浮遊脳内

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グローサーフント イン アクション 11

2011-08-10 23:27:52 | 寄稿 カナン 神と人との大地
11

 乾いた大地が流れるように過ぎてゆく。
 流れというより、川に流されていると言ったほうがいい。ひどい乗り心地のままゆさゆさとゆすぶられる。チャペック軍曹たちを乗せたホバー輸送車は、交戦予期地区へ向かって移動を続けていた。ホバー輸送車と言っても民間機ではない。硬式のエアロスカートは障害を蹴り飛ばすためのものであるし、時には地面を突きえぐりあるいは弾かれて跳ね上がる。そもそも輸送車は無人制御だ。しかも装甲戦闘服グスタフを装着したまま、その車体側面の固定座にある。
 戦場は前方の地平線の向こうだ。だからといって遠いわけではない。幾何学的な地平線までの距離はおよそ4.5km、装甲戦闘服が疾走すれば、7分ほどで到達する。ホバー輸送車やナッツロッカーならば数分だ。
 地平線がうっすらと砂色にけむるのは、そのすぐ向こうで機動阻止戦闘が行われているからだ。チャペック軍曹たち第681機動歩兵中隊はその後詰につこうとしている。後詰ではあるけれど、何段かにわたる防御戦闘戦闘体制の中段を担う。戦闘団は機動しつつの戦闘を行うからだ。今、主力である戦車大隊は前衛で機動戦闘を行い、後詰部隊は委託可能な地形に配置につく。後詰部隊が敵と戦闘を行う間、機動部隊は補給再編を行い、機動力と戦闘力を回復する。
 敵はまだ集団と統制とを保って前進している。この防御戦闘を数段にわたって行わなければ敵の突破衝力は失われないだろう。
 いま判っているのは敵は全正面に渡って攻勢を開始したことだ。この戦域のすべてにわたってだ。軍曹らの戦闘地区である、側面にすぎない戦区へも敵は積極的に攻撃をかけていた。この戦区の防御が飽和させて、敵主力の攻撃をより効果的に行うためだ。
『!』
 軍曹のヘッドセットに警報音が鳴る。音だけですぐにわかる。空襲警報だ。それは中隊の外からの通報されたものだ。がくん、と突かれるようにホバー輸送車は減速する。そのままゆっくりと向きを変え、それまで進んでいた進路を外れて横へと広がる。無人制御であるけれど、基本的な動作パターンは新兵よりもよほど確実に行う。
『中隊長より各小隊へ、降車散開の必要なし。乗車のまま待機』
 すなわちそれは、空襲は一時的、ないし少数と見積もらられているということだ。軍曹は胸元のディスプレイを見た。警報の予想方角と脅威度が示されている。防護グラスに顔を寄せ、空を見上げる。けれどそこから見られる空は狭く、よくわからない。
 上空をエンジン音が追い越してゆく。友軍機だ。見慣れた全翼胴だけれど機首はPKAではない。無人化された偵察機フンメルだ。つづいて導かれるようにホルニッセの4機編隊が飛びゆく。航空団の対応がいつもより早い。
 滑るように飛び去ったホルニッセらは、けむる地平線の上で不意に揚力胴を傾ける。栓抜きをひねるような軌跡を描いて舞い降りる。敵影もあった。地平近くの砂塵を突き破るように伸び上がる。機尾からアフターバーナーの炎を引くその姿は、例の双発の反重力機だ。それは閃光を放った。天へと放たれ振り回される光条をめぐるようにして、ホルニッセは宙を駆ける。
 上空には次々とホルニッセが集まってくる。右から、左から、まるで吸い寄せられるように。
『空襲警戒を解除。中隊前進』
 命じる中隊長の声がヘッドセットに響く。無人制御のホバー輸送車は再びエンジン音を響かせ、砂埃を舞い立てて進み始める。目指すのは乾いた平原の中に一つ盛り上がった独立丘だった。はじめから防御計画に組み込まれており、頂上の背後には強化コンクリートの弾薬集積所が作られている。さらに頂上を囲むようにして、工兵が爆砕掘削した塹壕もある。それ以上の重整備にあまり意味はない。敵はそれをやすやすと迂回するだけだ。だから拠点の前方で戦い、拠点に依託して戦い、拠点を放棄して戦い続ける。中隊のホバー輸送車は丘の背後で再び隊列を開いた。民間のように止まってからふんわりと接地するわけではない。硬式スカートの裾でがりがりと地面を削りながら滑る。
『!』
 信号音ともに、固定具を解除する。地を踏み、ホバー輸送車の掻き立てた砂埃の中を進み、身をかがめる。軍曹らのグスタフは重装備のためにすでにホルニッセの操縦席としての機能を失っているが、ホバー輸送車への固定は同じ機能をつかっている。ホバー輸送車は再び硬式スカートの裾から噴気を噴出し始めた。いつもどおりにわずかに浮揚すると無人制御のまま自ら隊列を作って、退いてゆく。
「第一小隊各員状況報告」
『ドナート準備良し』
『バーダー準備良し』
 結局、第一小隊に人員補充は行われなかった。代わりにグローサーフントが増備された。今の小隊には5機のグローサーフントがある。彼らは流れゆく砂埃の中で身を低く待機している。今、小隊の人員はチャペック軍曹、バーダー伍長とドナート一等兵の三人しかいない。そんな無茶も軍隊では押し通る。
「第一小隊待機よし」
『中隊長より各小隊、前進、陣地進入せよ』
 進入すべき割り当てはすでに決まっている。まだ弾が飛び交わないだけですでに防御計画は動いている。丘へ登れば、地平線に隠れていた戦いを遠く望むこともできる。
 ただ敵のあるところを求めてさまよい進むわけではない。それは乾いた大地に描かれるゲームだ。今もナッツロッカーからなる戦車大隊は、乾いた大地を海原のように駆け、砂煙の航跡を引く。敵を外側から囲い込むように回り込み、レーザ光を瞬かせる。だが斬りこみ敵へ迫れば、敵も踏みとどまり応戦する。スーパーAFSのまろい姿が身を起こし、左腕のレーザを放つ。火箭が行き交い、地に突き刺さり、砂煙が膨れ上がる。あるいは、何かがはじける。背後から発射されたミサイルが噴射とともに低く駆け上がり、低い放物線の頂点から機敏にナッツロッカーを追いかける。ナッツロッカーの隊列は機動力の優勢を生かして一斉に旋回する。打ち寄せた波が引くように砂煙だけを残して退く。
 敵は準備を重ね多くの戦力を進めている。それはこちらの戦力と戦い、撃破するためだ。ひととき打たれたとしても、屈せず持ちこたえ、友軍の援護を受けて押し返そうとするだろう。有力で、機動力のある戦車大隊を捕捉し撃破すれば、以後は敵の行動は大幅に自由となる。
 だがこちらに有力な効な戦力があるかぎり、敵はそれに備え、それに対応する準備を保たねばならない。そのために集結し、こちらの攻撃に備え、攻撃を受けたら撃退し、さらには反撃してたたかねばならない。今も敵は進撃を停止し、戦闘態勢に展開し激しく火力を放ってくる。前衛のスーパーAFSの散兵線に加えて、その後方には背の高いロケット戦車ドールハウスの姿もある。ドールハウスの誘導ロケット弾は、ナッツロッカーの重装甲すら撃破できる。そして敵の戦力はそれ一枚板ではない。前衛が戦いあぐねれば予備兵力が投入されて、覆そうとする。
 だが一度戦った戦力は機材も人材も消耗し、続けて戦い続けるのは難しい。そのときこそ、後詰の戦力がものを言う。それが軍曹たちの任務だ。
 敵から無視し得ないほど近くの、この丘に依って防御を行う。小さく迂回して進もうとするなら、丘から出撃し、あるいは火力誘導で阻止する。丘が意味を成さぬほど大きく迂回するならば、その間、敵の前衛部隊は遊んでいるのと同じだ。その間、こちらの機動部隊が敵の後続を攻撃できる。
 この丘は必ず攻撃される。攻撃を受けることで敵の準備した戦闘資源を消耗させ、それよりももっと貴重な時間を奪い取る。
 その戦いは、鎖に縛られた闘犬の戦いなのかもしれないが。
 それでもタバコを吸うくらいの暇も自由もある。戦争の犬には、死に近づく自由がたっぷりある。チャペック軍曹は装甲ハッチを開いて、機械腕を寄せた。

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