忘れられないキメ台詞

　私が３年前まで不動産の営業をしていたことは前回の稿でも書きましたが、今回はその頃のことを一つ書きます。

　「不動産」を扱う商売もいろいろな分野に分かれます。私はずっと「売買の仲介」で、一般・個人を顧客とする営業でした。その営業経験の中でたくさんの商談をしましたが、その多くは成約に至らず断られることがほとんどです。
　顧客からの「断り文句」にも様々なものがありました。今回はその断り文句でも忘れられないものを書きます。

　それはもう５年以上前のことになります。その頃の私は東京多摩地区の京王電鉄沿線のある店舗に配属されていて、とても小さい担当エリアで営業していました。その担当地域の特徴の一つに、「住み慣れた地域を変えずに住みかえをしたい」という顧客からの要望が強かったことがあります。

　今回のお話の顧客はＵさん、その当時まだ20代後半の方で、地元の洋菓子工場に勤務し、市内のＭ町３丁目と４丁目を限定して一戸建住宅をお探しとのことでした。Ｕさんは、担当していたたくさんの顧客の典型的なご要望をお持ちでした。

　Ｕさんが購入をお考えになった動機は、地方にお住まいだった50代のお父様が失業されて、地方では就業機会も少ないことから東京に住む長男のＵさんと同居して、新しいお仕事を探されることになったため、どうせならＭ町２丁目にある職場に近接したＵさんご自身も通勤しやすく環境も整っている場所でご新居を探されたいとのことでした。
　ＵさんはＣ県の高校を卒業後、ずっと洋菓子工場で働いて、コツコツと貯めたお金を頭金に、銀行でローンを組んでご両親を招こうというお考えですから、Ｕさんご自身はとても堅実で、優しい方だと思いますただ、ちょっと優柔不断気味なところが伺えていました

　Ｕさんが求めている物件は極めて狭い地域に限定されたものですから、適当な物件がしょっちゅう現れるわけではありません。それでも数ヶ月にわたって物件が売りに出される度に紹介を重ねました。
　そのうち、物件価格も広さや間取りなどの細かい部分もＵさんの希望条件をほぼ満たすであろう物件が売りに出され、私も購入資金計画やＵさんのご両親も招いて商談を重ね、いよいよ購入決定の判断をいただく場面にまで辿り着きました
　顧客に意志決定をお願いする商談というのは私も顧客も一番緊張感が高まる場面です
　その日は物件の現地案内後に店舗にお越しいただき、１時間ほど購入条件の案内まで行い、Ｕさんから最終的なお答えをいただくつもりでした。営業で言う「クロージング」の商談です。
　Ｕさんと私は既に半年くらいのおつきあいです。Ｕさんも私が望んでいる答はお解りいただいていると思っていました購入か否か、ハッキリした答が欲しかったのです。でも、数分の沈黙の後にＵさんから返ってきた答は．．．

　「ア゛タ゛マ゛の中が真っ白にな゛っち゛ゃって゛．．．わ゛か゛り゛ま゛せん．．．」

　Ｕさんから返ってきた言葉は私がとても脱力するものでした。優柔不断気味な点は気がかりではありましたが、これほどまでに私の緊張感を削ぐコトバが返ってくるとは思いもよりませんでした。真っ白になっちゃったのは私の方です

　不動産を購入したり、売却したりというのは、個人としては人生の中でも一大決心を要するタイミングです。一般の方が極度の緊張状態に陥ってしまうのは自然なことです。だから答を曖昧に引き延ばす方や、濁す方はいらっしゃいましたが、営業のヤル気を削ぐ手法で断られたのはこの１回だけでした。でも、Ｕさんとしては本心からのお答えだったのでしょう

　不動産じゃなくてもしつこい営業を迫られた経験は誰でもおありでしょう。「アタマの中が真っ白に．．．」というセリフは、断るのに困ったときに使えるかもしれません

　画像は本文とは関係ありません。"Red Hot Chili Peppers"のライブ画像です。
　昨日、３月の勤務が決まって、23日に行われるレッチリの東京(追加)公演の日が早番になっており、行けることが分かったためチケットを手に入れました楽しみですっ