おせっちゃんの今日2

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詩人になる時

2024-03-27 13:34:00 | いろいろ

今日も「折々のことば」。2月4日、ずいぶん前の言葉です。そうだなと肯いて、いつか紹介しようと思いながらしないままになっていました。

『人生の中で/誰もが一度だけ詩人になると/聞いたことがあった/生まれてくるこどもの名前を考えるときである』   文筆家 平川克美 「隣町珈琲」店主

解説者の鷲田 清一氏は続いてコンな文を取り上げている。
「今まさに生まれ出ようとしているものに、幸あれと祈りつつ名を与える。それこそ詩の本質ではないか」と。

テレビニュース、新聞紙上、様々な方の名前にお目にかかる。中で、不幸にも人の道を踏み外した人の名前を見る時、悲しくなる。
あなたに名前を付けたご両親。どれだけ考えて、どれだけの親の愛をこめて、あなたの歩む道が幸せであるように祈り、これぞ…とお決めになったに違いない、名前なんだよ。こんなことで人々の目に晒される名前ではなかったはずよ。見知らぬ子どもに向かって説諭をするのです。

一つの場面が浮かびます。高校の2年生の時だったと思います。英語の「久保」先生の授業の始まりでした。教壇でニコニコ、なにか嬉しそうに照れくさそうに、口を開かれました。
「昨夜、パパになりました。女の子です」
「無事生まれたら、次は名前を考えねばなりません。女の子ですから、発音がきれいで、優しくなければと思っています。実はこのクラスに、音が、とてもきれいな人がいるのです。許してくれるなら、音だけ同じにしてもいいと許可が欲しいのです。音についてですが、ア行は温かく優しい響きです。イ行ははっきり、きっぱりした感じです。これを使いたい」

成績優良な友人に「七生(ななみ)」さんという方がいました。「使っていいかな?全部真似はしません。「七美」にしようと思っているのです。「久保」の続きに「七美」。久しく、七つの美を保つ。いいでしょう!」

有頂天の先生でした。可愛い型のお顔の先生でしたから、感じのいいお嬢様にお育ちだったかしら。
夫が詩人になって考えたわが家の子供二人、どうやら子供もできて、詩人にならせてもらったようです。


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