毛唐もすなるブログといふものを

日本男児もしてみむとてするなり

郵政衆院通過

2005-10-12 17:51:49 | 改革狂騒曲
今日改革ファシズムの象徴である「郵政民営化法案」が衆議院を通過した。反対を貫いた無所属は平沼赳夫ただ一人だった。国士である。

もっとも、郵政より恐ろしい「人権擁護法案」を阻止するためには郵政では譲るべきだったとの意見もあり、それはそれなりに説得的だ。アングロ=サクソンは財産を収奪しにやって来るが、支那朝鮮は「日本精神」の解体にやって来るからだ。財産を収奪されても日本精神があれば再興は可能だがその逆は不可能だからだ。

しかし、結果論ではあるが、3分の2を押えた与党の中に留まったとしても、その中での反対が意味をなしたかは相当怪しい。郵政民営化法案の提出過程における無茶苦茶の真骨頂は『党内手続無視』だったからだ。そして今回の選挙は結果としてそれを不問に付することとなった。然らば党内に留まり「人権擁護法案」に反対しても、党内手続無視がまかり通るようではどうしようもないのではなかろうか。そう考えれば、郵政民営化法案に反対して党を追われたこと自体は人権擁護法の関係でもそれほど悪い選択ではないことになる。

では、先の国会で郵政民営化法案に反対しつつ今回は賛成に回った議員をどう評価すべきなのだろうか。今回賛成に回った議員の多くが転向の理由に「民意」を挙げる。しかし与党の得票は過半数に達しておらず、そのことを議員諸氏は承知しているはずである。ではなぜ転向したか。いうまでもなく党本部の議員個人の後援会(県連等)に対する締め付け、具体的には政治資金規正法改正による脅しに屈したのである。このことはもっと報道されていいことである。

現在の政治資金規正法は政党本位の選挙を標榜するから、無所属で選挙を戦うのはそれだけでハンディが大きい。政治家をするには資金が必要だがそれを集めるのも政党本位というのが現行制度なのである。今回の選挙を無所属で戦った議員たちは小泉後に自民党復帰を目指している。彼らの後援会もそのつもりで動いている。したがって安易に新党ヘは行けないし、除名も避けたい。そういう中での苦渋の決断だということは理解できる。しかし、そういう腰の引けたことをしている限り政治家として新たな展望を開くことはできないのではないか。

平沼赳夫はそういう中で、一時期ぶれはしたが、腹をくくった。今回の反対はそういうことだ。腹をくくったのが平沼赳夫一人だったことは残念で、古屋、古川あたりにも腹をくくってほしかった。しかしもうそれは問うまい。彼らの政治家としての信念はいまだ信じることがわたしにはできるからだ。「日本精神」を守ろうとする彼らの情熱は信じることができるからだ。しかし、野田聖子をわたしは信じない。野田聖子は「人権擁護法」を推進し拉致問題には冷淡で元々破廉恥野郎・古賀誠の子分のような存在だった。何をおもって郵政民営化に反対していたのかは知らないし興味もないが、この女郎に「日本精神」がないことだけは間違いない。日本初の女性首相がこの女の目的でそのためには何でもやるんだろうよ。

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