にお願いして、<絶望
           的青春論>というタイトルをつけていただいた。これはたいへんおもしろかった対談です。どう
           も考え方に悲観的なところがあり、人生に希望はないんじゃないかと思ってしまうのです。

             シェ-クスピアの有名な四大悲劇の中に「リア王」というお芝居があります。ぼくはニュ-
           ヨ-クでリチャ-ド・アベドンという、むかし「ヴォ-グ」の写真を撮っていてたいへん有名な、
           現代アメリカでナンバ-ワンといっていいモ-ドの写真家ですが、そのアベドンという人と対談
           したことがあります。その最初に会ったとき、アベドンから、きみはシェ-クスピアの「リア王」
           知っているか、と聞かれました。ええ、知っていますと言うと、さらに、君はあの芝居を好きか
           とたずねるのです。ぼくはあまり好きじゃないと答えたら、ぼくもあまり好きじゃない、と言う。
           じやあ、なぜ聞いたのか「キング・リア」を好きか嫌いかを聞くと、その人の人生観というか体
           質がわかると彼が言うんです。

             「リア王」の中に、登場人物の台詞として非常におもしろい言葉があります。ぼくはそれを
           高校時代に古い日本語の翻訳で読んで、その言葉が頭の中にこびりついて、ずうっと消えません
           でした。今は新しい翻訳でちがった表現があると思いますが、高校のころに読んだ古い翻訳では
           「人はみな泣きながら生まれてくる」という台詞だったんです。いま、原文を調べてみたら、
          「スイ・ケイム・クライング・ヒザ-」となっていました。「われわれはやって来た、ここへ、泣
           きながら」----泣き叫びながらここへやって来た。やって来た、「ウイ・ケイム」は、この世に
           生まれてきたということですから、「人は泣きながら生まれてくる」という訳も、あながち間違
           いではないんです。とても日本的な、いい訳だと思います。
                                           想う つづきます




             「人は泣きながら、叫びながら生まれ、人生に希望はない」と断定されるとそれをそのまま
           受け入れることはできない。そのような面もあろうかとは思いますが、希望があって日々の努力
           が出来るわけで、希望がないという考え方から何を導きだして日々の生活の糧にするのだろうか。

             私は、泣きながら生まれたことは間違いのないことだろうが、その泣くということは、この
           世に生まれて辛いとか、苦しいとか、生まれたくなかったとか、というまだ言葉を言えない赤子
           の意志表示だというのだろうか。いや、そうではあるまい、赤子が生まれて初めて発生する言葉
           は、自分がこの世に誕生したのだという意志表示であって、決して悲しくて泣いているのではな
           いと思いたい。

             お釈迦さんはこの世は、四苦八苦と言われたそうですが、苦しいことを探せばもっとたくさ
           んの苦しみがあるだろう。しかし、この世は、四喜八喜といっても間違いではないと思います。
           今、苦しんてでいる人びとに対して、人生というものは、そう嬉しいことや、喜ばしいことばか
           りではないよと、諭し、励ますための言葉だと思う。あらゆるすべての人生を言っているのでは
           決してないだろう。

             人生論が好きだとか、嫌いだとかということではなく、私たちは今生きているのですから、
           その生き方やあり方を考えることは無駄なことではないでしよう。世の中の風潮や流行にふらふ
           らと流され、自らの意志というものを持たないで、いい分けはありません。自分よりも恵まれてい
           る方も多い、そして、自分の環境より遥かに貧しく不幸せな方もまた多くいることでしよう。そ
           の最貧の環境にいる方にとっては、人生には希望がないと思わざるを得ないかもしれません。

             だから、あまり両極端な立場をあたかもそれが世の中だという考え方を持たずに、少しでも
           希望を持てる分野といいますか、考え方をすべきではないかと思うのですが。 0




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生きるヒント(57) 第12章 想う その2

2018-01-18 08:09:25 | 生きるヒント


     

         これまでのところ札幌は例年より少ない積雪です。   氷道 スケ-ト歩きで おっとっと




        生きるヒント(57)
             五木寛之著

        第12章 想う その2


           人生論というものが比較的、知識人層から軽く見られがちだという理由のひとつは、
         書店に並んでいる人生論というものはおおむね人生に対して肯定的に積極的に、読んだ
         人に力を与えるような考え方によってできている本が多いからではないかと思うんです。

           つまり、人生には目的なんかないんだ、人生には希望はないんだ、ということを書
         いている人生論はあまりありません。もちろん本当にそういうことをきちっと述べてい
         らっしゃる昔の哲学者、思想家たちはたくさんいますし、おおむね思想家の本はどちら
         かというと人生に対して励ましよりもむしろ、読んでいてちよっと考え込むようなケ-
         スが多いのですが、ぼく自身がもしも人生論を書くとすれば、読む人を力づけようとか、
         そういうことは一切ぬきにして、あるがままの、人生ってどんなものだろう、それでも
         自分が生きているのはなぜだろう、ということを自分自身で考えてみたい。その想いを
         読んだり見たりしていただき、何か人生について感じたり、想ったりしていただきたい。
         そういう気持ちで人生論とうものを考えるようになってきました。

           若いときからずうっと考えつづけてきた、ふたつのテ-マがあります。ひとつは、
        人生に希望というのは本当にあるのかという問題です。もうひとつは、人生というものは
        生きるに値するかどうか。ふだんは何も考えないのですが、人間は時に落ち込むことがあ
        ります。落ち込んだときはどうしてもそのふたつの問題を想ってしまいます。考えたくな
        いときには、たとえば若い人ですとクルマを飛ばしたり、あるいは音楽を聴いたりして気
        を紛らわせて、そこから目をそらしてしまいます。でも、人間は、そういうふうに避けて
        きたものといつかどこかで正面から向き合わなければならないときがくるんです。

          「人生に希望はあるのか」
          「人生に価値があるのか」

          いつかは必ずそういう質問を自分に聞かなければならないときが人間、誰にも一回は
        必ずくるんでするぼくの考えでは、できるだけ早くからそういう問答を自分の中にくり返
        しながら生きたほうが幸せであると思っています。
                                       想う つづきます



 
          私自身の質問はまだ自分に聞くことができず、問答をし続けている最中といえます。
        人生最後の質問は、何といっても「死」というどうしても受け入れざるをえない質問です。
        この問題は考えたくないと避けて人生を送り、そのときになって果たしてどのような心境
        になってしまうのか。この避けられない問題を自分なりに答えを出しておいて、それまで
        の一日一日を如何に過ごすかということが大切ではないかと想っています。

          とはいうものの、その最終的な答えが出ているわけではありませんが、自分の年代に
        よって変化してくるようにも感じています。つまり、50代60代より70代になってか
        らのほうが、少し明確に近い結論と思われる考え方になっています。やはり、日々に経験
        体験する中から自然と答えが沸いてくるように想っています。

          ひとつの体験として71歳の時に心臓のバイパス手術をしたことが大きく影響してい
        るように思います。あの手術の時に命を落としていたかもしれないものを、適切な処置に
        より生き耐えられたことで、死というものが身近に感じることができ、そしてもう少し生
        かされている自分がここにいたことです。これから元気で長生きをしたいと想うのと、
       「生きられるだけ生きる」という思いをしています。 0




          
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生きるヒント(56) 第12章(最終章) 想う その1

2018-01-17 07:39:50 | 生きるヒント


            

                    1月14日にどんと焼きで冬本番です。

                     参拝し 願わなくとも 神は聴く ただ誓いをば 秘めるのみ

        1月17日は阪神・淡路大震災が23年前に発生しました。神戸市の長田生まれで、淡路島育ちの私です。犠牲になられた多くの皆さま
        並びに今なお被災のために困窮されておられる方、合わせて全国で自然災害に遭われた皆さまに追悼の誠を捧げます。




             生きるヒント(56)
                  五木寛之著

             第12章 想う その1


                人生論というのは、なんとなく自分の気持ちの中で書いたり話したりするのに引っかかるところがありまして、
              これまで一度も書いたことがありませんでした。どこか照れくさいからです。

                書店に行きますと人生論のコ-ナ-があり、わりあい手軽なコンパクトな本で、積極的に生きてゆく人生論
              とか、考え方ひとつで人生が変わるとか、ハウトゥものみたいな感じで人生論の本がずらっと書棚に並んでいる。
              ああいうのを見ますと、どういうわけだかあまりいい気持ちがしません。事実、日本のインテリゲンツィアの間で
              は、例えば三木清の「人生論ノ-ト」という本がありました、これは文庫本になって息が長く売れ続けていますが、
              そういうものを除いてどことなく人生論というのは胡散(うさん)くさく、軽んじられる傾向があります。

                ですから実際には人生論をお書きになっていらっしゃる方でも<人生論>というタイトルはつけずに本をお出し
              になっているような感じがする。

                ちよっとばかにされ、敬遠されぎみの人生観を、あえて今ぼくが一体なんだろうか、どんなふうに生きてゆくの
              がいいだろうかということは、わりあいに少年時代から、ある時はつきつめて、ある時は漠然とつづけてきたわけで
              す。

                しかし、年を重ねてくの中で、若いころはぼんやりとしか見えていなかったもの、そして働きざかりの壮年期に
              はなんとなく見過ごしてしまっていた、そういうものがすこしずつ見え始めてきた気がします。ひょっとしたらそれは
              錯覚かもしれないし、間違いかもしれない。

                人間が年を重ねてゆくということは必ずしもその人格が大きく豊かに成長してゆくことだけでなく、ずばり言っ
              てしまえば、うしなわれてゆくものも非常に多いわけですから、自分に見えてきたものがあるのではないかと考える
              ことは、ひよっとしたら錯覚かもしれないのですが、そこから来て、どこへ行くのか------ということを想って、一
              区切りつけてみたいという気もちがあるのです。
                                                          想う つづきます


              「運」を想う

                私は若い時から人生について考えていたように思います。現在も尚何かを探し求めています。何か真理のような
              哲学のような、科学の行きつくところのような、しかし、今日まで、一つの組織なり、考え方に捉われたことはあり
              ません。もちろん宗教組織に加入したこともありません。纏まった学問もなく、修業の徹底もなく、ただふらふらと
              日々を過ごして、気が付いてみたら73歳になっていたような人間です。

                人間はどうしても多くの人が求めているにも関わらず、理想の社会が実現しないのだろうか、それとも、今がそ
              れに近い理想の社会かもしれないとか、いろいろと考えてしまいます。しかし、日本のこれまで数百年以来、第二次
              世界大戦での敗戦以降、極貧の社会から徐々にといいますか、世界的には脅威の目で評価されるほど、経済大国にな
              り、この70数年間は戦争もなく平和な時代でありました。その時代に生を受け社会が豊かになるに伴いながら、個
              人として過去の人びとと比較できないほど、豊かになりました。これは日本人が願っていた理想の姿かもしれないと
              思うこもあります。

                つまり、わが国開闢以来、最も素晴らしい時代に生きながらえているということになります。しかし、それだけ
              日本人は、この初めて味わう平和で豊かな生活の経験がないために、返って生き方が分からず、おろおろとしている
              ようにも見えるのです。大きなお金が得られた人は、そのお金の適切な使い方が解っているのだろうか、また、この
              豊かな社会において、貧困の憂き目に遭っている人たちは、これからどのような考えで生活を営んでいかれるのか。
              社会のシステムとして、決して万人が等しく豊さを享受できることはありえません。そこには努力と人の支援とよき
              偶然がなければならないでしよう。

                つまり、一般的に言われている「運」が良かったという言葉になりますが、私たちは、この「運」という言葉を
              しっかりと正しく把握しておく必要があります。私は次のように考えています。

               1、まずは、目標を立てて、自ら精一杯の努力をする。
               2、決して、他人を犠牲にして自分だけ良ければいいと思わないこと。
               3、努力した後も、その成果を焦ってもぎ取るような行動をしないこと。
               4、神や仏に詣り乍らも、神や仏に頼んだりお願いをしないこと。
               5、うまく事が実現した時には、自分は運がいいと想うこと。
               6、もし、事がうまく行かずに逆境になってしまった時には、運の性にしないで、自らの言動に反省をすること。
               7、結論として、自分はいつも運がいい人間であると思うこと。(うまく行かなかった時が反省のいいチャンス)

               簡単すぎてわかりにくい点もありますが、これらの言葉と考え方が、私のこれまでの人生感(論)になっています。

               これらを求め続けていくことが、私のこれからのまだまだ完結しない人生の考え方を目標としています。 0
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