1989年クラッシュギャルズの引退後全女の所属選手になる。外国人で全女の専属になったのははじめて。そのセクシーさで男性ファンを魅了。観客の手前まで来て歌を歌うサービスぶり。1990年頃からはアジャ・コング、バイソン木村と組むようになりワイルドなコスチュームでブル中野、井上京子らを敵に回して闘った。
2003年にアルシオンを見に行った時にいいタックルしているなあと思ったのが江本敦子。強くなるぞと思った。後に闘牛空(ブルファイトそら)に改名した。
富士美が一時突如として復帰したことがあった。本人WWWAタッグに挑戦したいと言ったが会社がNG。あまりにも無謀すぎて一日でまた辞めてしまった。全女の歴史を紐解くとそういったサプライズなことが結構ある。奥が深い。
小畑はリングで歌うビューティ・ペアやクラッシュギャルズが嫌いだったそうだ。数年前現役宣言をしていたから驚き!!国際プロレスの女子部での試合は12チャンネルで放送されて人気があった。当時からおばあちゃんぽくないか?