リリオーの日記

気が付いたことを書きます。

ルーツ

2006-08-30 16:54:58 | Weblog
父方の先祖は広島県三原市、でも、父は若いときに大阪に出てきた
らしい。私は2度行ったことがある。父が亡くなって先祖代々の墓に
納骨するとき。あれは小学校4年生だった。家の近く(大阪市)に
墓地が空いて売り出していると聞き、母は買い求めて墓を建てた。
母と2人、父のお骨をもらいに三原に行った。高校生の時だった。
それから一度も三原市を訪れたことはない。
「三原は遠い、近くに買って良かった。何時でも詣ることが出来るし」
と言っていた母が急に三原に行きたいと言い出した。「何言うてるの、
お母ちゃんは三原に住んだことないし、墓も大阪にあるから行かんで
もええやん」「いや、お父ちゃん(主人)の産まれたとこ行きたいわ、
先祖の墓参りもしたい」そんな会話が2~3年続いたが、当時、私は
2軒の店をやっていて忙しく、ろくに話しも聞かなかった。
さわやかな5月の風が吹いていた日、母を墓参りに連れて行った。
母は言いにくそうに「やっぱり---」と切り出した。いつものように
行かんでもええと言おうと思ったけれど口から出た言葉は「そうやな、
行こう。何時にする?やっぱり、お盆がええかな」「ほんまか、嬉しい、
ありがとう」車いすに乗った母は私を見上げ何度も頭を下げ喜んだ。
母のにっこり笑った顔を見るのは久しぶりだった。
それから2週間後、3度目の脳梗塞を起こし、今度は目を覚ますことな
く半年後に息を引き取った。連れて行ってやれなかった。あんなに行き
たがっていたのに、もっと早く--遅い、遅いわ。
あれから、11年、急に父方のルーツを調べる気になった。
古い戸籍謄本を取り寄せた。2人兄弟かと思っていたら沢山、兄弟が
いて昔のことだから産まれて直ぐに死んだ兄弟姉妹がいて---。
住んだことのない三原の街の絵が浮かんできた。母もそうだったんだろ
う。父の話をいつも聞いて三原の人になっていたんだ。街中を父と仲良
く歩いている姿を描いていたんだろうと思った。

飲酒運転事故

2006-08-27 21:57:55 | Weblog
福岡市東区の「海の中道大橋」で一家5人が乗ったRV車が追突
され海中に転落した事故。お母さんが4度も海に潜るなどして子供
の救出を図る。必死に子供を助けようとするお母さん、どんなだった
ろうと胸が痛む。痛むどころではない。済まされない。福岡市職員、
飲酒運転、懲戒免職の方針、そんなんで済まされるか。
偉そうに言えない。4年前まで店が終わって帰るとき、飲酒運転だ
った。店から家まで、夜は空いているので15分くらい。その間、何
度も事故を見た。でも、私は大丈夫と言う気持ちがあり運転してい
た。ある日、1日に2回事故に出くわした。15分の間に2回も見る
なんて。「バカ、飲酒運転のバカ、このように偉い目に遭うんだぞ」
天からの声が聞こえた。
その明くる日からタクシーで帰っている。人を傷つけなくて、危め
なくて良かった。2度と飲んで運転しない。当然のことなのに気づ
くのが遅かった。遅くても気づいて良かったと思っている。
3年以下の懲役又は50万円以下の罰金。それでも飲酒運転はや
まない。他にもある。信号無視、交差点の事故---。どうすれば
良いんだろうね。

友来たりて胃痛し

2006-08-25 16:56:36 | Weblog
23日、お店も終わった頃、電話が入る。「久しぶり」Nさん。
2年くらい前に会社をリタイヤされて今は悠々自適。○○寿司屋に
いるとのこと、出かけた。Nさんとは、30年以上の付き合い、良く、
店にも来てもらったけれど、ここ何年かは店に来られていない。
今日のように、店が終わった頃を見計らって電話が入り馴染みの
寿司屋で飲むお客様、いや、友達の様なもの。店に来ないでアフ
ターだけ?何てNさんには言わない。なんだかんだと話しながら
飲み助の2人は夜中からはしごをするのだ。楽しいゾー。今日も
寿司屋から始まってラウンジ、小料理屋と飲み歩く。2人はおいし
い魚を食べるのが好き、日本酒が好き、最後の小料理屋で大将、従
業員、みんなで飲んだ、飲んだ。3時までの店に4時までいた。
長居は無用、早く飲んで食べて帰るのがマナーと解っている私だが、
時間が過ぎるのも解らないくらい楽しかった。店の大将も「良いよ、
良いよ、飲んでよ」と言ってくれたので--。本当かな?早く帰って
欲しかっかな。まあ深く詮索しないでおこう。
会社を辞めても、こうして飲みに来ることが出来るNさん、羨ましい。
(この前書いたIさんもそう、リタイヤしても新地で元気で飲んでお
られる、いいなあ)真面目に長く働いてきた褒美なんだよね。又、健
康でないといけないし、我ら、60才代、元気だゾー。でも、ちょっ
ぴり胃が--まだ、今日も痛いかな。(60才無理したらアカンって
ほんま)
秋には信州で蕎麦屋をしているKさんを尋ねるという。Kさんは新地
の寿司屋で働いていた人。私達が酔っぱらって冷酒を飲んでいるの
を暖かく見てくれていた人。
「ママも行かないか」「行きたいなあ、蕎麦に合うお酒は---」

落語の話しで

2006-08-22 12:47:31 | Weblog
昨日、天神橋3丁目にある「天三おかげ館」に行った。
ゆっくり、古典落語を聞くのかと思ったら「落語をしない落語会」
なんやと思ったら、本当に落語をしないで、多芸を披露する会だ
った。マジック有り、百面相あり、玉すだれありで、さすがプロ、
落語以外でも何でも出来る、何をしてもプロなんだ、上手い。
桂あやめ:林家染雀コンビの姉様キングス笑いこけますよね。初め
て桂あやめを聞いたけれど、こんなに上手とは--。追っかけした
くなった。27日(日)お昼くらいのテレビ、NHKで、姉様キングズが
出るみたい。一度見て!
勿論、トリを受け持った桂文福の相撲甚句、河内音頭は素晴らしか
った。
大阪天満宮内「天満天神繁盛亭」9月15日こけら落とし。
ゆっくり、落語を聞ける定席が出来ること嬉しいね。若手の落語家
達も自分たちの力を発揮できる場所が出来て嬉しいと思う。みんな
応援しょうよ。
「天三おかげ館」に行って良かった。行こうと誘ってくれた、れい
ちゃん、ご一緒して頂いたOさんに感謝!
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思い出す。夏の日のこと

2006-08-19 15:56:22 | Weblog
部屋の中はエアコンが効いて涼しいけれど、子供の頃はうちわをバタ
バタしながら、アイスキャンデーをほおばっていた。扇風機を買っても
らったときは感激したものだ。私がこの仕事に入った1971年も家に
は、まだ、クーラー(今はエアコンと言うけれど)がなかった。
勤めて3カ月位,経った時、お店のマスターが、私を呼び止め、「百合ち
ゃん、家にクーラーあるのか?」と聞いてくれた。
「ありません、まだまだ買われへんわ」と言うと、
「上(事務所)に行って10万円貰っといで、暑いやろう、クーラー
買い、お金は何時返してもええから」と言ってくれた。びっくり、まだ、
働いて、まなしの私に、10万円も貸してくれるの?信用してくれてい
るの?同僚の女の子が出勤してきた。呂の着物を涼しげに着て。
「○○ちゃん、着物、暑くないの?」
「百合ちゃん、何で暑いの?いっこも暑いことあれへん」
「今日の外、暑いで」
「マンションにクーラーがあって、タクシーも涼しいし、店も涼しい、
暑いところいっこも通れへんもん、着物、着ても暑いことないわ」私は
ガックンときた。私なんか、マンションも借りられない、親と同居。その
家は扇風機とうちわだけ、店に来るときは電車、淀屋橋から店まで歩く
のは暑い、暑い。そうや、給料ぎょうさん貰わんとクーラー買われへん、
タクシーも乗られへんねん、売上や、売上あげて、着物もクーラーも買
って毎日タクシーに乗ってやる。
マスターに言った。「今年はクーラー我慢します」
明くる年、家にクーラーを付けた。「涼しいな、天国やな」母はものす
ごく喜んだ。○○ちゃんとマスターの一言が私を変えた。感謝している。
ずっと、つけてたら電気代もったいないなと言っていた母は、とっくに
本当の天国に行ったけれど。


高校野球テレビ観戦

2006-08-16 20:19:50 | Weblog
高校野球のテレビ観戦、目が離せない。
Nさんのふるさと、愛媛、今治西を応援、延長13回表今治西は
2点を入れて、これで良しと思ったけれどその裏、3点奪った
日大山形の勝ち。熊代君、良く投げた良かったよ。
八重山商工も遠い石垣島から来て頑張った。
Iさんのふるさと、熊本、熊本工も応援!残念ながらこの試合も
逆転負け。
勝っても負けても高校野球は素晴らしい。最後まで一生懸命だもの。
プロ野球「裏でサインを盗むな」発言。駆け引きやら何やらプロは
ややこしい。お金を払って見に行き、必死でまじめに応援している
フアンのこと、忘れるな。

蛇神社に行きました。

2006-08-15 15:07:40 | Weblog
お盆ですね。お墓詣りや色々です。
久しぶりに宝塚の蛇神社に詣った。気まぐれ日記
に書いたことあるけれど、実家の屋根裏に住んで
いた蛇様が畳に落ちてきて、怖がった姉が警察を
呼び、捕まえて引き取ってくれた。大阪城の堀に
住まわすと聞いたらしい。
家を守ってくれる蛇様がいなくなってから悪いことが続いて、仏教
もキリスト教も信心のない私だけれど、気にしだした。お詣りして
ごめんなさいを言いたい。ネットで調べると親切な神社、市役所が
あり、教えてもらったのが、宝塚にある小さな神社、名前もない。
近所の人たちも知る人は少ない。目印は手塚治虫の漫画にも出
てくる大きなイチョウの木。(写真参照)手を合わせて目をつむる
と、心が落ち着くの。安らぐ時間をもらう。

高校時代の友達Tさん

2006-08-13 16:18:33 | Weblog
520人が犠牲となった日航ジャンボ墜落事故はから8月12日で
21年。
その前年の同じ日に高校時代の友達Tさんが癌で亡くなった。
卒業して10年近く逢っていなかったけれど偶然、地下鉄のホームで
逢い、意気投合、Tさんの彼氏?が、麻雀好きだったので、私の住ん
でいるマンションに毎土曜日深夜、私の仕事が(当時、私はクラブで
働いていた)終わるのを待って、何人か集まり麻雀をした。Tさんは
賭け事が嫌い。私達がうるさく、面白く遊んでいても黙って寝ないで
見ていた。常に控えめでおとなしかった。それから10年近く過ぎて
からおとなしいTさんが、はっきり言った。
「私、結婚しない、ブティックを開く」
彼氏とうまく、いかなかったのか、理由がわからなかったけれど、元
々、会社勤めをしながら服飾学院やデザイナー学校に通っていたの
で、それも良いねと応援するよと私は言った。会社を辞め店を探すと
言った矢先に癌が見つかり、手術した
けれど---。店の名前も決まっていたようだったけれど実現しなか
った。あの日も暑かった。今のように葬儀会館もあまり無くて、陰も
ない陽をガンガン受ける場所の葬儀だった。誰も暑いとは言わない。
みんな汗も涙も途切れず流していた。
あれから22年、私は?---生きている。

お盆です。

2006-08-12 23:49:16 | Weblog
長男のロッキーを抱き、長女の花子のリードを持ち、賑やかな街中を
歩いている母(私)、突然、首輪からリードが離れ花子を見失ってし
まった。顔面蒼白。お前は又、野良に戻るのか!だめ!(花子は捨て
られ放浪していた子、2カ月かかって私は捕まえ子供にした)
だめ、2度と、同じ思いはさせない、母の私は焦って探し回っている
とビルの窓から花子が見えた。私は、ロッキーを抱え、ビルの階段を
アタフタと上っていき人混みの中をかき分け花子を探した。いた!
花子は座布団に座り尻尾を振っていた。私は抱きしめ「もう、はなさ
へんで」と叫んだところで目が覚めた。
夢、夢だったんだ。そうよね。ロッキーと花子は育てた時代が違うし、
人混みの中でじっと座っているはずがない。花子は捨て子という偏見
から、そんな夢を見てしまったんだ。ごめん、花子ーーー。
と思っていると遠くから花子の声が聞こえてきた。
「ママ、花子は幸せだった、リードが離れても前のようにさまよい歩
かなくてもいいの、ママが迎えに来てくれると解っている、だから、
私、座布団に座りゆっくり待っていたの」と。
ママのお布団に大の字になって寝ていた花子を思い出すーーー。
愛おしい花子。
お盆よね。早くお墓まいりに来てと呼んでいるんだ。
朝一番に詣った。


メイショウドトウの続き

2006-08-08 13:20:20 | Weblog
メイショウドトウのことを書いたら早速、Iさんから返事が来た。
馬主、松本好雄さんのお父さんと仕事の関係があり、馬主席に
招待され良く行ったことがあるという。
明石市の松本さん、明と松を取ってメイショウの冠字が生まれ
ドトウは松本さんと仕事を一緒にしていた方が付け、2人の想い
が込められた、名馬メイショウドトウは松本氏の初GI制覇(宝塚
記念)となった。(名前の由来を初めて知った)
最近のIさんは、馬主席ではなく、一般席で見られると言う。
ゴール前で「ソノママ、サセ、オワンカイ」と大声でみんなと叫
ぶ方が醍醐味があるとのこと。
私も時々、馬主席に行かせてもらうことあるけれど、大昔はゴー
ル前に陣取り、「イケー、ヤレー、アカンのか」とはずれ馬券を
天高く飛ばすのが面白かった。
エアコンの効いた馬主席で上品に見るのもいいけれどーーー。