浮遊脳内

思い付きを書いて見ます

グローサーフント イン アクション 10

2011-08-04 00:52:07 | Weblog
10

 格納庫に重い足音が並んで響く。
 作業照明の下をグローサーフントが自律歩行を行い、ホバー輸送車へと歩いてゆく。11号から14号まで、砂色の迷彩塗装に白抜きで番号が描かれている。損傷を修復し、あるいは補充機の準備を行い、最終整備を終えたのは夜半を大きく回ったころだ。だが作業効率が低下してでも、今のうちに出動準備を整えなければならない。
 グローサーフントたちはチャペック軍曹の前を歩き、ホバークラフト輸送車の側面へつくと一斉に向きを変え、輸送車へ背を向ける。側面に設えられた座にすわるようにして固定されるためだ。一斉に一歩、二歩と退き車体の固定座に機体を押し付ける。固定は着座のときに自動的に行なわれる。けれど整備員はホバー輸送車の背に登って、グローサーフントたちの固定を確認する。最後に彼等の装甲されたボディを叩くのは、彼等なりの思いなのだろう。
 チェックに異常は報告されず、チャペック軍曹の持つ小隊長用携帯端末の表示も問題は標示されない。グローサーフントは輸送待機モードにあり、外部電源が接続されている。
 軍曹は端末を繰ってそれを中隊本部へと送信した。送信しなければ伝わらないのではなくて、小隊長が認識している現状を送信したのだ。そして軍曹は顔を上げた。
「お疲れ。そっちの準備にかかってくれ。しばらくは帰れないはずだからな。忘れ物するなよ」
「酒ですね」
 整備員の誰かが言い、皆が笑う。彼ら整備担当もまた移動準備をしなければならない。戦闘団全てが出撃準備を整え、出撃を待つばかりだ。
 敵もすでに準備を終えているらしい。先の状況説明では、敵は攻撃陣地への進入を開始したと知らされた。それは敵は攻撃準備を終えたということだ。ここ数ヶ月の間、敵は準備を続けていた。その準備を守るためにあえて出撃し牽制し、進路を調査してきた。あとは攻撃の引金を引くだけに到った。
 この基地は間違いなく標的となる。だが軍曹たちの戦闘団も防御計画を更新し続けていた。戦闘団は敵の攻撃準備に応じて前進し、野戦で機動戦闘を実施する。
「バーダー、ちょっと外の空気吸ってくる。ここを頼む」
「了解」
 小隊先任、というより軍曹の次席にあたるバーダー伍長が据付端末から振り返り応じる。
 軍曹は通用口から外へ出た。基地はすでに警戒態勢にあって、格納庫の扉も不要不急では開放できない。外は夜の闇に閉ざされている。広い野戦飛行場も真っ暗だ。灯火管制をしてもすでに知られている基地を隠すことは出来ない。けれど利用中の個別の施設が目標とされるのを防げる。敵も味方もごく小型の戦術兵器でごく限られた目標を狙いあう。そういった精密攻撃能力をもたなければ、隠密活動をする装甲戦闘服を撃破できない。その能力を追求すれば、個別の兵器は小型化し破壊の規模そのものは小さくなる。
 基地の戦闘部隊はほとんど出動準備を行っている。外を暢気に歩いているものなどいない。犬を除いては。
 暢気などというのは、犬も心外かもしれない。軍曹は思った。
 いつもの犬は夜の中で足を止め、遠巻きに軍曹を見つめている。その耳はぴくぴくと辺りをうかがっておちつかなげだ。
「どうしたわんこ」
 その場にしゃがむ軍曹に犬は耳を向ける。どこか奥底では人を信じていないのが野良犬だ。おもねてみせてもそれは変わりない。けれど軍曹のポケットには犬用のジャーキーが入っている。そんなものをいつも持っているのはおかしいかもしれない。いつまでもpけっとに入れておくようなものでもない。
 一つ投げたが、ポケットにはまだ残っている。引っ張り出してはもう一つ投げ、まだ残っているものをさらに投げた。一度に三切れも投げ出されて、犬は戸惑ったようだ。足踏みするように退く。
「食えよ。俺はしばらく帰ってこない」
 犬は頭を低くし、それから軍曹から目を離さないまま投げ出されたジャーキーの臭いを嗅ぐ。人を信じていなくてもそれを舐め、そして食べるのが野良犬だ。
「聞いてるか?」
 そんな馬鹿なことは無いと思いながら軍曹は言った。
「夜明け前に移動する。ここは空襲を受ける可能性がある。巻き込まれるなよ?」
 ここに残るのは待ち伏せする航空団の一部と、待ち伏せを援護する防空部隊だけだ。地上部隊のほとんどは前進してしまうし、残りの航空団は分散配置された簡易野戦飛行場に移動してしまう。
「お前のことだから食いはぐれはしないだろうがな」
 犬はふと顔を上げた。けれど軍曹を見たわけではない。気ぜわしげに耳をそばだてる。
 軍曹も気づき、立ち上がった。
 遠く遠く、遠雷が聞こえる。それが本当に遠雷なのかどうかはわからない。砲声も遠ければそのように響く。炸裂の光は稲光のようにひらめく。
 しかしそれは敵の攻勢の始まった事を遅ればせに伝えるものだ。本当の物事はそれよりずっと早くに始まる。見上げる夜空には星がきらめき、またいくつもの流れ星が落ちてゆく。軌道はいまも多くの漂流物に汚染されている。それは今も増えつつある。軌道もまた戦場だからだ。軌道から地表を監視するスパイ衛星が巡れば、そのスパイ衛星を撃破するため敵も攻撃部隊を打ち上げてくる。敵はその軌道攻撃すら、スーパーAFSに軌道スラスタを搭載して行う。
 軌道の戦いは地上のいくさの前触れだ。天空の目を塞ぎ、地の軍勢は進み始める。二本の足で、四本の足で、あるいは履帯をめぐらせて、あるいは飛翔して。それぞれの最も効果的な攻撃を行なおうと謀って。
 それらがロケット弾を打ち出し始めたとき、あるいは低く飛びぬけるときには、すでに始まってしまっている。打ち出し始めたときには目標をどのように捕らえるかが残っているだけだ。攻撃機が地を舐めるように飛ぶ時には叩くべきところへ向かうだけだ。
 遠雷のような砲声が聞こえた時には遅すぎる。エンジン音の響きを聞いた時には続けて爆発音を聞くだけだ。
 戦争の犬はせいぜい耳をそばだてるか、鼻を高くしていくさの臭いを嗅ぎ取るしかない。それは夜明け前の闇を、ひたひたと迫り来る。

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