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衆院総選挙もさせてもらえなかった福田総理辞任の「変」― (再掲)

2024-07-07 | Weblog
<はじめに>

 2008年9月1日、福田康夫首相(当時)が、緊急記者会見を開き「新しい布陣の下で政策の実現を図って行かなくてはない」旨述べ、辞任を表明した。後期高齢者医療保険の反発など反発など、内閣支持率の低迷に加え、衆院選の時期をめぐり公明党との亀裂が生じ、参議院で多数を占める民主党が対決姿勢を強める中で、与党内での信頼も失い、手詰まり状態となり、自ら解散、総選挙すら打てずに退陣となった。

 現在国会は衆参とも自公両党が多数を占めているが、旧統一教会に多数の自民党議員が関係し、また政治パーテイ裏金問題で自民党の主要派閥が関与し世論から厳しい批判を浴び、国会運営が円滑に進まず、また岸田内閣への信頼が無くなり支持率が下がり続けている。現在与党自民党は、現内閣の下で総選挙を打っても勝算はないとする意見が強く、早くも9月の自民党総裁選挙に向けて候補者選びに入っている。現内閣はずるずると9月までポストにしがみつき、9月には、総理総裁の座から外され、自らは総選挙などを打てなくなるが可能性が高く、2008年の福田内閣と状況が非常に似ている。

 首相は、安部元首相の3回忌において、「阿倍政治を継承し、次代に引き継ぐ」旨表明したと伝えられている。しかし阿倍政治自体が、7年半もの一本調子の経済金融政策による深刻な弊害、もりかけ問題での担当唐突な配転と証拠隠し、桜を見る会の不正な経理処理と証拠の破壊、更に旧統一教会の擁護や裏金の温床派閥となっていたことなど、法令遵守に反する政治運営をしていたことが明らかになって来たている。それを継承し「懸案を処理し、結果を出す」と言うのであれば、解散、総選挙を行い、自らの信念、主張を国民に問うべきではないだろうか。このような観点から、本稿を再掲する。

 

シリーズ平成の「変」-衆院総選挙もさせてもらえなかった福田総理辞任の「変」― (再掲)
 2008年9月1日、福田総理は辞任の意向を表明した。
 記者会見で述べていた通り、安倍前総理だけではなく、長期に亘る自民党政権で積み上げられた「負の遺産」を引き継ぎ、また参議院が民主党など野党に多数を占めている中で、大変苦労をされた。「負の遺産」は、福祉失政であり、経済失政、経済無策であり、行政のメタボ体質や公務員の綱紀の乱れ、そして閣僚の失言と不明瞭な政治資金など、根は深い。その中で、道路特定財源の一般財源化や消費者庁の設置などに先鞭を付け、一定の功績を残したと言える。ご苦労様でしたと言いたい。
 しかし、「自前の」内閣改造、党役員の入れ替えを行って1ヶ月にもならない中での辞任である。「変」である。今回の内閣改造、党役員人事の裏には森元総理が居ることで知られている。
 内閣改造をしても支持率は上がらず、党内では改革外しや反改革抵抗勢力の巻き返しの中で、これでは選挙が出来ないと「福田おろし」が吹き荒れていた。石油の他、諸物価高騰の中での景気後退により、景気対策が声高に叫ばれ、赤字国債の発行による大型の財政出動論が飛び出し、その先には消費税増税論が見え隠れする。路線の転換圧力である。「改革」による成長の恩恵は、反改革路線で消えた。経済失政とも言える。それをまた大型の公共事業や財政出動で浮揚させようというわけだ。バブル崩壊後、その積み重ねで800兆円以上の公的債務が積み上げられた。当時頻繁に公共投資を売り込んでいたリチャード・クー氏(野村総研主任研究員)がまた顔を出し始めている。800兆円の国の借金はどう処理するのかと問いたい。更に公債を積み上げてどうする積もりなのだろうか。
「変」である。路線転換の「変」である。
 不思議なことに、安倍前総理が政権運営に行き詰まり辞任したのは麻生太郎自民幹事長の時である。今回も、党役員人事で返り咲いた同幹事長の下での福田総理辞任である。同幹事長は2つの政権を党として支えられなかったという結果となっている。党内の路線の不一致から、党として政権運営を支えられなくなって来ているのであろう。
 これから新しい自民党の総裁が選ばれ、国会で首班指名が行われることになろう。衆議院では指名が得られても、参議院では否決される。民意を問うべき時期であろう。 (Copy Right Reserved.)

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