夜明けの曳航

銀行総合職一期生、外交官配偶者等を経て大学の法学教員(ニューヨーク州弁護士でもある)に。古都の暮らしをエンジョイ中。

ドラマ版西遊記とジェンダーバイアス

2006年10月27日 | 演劇
西遊記が映画化されるそうだが、日本で西遊記を映像化するとき、玄奘三蔵の役は必ず女優がやっている。
堺正章・夏目雅子、唐沢寿明・牧瀬里穂、香取慎吾・深津絵里

西遊記DVD-BOX
坂元裕二
ビクターエンタテインメント


これは、日本では、女=守られるもの、男=守るものというジェンダーバイアスのためだと思う。

玄奘三蔵は、男だが、肉体的には非力であり、仏教の慈悲の心が強すぎてすぐに悪者や妖怪に騙されて、窮地に陥り、孫悟空らに助けてもらう羽目になる。日本のジェンダー役割分担意識では、こういう人物を男優がやるよりも女優がやる方が自然だからだ。
もし男優がやっていたら、「なんてふがいない」ということになり、共感を呼ばないんだろう。
こんなところにも如実に表れるジェンダー・バイアス、嘆かわしい事態だ。

私は中国法も研究しているのでよく中国に出張するが(今年だけで4回)、どの地方に行ってもどこかのチャンネル(地上波が40以上ある)で必ず西遊記のドラマをやっているが、玄奘三蔵は必ず男優がやっているぞ。

それから、「電車男」のジェンダーバイアスについても触れておこう。
外見も経済力も劣る男が美人を彼女にするから夢物語だというのが気に入らない。
そこでは、エルメスが、電車男の外見や経済力に囚われず、心の美しさを評価してくれる見る眼のある性格のいい女性だということになっている。
しかし、エルメスが美人でなければ、いくら性格が良くても夢物語にはならないのだ。
つまり、自分は「外見や条件より俺の中身を見てくれ」と主張しつつ、女性に対しては、外見がいいことを求めるという甚だ手前勝手な欲求があるのを正当化しているのが気に入らないのだ。
なぜ、男は性格さえよければよく、女はまず外見、それに性格が良ければなおいい、というダブルスタンダードがまかり通るのだ。

電車男 DVD-BOX
中野独人
ポニーキャニオン



男が主人公の漫画やエンターテインメントってみんなそうでしょう。

のび太がどんなにだめでも、未来ではかわいいしずかちゃんがお嫁さんになってくれる。
でも、しずかちゃんがいくら性格が良くても外見がかわいい子でなければこのファンタジーは成立しないのだ。
(ちなみにしずかちゃんの姓は源、でも、「王様のレストラン」で山口智子の役名を「磯野静」にした三谷幸喜の方がよく歴史を踏まえている)


王様のレストラン DVD-BOX La Belle Equipe
三谷幸喜
ポニーキャニオン




昔、「寺内貫太郎一家」というドラマで、左とん平が、その外見から嫁の来手がなく、美人とはいえない女性の見合い写真をもらって、仲人に「気立てがとってもいいお嬢さんなんですよ」といわれたとき、「でも気立ては連れて歩いても他人に見えないだろう!」と怒鳴って断るシーンがあった。容姿の劣った男という設定の人物にこういう科白をしゃべらせる国なんだな、ここは。


寺内貫太郎一家 DVD-BOX 1
向田邦子,福田陽一郎
TCエンタテインメント



小倉千加子がいうように、日本のような性差別社会では女の美貌と男の経済力が交換されるが、「電車男」の場合、男が交換するものが「性格の良さ」になっただけで、女の方から差し出さなければならないものがまず第一に美貌であるということにかわりはなく、ジェンダー・バイアスの枠組の中に入っていることにかわりはない。

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弱いものいじめするな 評議員N

2006年10月26日 | profession

私法学会をはさんで2週間、断続的に38度の高熱を発し、医師に「過労」と診断されながらも、講義は振り替えずに何とかやり、少し健康状態が落ち着いたと思ったら、連絡の行き違いで今月中の大きなプロジェクトを2件抱え込むことになった。

ひとつは、大学の現代GPでe-learning教材を作るというもの。

これは、最初にもらった計画書では私は来年度以降に担当することになっていたのに、今年もやることになると急に知らされた。本来の締切は3月末なのだが、それならせっかくだから今やっている債権各論の復習教材を作って、受講生が使えるように期末試験(11月9日)までにTKCにアップしようと思い必死で作業している。

もう一つは、12月はじめの学会で発表することになったこと。
テーマを出し、条件付で合格になっていたが、その条件について出した主査の先生への回答に対し何もこないので条件未成就ということかな、と思って諦めていたら、ジュリストの学会連絡欄の発表予定者に載っていたので焦って準備を進めている。

ということで、睡眠時間もあまりとれない状況なのだが、怒りのあまり仕事が手につかないことがあったのでここに記す。

友達からは「あまり戦線拡大しない方がいいよ」といわれるが、これは法科大学院とは直接関係ない不正についてである。

私は経済学部の教授N(当年59)と同じ官舎に住み、班も同じである。
この官舎は狭く、単身者が多いが、Nは、十数年前相模原に家を建てて家族がそこに住むようになってからここに引っ越してきたと聞く。

私がここに赴任した2003年6月、官舎の自転車置き場の出入り口をふさぐようににいつもとまっている相模ナンバーの車があり、迷惑で仕方なかった。無論官舎には専用の駐車場があり、月3000円で借りられる。私も赴任当時は「駐車場が回ってきたらこの機会に車を買おう」と思っていたので申し込んでいたところ、Waiting List3人目だといわれた。だから、十数年前から住んでいるNが申込をしていればとうに順番が回ってきたはずである。つまり、横着にも、駐車場を申し込まず、ただで済むところにいつも停めていたというわけ。

大学の持ち物の官舎なので、大学の管財課に苦情をいったところ、「N先生でしょう。何度も車に張り紙をしているんですけど聞いてくれないのですよ」とのことだった。
私は憤然としてそれを親しい同僚に愚痴ったところ、それが本人に伝わり、直接嫌味を言われた。

それだけでなく、その次の教授会で卑劣な方法で意趣返しをしてきた。
Nは当時は図書委員長であった。
「経済学部の資料室の共同図書として学生も使う本の推薦をしてください」と全員にお達しがあった(あくまで共同図書ですよ)。
新任教員である私は、法律関係の基本資料の貧しさや古さに驚き、律儀にもたくさんの書名をリストに書いて資料室に提出した。
その際「一人について予算の上限はあるのですか」と聞いたら、資料室の係員に「一冊5万円以上する本でなければとくにありません」といわれたのだ。

結局そんなまじめな教員は私とS先生だけであり、S先生は総額20万円近く、私は20万円を超える図書のリストを出したことになったと後述する教授会の図書委員会資料に出ていた。

教授会では、はじめに審議事項をやり、その後各委員会から報告をするのだが、報告書が予め配布してあるので、たいていの教員は「資料の通りです」ですます。
とくに、その日は、もめる議題があって、13時に始まった教授会が21時になろうとしていて、どの委員長も「資料の通りです」ですましていたのに、Nは、わざわざ「共同図書の予算は○○円であり、これを人数で割ると、一人7万円くらいですが、誰とは言いませんが約一名、これを大幅に上回るリストを出した人がいました」と延々と説明したのだ。

これは以下の点で不当である。
1.共同図書は私的な資料ではない。むしろ学生に利用させるものである。
2.一人の予算が決まっているわけでないことは事前に確認している。
3.7万円を上回っている点ではS先生も同じなのに、わざわざ「約一名」といったのは、私への意趣返しとしか思えない。
4.そのような個人への意趣返しを、8時間に及ぶ会議で疲れきっている同僚全員の拘束をいたずらに引き延ばすようなやり方で行うのは卑劣である。

これで、私はNという人間を軽蔑するようになった。

そういえば、S先生に「冬官舎の水抜きが大変で(冬は零下十数度になるので、台所、風呂、トイレ、すべての水道管に水を一滴も残さないように毎晩措置しないと水道管が凍って破裂するのだ。これがものすごく面倒)」とこぼしたら、「N先生は水抜きしないで下の階に水が洩れて大変だったことがあるそうですよ」といっていた。
どこまでも身勝手で横着な男だ。

なお、駐車場については、当時の会計係長K池も絶対に許せん。
いつか苦情申立してやる。
この直後、Nも、現法科大学院研究科長M(彼も同じ官舎)も駐車場をもらった。
これは絶対におかしい。私が2003年6月に駐車場を申請したときは、Waiting Listの3人目だったはずだ。私が苦情をいうまで申し込んだ節のないNや、そもそも2004年3月に赴任したMがなぜ先に駐車場をもらうのか。
きっと、「うるさいのがいるから早く駐車場をまわしてくれ」とでもねじ込んだんだろう。
公平であるべき会計係長がそういうことで動くのか。
本人に直接きいたら「2004年度になる時引継がうまくいかなかたようで」と一言も謝らない。なお、K池は、本来全学のルールで禁煙のはずの事務室で夜煙草を吸っていて、私が用があって入っていったとき一時は慌てて机の下に煙草を隠した、すぐに悠然と吸い始めた。人を馬鹿にするのもほどがある。

私はいまだに駐車場をもらっていない。これが差別でなくてなんなのか。

さらに、決定的にNを卑劣漢と思うようになったのは、2004年の4月だ。
私の官舎は、4階建てで一階に8世帯、計32世帯あり、階段が4つあるから、階段を共有している2世帯×4階の8世帯が班を構成している。
半期ごとに班長が交代するのだが、一番厄介な仕事は各人の水道メーターをチェックし、水道料金を徴収するという役割だ。

そういえば、夫も独身時代上野の官舎に住んでいて、結婚前のクリスマスに湯島のタント・マリーというフレンチレストランでデートした時、夫は白ワインと生クリームの組み合わせに弱いらしく今はは結婚1年後ジュネーブに半年赴任してフランス料理を食べ続けて克服したらしいが)、コース料理の途中からトイレにこもって吐き続け、見かねた私が、夫を抱えて上野の官舎まで送っていったのだが(しかも割り勘)、そんな夜でさえ「当番だから水道料金を集めなきゃ」といっていた。
(まだ結婚すると決まっていなかった。夫はよく振られなかったもんだ)

班長は一階から順番に回っていくから、2004年の前期はNが班長になるはずだった。ところが、2003年の後期に班長をやっていた病院事務職員のCさん(20代の女性)が、2004年度になっても班長を続けているので、理由を聞いてみたところ、「N先生に忙しいから続けてやってくれって頼まれて」というのである。「じゃあ、次回は代わってくれるのですか」ときいたら、「いえ、そうじゃなくただN先生の分を私がやってあげるだけです」というのでびっくり仰天。
当時Nは週3コマしか担当していず、相模原の家に帰っていることも多かったから、毎日22時過ぎまで残業しているCさんより忙しいなどありえない。
第一、忙しいといえばみんな忙しいのだ。
面倒だけど、順番にやることだからみんな我慢してやっているのに、そのルールを守れないなんて本当に社会科学やっているのか、と呆れた。

ところで、官舎に入っていると班長のほかにも町内会の役員というのがある。
私は、2004年度後期、当時の班長から、「町内会の役員をやれば、班長は一回飛ばします」といわれて頼まれ、わざわざ公民館の役員会にも出席していた。

にもかかわらず、2005年度後期に当時の班長が決めた2006年度以降の班長予定表には私の名前があったので、「町内会の役員をやれば班長は一回飛ばしになるとききましたが」といったところ、「それはそのときの班長さんの誤解です」というので、2007年度後期に班長をやることになった。
8名で半年ずつだから、4年に一遍、2003年6月に来たのだから、町内会のことは無視されて普通に班長をやることになるのだが仕方ないと思っていた。

件のNは、今年2006年後期に班長になることになっていた。
その分担表には、2001年からの班長の名前が書いてあったが、少なくとも2001年4月まで遡ってもNは一度も班長をやっていない。その前もいつやったのかしれたものではない。その間2回班長をやっている人もいるのにである。
また、Cさんは転勤して次に同じ部屋に住んだ人も昨年やっている。

ところが、Nは、また、今年の前期の班長である附属小学校のI先生(昨年転勤してきたばかり)に「後期も続けてやってくれ」と頼んだと知り、私の怒りは頂点に達した。
「理由はなんですか」ときくと「いえ、何も聞いてきません。N先生には会ったこともなく、どこに所属しているかも知らず、突然電話がかかってきて頼まれたんです。でも、そんなことを頼むからにはよほどのことがあるのかな、と思ってお引受しました」というので、私は経緯を話した。
I先生はとても温厚でやさしそうな人だ。Nはこういう人につけこんで、しかも、転勤で居住期間の短い事務職員や附属小中学校の先生にその都度頼んで、班長の役割を逃れ続けてきたのだ。
そういうのを弱いものいじめというんだ。

私は、I先生とN宅を訪問した(私ははじめは階段の陰にいた)。I先生が「諸般の事情から、10月はやりますが、11月からはやっぱりN先生のほうで班長をやってください」と穏やかに言うと、Nは不敵にも「ええ!どうしてですか。困ります(でも具体的な事情はいわない、というか、面倒くさいのとなるべく相模原にいたいだけだからいえないんだろう)」といい、人のいいI先生を押し切ろうとしたので、私が出て行って「みんな面倒くさいけど順番にやるから我慢してやっているんじゃないですか。2004年度も病院職員のCさんにやらせたでしょう。一体何年さぼっているんですか。それでは当番制というものが全くなりたたなくなるじゃないですか。一体どういう理由で班長ができないんですか」といったら、「あんたには関係ない。私とIさんの間の関係で決めたことだ」という。「何言ってんですか。関係も何もI先生とは会ったこともないでしょう。それに、これは、班全体の問題です。私も利害関係人になることは社会科学やってればわかるでしょう」といったら、「あんたに部屋をのぞかれるのは不愉快だ。プライバシーの侵害だ」と強引にドアを閉めようとするので、「とにかく11月からは決められたとおりNさんにやってもらいますからね」といって帰ってきた。
Nは、Iさんに「また電話します」といっていたので、性格のいいI先生が押し切られないか心配だ。
こんな卑劣なことが許されていいのか?

2004年の前期に、Nが「病気」と称して、その日の講義を全部休んだことがあった。
私は、当時の学部長Y(法科大学院の不祥事で3ヶ月停職をくらい、なおかつ、掲載予定証明書を出したときに論文を書いていなかっただけでなく、申請書によると完結したはずの論文がその1しか書けなかったという点で二重の虚偽だとして実名で非難され文科省のHPにもそのことが出ているのに、それから2年半たった今でもその論文を完成させていない恥知らず。この点は前理事のDも同様)に、何度も「N先生はちゃんと休暇届を出しているんですか」と確認したらその都度Yは、「ちゃんとだしている」と回答してきた。

私はいつか確かめてやろうと思っていたが、それまで教員全員が事務職員に印鑑を預けさせられて事務員が出勤簿に押印していたのが、法科大学院の不祥事のために(紀要委員長本人が知らない間にYがその預けている印鑑を使って掲載予定証明書を作ったので)、印鑑を自己管理することになり、それまでの分もまとめて自分で押印することになった。
2004年度は私も経済学部に属していたので、経済学部の自分の出勤簿に押印した後、Nのページがたまたま目に入った。例の休講にした日は、病休も有休も届けられていず、出勤として押印され、なおかつその月の病欠日数も有休日数も0になっていた。このことは、3名の職員に証人になってもらっている。

そのことを、私は学長に直訴したのだが、「事実関係を調査し、それを経済学部長に伝え措置を任せました」と連絡が人事課からきたきり、Nが何らかのお咎めを受けた節もない。

証人がいるから、後で改竄するのは無法、かといって「病気が治ったので後で来ました」といういい訳は通じない。なぜなら、官舎にあるはずの車もなく、全く見かけていない。さらに、それならなぜ当時のY学部長が「ちゃんと届けを出している」などというのだ?

Nは、学部を代表する評議員でもある。
こんな卑劣なことやいい加減なことが許されるなら私にも考えがある。

官舎のことは、大学の持ち物であり大学の管財課が管理している以上私的なこととはいえないであろう。

名誉毀損で訴えたければ訴えろ。いつでも受けて立ってやる。
お前みたいな卑劣漢と同じ研究棟にいて同じ官舎にいるのは反吐が出るが、経済的には仕方ない。

I先生に班長をやらせてみろ、絶対に許さない。

法科大学院以外にもこんな問題人物を選挙で評議員に選ぶ経済学部、そしてその肩をもつ事務職員、とことんここは腐っている。


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