来年5月に始まる裁判員制度であるが、TVコマーシャルも始まり(古手川祐子は随分ふくよかに映っている。「ホームレス中学生」でガンで死ぬ母親役をやっていたのに…)、明日は、350人にひとりに、最高裁から裁判員候補者になった通知がいっせいに発送されるそうだ。
裁判員にはなってはいけない人と、辞退できる人がいる。前者は、弁護士や、大学で法律学を講じる教授・准教授(専任講師や非常勤講師は対象にならないというのが変だ)等の専門家、後者は、70歳以上の人や学生等である。
ということで、もし私に通知が来ても欠格事由に該当すると回答するだけなのだが。
しかし、もし法律の専門家が裁判員になったら、他の裁判員が彼/女らの意見に引きずられるから(確かに三谷幸喜脚本・中原俊監督の映画「12人の優しい日本人」でも、弁護士だと名乗ったトヨエツ(東京サンシャインボーイズ時代に舞台でこの役をやった野仲功(ドラマ「働きマン」で嫌味な長身の同僚役)が、「映画でもこの役を俺がやっていたら、今頃トヨエツくらいブレークしてる」といっているそうである)の発言で流れが大きく変わった)、ということだが、専門家中の専門家である裁判官が3名も合議するのに、そちらに引きずられるということは考慮しないのはどう考えても矛盾である。
最高裁の広報ビデオを見た学生が、「裁判長(榎木孝明)が裁判員を誘導していた」と感想を述べていた。
このブログにも書いたとおり、私は裁判員制度に反対である。
http://blog.goo.ne.jp/otowa1962/e/2c281cde9768e584ea315a5ff12b3efd
現在、1回生(関西ではこういうのである。未だに慣れない)の入門演習を担当している。必修科目なので、10人の教員が、それぞれ10人くらいのクラスを担当し、14回の講義で2-3冊の新書を読む、という講義である。
その1冊目として裁判員関係の新書を選定し、学生に分担して発表させながら読みつつ、最高裁の広報ビデオ、陪審制を扱った映画、「裁判官は訴える」「12人の浮かれる男」などの副教材を見たり読んだりし、最終的には、3班に分かれた学生のそれぞれの班に「あるべき裁判員制度」について発表してもらう予定にしている。
最初に発表した班が、「裁判員は、一生評議の秘密を守らされ、破ったら懲役や罰金があるのに、裁判官には守秘義務はない」といったので、「裁判官にももちろん守秘義務はありますよ」と指摘したのだが、よく調べてみたら、裁判官の守秘義務は在職中のみで、しかも、サンクションは弾劾や懲戒のみ。裁判官を辞めた後は守秘義務を負わないことがわかった。
だから、最近、冤罪事件について、退官した担当裁判官が「自分は無罪という意見だったのに、評議で多数決で負けた」などと発言しても何ら処罰はなかったのであった。
以下にまとめたものを記す。
裁判員裁判における裁判官の守秘義務
1.裁判官の評議の秘密を守る義務
(1)根拠条文
裁判所法75条
第七十五条 (評議の秘密) 合議体でする裁判の評議は、これを公行しない。但し、司法修習生の傍聴を許すことができる。
○2 評議は、裁判長が、これを開き、且つこれを整理する。その評議の経過並びに各裁判官の意見及びその多少の数については、この法律に特別の定がない限り、秘密を守らなければならない。
(2)罰則 なし
ただし、弾劾裁判によって罷免されたり、懲戒処分を受けたりすることがある。
憲法第六十四条 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。
○2 弾劾に関する事項は、法律でこれを定める。
裁判所法
第四十九条 (懲戒) 裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があつたときは、別に法律で定めるところにより裁判によつて懲戒される。
しかし、退職後の義務違反に対してはサンクションがない。
(3)国家公務員法
なお、国家公務員法100条は守秘義務について定め、109条1項12号はその違反について、1年以下の懲役または50万円以下の罰金を定めているが、裁判官は、国家公務員法の適用を受ける一般公務員ではない(国家公務員法2条3項13号、同4項)ので、これは適用されない。
(4)刑法
また、裁判官は、刑法134条の秘密漏洩罪の対象にもなっていない。
(秘密漏示)
第百三十四条 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
2 宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときも、前項と同様とする。
2.裁判官以外の者
(1)裁判員 終生の守秘義務。違反したら6か月以下の懲役または50万円以下の罰金 (裁判員法108条)
(2)調停委員
民事調停法
(評議の秘密を漏らす罪)
第三十七条 民事調停委員又は民事調停委員であつた者が正当な事由がなく評議の経過又は調停主任若しくは民事調停委員の意見若しくはその多少の数を漏らしたときは、三十万円以下の罰金に処する。
(人の秘密を漏らす罪)
第三十八条 民事調停委員又は民事調停委員であつた者が正当な事由がなくその職務上取り扱つたことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
家事審判法
第三十条 家事調停委員又は家事調停委員であつた者が正当な事由がなく評議の経過又は家事審判官、家事調停官若しくは家事調停委員の意見若しくはその多少の数を漏らしたときは、三十万円以下の罰金に処する。
○2 参与員又は参与員であつた者が正当な事由がなく家事審判官又は参与員の意見を漏らしたときも、前項と同様である。
第三十一条 参与員、家事調停委員又はこれらの職に在つた者が正当な事由がなくその職務上取り扱つたことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
3.なぜ、裁判官のみ特別扱いか
裁判官の独立は憲法上保障されている
第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
○2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
○3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
第七十七条 最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。
○2 検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。
○3 最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。
第七十八条 裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。
裁判所法
第四十八条 (身分の保障) 裁判官は、公の弾劾又は国民の審査に関する法律による場合及び別に法律で定めるところにより心身の故障のために職務を執ることができないと裁判された場合を除いては、その意思に反して、免官、転官、転所、職務の停止又は報酬の減額をされることはない。
国民の司法参加のような場面では罰則により評議の秘密を担保し、裁判官(相当程度継続して在職することが想定され、職責上守秘に関する理解認識も一般に高い。また、裁判官の独立ということもある。)については分限法による懲戒または弾劾という形で担保しようとする考えが背景にあるのでは?
もちろん、次の講義で解説しておいたが、「負うた子に教えられ」という気分である。
日本裁判員制度と米国陪審制度の相違
日本裁判員制度 米国陪審制度
裁判官が評議に参加するか する。 しない
合議体 裁判員6名裁判官3名が原則 12名とする州が多い
量刑まで評議で決めるか 決める。 決めない。事実認定しかしな い。(法定刑に死刑を含む犯 罪の場合死刑にするか否かに ついては意見を述べることが できる。Cf.映画「12人の怒 れる男」)
決議方法 多数決(但し多数意見には裁判官一人以上の賛成が必要)原則全員一致
民事事件にも適用されるか されない される。
被告人は裁判官以外の参加を拒否できるか できない。 できる。 (陪審による裁判 は憲法で保障され ている人権なので 放棄可能。ただ し裁判所の許可が いる州もある)
証拠排除の原則が厳格か(素人の予断を排除するため)
さほど厳格でない 厳格(例:轢き逃げ後犯人が車を 修理に出したことも証拠として提 出できない)
争点の事前整理が可能か(裁判員を長く拘束できないため。従来の重大な犯罪に関する刑事裁判は短くても数年かかる)
事前開示制度を最近導入した。争点の整理については、「情状として主張できることが限定されて被告人に不利益」という声あり。
事前開示制度が徹底されている。(cf.映画「いとこのビニー」)
犯罪の構成要件が細分化されているか(陪審員・裁判員がその有無を判断すべき事実が予め明確か) 十分にされていない。 殺人だけでもmurder, voluntary manslaughter, involuntary manslaughterなど に分類され、それぞれが、第1 級から第3級くらいまで分類さ れている。
司法取引 刑法上の犯罪にはない。 ある。刑事事件の9割は司法取引 で決着。
裁判員にはなってはいけない人と、辞退できる人がいる。前者は、弁護士や、大学で法律学を講じる教授・准教授(専任講師や非常勤講師は対象にならないというのが変だ)等の専門家、後者は、70歳以上の人や学生等である。
ということで、もし私に通知が来ても欠格事由に該当すると回答するだけなのだが。
しかし、もし法律の専門家が裁判員になったら、他の裁判員が彼/女らの意見に引きずられるから(確かに三谷幸喜脚本・中原俊監督の映画「12人の優しい日本人」でも、弁護士だと名乗ったトヨエツ(東京サンシャインボーイズ時代に舞台でこの役をやった野仲功(ドラマ「働きマン」で嫌味な長身の同僚役)が、「映画でもこの役を俺がやっていたら、今頃トヨエツくらいブレークしてる」といっているそうである)の発言で流れが大きく変わった)、ということだが、専門家中の専門家である裁判官が3名も合議するのに、そちらに引きずられるということは考慮しないのはどう考えても矛盾である。
最高裁の広報ビデオを見た学生が、「裁判長(榎木孝明)が裁判員を誘導していた」と感想を述べていた。
このブログにも書いたとおり、私は裁判員制度に反対である。
http://blog.goo.ne.jp/otowa1962/e/2c281cde9768e584ea315a5ff12b3efd
現在、1回生(関西ではこういうのである。未だに慣れない)の入門演習を担当している。必修科目なので、10人の教員が、それぞれ10人くらいのクラスを担当し、14回の講義で2-3冊の新書を読む、という講義である。
その1冊目として裁判員関係の新書を選定し、学生に分担して発表させながら読みつつ、最高裁の広報ビデオ、陪審制を扱った映画、「裁判官は訴える」「12人の浮かれる男」などの副教材を見たり読んだりし、最終的には、3班に分かれた学生のそれぞれの班に「あるべき裁判員制度」について発表してもらう予定にしている。
最初に発表した班が、「裁判員は、一生評議の秘密を守らされ、破ったら懲役や罰金があるのに、裁判官には守秘義務はない」といったので、「裁判官にももちろん守秘義務はありますよ」と指摘したのだが、よく調べてみたら、裁判官の守秘義務は在職中のみで、しかも、サンクションは弾劾や懲戒のみ。裁判官を辞めた後は守秘義務を負わないことがわかった。
だから、最近、冤罪事件について、退官した担当裁判官が「自分は無罪という意見だったのに、評議で多数決で負けた」などと発言しても何ら処罰はなかったのであった。
以下にまとめたものを記す。
裁判員裁判における裁判官の守秘義務
1.裁判官の評議の秘密を守る義務
(1)根拠条文
裁判所法75条
第七十五条 (評議の秘密) 合議体でする裁判の評議は、これを公行しない。但し、司法修習生の傍聴を許すことができる。
○2 評議は、裁判長が、これを開き、且つこれを整理する。その評議の経過並びに各裁判官の意見及びその多少の数については、この法律に特別の定がない限り、秘密を守らなければならない。
(2)罰則 なし
ただし、弾劾裁判によって罷免されたり、懲戒処分を受けたりすることがある。
憲法第六十四条 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。
○2 弾劾に関する事項は、法律でこれを定める。
裁判所法
第四十九条 (懲戒) 裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があつたときは、別に法律で定めるところにより裁判によつて懲戒される。
しかし、退職後の義務違反に対してはサンクションがない。
(3)国家公務員法
なお、国家公務員法100条は守秘義務について定め、109条1項12号はその違反について、1年以下の懲役または50万円以下の罰金を定めているが、裁判官は、国家公務員法の適用を受ける一般公務員ではない(国家公務員法2条3項13号、同4項)ので、これは適用されない。
(4)刑法
また、裁判官は、刑法134条の秘密漏洩罪の対象にもなっていない。
(秘密漏示)
第百三十四条 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
2 宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときも、前項と同様とする。
2.裁判官以外の者
(1)裁判員 終生の守秘義務。違反したら6か月以下の懲役または50万円以下の罰金 (裁判員法108条)
(2)調停委員
民事調停法
(評議の秘密を漏らす罪)
第三十七条 民事調停委員又は民事調停委員であつた者が正当な事由がなく評議の経過又は調停主任若しくは民事調停委員の意見若しくはその多少の数を漏らしたときは、三十万円以下の罰金に処する。
(人の秘密を漏らす罪)
第三十八条 民事調停委員又は民事調停委員であつた者が正当な事由がなくその職務上取り扱つたことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
家事審判法
第三十条 家事調停委員又は家事調停委員であつた者が正当な事由がなく評議の経過又は家事審判官、家事調停官若しくは家事調停委員の意見若しくはその多少の数を漏らしたときは、三十万円以下の罰金に処する。
○2 参与員又は参与員であつた者が正当な事由がなく家事審判官又は参与員の意見を漏らしたときも、前項と同様である。
第三十一条 参与員、家事調停委員又はこれらの職に在つた者が正当な事由がなくその職務上取り扱つたことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
3.なぜ、裁判官のみ特別扱いか
裁判官の独立は憲法上保障されている
第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
○2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
○3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
第七十七条 最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。
○2 検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。
○3 最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。
第七十八条 裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。
裁判所法
第四十八条 (身分の保障) 裁判官は、公の弾劾又は国民の審査に関する法律による場合及び別に法律で定めるところにより心身の故障のために職務を執ることができないと裁判された場合を除いては、その意思に反して、免官、転官、転所、職務の停止又は報酬の減額をされることはない。
国民の司法参加のような場面では罰則により評議の秘密を担保し、裁判官(相当程度継続して在職することが想定され、職責上守秘に関する理解認識も一般に高い。また、裁判官の独立ということもある。)については分限法による懲戒または弾劾という形で担保しようとする考えが背景にあるのでは?
もちろん、次の講義で解説しておいたが、「負うた子に教えられ」という気分である。
日本裁判員制度と米国陪審制度の相違
日本裁判員制度 米国陪審制度
裁判官が評議に参加するか する。 しない
合議体 裁判員6名裁判官3名が原則 12名とする州が多い
量刑まで評議で決めるか 決める。 決めない。事実認定しかしな い。(法定刑に死刑を含む犯 罪の場合死刑にするか否かに ついては意見を述べることが できる。Cf.映画「12人の怒 れる男」)
決議方法 多数決(但し多数意見には裁判官一人以上の賛成が必要)原則全員一致
民事事件にも適用されるか されない される。
被告人は裁判官以外の参加を拒否できるか できない。 できる。 (陪審による裁判 は憲法で保障され ている人権なので 放棄可能。ただ し裁判所の許可が いる州もある)
証拠排除の原則が厳格か(素人の予断を排除するため)
さほど厳格でない 厳格(例:轢き逃げ後犯人が車を 修理に出したことも証拠として提 出できない)
争点の事前整理が可能か(裁判員を長く拘束できないため。従来の重大な犯罪に関する刑事裁判は短くても数年かかる)
事前開示制度を最近導入した。争点の整理については、「情状として主張できることが限定されて被告人に不利益」という声あり。
事前開示制度が徹底されている。(cf.映画「いとこのビニー」)
犯罪の構成要件が細分化されているか(陪審員・裁判員がその有無を判断すべき事実が予め明確か) 十分にされていない。 殺人だけでもmurder, voluntary manslaughter, involuntary manslaughterなど に分類され、それぞれが、第1 級から第3級くらいまで分類さ れている。
司法取引 刑法上の犯罪にはない。 ある。刑事事件の9割は司法取引 で決着。