リリオーの日記

気が付いたことを書きます。

お漬け物物語

2006-11-28 11:56:13 | Weblog
今、超人気ブログ「きっこの日記」私も時々、開いている。
11月25日を見ると「お漬け物」の話が載っていた。大正時代にまで、さかのぼって、東京たくあんの事が書いてあった。東京たくあんの事でこんなに書くことがあるんだと感心した。凄い。私はそこまで、さかのぼらなくても、おいしい白ご飯とお漬け物があれば何も言うことはないと思っている。お米は最近、お客さまから分けてもらった玄米のままの秋田米。本当の秋田米だゾ-。混ざり物を入れて本物のコシヒカリと言って売る業者もあったが、このお米は本当に本物。少しずつ精米してもらって炊く。少し水が多い方がおいしい。ふわっとした出来上がり、おいしい、旨い、最高!お漬け物は京都が一番とかチーフの買って来る十三の店がおいしいとか聞く。確かにおいしいだろう。でも、私は違う。自分で漬けているのだ-!(最近だけれど)
マンション近くの商店街に(と、言っても歩いたら10分以上かかる)これは旨いと言う漬け物屋があった。あった、そう過去の話(今年の夏、店じまいした)キュウリの古漬け、白菜のぬか付け、大根、キャベツ、何とも言えない味だし、安い。水茄子なんか、デパートなどで買うと1個600円とか800円する。この店は200円位で売っていたのだ。それも又、何処の店にも負けないおいしさ。ある日、行くと店じまいと張ってある。どうするの、困るじゃないの。近くのスーパーで買って食べたがおいしくない。きっこの日記にあったキュウリのきゅうちゃんの方がまだいける。困ったと思っていたら偶然、商店街で奥さんに逢った。「なんで、やめた-ん、困るや-ん」聞くと2人とも(ご夫婦でやっていた)年をとって身体がえらくなったからと言う。「ぬかをあげるから家で付けたらええわ」
「うれしい」早速、ぬか床とぬかをもらった。店で売っているぬかに何かが入っているんだ、秘密があるんだ。でも、教えてくれない。店をやめたから教えてくれても良いのにと思うが企業秘密。何度か、ぬかをもらいに行っているうちに、やっと教えてくれた。教えてくれると言うより、「秘密」をもらった。やった!!!
ご夫婦が付ける、漬け物にはまだまだ、到底及ばないけれど、まずまずの味。
フワフワの秋田米に自家製の漬け物。これぞ究極の味。東京たくわんも良いと思うけれど食べたことがないので---。

土曜日の営業

2006-11-26 17:54:18 | Weblog
お店を始めて30年近く、土曜日営業している。(何年か前からは8月の土曜日は休むことにしているけれど)
チェーン店の食事をするところは開いているがスナック、ラウンジ、クラブのほとんど、休んでいる。何%営業しているか?
今日はどうかと何時もドキドキ、冷や冷やの連続だ。何度も休みにしたいと思っが、ドアーを開けて下さるお客さまがいて下さる限り、やらないとと思って続けてきた。(そのお陰で普段の日よりも忙しい時がある)
昨日の土曜日も心配だった。「かな」が、たまに土曜日来て下さるお客さまに、「もし?新地にいらっしたら」とメールをしてくれた。そしたら丁度、新地にいらっして5人で来て下さった。他にも来て下さる方があり、何とか無事土曜日が終わった。最近は携帯電話や携帯でメールを送ることが出来るので、お客さまとの連絡が簡単になった。昔は会社に電話を掛け、忙しい時間にと怒られたり、居留守を使われたりとかで、電話を掛けるのも大変だった。今は、少しは楽になったと思う。
「かな」は、頑張ってお客さまからのお誘いが多くなった。「みどり」も入店して5カ月、同伴が出来るようになった。「だりあ」も入ったばかりなのに同伴してきた。「れい」も休まず人一倍努力している姿が解る。チーママの「まき」も貫禄が出てきたし「こずえ」も--。私はずっと、アルバイトで入ってきた子を育てるのが好きで、プロ、プロした子は余り入れなかった。それで10年以上勤めてくれた子もいた。でも、やはり--みんな何処かへ行く。当たり前。50年しているお店のように、私にも子供がいれば引き続いてやってくれるのにと思う。(引き継ぐかどうか解らないけれど)
何か、今日はウダウダと書いてしまった。みんな1人前になってきている。色んな道に進んでもやっていくことが出来る子達に育ったこと嬉しいと思う。

柿くへば

2006-11-23 22:21:31 | Weblog
鐘が鳴るなり法隆寺
紅葉の京都も良いけれど奈良も良し。
雨の予報は外れて良かった。紅葉の秋を楽しもう。法隆寺と春日大社に行く。
法隆寺は飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築で、聖徳太子のために造られた金銅釈迦三尊像、太子の父君用明天皇のために造られた金銅薬師如来座像など重要文化財に指定された像が並んでいる。穏やかな顔をしていて静かな美しさが漂い、良き時代を感じた。
正岡子規の句「柿くへば--」の碑も池の傍に立っていた。正岡子規は野球を愛し、日本に野球が導入された最初の頃の熱心な選手で2004年には野球殿堂入りしたのだ。
春日大社も大好き。鹿が自由に遊んでいて、ほっとする。奈良大好き。
秋も終わりを告げている。
一句 
   紅葉映え 春日の夕は 鹿の群れ  (下手だけど何が詠みたくなる心境)

50年のお店

2006-11-22 16:52:54 | Weblog
50年続いていいる店があると7月21日に書いたけれど、その店に連れてもらった。
小さな店でママもそこそこの年齢で、お年を召されたお客さまをお相手にして---。と想像しながら行ったが、ママはお若いし、店は素敵なカウンターに広々とゆったりとした高級感のあるソファーセットは2つ。全然違うやーん。思いこむ方が悪い。落ち着いた風格のある店だ。
お話しによると、現在の店に来るまでは、2号線の向こう側でお姉さんがやっていて、3年くらいしてお姉さんが身体を悪くしてやめたので引き継いだとのこと。未だ、成人式を迎えていなかったときなんだ。50年と言うから---ごめん!
2号線の向こう側--今は大阪駅前ビル第1ビル~第4ビルになっているところ。
昔は闇市があった場所で大きなクラブやキャバレーなども立ち並んでいた。そこで、営業していたという。
ビルが出来ることで、みんな立ち退きになってあの頃の面影は何も残っていないし、知っている人も少なくなった。時代だね。
「凄く、良い時代ですね。凄く、忙しかったでしょう。20年前にあったバブルどころでは無かったはず」
「そうよ、毎日、凄かったわ、女の子達も沢山にて、売上の表があり、トップや3番手くらいまで、褒美として毎月、旅行に連れて行ったり、楽しかった」
良き時代だ。懐かしい思い出をたくさん聞かせて頂いた。

誕生日

2006-11-21 13:09:31 | Weblog
先週、「れい」の誕生日だった。「私、24才になりました」
20才と言っても別に良いのにと思うけれど--別に誤魔化すこともないか。
この世界は年齢詐称で訴えられることはない。
この前も書いたけれど、昔は誕生日の月、日は言っても西暦は余り言わなかった。何故だろう。現在のように、学生やOL等、若い人たちのアルバイトが少なかったからか地方から出てきて会社を辞め夜の世界で働くとか、子供を抱えて、なかなか昼の仕事が見つからず、夜の世界で働かなければと言う人とか、年齢が高くなってから働く人が多かったので言いたくなかった?でも、自分の年齢を言う間もないくらい忙しかったし、「君、年、幾つや」と聞くお客さまも余り、いなかったなあ。
私自身、勤めているママ年齢を知ったのは、店をやめて4~5年くらい経った頃、聞くともなく入ってきた。別にどっちでも良いやんって感じだった。
でも、20年以上前から知っていて、確か私と一緒の年齢だったママがあるところで「私○○産まれよ」と干支を言っているのを聞いたとき、「オイ、オイ、6才も誤魔化すのかよ」年齢なんかどっちでも良い、関係ないと思う私だけれど腹立った---。チグハグな私。
ママ同士が友達で、Aママの誕生日の時、「Aママ、長い付き合いやけど、何才か教えてくれたことないな、毎年、誕生日パーティーやっているけど、今年こそ、教えてえな」と、Bママは聞いた。「ほっといて、私も解らんわ」とAママは答えていた。
そうよね、北新地は夢物語。年齢のない街よね。
儲かっているのは、花屋さんだけ。「○○さんのお誕生日」お店の内外、柱の花が何十本と並ぶ。いくらかかっているかと考えるのも野暮なこと。新地の華やかさを求めよう。

人工移植で。その3

2006-11-19 19:03:30 | Weblog
「神経が通っていないねん、冷たい、人の手みたいや」ベットに横たわっている義姉の左手を私は、ゆっくり時間を掛けてマッサージして暖かくなるよう、神経が通うようにマッサージをしてやる。
「人工血管を使うと、慣れていないからか血液が早く流れすぎ、おかしくなって「やめて」と叫んでやめてもらった。この腫れひどいやろう」人工血管を入れた左腕は黒く腫れ、手は白く冷たい。
「透析の4時間、辛い、痛い、苦しい」かわいそうに。聞いている私も辛い。義姉の妹2人も人工透析を受けている。遺伝ではない(100%)と言われるが遺伝子はあるから---。先に妹2人が糖尿病の症状が出てきたと聞いてから、自分も食事に気を遣い、運動もして気を付けていたらしいが「私もなってしまった」と泣いた。
お客さまからも「糖尿で--」と良く聞く。昔の事だが、店に来たお客さまが、急に腕をまくりインシュリンを打たれて驚いたこともあった。
日本の糖尿病の患者数700万人、予備軍を入れると1,500万人、人工透析を受けている人24万人と聞く。
糖尿病は1型--免疫異常から発症
    2型--生活習慣症  食べ過ぎ、運動不足、肥満などから
私は、現在、糖尿病ではない?と思っている。でも、2型糖尿病にならないように色々お客さまから聞いた事を実行している。
1.タマネギを食べると良い--それもタマネギの皮を煎じて毎日飲んだら良            い。血糖値を抑える。
2.番茶を飲む--(ミルにかけ、粉末にして茶葉も全て飲む)身体の中を綺麗             にしてくれる。便秘も治る。
良いと聞けば直ぐに始める私。続けている。身体が楽になってきているのが解る。私の場合だけれど。

1月に1本の煙草

2006-11-18 13:13:18 | Weblog

1カ月に一度、1本吸う煙草、マイルドセブン8
昨日、11月17日は姉の命日、お墓の前で、姉の好きなコーヒーを置いて、煙草に火をつけ姉にあげる。私も1本、火を付けながら「なあ、姉ちゃん」と、返事のない一方通行の話しに涙する。9年前の11月15日、私は出版記念パーティーを開いた。拙い本のパーティーに沢山の方々が集まって下さった時、長唄「越後獅子」をお師匠さん方と一緒に姉と並んで唄った。12月に姉は念願の舞踊岩井流の名取りになって、日本橋「文楽劇場」で「菖蒲浴衣」を舞った。そして12月末に会社定年退職した。「姉ちゃん、早めに、年金もらおう、それと、あんた(私)の仕事を手伝って生活する。そして日本舞踊を楽しむわ、長いこと働いたご褒美や」と言いながら癌が見つかり、翌年2月に手術をして11月17日に死んだ。孫の顔も見ないまま。
9才違いの私は、姉の年齢になった。来年、私は姉が癌で苦しんだ年齢になる。来年の私はどうなる?

 


60億円

2006-11-15 15:39:38 | Weblog
松坂大輔 ボストンレッドソックスが交渉権落札60億円
西武ライオンズの1軍、2軍選手全員の年俸は28億円。うーんその倍か。
想像できない金額に驚くが、1人で値する金額と認めたのだから良いんじゃないか。今季のレッドソックスはア・リーグ東地区3位。来期こそリベンジを、ヤンキースには行かせない気持ちの表れによる金額か。
15勝はする、いや、25勝--期待は大きい。
割に合う?球場は、松坂に関係なく満員と聞く。松坂が行けば、入りきれなくなるくらいの超満員、加えて放送権、日本人観光客がドット訪れ、グッズが売れ等々、十分合うらしい。
60億円+年俸・契約金+○○=?想像できない金額に驚くが、1人で値する金額、値する選手と認めたのだから良いのではないか。
スター選手が海外に流れていく、日本の野球はどうなる?と言われるが、私個人はもっともっと流れていけばいいと思う。野球ではなく、ゴルフの話になるが、昔、岡本綾子が海外に行くと言ったとき、スター選手がいなくなって困ると女子プロ協会の「行くなパッシング」は凄かった。それでも行って活躍し日本の女子プロにも影響し岡本綾子を目指そうと頑張る選手が出てきて華やかになった。
野球もそうだ、野茂選手を見習って僕も僕もと素晴らしい選手が出て来た。
大リーグの人気で日本のプロ野球は面白くないと言われるがそんなことはない、打球の強弱よりも転がすコースにこだわったり、バットの何処に当てるのがベストだとか自分なりに考え--今季引退した中日ドラゴンズ、川相選手の話しが産経新聞に載っていた。送りバント、ヒットエンドラン小技の上手い選手、美技を見せてくれた川相選手のあとが出てきて楽しませてくれると思う。勿論、大きい、大きいホームランと大技の美技を見せてくれる新しいスター選手もドンドン出てきて日本の野球も益々面白くなる。そしてメジャーを目指す。世の中回っているんだ。

腎臓移植その2

2006-11-14 13:29:19 | Weblog

義姉は糖尿病から慢性腎炎になり投薬や色々の(私には計り知れないくらい)努力をしたが、それも尽きて透析を始めると言った。「それだけはやめて、今、しないとだめという訳ではなかったら少しでも遅く-- 透析は最後の最後」と言ったが、「やらなければ---。大丈夫、30年透析している人もいるが、生活は出来ている」と言われれば返す言葉はない。血管が細くなかなか受け付けられず腕だけではたりず、足にも打っていた。
それも無理になって最近、人工血管を入れた。でも、兄夫婦は他人の腎臓は駄目と言う。宇和島徳洲会病院の万波誠・泌尿器科部長らから腎体移植を受けた患者らで作る「えひめ移植者の会」は支援する「移植への理解を求める会」を結成した。
海外に行って腎臓移植を受けてくる人がいると聞く。勿論、自分の身体に合うか否か解らない。1度でだめなら2度、3度受ける、いや、元気になるなら何度でもと言う人が沢山いる。
29才の男性は、お母さんも、お父さんもの腎臓をもらったと書いてあった。
臓器提供したいと言っている私が義姉にあげれば---。「要らん、要らんって---」義姉は言う。
人工血管も馴染むまで、時間がかかる。入院ばかりして、かわいそう。
何とかならないのか。腹立たしい。

腎臓移植で。その1

2006-11-13 11:04:31 | Weblog
生きる可能性が1%でもかける」土曜日の夕刊にあった。
小学3年生で慢性腎炎を発症、29才で亡くなるまで病腎移植2回を含め4回移植手術を受けた男性がいた。中学時代の作文には「1%でも生きる可能性があるならそれにかけたい」と記していたと言う。
別の新聞で「私は髪1本もらいたくない。一生懸命生きた人は、人に生まれ変わる」と言った人がいた。
人それぞれ考え方があるから何とも言えない。
兄との話も平行線が続く。兄の考え--運命なんだ。大事故を起こしても生きる人もいれば亡くなる人もいる。運命だ。みんな産まれたときから何時死ぬか決まっている。運命に逆えない。人から臓器をもらってまで生きたくないし、自分の臓器を提供するなんて考えられない。又、自分の身体の中で人の臓器が動くなんて考えられない。
私の考え--自分が死んでも自分の一部が役に立ち、動いてくれれば良いではないか。
一度死んだら生き返らない。みんな灰になるんだ。その前に、使える臓器があれば使って欲しい。「それなら、お前は意思表示カードを出しているのか?出してもいないのに偉そうに言うな」と兄は言う。そう、考えていても未だ、「臓器提供意思表示カード」提示していない。私は出していないのに欲しい臓器がある。腎臓だ。今、腎臓移植のことで万波医師のことが騒がれている。病気で摘出された腎臓を別の患者に移植していた--。それはどうかと思うが、それでも欲しいと思っている患者がいること忘れないで欲しい。
私は腎臓が欲しい。義姉が人工透析を受け続けているからだ。しかし、兄の考えは先述の通り。義姉もそこまでしなくてもいい、要らないと言う。
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