JR北海道、学園都市線 新琴似駅が高架になって、新しい高架駅が数年前に開業しました。それまで、線路や駅があるために、踏切でしか渡れなかった歩行者が高架下を歩けるようになり、高架下にコンビニや保育園、駐車場などができました。おかげで便利になりました。
そんな中、新琴似駅前が広々しました。広いスペースに芝生が植えられ、時計塔もできました。そんな中、歩道の一角に古びたレンガのモニュメントが並んでいます。以前から近代的なモニュメントには少し不釣り合いなモニュメントです。数年前から疑問に思っていたのですが、先日ようやくその疑問が解けました。
大きめのレンガにプレートが貼ってありました。プレートにはこう書いてあります。
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このモニュメントに使用されているレンガは、この地にあった新琴似農協の壁材に使用されていたものです。
倉庫は昭和35年(1960年)に建築され、米・麦などの備蓄食糧を保管していました。
都市化の影響により新琴似の農業倉庫としての使命はは終わり、札沼線(学園都市線)の複線高架化に伴う土地区画整備事業に余栄、倉庫は平成9年(1997年)に取り壊しとなりましたが、地域の皆さんに親しまれたレンガの記憶を残すために再利用したものです。
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やっぱり古いものには訳があったのですね。
おりえんす には 微かな記憶しかありませんが、こうやって残していくことも大切な事ではないかと思いますね。
そんな中、新琴似駅前が広々しました。広いスペースに芝生が植えられ、時計塔もできました。そんな中、歩道の一角に古びたレンガのモニュメントが並んでいます。以前から近代的なモニュメントには少し不釣り合いなモニュメントです。数年前から疑問に思っていたのですが、先日ようやくその疑問が解けました。
大きめのレンガにプレートが貼ってありました。プレートにはこう書いてあります。
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このモニュメントに使用されているレンガは、この地にあった新琴似農協の壁材に使用されていたものです。
倉庫は昭和35年(1960年)に建築され、米・麦などの備蓄食糧を保管していました。
都市化の影響により新琴似の農業倉庫としての使命はは終わり、札沼線(学園都市線)の複線高架化に伴う土地区画整備事業に余栄、倉庫は平成9年(1997年)に取り壊しとなりましたが、地域の皆さんに親しまれたレンガの記憶を残すために再利用したものです。
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やっぱり古いものには訳があったのですね。
おりえんす には 微かな記憶しかありませんが、こうやって残していくことも大切な事ではないかと思いますね。