新・皇居の落書き

ここに書いてあることを,検証することなく信じてはいけません。

象徴天皇の存在感

2020-01-02 19:29:52 | 皇室の話(3)
令和2年1月2日,皇居の一般参賀では,上皇場皇后両陛下もお出ましになられた。
その様子はテレビで見たのであるが,上皇上皇后両陛下は,天皇皇后両陛下の方に少し身体を傾け,伺うような立ち方をされ,自然な感じになっていたと思う。

一般参賀に上皇場皇后両陛下がお出ましになることについて,「二重権威」という懸念の指摘もあったようだけれども,杞憂に終わったと思う。
というか,天皇皇后両陛下が最上位であることを明らかにするような並び方であったので,むしろ,そのような懸念の解消になったとも言えると思う。

最後,上皇陛下が振り返られて手を振られて,上皇后陛下に促されるように,御退出になったのも,微笑ましいといっては失礼かもしれないが,印象的であった。

天皇皇后両陛下も,真ん中の立ち位置が,まったくふさわしいくらい,存在感を発揮されておられた。
やさしさと威厳の両方を感じるのだけれども,それこそが,君主としての徳の力なのであろう。
それはいったい,どのように形成されるのか。
やさしさと威厳ということで言えば,宗教上の聖人にも,そういうものがあるのかもしれない。
形成するに至るまでの修行の大変さでも,共通するところがあるようにも思う。
ただ,君主としての徳は,かなり独特で,それは何かと言えば,国の在り方ということと結びついていて,政治的要素(もちろん権力ではなくて,権威)も含んでいるからだと思う。
この方面については,昔の日本では随分と研究対象であったはずだが,今では失われてしまった。
いわゆる帝王学は,天皇家直系でなければ,誰も教えてくれるような人物はいないであろうし,そう考えると,秋篠宮殿下は,確かに気の毒だ。

朝日新聞のサイトで,「悠仁さまがつくった盆栽「春飾り」 宮内庁が写真公開」という記事が掲載されているが,何かが違うというか,方向性が変だと思う。
「悠仁さまがつくった」という言い方を前面に出すからおかしくなるのだろう。
「職員と一緒に盆栽づくりを楽しまれた」という言い方なら,親しみを感じさせるエピソードになったかもしれないのだが。
〔この言い方を,宮内庁がしたのか朝日新聞が勝手にしているのかは,筆者には分からない。朝日新聞が勝手にしたのであれば,宮内庁は訂正させるべきであろう。〕
それにしても,記事中,「同庁皇嗣職によると,悠仁さまは,ここ10年近く「春飾り」づくりに取り組んでいるという。」とある。
悠仁親王殿下は今13歳なので,「ここ10年近く」というと,3歳の頃から盆栽づくりとか,そういう話になってしまうのだが・・・。
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