1975年
宮本幸信、実はトレードが決まったとき腹の底が煮えくり返る思いだったそうだ。チームの弱点を補い合う交換ならともかく、投手同士のトレードだったからだ。「阪急はもう僕を要らないっていうわけですよ。要するにおはらい箱ってやつですね」眼鏡がよく似合う理知的な風ぼう、温和な性格の男が初めて怒りを表に出した。そしてそれはプロ入り七年目にして初めて味わう惨めな気持ちだった。
四十二年、中大が大学選手権で優勝したときのエース、翌年ドラフト1位で阪急に入団、七年間で通算32勝。1シーズンでは四十五年の8勝が最高だったが、チームの中堅どころとして、また人間的にも後輩から言われる存在だった。それだけに「トレードなんて人ごとだと思っていたもんで、知らされたときは信じられなかった」そうだ。しかし、日南キャンプに参加して欲がたつにつれ、爆発した怒りも和らいできた。何事にも卑屈になったりしないこの男の、厚みのある人間性がそうさせたのだろう。いまはこう決意を固めている。「僕は広島の宮本になりきります。そしてこのトレードをよい方向にもっていかなくてはならない。いまとなってはもう阪急に対して悪意なんてありません。これからは阪急で悪かった点を直し、出来なかったことをやってこそ、逆に恩返しになると思うんです。とにかくやらなくればならないことは広島でガムシャラにがんばることです」阪急時代はピッチングにムラがあったと自ら反省している。「調子がよかったと思うと次の試合で大失敗してしまうんです。気合の乗せ方が下手だったんですね」そして弱点として速球に頼りすぎたこともあげた。たしかに宮本の速球には威力があったが、一本調子だったのでねらい打ちされたり、制球が乱れたりして何度か泣いたことがある。その点、今度のキャンプでルーツ監督が投手陣に与えた第一課題は、チェンジアップを身につけることである。宮本は「球種が少ないので、ものに出来れば大いに効きめがあると思う。それはまた、得意の速球も生きることになるわけです」という。スパーン臨時コーチも宮本につきっきりでチェンジアップの指導に当たった。竜コーチは「すばらしい速球の持ち主なので、スピードに変化を加えれば、少なくとも10勝は堅い。オープン戦から先発組に入れ、どんどん働いてもらいますよ」と大きな期待を寄せている。今シーズンの目標は、まだ経験したことのない2ケタの勝ち星だ。それにも自信はある、という。「ルーツ監督の指導を受けて実力がついたなあとひしひし感じているんです。こんな感じは今まで一度もなかった。絶対に戦力になってみせます」奥さんと子供二人を大阪に置いて、一人で広島へ行くことにした。「今まで地元の球団で、しかも両親もそばにいました。しかし、甘えてはいけないと決心したんです。ふとんの上げ下ろしからすべて自分でやって苦労しながら鍛えたいんです」阪急では温和でぼんぼんタイプだったこの男が、広島で勇ましく雄飛しようとしている。
宮本幸信、実はトレードが決まったとき腹の底が煮えくり返る思いだったそうだ。チームの弱点を補い合う交換ならともかく、投手同士のトレードだったからだ。「阪急はもう僕を要らないっていうわけですよ。要するにおはらい箱ってやつですね」眼鏡がよく似合う理知的な風ぼう、温和な性格の男が初めて怒りを表に出した。そしてそれはプロ入り七年目にして初めて味わう惨めな気持ちだった。
四十二年、中大が大学選手権で優勝したときのエース、翌年ドラフト1位で阪急に入団、七年間で通算32勝。1シーズンでは四十五年の8勝が最高だったが、チームの中堅どころとして、また人間的にも後輩から言われる存在だった。それだけに「トレードなんて人ごとだと思っていたもんで、知らされたときは信じられなかった」そうだ。しかし、日南キャンプに参加して欲がたつにつれ、爆発した怒りも和らいできた。何事にも卑屈になったりしないこの男の、厚みのある人間性がそうさせたのだろう。いまはこう決意を固めている。「僕は広島の宮本になりきります。そしてこのトレードをよい方向にもっていかなくてはならない。いまとなってはもう阪急に対して悪意なんてありません。これからは阪急で悪かった点を直し、出来なかったことをやってこそ、逆に恩返しになると思うんです。とにかくやらなくればならないことは広島でガムシャラにがんばることです」阪急時代はピッチングにムラがあったと自ら反省している。「調子がよかったと思うと次の試合で大失敗してしまうんです。気合の乗せ方が下手だったんですね」そして弱点として速球に頼りすぎたこともあげた。たしかに宮本の速球には威力があったが、一本調子だったのでねらい打ちされたり、制球が乱れたりして何度か泣いたことがある。その点、今度のキャンプでルーツ監督が投手陣に与えた第一課題は、チェンジアップを身につけることである。宮本は「球種が少ないので、ものに出来れば大いに効きめがあると思う。それはまた、得意の速球も生きることになるわけです」という。スパーン臨時コーチも宮本につきっきりでチェンジアップの指導に当たった。竜コーチは「すばらしい速球の持ち主なので、スピードに変化を加えれば、少なくとも10勝は堅い。オープン戦から先発組に入れ、どんどん働いてもらいますよ」と大きな期待を寄せている。今シーズンの目標は、まだ経験したことのない2ケタの勝ち星だ。それにも自信はある、という。「ルーツ監督の指導を受けて実力がついたなあとひしひし感じているんです。こんな感じは今まで一度もなかった。絶対に戦力になってみせます」奥さんと子供二人を大阪に置いて、一人で広島へ行くことにした。「今まで地元の球団で、しかも両親もそばにいました。しかし、甘えてはいけないと決心したんです。ふとんの上げ下ろしからすべて自分でやって苦労しながら鍛えたいんです」阪急では温和でぼんぼんタイプだったこの男が、広島で勇ましく雄飛しようとしている。
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