富田林百景+ 「とんだばやし」とその周辺の魅力を発信!「ええとこ富田林」

大阪の東南部に位置する人口10万ちょっとのごく普通の町、富田林。その魅力を、市民の手で発見していきます。

二上山からの日の出~お亀石古墳

2021年04月16日 | 朝日・夕日

2021年4月15日 5:28 富田林市中野 お亀石古墳より

 

日の出10分ほど前の二上山

ここは羽曳野丘陵から南東に突出した尾根上、標高約98mの位置にお亀石古墳が築かれています。その東側は開けていて見晴らしが良いです。

 

金剛、葛城山もよく見えます。

 

5:39 間もなく日の出。

 

5:41 中央のくびれた所が白んできました。

 

5:41 中央の少し右から日の出です。

 

5:41 

本来は4月16日が真ん中ですが、曇りで見えませんでした。

 

5:41 昇るに従い、右にずれます。

 

5:41 肉眼ではまぶしくて直視できません。

 

5:42 1分間でこれくらい昇ります。太陽1個分が約3分。

 

5:43 このように右側にずれ上がります。これ以上は露光オーバーのため撮影不可能。

 

実は二上山中央からの日の出は、同じ日にこの直線状ならどこでも見ることができます。時刻もほぼ5:40前後。

ですから、狭山池からも見ることができます。なお、狭山池は遊歩道があって横に移動できますので、さらに数日間は見ることができます。

二上山からの日の出ー狭山池 2020.4.その1 撮影:2020年4月15日

【長編】二上山からの日の出ー狭山池 2018.4. 狭山池の横移動

 

撮影場所近くのおもろ木 みんなバンザイしている。

 

お亀石古墳 7世紀初頭の方墳

 

横が竹藪で、タケノコがにょきにょき。

 

古墳近くまで浸食されてきました。

 

昔から覆っていた土砂がなく、半分落葉に隠れていますが、一見家形石棺の横の突出部(縄掛突起)が亀の脚、屋根の形状が亀の甲に見えますので、お亀石古墳と呼ばれてきました。実は小口にも突起があって頭と尻尾に見えます。

 

羨道と天井石は花崗岩。

天井石の手前のひとつはなくなっているようです。それを置く羨道の切り石が見えます。

 

羨道の奥に玄室(石室)がなく、2つのパーツからなる横口式石槨が収められています。南河内地方特有の終末期古墳の形態です。

 

ぽっかり開いた石槨の小口部分

 

閉じ蓋は市の埋蔵文化センターに保管されています。

古墳が先に作られ、被葬者を後で埋葬できる構造でしょうか?

 

ストロボを焚いて撮影

二上山産の凝灰岩ををくり抜いています。さきほどの日の出のあった二上山周辺から切り出されてきました。

 

方墳からは、御願寺池のむこうに、見えませんが一直線上に新堂廃寺、中野遺跡、新堂畑ケ田遺跡などの集落跡があり、さらに金剛山が見えます。

お亀石古墳、オガンジ瓦窯跡群、新堂廃寺、居住した集落については、次のブログをご覧ください。

お亀石古墳のおもろ木 1 2014.4.22. 

関連記事:

二上山からの日の出-お亀石古墳 2016 2016.4.18.撮影:4月18日、19日

これ、二上山? 2014.11.26.撮影:2013年4月16日ほか

写真撮影:2021年4月15日

2021年4月16日 HN:アブラコウモリH

 

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