浮遊脳内

思い付きを書いて見ます

グローサーフント・イン・アクション 14

2011-09-01 00:05:41 | Weblog
14

 空を見上げた。
 煙と砂埃に煙る空に、白く筋を引いてロケット弾の横列がとび来る。
『警報!ロケット弾!』
 誰かの声が無線に響く。チャペック軍曹も手近のくぼみに飛び込んで伏せる。
 どん、と一つの爆発が地面を揺さぶる。兵隊の習いで次の着弾までの間を数えようと思ったとき、次々と爆発が巻き起こる。何かが鋭い音を立てて、装甲戦闘服を叩く。ロケット弾の撒き散らす破片なのは判っていた。
 ヘッドセットの中に警報音が鳴る。あわてて胸元のマルチディスプレイを見る。だが軍曹の装甲戦闘服に由来する警報ではない。見たことを後悔し、だが心にとどめて軍曹は顔を上げた。
 爆発に巻き上げられた砂埃が流れるように振ってきて、装甲グラスの向こうはよく伺えない。だが、ばちん、ばちんと弾けるような閃光がひらめく。レーザガンの光だ。離脱する敵の牽制だ。牽制に過ぎないとわかっていても、追撃する余力などこちらにはない。
「第一小隊、状況報告」
 軍曹のヘッドセットには、まだ警報が鳴り続けている。バイオバイタルサインの遠隔送信だ。それが何を意味するのかもちろん、わかっていた。バイタルサイン異常、すなわち生命反応異常を知らせるものだ。
 口頭命令に最初に応答したのは、無人のグローサーフントたちだ。五機のそれはいずれも健在を示す信号を送ってくる。応答してこないのは人員ばかりだ。
「第一小隊、状況報告」
 チャペック軍曹はもう一度命じる。
「バーダー、報告しろ。バーダー上等兵」
『い、異常ありません』
 震える声でバーダー上等兵が応じる。彼が無事なことはバイタルサインからわかっている。
「バーダー、周囲警戒。グローサーフントを任せる。俺は小隊の状況を確認する」
『了解』
「任せるぞ。第一小隊グローサーフントは、バーダー上等兵が指揮する」
『了解』
 バーダーの声に重なって、グローサーフントからの了解符号が鳴る。バイタルサイン異常を示す警報音も鳴り止まない。チャペック軍曹は立ち上がった。機体に降り積もっていた砂が流れて落ちる。
 疎林は、そこが疎林であったことを忘れてしまいそうなひどい有様だった。木々は枝葉を失って丸裸になっており、下生えは爆発に掘り返され、撒き散らされた砂にうずめられている。それらを踏んでチャペック軍曹は歩いた。
 枝葉を失った木々の間に、グローサーフントが一匹だけ立っていた。砂色の砂漠迷彩に白く13の識別符号が記されている。
 そしてその足元に、装甲戦闘服の姿が倒れていた。砂色の迷彩は着弾によって焼け焦げ、煤けて茶色く変わっていた。その上に砂がかぶさって、不思議に静かな置物のように見えた。白く細い煙がたなびいている。
 いまだなり続けているバイタルサイン異常は、御送信や機器の異常ではない。ドナート伍長は戦死していた。グスタフの装甲を破る兵器は、同時にそれを着用したものを無事には済まさない。煤けた装甲グラスも内側から汚れて中がうかがえない。そのほうが良いとチャペック軍曹は思っていた。
「中隊本部へ、第一小隊、戦死1。遺体収容支援を要請する」
『こちら中隊本部、情報送れ』
 もちろん、あちらとて状況を理解している。そのための戦闘管理ネットワークであるのだから。それでもこうやって求められるのは、人の心にそれが必要だからだ。あるプロコトルにのっとって処理されること。一次安置場所へ。その後、仮埋葬されるか、後送して冷暗保存され本国へ送還されるかが決まる。おおよそ、遺体の扱いは最大限の敬意とともに扱われる。皮肉なことではある。その違い程度が、人と無人兵器の違いでしかない。
 倒れて動かないドナート伍長の傍に立ち尽くすように見えるグローサーフントは13号。もとはドナート伍長が直接指揮していた機体だ。ドナート伍長はジンクスをあまり信じない男だった。機械的に割り振られた識別符号が13であっても気にしなかった。死んだときもジンクスとは特にかかわりないような死に方だった。敵が攻撃を断念し、後退するときの援護射撃の一つだった。
 そして敵は後退し、再び時間を失う。時間と引き換えにドナート伍長は戦死したのかと問われればそのとおりだ。
 我が方の戦闘団主力は、この森を左翼側に委託して、機動防御戦闘を行っていた。前進してくる敵に対して逆襲を行い、阻止する。やや変更がなされてはいたがそれもまた防御計画のひとつだった。前方で機動戦を行い、敵が陣地構築すると交代して、そこから再び前進し始める敵を叩いたやや変更されたが、それもまた防御計画の一部だった。
 砂埃を上げながら、ナッツロッカーが押し寄せるように敵へと向かい、レーザの閃光を瞬かせ、切り裂く。敵の陣地を攻撃占領するほどの能力は無い。敵の前進を叩き、叩きに行ったナッツロッカーを待ち伏せて敵も叩き、敵味方は入り乱れて戦闘を続けた。
 情勢を打開するために敵はロケット砲戦車ドールハウスを中隊単位で押し込み、その強力なロケット火力を放って、ナッツロッカーを次々と撃破もした。だが見方も、その乱戦の中に無人ホバー装甲車、ナッツロッカーより小型だが自立判断力の優れたオスカルを投入し、打撃を与えもした。だがその程度では情勢は転換できない。それは我が方も理解していた。機動戦の領域はじりじりと退き、そしてその左側面を防護していたこの疎林と陣地が取り残された。
 乱戦にあっては突出部が状況を左右する。それだけである種の要点として作用する。敵の機動を阻害し、兵力展開を阻害するこの突出を無力化するため、背後を絶とうとし、すでに失敗していた。だが敵も容易には撤退せず、敵も敵としてその突出を死守していた。
 互いにかみ合うように、突出部を突きつけあうのもまた戦場に良くあることだ。互いに突出部に残る味方を守り、敵の突出を叩くべく力を尽くす。この疎林は戦場となり、ドールハウスを中心とした敵部隊の集中攻撃を受けた。何もかも計画通り、予定通りのことだ。損害率もまた同じだ。人の死なない戦場など無い。
 中隊長は装甲戦闘服を着用したまま、けれどキャノピーを開いてチャペック軍曹へと向き直った。残念だ、と彼は言い、良い下士官だったとドナートを評した。はいと応じるほかは無い。軍曹が失った部下はドナート伍長が最初でもなければ、おそらく最後でもないはずだから。
「第一小隊は中隊後衛にまわれ。第三小隊と陣地交代」
「了解しました」
 それもまた戦理が決めることだ。戦力はグローサーフントで補えるとしても、小隊長と兵一名の人員では柔軟性が確保できない。中隊から見れば、有能な下士官を失ったことで戦闘力が低下したのみならず、予備の能力も低下したのだ。
 それがドナートという男の中隊での価値だった。彼を乗せたままの装甲戦闘服は、遺体袋のままクレーンで吊り上げられ、ホバー輸送車の荷台へと載せられる。それが転げ落ちないように縄をかけるのは、まだ人手による仕事だ。遺体はホバー輸送車に載せられ、負傷者は救急輸送機に乗せられる。ローター噴射で砂埃を吹き払いながらその姿は離陸してゆく。救命標識機を攻撃しようとするものはいないけれど、かならずホルニッセの護衛がつく。
 あれに乗るか、目的を果たすまで任務を離れることは無い。自分の価値はそんなものかなと思い、そして軍曹はグローサーフントとバーダー上等兵のいる小隊へと戻る。

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