フィリピンりぱぶりっく狂笑国

フィリピンらしく
フィリピンでも
フィリピンだから

16歳純情派ー3

2006-03-15 | フィリピン
その後、1年間ほどL.Aカフェ、ネルバーナで客を取り友人と共同生活が始まった。毎日毎日客と様々なホテルで、ただし、プロモーターが宿泊しているホテルの客とは一切交渉を持たないようにした。得た金は銀行へ貯金、部屋も借りられるようになった。とある日、日本人のジジィ殿と交渉を持ったその夜、ジジィ殿が苦しみだした。背中に大きな腫瘍ができていて、膿が出ていた。ホテルのフロントへ連絡、タクシーで病院へ、早々に手術が始まった。手術は成功。彼女は寝ずに3日間看病をした。経過も良好で退院の日が。ジジィ殿は彼女の看護に感謝。ジジィ殿が住んでいるロビンソンマンションへ。汚い部屋を清掃、当座の飲食料用を購入、手厚い看護が始まった。
 彼女の手厚い看護。ジジィ殿日増しに回復した。不眠不休の看護。彼女も相当疲れていた様子。このジジィ殿と約20日間、ジジィ殿のマンションにて生活した。買い物を依頼するたびにおどおどしている彼女の態度に疑問を持ったジジィ殿。英語が少し堪能なこともあったが、彼女は英語をさほど理解できない様子。何とか身振り手振りで。彼女の現状を理解できたジジィ殿、思わぬ行動に出た。彼女を連れ、其のプロモーションへ。彼女を見たマネージャー大激怒。しかし、命の恩人が目の前で激怒されていることに不信感を得たジジィ殿マネージャーから話を聞いた。現在逃亡中、しかも滞在中に作った借金をしはらわづに逃亡したとんでもないオネーチャン。がマネージャーの口から。ジジィ殿、彼女が誠心誠意看病してくれた姿からは創造が付かず、マネージャーから経緯を聞いた。マネージャーは彼女が戻ろうが戻るまいが一向に関係ないようだ。彼女の借金さえ清算すればよいだけとの事。ジジィ殿、彼女の借金全額支払い、身請けした。
毎日自分の孫と一緒に生活しているようなジジィ殿。日本語も英語も良く理解できない彼女を電話番もさせられない苛立ちが出始めた。ジジィ殿彼女に部屋を借りてあげ、学校へ行くように提案した。彼女も快く受諾、サンアンドレスに小奇麗なアパートを借りた。部屋代生活費としてジジィ殿、毎月5万円を渡した。彼女、学校へ行き生活するには十分の金。ジジィ殿がマニラ滞在中はジジィ殿のマンション。帰国すれば彼女のアパートでの生活が始まった。3ヶ月ほど過ぎたころ、以前一緒に逃亡した年下のオネーチャンから電話が来た。マニラにいるが食うに事かく毎日。是非合いたいとの連絡。彼女は其のオネーチャンを一時自分のアパートへ住まわせた。しかし、年下のオネーチャン、毎晩11時くらいになると外出、帰宅は全く見当も付かない。彼女は睡眠不足。居候はする、食い扶持も出さないオネーチャンと言い争いの日々が続いた。半年くらいたった頃からジジィ殿も来比する期間が長くなっていたこともあり、彼女も金策がきつくなり始めたある日、オネーチャンと喧嘩になった。其のオネーチャンは毎晩L.Aカフェで韓国人のスチューディントと恋人ゴッコ。全く収入がなく、衣食住は彼女のアパートで補う。金策がきつくなったオネーチャン。遂に以前の売春婦に逆戻りをした。アパートへ帰る時間もばらばら。其のオネーチャンへも鍵を渡し、慣れた道を歩み始めた頃、ジジィ殿彼女のアパートを訪れた。

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