1966年
東京は十日、第一次新人選択会議で入団交渉権をにぎった大阪・北陽高の園田喜則内野手(18)の獲得に乗りだし、同日午後八時から土居スカウトが大阪市旭区中宮一の園田家を訪れ、同投手と両親の喜啓さん(50)とマサコさん(46)と会い約三時間にわたって第一回の交渉を持った。園田内野手は近大進学を強く希望しており、土居スカウトは球団の内容を説明しただけで、用意していた条件提示はしなかった。
東京は十日、第一次新人選択会議で入団交渉権をにぎった大阪・北陽高の園田喜則内野手(18)の獲得に乗りだし、同日午後八時から土居スカウトが大阪市旭区中宮一の園田家を訪れ、同投手と両親の喜啓さん(50)とマサコさん(46)と会い約三時間にわたって第一回の交渉を持った。園田内野手は近大進学を強く希望しており、土居スカウトは球団の内容を説明しただけで、用意していた条件提示はしなかった。
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