林真理子『テネシーワルツ』
1988年5月15日初版
講談社文庫
【裏表紙より】
戦後間もないころ、いつも街角に流れていた甘美なメロディー。
その大ヒット曲「テネシーワルツ」を歌ったスター歌手・葉山サチと
異父姉・向井とき江。
この二人の交錯する人生を織りなす光と闇のドラマを追いながら、
人間にとって、また女にとって幸せとは何かを問いとめる衝撃の長編モデル小説。
***********************************************
女の「ねたみ・ひがみ」を書かせたら当代随一の作家・林真理子が、
実在の人物と事件を題材にた渾身のモデル小説。
…代表作と読んでもいいぐらいの出来栄えと思うのだが、
不思議と、現在ではこの作品名を挙げられることがほとんどない。
「葉山サチ」とは、江利チエミのことである。
他にも、雪村いづみや越路吹雪、高倉健、藤純子と思われる人々も出てくる。
戦後を彩ったスターたち、続々。といった感じである。
(江利チエミは死んだが、今でも健在の人々がいるから封印されているのか?)
小説のタイトルにも使われている江利チエミの代表曲「テネシーワルツ」は、
80年代生まれの私でも知っていて、江利チエミのものも、原曲のパティ・ペイジのCDも持っているぐらい、好きな曲である。
江利チエミに関しては、その「テネシーワルツ」と、
雪村いづみ、美空ひばりと共に「3人娘」と呼ばれ、
50年代にものすごい人気を誇った。
と、いうぐらいしか知らず、不遇な晩年や、異父姉・Y子による横領事件は、
今回『テネシーワルツ』を読んで、その後、ネットでいろいろ調べてみて、初めて知った。
人間の心の闇とは恐ろしいが、それよりも、こんな嫌な人間を主人公にして物語を
書いてしまえる林真理子という人はすごい人である。
向井とき江という人物は、自意識が強く、それを感受性が豊かだと勘違いして自認するという、
読んでいて嫌気がするような性格の持ち主なのだが、
そんな人物を、客観ではなく主観の語りで書いてしまうのだから脱帽する。
【私は思うのですが、人間の幸福というのは、めぐり合わせがいいとか、恵まれた運勢にうまれついたとかいうことではないのです。どれほどいろいろなことに鈍感でいられるかということなのです。感受性が鋭すぎたり、深くものごとを考える人間というのは、まず幸福になれません。】
【そうなのです。私はあれほど急ぐことはなかったのです。私が必死にならなくても、人はゆっくりとだんだん不幸になっていくものなのです。私が何ひとつ手を貸さなくてもよかったのです。サチがあのまま生きていったとしても、五十を迎えた頃には、さまざまなことを知っていたに違いないのです。(中略)人が生まれてから死ぬまでの間には、生きることが苦にならないような時期がちゃんと用意されているのです。それは後から続く、何十年という歳月の穴埋めです。】
【おそらく私はこれから、こんなふうにささやかなものを幸福と思って暮らしていかなければならないでしょう。それを悲しいと思うには、私はもう少し年をとりすぎていました。】
異父妹の成功に自ら取り入って、華やかな暮らしに足を踏み込みながら、
妹を妬み、憎み、幸福な人生を壊そうと画策する。
すべてをぶち壊し、実刑を受けた後、のこのこと息子夫婦の家に引き取ってもらいながら、
相変わらずの皮肉調で、嫁や孫の行動を見ている。
自分の力では、何も手に入れることができないのに。
自分が何の才能も持たない、平凡な女であることに、最後まで気づかない哀れな女・・・・・・
江利チエミが亡くなったのは1982年。
葉山サチ(江利チエミ)の死のニュースを、向井とき江は息子夫婦の家で聞く。
今年はそれから26年。
確か、とき江はサチの10歳ぐらい年上だったから、
今も生きているなら、Y子(とき江)は80歳を超えているはずだが、
どのような晩年を送っているのだろう。
読後、そこが気になった。
前科者で、江利チエミを陥れた超本人なので、雑誌やテレビで江利チエミ特集が組まれたとしても、おいそれと表には出てこれないだろうが…。
それにしても、江利チエミの死が1982年で、この「テネシーワルツ」の発表は1985年。
死の3年後にさっそくモデル小説を書いてしまう、林女史のネタへの食いつきの早さはさすがである。
さまざまな追悼番組やワイドショーを見ているうちに、構想が膨らんだのだろうか…。
なお、コピーライターだった林真理子がエッセイ集を出して作家デビューしたのも、江利の死と同じ1982年。
だから、この「テネシーワルツ」は、デビューから3年、まだ新人作家というべき時代に書かれた作品だが、すでに林真理子お得意の「女性の嫌な面」の描写が冴え冴えとしていることに驚かされる。
最近のモデル小説だと「あっこちゃんの時代」があるが、あれなんかよりもずっといいと思うのは、私だけではないと思う。
(「あっこ」のモデルは健在なので、辛らつに書きづらかっただろうが。。。)
ところで、私が持っている文庫は、88年当時のもので、
ここに載せている表紙画像は新装版であるが、当時のものとは違う。
当時のものは、塙賢三という大正生まれの画家の絵だった。
新装版は、誰のイラストか知らないが、江利チエミを描いたと思われる喜劇テイストの絵は
まったく品がなく、小説の内容にも似つかわしくない。
江利チエミと、江利チエミの当たり役「サザエさん」がごっちゃになっていて、これは酷い(苦笑)
新装版にするときに、講談社の編集者がどうしてこのイラストにしたのか、
その感性に驚かされる。。。
ちなみに、88年当時の表紙は、こんな雰囲気。
(違う作品だが、構図は同じ)
まるで、葉山サチと向井とき江が、テネシーワルツで踊っているかのような、
愛憎入り混じった息づかいが聞こえてきそうな、格調高い絵である。
正反対の性格ながら、結局、それぞれ時代に翻弄されて生きた二人。
時代を表す名曲・テネシーワルツで踊らされたかのよう・・・・
1988年5月15日初版
講談社文庫
【裏表紙より】
戦後間もないころ、いつも街角に流れていた甘美なメロディー。
その大ヒット曲「テネシーワルツ」を歌ったスター歌手・葉山サチと
異父姉・向井とき江。
この二人の交錯する人生を織りなす光と闇のドラマを追いながら、
人間にとって、また女にとって幸せとは何かを問いとめる衝撃の長編モデル小説。
***********************************************
女の「ねたみ・ひがみ」を書かせたら当代随一の作家・林真理子が、
実在の人物と事件を題材にた渾身のモデル小説。
…代表作と読んでもいいぐらいの出来栄えと思うのだが、
不思議と、現在ではこの作品名を挙げられることがほとんどない。
「葉山サチ」とは、江利チエミのことである。
他にも、雪村いづみや越路吹雪、高倉健、藤純子と思われる人々も出てくる。
戦後を彩ったスターたち、続々。といった感じである。
(江利チエミは死んだが、今でも健在の人々がいるから封印されているのか?)
小説のタイトルにも使われている江利チエミの代表曲「テネシーワルツ」は、
80年代生まれの私でも知っていて、江利チエミのものも、原曲のパティ・ペイジのCDも持っているぐらい、好きな曲である。
江利チエミに関しては、その「テネシーワルツ」と、
雪村いづみ、美空ひばりと共に「3人娘」と呼ばれ、
50年代にものすごい人気を誇った。
と、いうぐらいしか知らず、不遇な晩年や、異父姉・Y子による横領事件は、
今回『テネシーワルツ』を読んで、その後、ネットでいろいろ調べてみて、初めて知った。
人間の心の闇とは恐ろしいが、それよりも、こんな嫌な人間を主人公にして物語を
書いてしまえる林真理子という人はすごい人である。
向井とき江という人物は、自意識が強く、それを感受性が豊かだと勘違いして自認するという、
読んでいて嫌気がするような性格の持ち主なのだが、
そんな人物を、客観ではなく主観の語りで書いてしまうのだから脱帽する。
【私は思うのですが、人間の幸福というのは、めぐり合わせがいいとか、恵まれた運勢にうまれついたとかいうことではないのです。どれほどいろいろなことに鈍感でいられるかということなのです。感受性が鋭すぎたり、深くものごとを考える人間というのは、まず幸福になれません。】
【そうなのです。私はあれほど急ぐことはなかったのです。私が必死にならなくても、人はゆっくりとだんだん不幸になっていくものなのです。私が何ひとつ手を貸さなくてもよかったのです。サチがあのまま生きていったとしても、五十を迎えた頃には、さまざまなことを知っていたに違いないのです。(中略)人が生まれてから死ぬまでの間には、生きることが苦にならないような時期がちゃんと用意されているのです。それは後から続く、何十年という歳月の穴埋めです。】
【おそらく私はこれから、こんなふうにささやかなものを幸福と思って暮らしていかなければならないでしょう。それを悲しいと思うには、私はもう少し年をとりすぎていました。】
異父妹の成功に自ら取り入って、華やかな暮らしに足を踏み込みながら、
妹を妬み、憎み、幸福な人生を壊そうと画策する。
すべてをぶち壊し、実刑を受けた後、のこのこと息子夫婦の家に引き取ってもらいながら、
相変わらずの皮肉調で、嫁や孫の行動を見ている。
自分の力では、何も手に入れることができないのに。
自分が何の才能も持たない、平凡な女であることに、最後まで気づかない哀れな女・・・・・・
江利チエミが亡くなったのは1982年。
葉山サチ(江利チエミ)の死のニュースを、向井とき江は息子夫婦の家で聞く。
今年はそれから26年。
確か、とき江はサチの10歳ぐらい年上だったから、
今も生きているなら、Y子(とき江)は80歳を超えているはずだが、
どのような晩年を送っているのだろう。
読後、そこが気になった。
前科者で、江利チエミを陥れた超本人なので、雑誌やテレビで江利チエミ特集が組まれたとしても、おいそれと表には出てこれないだろうが…。
それにしても、江利チエミの死が1982年で、この「テネシーワルツ」の発表は1985年。
死の3年後にさっそくモデル小説を書いてしまう、林女史のネタへの食いつきの早さはさすがである。
さまざまな追悼番組やワイドショーを見ているうちに、構想が膨らんだのだろうか…。
なお、コピーライターだった林真理子がエッセイ集を出して作家デビューしたのも、江利の死と同じ1982年。
だから、この「テネシーワルツ」は、デビューから3年、まだ新人作家というべき時代に書かれた作品だが、すでに林真理子お得意の「女性の嫌な面」の描写が冴え冴えとしていることに驚かされる。
最近のモデル小説だと「あっこちゃんの時代」があるが、あれなんかよりもずっといいと思うのは、私だけではないと思う。
(「あっこ」のモデルは健在なので、辛らつに書きづらかっただろうが。。。)
ところで、私が持っている文庫は、88年当時のもので、
ここに載せている表紙画像は新装版であるが、当時のものとは違う。
当時のものは、塙賢三という大正生まれの画家の絵だった。
新装版は、誰のイラストか知らないが、江利チエミを描いたと思われる喜劇テイストの絵は
まったく品がなく、小説の内容にも似つかわしくない。
江利チエミと、江利チエミの当たり役「サザエさん」がごっちゃになっていて、これは酷い(苦笑)
新装版にするときに、講談社の編集者がどうしてこのイラストにしたのか、
その感性に驚かされる。。。
ちなみに、88年当時の表紙は、こんな雰囲気。
(違う作品だが、構図は同じ)
まるで、葉山サチと向井とき江が、テネシーワルツで踊っているかのような、
愛憎入り混じった息づかいが聞こえてきそうな、格調高い絵である。
正反対の性格ながら、結局、それぞれ時代に翻弄されて生きた二人。
時代を表す名曲・テネシーワルツで踊らされたかのよう・・・・
ぜひ拝見させていただきます。
あ、今日、う--でぶさんのブログのリンクから飛んで、you tubeでナンシー梅木の映像を見ました^^
動く彼女を初めて見られて、ちょっと感激でした。
日本では彼女の名前はほとんど廃れているので、もったいないですね。
参考になれば幸いです。
モデル小説といっても、真実は当事者たちにしか分からないので、この小説で、江利チエミが、享楽的で鈍感なおバカさんのように書かれていても、本人がそんな人だったとそのまま受け取りはしませんので、大丈夫です(それぐらい、「向井とき江」の思考は歪んで書かれていましたから)。
それより、これをきっかけに、「テネシーワルツ」以外の江利チエミさんの唄も聴いてみたくなりましたし、「サザエさん」も観たいと思いました。
今度、CDを購入しようと考えています。
ご来店いただき、ありがとうございました。
リンク先のページもすべて拝見させていただきました。
Wikiの江利チエミの項は、『テネシーワルツ』読後、一番最初に検索したページですが、う--でぶさんが編集なさったのですね!
詳細に書かれているなぁと驚いていましたが、ブログはそれ以上に詳しく、さすが江利チエミ現役時代からのファンだと感心しております^^
林真理子氏が、このモデル小説を執筆するにあたって、どれほどのリサーチと取材をしたのか、気になるところです。
もちろん、ドキュメントではなくフィクションなので、例えば、三島由紀夫が、金閣放火事件に材を取った『金閣寺』で、青年僧の胸中と犯行に至る過程の記述は、三島の完全な創作であるように、『テネシー…』で、林真理子がとき江(Y子)の想いをどう表現しても自由だと思いますが、明らかになっている発言・行動(事実)を無視or曲げることは、確かに良くないことですね。
完全にフィクションとして読めば、林さんお得意の【屈折して僻みやすい女の心理】がよく書けていて、とても面白いのに、彼女の代表作品から外れているのは、もしかしたら、う--でぶさんのように、納得いかない方が多くいらっしゃるからなのかもしれません。
いろいろ情報いただきまして、ありがとうございました。
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/12c3ac49e81ee91b365f01074c684213
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/8f5aca31ad1ae536686181dee22297e7
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/34b139655b5104c8cc061b971273be74
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/0b3930f2636da9f073a613aae8168fd3
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/335ccd0c817c0fab962586de3037d423
これが私が調べた限りの「あの忌まわしい事件」の内容です。
去年のちょうど今頃シリーズで連載しました。
いきなりの書き込みですが、林真理子のテネシーワルツにはかなりの「脚色」が入っています。
お時間があるときにぜひ読んでください。お願いします。
講談社という会社...江利チエミが生涯所属していたキングレコードの親会社なのに...と、この本が発刊されたばかりの時に憤慨しました。
表紙...完全に江利チエミのサザエさんを意識してますよね。本当に感性というか「神経を疑い」たいです。
ま 私は江利チエミの「妖怪ファン」なので一生「林真理子」も「講談社」も許さないのですが...(笑)
この「向井とき江」のモデルはまだ健在と思われます。今でも私はこの犯人の名前と顔が忘れられません...
長々失礼いたしました。
不適切でしたら削除してください。