年長になる息子K

腕に大火傷のある女の子と、足の指が1本多い男の子がいる。
K

傷跡、先天的なもの、後天的な理由と色々あると思うけど、
色んな子供たちが一緒に集団生活をしている。
過去 日本で過ごした2年間に こんなことがあった。
K

登園時にいつもすれ違うキャリアウーマン風の女性は
背の高さがK

じろじろ見てしまうK

見ちゃいけません というのもおかしいし、特別扱いするのもおかしいし。
そして すれ違いざまについに発してしまったK

「どうして 小さいの?」
はっきり言って すぐにどう答えて良いのか分からず
自分の未熟度を反省した。
それから図書館へ行き “障害について”書かれた絵本を探したが
“盲導犬”関係の物しか見つからず 通っていた幼稚園の先生に相談した。
先生は
「子供ですから、見てしまう、正直に言葉にしてしまうのは 仕方ないことですよ。
お母さんがしっかりしていれば、子供は揺れませんよ。そのうち 社会に慣れますから」
とアドバイスくださったのを覚えている。
そうだ、まだ小さな社会にでて数カ月だったのだ。
“お母さんがしっかりする=子どもは揺れない”か・・・

そして 私は
「神さまが なさったこと」と言うようになった。
カトリック系の学校へ通っていた私の中にはいつも“神様”の存在がある。
タイは90%が仏教徒の国で、子供たちの出生届けには
宗教欄に“仏教”が記されている。
でも家では 緩めのキリスト教。
寝る前のお祈りと、子供用聖書は時々読みながら、
今は子供たちの中に私と同じ“神様”が存在し始めている気がする。
「どうして?」を発する前に 「神さまが なさったこと」が
自然に理解できるようになってきた今日この頃である。
(同時に キリスト教以外の神様がいることも理解しているようだ。)
初めにもどるが、K

毎週木曜にあるプールの時間を見学することが多いそうだ。
「びっくりしたよ。」
「みんな 触ったりしてたよ。」
タイでは デリケートな部分でもジョークにしたり、
ストレートに言うことがある。
いい気分はしないだろうにといつも思う。
つい先週 風邪でプールを休んだとき
男の子とK

お迎え時のK

「ママ、“神様がスイッチ2回押しちゃったんだよ”って
タイ語で何て言うんだろうね。今度 プールのとき A君に 言いたいんだけど」
K


始めました。

クリックしてくださると、励みになります。