1969年
西鉄ライオンズがドラフト会議で七位に指名した鹿児島県川内実高・花田敏郎投手(18)=178㌢、73㌔、右投げ、右打ち=と、同九位指名の同校上薄淳一内野手(18)=181㌢、70㌔、右投げ、右打ち=の西鉄入りが正式に決定。ライオンズ城島スカウトは十一、十二日の二日間にわたり、鹿児島県川内市の上薄、花田両選手宅に出向き入団交渉した。上薄選手=市内東開門町=は父親淳美さん(46)が大の西鉄ファンでスムーズにライオンズ入りが決定。花田選手は住友金属への入社が内定していたので態度を決めかねていたが、十二日朝、西鉄入りに踏みきり、ただちに契約をかわした。両選手は二十日過ぎ来福、福岡市球団事務所で入団発表を行なう。
西鉄ライオンズがドラフト会議で七位に指名した鹿児島県川内実高・花田敏郎投手(18)=178㌢、73㌔、右投げ、右打ち=と、同九位指名の同校上薄淳一内野手(18)=181㌢、70㌔、右投げ、右打ち=の西鉄入りが正式に決定。ライオンズ城島スカウトは十一、十二日の二日間にわたり、鹿児島県川内市の上薄、花田両選手宅に出向き入団交渉した。上薄選手=市内東開門町=は父親淳美さん(46)が大の西鉄ファンでスムーズにライオンズ入りが決定。花田選手は住友金属への入社が内定していたので態度を決めかねていたが、十二日朝、西鉄入りに踏みきり、ただちに契約をかわした。両選手は二十日過ぎ来福、福岡市球団事務所で入団発表を行なう。
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