伯父の戦記_57_野豚と私達(2)

2007-11-09 | 伯父の戦記



 伯父の戦記「野豚と私達」の後編です。
 映画「Always-三丁目の夕日」の原作にも昭和30年代の街路が現代よりも暗かったことが描かれていましたが、伯父は大正生まれで、昭和30年代より前の、さらに暗かったであろう夜道の怖さをよく知っていたはずで、慣れてもいたと思います。
 闇夜は恐怖感に駆られる空間だと思います。暗さに慣れているはずの伯父たちでもジャングルの闇夜では、恐怖感に襲われたことが記されています。

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 この頃になると心の何処かで訳の分からぬ幻想が幾重にも重なって襲って来る。今は無き戦友達の骨と皮ばかりとなった苦しみの顔、血と硝煙に染まった顔、恨めしそうな顔が走馬燈のように現れる。これ等を振るい除く。物音一つしない、目鼻は野獣のように働く。
 今度は少年時代、親に隠れて見た妖怪映画の様々な場面が眼底から浮かんで来る。そして次々に妖怪変化までが現れる。
 こうした現象は若年のせいか、度胸が無いのか、それともこの環境のせいなのか。かと云って恐ろしさの余り巡回を中止する事も出来ず、気を取り直して歩を早める。

 周囲が明るくなりホッとする。それも束の間、再び暗夜となる。暫く進むうちに巡回の道順に入り、数カ所の農園の隅々に配置されている空き缶に巡回証拠の木札を入れて来るのである。又その木札を投入した時の音が不気味に暗夜の静寂を破り、周囲に響く。それは忘れていた妖怪共を呼び戻す合図のようにさえ聞こえる。心を鎮め次の投函場所へと進む。
 こうして12個の木札を投函し帰る間の所用時間は約1時間30分である。帰途、前方にかすかな灯りを見た時は、これで任務が終了した事にホッとしたものである。 

 しかし今回の様に巡回を厳しくしたものの、以前は巡回したと報告するのみで終わっていた。恐怖と怠慢から半数の者が完全に巡回せず、省略していた事が判明した。そのため被害も広範囲に及んだのであった。

 最近になると各部隊には豚狩りをする者も現れ、中にはなかなかの名人も居た。
 それによると、獣道の発見、草の倒れ具合、糞の新旧を見分け、通過時刻等を知り捕獲活動に移る。それも発見できれば70~80%の確率で仕留める事が出来た。

 こうして捕獲された豚は、薄暗い灯りの下で即座に解体される。豚は捨てる処なく口に入る肉は勿論のこと、内蔵、脳、皮まで全てが我々の栄養源となった。これでどれだけの兵隊の生命が助けられた事か。
 肉の半分は他の分隊に分配した。こうして栄養失調の私達はお互いに分かち合い、助け合いして蛋白源を補い、飢餓からの脱出を計り生き抜いたものであった。
 (完)

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2 Comments

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チビタンママさまへ (non_B)
2007-11-09 21:48:13
派兵された場所にも因ったのでしょうが、伯父達は幸いにも餓死するまでには至りませんでした。
カビエン周辺がジャングルであったことが、伯父達に自然の恵みを与えてくれたのだと思います。

派兵された場所という条件以外にも、伯父達が所属した部隊が統率のとれた部隊であったことが、生き延びた要因の一つだったかもしれないと、私は思っています。また、伯父に鮮明な記憶を残したのも部隊の環境のおかげかもしれません。

統率がとれていない部隊であれば、衰弱も早かったであろうし、計画的な農園も作れなかったと思います。以前の章で書いた食人行為を行う日本兵もそのような部隊に所属していた者たちだったかもしれません。
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Unknown (チビタンママ)
2007-11-09 15:42:28
伯父様のいらしたカビエンに近いトラック環礁で1万人といわれる戦死者のうち半数が飢餓死であったと聞いております。
連合軍により補給路を絶たれた伯父さま達に神が与えたせめてもの贈り物が野豚だったのではないかと思わずにいられません。
私はベジタリアンでもないくせに時々思い出したかのように牛や豚が可愛そう等と善人ぶる愚か者に辟易します。
そういうタイプの人間が、今回の伯父さまの戦記を読んだら何と言うのか聞いてみたい気持ちがするのですが、悪趣味かもしれませんね。
人が生きるためにその身体を提供してくれる動物達への感謝と、食べるものに事欠かない平和のありがたさを肝に銘じて日々を過ごしたいと思います。
それにつけても、伯父さまが半世紀以上も昔の体験とご自分の正直なお気持ちを克明に記憶されておられたことに、ただただ頭が下がります。
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