夜明けの曳航

銀行総合職一期生、外交官配偶者等を経て大学の法学教員(ニューヨーク州弁護士でもある)に。古都の暮らしをエンジョイ中。

マイケルジャクソンの死とアメリカ法

2009年08月28日 | profession
1.死因=involuntary manslaughter
マイケルジャクソンの死因は「他殺」という報道がなされているが、ちょっと日本語のニュアンスとして不正確だと思う。

州によって細かい違いはあるが、アメリカの刑法上、殺人は、以下のように分類されている。

homicide=人を死に至らしめる罪の総称
----1.murder = 謀殺。計画的に殺すこと。
(日本でいう強盗致傷等は、felony murderといわれる)
----2.manslaughter
--------2-1voluntary manslaughter=予め計画したわけではなく、たとえば口論の末かっとなって殺すような場合。州によっては誤認に基づく正当防衛も含む
--------2-2involuntary manslaughter=(業務上を含む)過失致死等

アメリカの刑法では、計画的殺人とかっとなって殺した場合をはっきり違う犯罪として位置付けているが、裁判員制度への批判にも書いたが、日本の刑法では、murderとvoluntary manslaughterを区別せず、199条殺人罪という一条しかない。

アメリカでは、かっとなって殺した場合と謀殺を区別するだけでなく、murder 、manslaughter自体も「それぞれ、1st 2nd, 3rdなど、実に細かく分かれているので、陪審員が事実認定しなければならない対象事実があらかじめ細かく決められている。日本で裁判員制度を導入するなら、刑法の実体法自体も、構成要件をもっと細分化することが必要ではないか。

とにかく、マイケルのケースは、業務上過失致死なので、involuntary manslaughterにあたるのである。日本語の「他殺」というのは、正確ではないと思うのだが。

2.遺書
(1)遺言の時期
遺書は2002年7月7日、マイケル43歳の時に書かれたもので、テレビで「43歳で遺言というのは早すぎる」というコメントをしていた弁護士がいたが、とんでもない。アメリカでは、大して金持ちでなくても、否、借金の方が多いくらいでも、遺言や生前信託をしておくのは常識である。
書店には遺言の作成キットが安価で売っている。

というのも、日本では民法882条 896条によって当然相続主義が採用されている。つまり、被相続人の死と同時に、すべての財産(債務も含む)が法定相続分に従って法定相続人に自動的に分配されてしまうのだ。相続放棄や遺産分割協議によって実際の相続分が変わってくるのは、いったん受け取ったものを二次的に他の相続人に譲渡する、という法的構成になる。つまり、遺言などがなくても、裁判所の関与なく、簡便な方法で相続財産を決めることができる。

これに対して、アメリカでは、当然相続主義はとっていない。遺産はestateという財団のようなものになり、probate courtという裁判所での手続が始まる。相続財産管理人が任命され、会社の清算時のように、新聞等に債権者・債務者が名乗り出るように公告がなされ(新聞にたとえば、Re Late Mr. John Smith's Estateという表題で記事が載るのだ)、すべての債権債務の整理が済んでから初めて相続人に分配される。相続財産管理人への報酬や裁判所に払う手数料がかさむだけでなく、時間も最低半年はかかるそうだ。

しかし、遺言を残していたり、生前信託をしていたりすると、こういう面倒な手続きはいらない、相続人に迷惑をかけることもない。そこで、ごく普通の人でも、遺言や生前信託を利用しており、こうしたことをEstate Plannningと呼び、Law Schoolにもこういう名称の講義がある。

だから、日本の感覚で43歳では早いというのは全く見当違いなのである。

(2)信託
マイケルは、生前信託と遺言を併用している。

I give my entire estate to the Trustee or Trustees then acting under that certain Amended and Restated Declaration of Trust executed on March 22, 2002 by me as Trustee and Trsutor which is called the MICHAEL JACKSON FAMILY TRUST, giving effect to any amendments thereto made prior to my death.

既に生前信託によってアレンジしてあるマイケルジャクソンファミリー信託に、死亡時の全ての財産を新たに移転する、としているのである。このように、生前作っておいた信託財産に死亡時の遺産すべてを追加するアレンジメントをpour-over trustという。

これによって、マイケルの遺産はすべてこの信託財産になり、通常のestateとしての分割手続を免れることができるわけだ。

遺言は莫大な財産家の割に5ページという短い簡単なものだということに驚かされるが、たぶんこの信託設定の際、かなり詳細な信託条項を作成しているのだと思われる。

このように、日本では金融商品のツールという役割を主として果たしている信託制度は、母法国の英国や米国では個人の財産管理の手段なのである。

(3)子供の後見人
報道の通り、第一次的には母であるKatherine Jacksonを子供の後見人に指名し、もし母が自分に先立ったり、辞退した場合は、ダイアナ・ロスを指名している。

マイケルジャクソンの追悼コンサートをテレビで少し見たが、ライオネル・リッチーとかつての恋人だったブルックシールズが出てきたので、ダイアナ・ロスの不在がいっそう違和感をもたらした。

1981年にシールズが主演した映画エンドレス・ラブの主題歌でオスカーも受賞したライオネル・リッチーとダイアナ・ロスのデュエット曲が私が最も好きなデュエット曲だからだ。夫とカラオケに行く度に挑戦するのだが、夫のパートがなかなか上達しない。香港大学でデューク大学ロースクールからの短期留学生のグループの世話役をやったときに、カラオケに行ってアメリカ人学生がこの曲を一緒にデュエットしてくれた
ときは、ものすごくうまくて楽しかったんだけど。

(4)前妻(DJロー)の排除
私は独身であり、DJロー(原文ではフルネーム、以下同様)との結婚は完全に解消している。

私は意図的にDJローを遺産に関する権利から排除する。

というような文言がある。

(5)有効性への配慮
弁護士が付いているのだから当たり前だが、遺言の準拠法、有効性に配慮した条項も散見される。

私は18歳以上である、とか、
カリフォルニアに住んでいるとか(遺言については動産については遺言者の最後のdomicile(日本語には訳しづらいが、生活の本拠地、というようなもの)の遺言法が準拠法になりる)

カリフォルニア州外にある不動産については、という特別条項の存在(不動産についてはその所在地の遺言法が準拠法になることが多いので)

とか、
日本も同様だが複数の遺言がある場合、最後の遺言が有効なので last willと明記してあったり。

物権法の授業で「ニュースを法律から読み解く」コーナーをやっていたのだが、その中で、マイケルの遺言も解説も行い、好評であった。
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