母は・・・死ぬまでに一度は行っとかなあかんと言われているとこがある。
日光は結構と言うやろう、日光に行かずして死なれへん・・・常に言っていた。
ホンデモッテ、弟は母を日光に連れて行った・・・40年も前の話だけれど。
そうそう・その時は東京までは母・姉の家族・リリオー・弟らと行ったんだ。
当時、リリオーは新地のホッチキス、いえ間違い。新地のバリバリ・見栄張り
ホステスだったので新幹線、ホテル、食事すべてリリオーが出した。
それも泊まったホテルは当時、高さ日本一(47階)で開業してまなしの
京王プラザホテル(新宿)だ。食事も居酒屋で…なんて言わない。ホテル内の
レストランでフルコース。一流を目指していた時代だった。
母はこんなエエとこ大丈夫か、お金持ってるかと心配したけど。大丈夫だよ~ん。
今?・・・今は宿泊料金はリーズナブル、食事はバイキング・温泉は良しのホテル。
食事はおいしいし温泉は気持ち良いし気軽なので気に入っているよ。見栄張らない。
東京で泊まったあくる日、弟は母を連れて鬼怒川温泉・日光東照宮へと親孝行の
旅に出た。余程嬉しかったんだろう。帰ってきてから1年は日光の話をしていたような
気がする。
・・・日光へ行ったからもう何時死んでもええわ・・・とも言っていたがそれから20年は
この世にいた。もう一度連れて行ってやりたかったとも・・・あとの祭り。
40年ぶりに弟は「つばさ140号」で東京に着きあくる日に日光に向かった。
弟は今回、日光と言うより東武鉄道を巡る旅で4日はその地にいたらしい・・・好きね
・・・鉄道。
40年前に母と宿泊した「あさや」
写真は現在のホテル。(後ろ側から撮影)
老舗の素敵なホテルの泊まらせてやったんだね。ありがとう。
今回、弟はひとりなので宿泊せず。
東武日光駅
1979年・アルペン風に改築された。
華厳の滝。
母はどんな思いでこの滝をみただろうか。
撮影時は雨が降っていたらしい。
(弟の旅写真集より)