猪瀬直樹の「眼からウロコ」
高速無料化実験と全線無料化は別ものだ
無料化実験の実態は高速道路の「まだら模様解消」にある
2011年度予算での高速道路の全線無料化は困難になった、と報じられたが、それならば民主党政権は「高速道路原則無料化」というマニフェストはやめました、と宣言しなければいけない。6月からはじまった高速無料化社会実験の実態は「新直轄のまだら模様解消」にすぎず、財政赤字を悪化させる高速全線無料化公約とは切り離して考えればよい。
■2011年度予算の一律1割カットからはずされた高速無料化
7月27日、政府は2011年度予算の概算要求基準を決定した。予算を一律1割カットして、捻出される約1兆円を特別枠として重点配分していくものである。ただし、マニフェスト関連予算は一律1割カットの対象からはずされた。マニフェスト関連予算には、高速無料化社会実験にかかる1000億円が含まれている。
民主党が昨年の総選挙で掲げたマニフェストでは、高速全線無料化を掲げたが予算を確保できなかったため、高速無料化社会実験という名目で、交通量の少ない路線を6月から無料化した。距離としては全体の20%だが、通行料収入としては2兆円の料金収入に対して1000億円、全体の5%にすぎない。今年6月から来年3月までの10カ月で、1000億円の予算が組まれた。2011年度にも、ひきつづき12カ月実施することになれば、単純計算で1200億円の予算が必要となる。
高速無料化社会実験から7月28日で1カ月が経ち、各地での状況が報じられている。無料化で交通量が増え、渋滞が多発しているところもある。
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「山交バス(山形市)が運行する高速バスは3連休中、山形道で渋滞に巻き込まれ、2日続けて1時間半から2時間の遅れが出た。無料化でバス自体の通行料は節約できるが、大友茂之取締役営業部長は『定時運行が守れなければ乗客は減る』と渋い表情だ。(略)
ほぼ県内全域が無料化された山形県で、特産のサクランボなどの運送を手がける庄内市場運送(酒田市)の上林孝佳社長は『物流にとって(無料化の)プラスはない』と言い切る。『渋滞で(到着)時間が読めなくなった』。生鮮品だけに、もし運送に遅れが出れば、会社の信用に傷が付きかねないという」(7月28日付の朝日新聞より)
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■「まだら模様」の高速道路が選ばれた無料化社会実験
高速無料化社会実験で潤う観光地がある一方で、高速道路と並行する一般道では交通量が減少し、客足が遠のいている地域も出ている。
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「山形道・庄内空港─酒田間では、7月の3連休(17~19日)の交通量は実験前と比べて4.7倍も増加した。
映画『おくりびと』のロケ地としても有名な同県庄内地域は『他県ナンバーの車が多くなった』(庄内観光コンベンション協会)と歓迎。物産店などの割引クーポン付きのチラシを観光客に配布するなど、無料化の恩恵を取り込もうと必死だ。
一方、同区間と並行する国道112号沿いの施設は、交通量が減少したことで客足が低迷。地元は『ここは通過するだけ』(寒河江市観光協会)と車の素通りに頭を痛める。無料化をめぐり、同じ県内で明暗が分かれた形だ」(7月28日付の時事通信より)
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ただし、全体としては、それほど深刻な混乱が生じているわけではない。高速無料化社会実験の対象となっている路線は、もともと交通量が少なく、「新直轄」道路とまだら模様につながっていた「枝線」がほとんどだからだ。


■無料化実験と全線無料化はまったく別もの
新直轄道路とは、道路公団民営化に際して導入された道路建設方式である。高速道路というのは、地方にとっては国からのクリスマスプレゼントみたいなもので、有力議員をとおしてタダで天から降ってくるものだった。負担感がないために、無駄な高速道路がつくられることになった。新直轄方式では、地方が建設費の4分の1を負担して、通行料無料の高速道路を建設する。地方の自己負担分を明確にすることで、無駄な道路建設を抑制してきた。
高速道路建設が完了せず、つながっていない路線が全国各地に残っているが、クリスマスプレゼントでそれらの高速道路を建設しつづけるわけにはいかない。どうしても必要な地方は、地元負担が発生する新直轄方式で道路を整備した。その結果、地方によっては、高速道路と新直轄道路がまだら模様につながっている。1本の道路なのに、無料の区間と有料の区間が存在していた。
交通量の少ない道路は機会損失を生む。まだら模様になっている高速道路は、交通量も少ないから、「デッド・ウェイト・ロス(死重的損失)」が発生しやすい。高速道路を資源と考えれば、宝の持ち腐れも同然である。道路公団民営化推進委員会でも、「枝線」については通行料を格安にするなどして、デッド・ウェイト・ロスを解消するべきではないかと指摘した。
高速無料化社会実験は、あくまでも「新直轄のまだら模様解消」というコンセプトの枠内であれば認めることができる。
「新直轄のまだら模様解消」というコンセプトを飛びこえて、高速全線無料化につなげようとするのは、論理が飛躍している。高速全線無料化論者の山崎養世氏は、高速無料化社会実験の結果を受けて、「週刊ポスト」8月6日号で「私の理論が証明された」と発言しているが、大きな勘違いだ。もともと交通量の多い路線まで無料化してしまえば、深刻な渋滞が発生して、多大な混乱を招きかねない。
■2011年度予算の概算要求基準は前提からしておかしい
高速無料化社会実験は、実態としては、民主党の高速全線無料化公約とはまったく違う。許容可能なコンセプトを超えて、高速全線無料化をしてしまうと逆効果になるばかりか、財政的にも破綻する。高速無料化社会実験の予算は、現行の1200億円を超えてはいけないものなのだ。財政赤字と渋滞をいたずらに増やす高速全線無料化を強行するために、高速無料化社会実験の結果が悪用されないか気をつける必要がある。
財政赤字についてもう少しいえば、そもそも2011年度予算の概算要求基準は前提からしておかしい。国債発行額を44兆円に抑えるということだが、「ワニの口」が再び開いた2009年度以降の予算を基準としているのは、おかしい。
日本の一般会計歳出と一般会計税収は、バブル崩壊まで同じトレンドで上昇してきたが、バブル崩壊後、税収が減少、低迷するなかで、歳出は増加をつづけてきた。その結果、「ワニの口」と呼ばれるように、歳出と税収の乖離が進んだ。小泉政権で財政再建が行われ、国債発行額は20兆円台にまで下がった。しかし、いったん閉じかけた「ワニの口」も、リーマンショック後の財政出動傾向で一気に開いてしまった。

小渕政権以来、歳出は80兆円台前半で推移してきた。小泉内閣の5年間でいったん「ワニの口」は閉じかけたのに2009年度には100兆円を超え、2010年度も92兆円という高水準を維持した。本来であれば、80兆円台を基準としなければならないのに、民主党はリーマンショック後の歳出を前提にして、バラマキ予算を組みつづけている。一律1割カットという方針は結構だが、前提としている歳出規模が間違っている。こうした経緯を新聞やテレビが説明しないのは怠慢である。90兆円台を前提として予算を組んでよいのかどうか。それは違うのではないか。「ワニの口」が歴史的にどう推移してきたのか、菅首相は知らないのではないか。
2010年8月3日 日経BP
高速無料化実験と全線無料化は別ものだ
無料化実験の実態は高速道路の「まだら模様解消」にある
2011年度予算での高速道路の全線無料化は困難になった、と報じられたが、それならば民主党政権は「高速道路原則無料化」というマニフェストはやめました、と宣言しなければいけない。6月からはじまった高速無料化社会実験の実態は「新直轄のまだら模様解消」にすぎず、財政赤字を悪化させる高速全線無料化公約とは切り離して考えればよい。
■2011年度予算の一律1割カットからはずされた高速無料化
7月27日、政府は2011年度予算の概算要求基準を決定した。予算を一律1割カットして、捻出される約1兆円を特別枠として重点配分していくものである。ただし、マニフェスト関連予算は一律1割カットの対象からはずされた。マニフェスト関連予算には、高速無料化社会実験にかかる1000億円が含まれている。
民主党が昨年の総選挙で掲げたマニフェストでは、高速全線無料化を掲げたが予算を確保できなかったため、高速無料化社会実験という名目で、交通量の少ない路線を6月から無料化した。距離としては全体の20%だが、通行料収入としては2兆円の料金収入に対して1000億円、全体の5%にすぎない。今年6月から来年3月までの10カ月で、1000億円の予算が組まれた。2011年度にも、ひきつづき12カ月実施することになれば、単純計算で1200億円の予算が必要となる。
高速無料化社会実験から7月28日で1カ月が経ち、各地での状況が報じられている。無料化で交通量が増え、渋滞が多発しているところもある。
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「山交バス(山形市)が運行する高速バスは3連休中、山形道で渋滞に巻き込まれ、2日続けて1時間半から2時間の遅れが出た。無料化でバス自体の通行料は節約できるが、大友茂之取締役営業部長は『定時運行が守れなければ乗客は減る』と渋い表情だ。(略)
ほぼ県内全域が無料化された山形県で、特産のサクランボなどの運送を手がける庄内市場運送(酒田市)の上林孝佳社長は『物流にとって(無料化の)プラスはない』と言い切る。『渋滞で(到着)時間が読めなくなった』。生鮮品だけに、もし運送に遅れが出れば、会社の信用に傷が付きかねないという」(7月28日付の朝日新聞より)
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■「まだら模様」の高速道路が選ばれた無料化社会実験
高速無料化社会実験で潤う観光地がある一方で、高速道路と並行する一般道では交通量が減少し、客足が遠のいている地域も出ている。
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「山形道・庄内空港─酒田間では、7月の3連休(17~19日)の交通量は実験前と比べて4.7倍も増加した。
映画『おくりびと』のロケ地としても有名な同県庄内地域は『他県ナンバーの車が多くなった』(庄内観光コンベンション協会)と歓迎。物産店などの割引クーポン付きのチラシを観光客に配布するなど、無料化の恩恵を取り込もうと必死だ。
一方、同区間と並行する国道112号沿いの施設は、交通量が減少したことで客足が低迷。地元は『ここは通過するだけ』(寒河江市観光協会)と車の素通りに頭を痛める。無料化をめぐり、同じ県内で明暗が分かれた形だ」(7月28日付の時事通信より)
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ただし、全体としては、それほど深刻な混乱が生じているわけではない。高速無料化社会実験の対象となっている路線は、もともと交通量が少なく、「新直轄」道路とまだら模様につながっていた「枝線」がほとんどだからだ。


■無料化実験と全線無料化はまったく別もの
新直轄道路とは、道路公団民営化に際して導入された道路建設方式である。高速道路というのは、地方にとっては国からのクリスマスプレゼントみたいなもので、有力議員をとおしてタダで天から降ってくるものだった。負担感がないために、無駄な高速道路がつくられることになった。新直轄方式では、地方が建設費の4分の1を負担して、通行料無料の高速道路を建設する。地方の自己負担分を明確にすることで、無駄な道路建設を抑制してきた。
高速道路建設が完了せず、つながっていない路線が全国各地に残っているが、クリスマスプレゼントでそれらの高速道路を建設しつづけるわけにはいかない。どうしても必要な地方は、地元負担が発生する新直轄方式で道路を整備した。その結果、地方によっては、高速道路と新直轄道路がまだら模様につながっている。1本の道路なのに、無料の区間と有料の区間が存在していた。
交通量の少ない道路は機会損失を生む。まだら模様になっている高速道路は、交通量も少ないから、「デッド・ウェイト・ロス(死重的損失)」が発生しやすい。高速道路を資源と考えれば、宝の持ち腐れも同然である。道路公団民営化推進委員会でも、「枝線」については通行料を格安にするなどして、デッド・ウェイト・ロスを解消するべきではないかと指摘した。
高速無料化社会実験は、あくまでも「新直轄のまだら模様解消」というコンセプトの枠内であれば認めることができる。
「新直轄のまだら模様解消」というコンセプトを飛びこえて、高速全線無料化につなげようとするのは、論理が飛躍している。高速全線無料化論者の山崎養世氏は、高速無料化社会実験の結果を受けて、「週刊ポスト」8月6日号で「私の理論が証明された」と発言しているが、大きな勘違いだ。もともと交通量の多い路線まで無料化してしまえば、深刻な渋滞が発生して、多大な混乱を招きかねない。
■2011年度予算の概算要求基準は前提からしておかしい
高速無料化社会実験は、実態としては、民主党の高速全線無料化公約とはまったく違う。許容可能なコンセプトを超えて、高速全線無料化をしてしまうと逆効果になるばかりか、財政的にも破綻する。高速無料化社会実験の予算は、現行の1200億円を超えてはいけないものなのだ。財政赤字と渋滞をいたずらに増やす高速全線無料化を強行するために、高速無料化社会実験の結果が悪用されないか気をつける必要がある。
財政赤字についてもう少しいえば、そもそも2011年度予算の概算要求基準は前提からしておかしい。国債発行額を44兆円に抑えるということだが、「ワニの口」が再び開いた2009年度以降の予算を基準としているのは、おかしい。
日本の一般会計歳出と一般会計税収は、バブル崩壊まで同じトレンドで上昇してきたが、バブル崩壊後、税収が減少、低迷するなかで、歳出は増加をつづけてきた。その結果、「ワニの口」と呼ばれるように、歳出と税収の乖離が進んだ。小泉政権で財政再建が行われ、国債発行額は20兆円台にまで下がった。しかし、いったん閉じかけた「ワニの口」も、リーマンショック後の財政出動傾向で一気に開いてしまった。

小渕政権以来、歳出は80兆円台前半で推移してきた。小泉内閣の5年間でいったん「ワニの口」は閉じかけたのに2009年度には100兆円を超え、2010年度も92兆円という高水準を維持した。本来であれば、80兆円台を基準としなければならないのに、民主党はリーマンショック後の歳出を前提にして、バラマキ予算を組みつづけている。一律1割カットという方針は結構だが、前提としている歳出規模が間違っている。こうした経緯を新聞やテレビが説明しないのは怠慢である。90兆円台を前提として予算を組んでよいのかどうか。それは違うのではないか。「ワニの口」が歴史的にどう推移してきたのか、菅首相は知らないのではないか。
2010年8月3日 日経BP