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百億の星ぼしと千億の異世界

SF、ファンタジー、推理小説のブログ。感想を出来る限りネタバレしない範囲で気ままに書いています。

飛浩隆 『象られた力』(2004)

2013年10月25日 | SF 複数舞台

HIROTAKA TOBI Kaleidoscape
Cover Direction & Design 岩郷重力+YS
Cover Illustration L.O.S.164+WONDER WORKZ。
(2004/ハヤカワ文庫JA 768)


惑星<百合洋>が謎の消失を遂げてから1年、近傍の惑星<シジック>のイコノグラファー、クドウ圓(ヒトミ)は、百合洋の言語体系に秘められた“見えない図形”の解明を依頼される。だがそれは、世界認識を介した恐るべき災厄の先触れにすぎなかった…異星社会を舞台に“かたち”と“ちから”の相克を描いた表題作、双子の天才ピアニストをめぐる生と死の二重奏の物語「デュオ」ほか、初期中篇の完全改稿版全4篇を収めた傑作集。


中篇集。この作家、寡作なのですが読みたかったんですよね。でも『グラン・ヴァカンス』の2巻目だけしか入手していなかったので、本書を入手してやっと読むことが出来ました。読み終えての感想、大大大満足の一冊です。
SFは大きく三つに分類することが出来ると思います。一つは作品が書かれてから経年したために、読者の方がすでにその知識において作家より勝ってしまった作品。たとえば1940年代くらいの宇宙人ものなんかです。次に読者の知識とほぼ互角の作品。そして最後に読者の知識を凌駕した作品。本書はこの最後に当たります。このタイプは読者を完全に置いてきぼりにしてしてしまう危険を伴いますが、本書は決してそんなことはありません。

最初の「デュオ」には、これをSFと呼んでいいのだろうかという疑問が残ります。むしろ異色音楽小説+ホラーにSFテーストをほんのちょっぴりまぶした、というくらいの感じでしょうか。フーゴー・ヴォルフという作曲家の歌曲が出てくるのですが、この作曲家は知りませんでした。当然CDも持っていなかったので、バッハのゴールドベルグをBGMに。まず作者の表現力の素晴らしさに舌を巻くと同時に、この作家は天才だ、と思いました。ピアノに触れたことのある人や、楽器をやったことがある人なら相当入り込める内容だと思います。

「呪界のほとり」 これはアイデアだけかな。

「夜と泥の」 ここでも"よくここまで書けるものだなぁ"という表現力全開となっています。そしてちょっとせつない感じ。このちょっとせつない感が「デュオ」でも、この「夜と泥と」でも、さらには次の表題作「象られた力」でも感じられて、そこがこの作者を気に入ったところです。

沼のうえに、見おぼえのある白いにじみが月光をあびて立っていた。
目をこらすと、それが少女だとわかる。
"彼女"の名はジェニファー・ホール。

夏至の夜だ。(以上、本文より)

そして表題作「象られた力」です。これは凄い、凄すぎます。本書の中でも一番ページ数が多いです。途中、エンブレム・ブックからは「セムリの首飾り」、月の場面からは『喪われた都市の記録』なんかを連想しました。もしかしたらそれらの名作にも匹敵しうるかも知れません。読み手のこちらは登場人物に感情移入していくのですが、作者は淡々と物語を展開させてゆき、そしてやがて・・・、あぁ・・・。
お気に入りは環(タマキ)でした・・・

日本SF、凄いなあ!

野尻抱介 『沈黙のフライバイ』(2007)

2012年12月25日 | SF 複数舞台

カバーイラスト/撫荒武吉
カバーデザイン/ハヤカワ・デザイン


アンドロメダ方面を発信源とする謎の有意信号が発見された。分析の結果、JAXAの野嶋と弥生はそれが恒星間測位システムの信号であり、異星人の探査機が地球に向かっていることを確信する――静かなるファーストコンタクトがもたらした壮大なビジョンを描く表題作、一人の女子大生の思いつきが大気圏外への道を拓く「大風呂敷と蜘蛛の糸」ほか全5篇を収録。宇宙開発の現状と真正面から斬り結んだ、野尻宇宙SFの精髄

「沈黙のフライバイ」SFオンライン1998年11月号
「轍の先にあるもの」SFマガジン2001年5月号
「片道切符」SFマガジン2002年2月号
「ゆりかごから墓場まで」書下ろし
「大風呂敷と蜘蛛の糸」SFマガジン2006年4月号

捨て作品なし、どの作品も甲乙つけ難いほどに高いレベルで粒が揃っている傑作ハードSF短篇集。個人的には長篇を好みますが、ここまで内容が素晴らしいなら短篇集でも大歓迎です。「轍の先にあるもの」は小惑星エロス、「片道切符」は有人火星探査機、「ゆりかごから墓場まで」は火星、とさまざまな舞台設定が楽しめるのも短篇集ならでは。ましてやこの臨場感といったらもう……。特に「轍の先にあるもの」はその内容の類似性から一昨年の帰還が話題になった小惑星探査機はやぶさが連想されますが、はやぶさが打ち上げられた2003年5月より二年も前に発表されていたことに驚きます。「大風呂敷と蜘蛛の糸」のおやじギャグもクスッと笑えましたよwww 手元には未読の『ピニェルの振り子』とクレギオン・シリーズがあるので読むのがとても楽しみです♪

林譲治 『ファントマは哭く』(2009)

2012年12月01日 | SF 複数舞台

JYOUJI HAYASHI
Cover Illustration●緒方剛志
Cover Disign●岩郷重力+S.I
(早川書房 ハヤカワSFシリーズ Jコレクション 124651)


太陽系外縁に発見されたマイクロブラックホールの周囲に人工降着円盤が建設され、全太陽系へのエネルギー転送システムが完成した。それから数十年が経過した西暦2189年、宇宙空間に適応した人類は、ファーストコンタクトに成功した地球外知的生命体ストリンガーとの、困難な意思疎通作業を継続していた。その頃、地球では建設中の軌道エレベーターにてテロが発生し、また小惑星ファーストライトにあるストリンガー都市が、未知の宇宙船(コードネーム:ファントマ)に攻撃されるという事件が起きる。さらに、人工降着円盤では謎の質量増加現象が発生していた――いくつもの謎が深まるなか、人類とストリンガーの関係もまた緊迫していく。異質な知性の交流が宇宙の構造に関わる謎に迫る傑作ハードSF。『ウロボロスの波動』『ストリンガーの沈黙』に続く《AADD》シリーズ最新長編。


あー、面白かった! シリーズ前二作同様、頁を捲りながらやがて終りが近づいてくるにつれ、読み終わってしまうのがとても残念に思えるほどに面白かったです。そう、例えるなら美味しい料理を食べられたときの満足感と幸福感に似た思いに満たされます。ストーリーは前作までを踏襲した上でさらに進んでいくのですが、前作同様複数の要素が絡み合いながら同時進行していき、やがて見事に収束していく手法もお見事。このシリーズ全般にいえることですが、ハードSFにしては珍しいほどにキャラが立っています。その白眉が「第十三章 姫星・二一八九年一〇月一一日』で、通常は細やかな感情表現がなされないハードSFの枠を踏み外し、姫星(キラ)というキャラにウェッブを介したために起こった内面変化を捉え、感動を呼び、本書に深みを与えています。そしてその姫星の変化をAADDと地球人類との長年の物語と完全にシンクロさせる心憎さ。ラストのとってつけたようなテロ犯探し、というよりも犯人そのものはまるでどうしようもない安易な探偵小説を読んでいるようで、本書には不要に感じましたけどね。アートワークもいつもながらに素晴らしいです。

林譲治 『ストリンガーの沈黙』(2005年)

2012年10月24日 | SF 複数舞台

JYOUJI HAYASHI
Cover Illustration●緒方剛志
Cover Direction & Design●岩郷重力+Y.S
(早川書房 ハヤカワJシリーズ SFコレクション 124628)


ブラックホール・カーリーの周囲に建造された人工降着円盤は、巨大なエネルギー転送システムとして太陽系社会を変革した。それから数十年が経過した西暦2181年、宇宙空間に適応したAADDの人間たちと地球側との対立は発火点を迎えようとしていた。地球艦隊の武力侵攻が噂されるなか、AADDの伝説的メンバーであるアグネスは天王星軌道上の人工降着円盤へと向かう。システム全体を崩壊させかねない異常振動の原因を解明するためだった。一方、太陽系辺境の観測施設シャンタク2世号では、AADDのウスールらが、未知の知性体ストリンガーとの交信を模索していた。相克と邂逅の果てに、人類社会を待ち受ける運命とは?――連作集『ウロボロスの波動』に続くシリーズ最新長編。


これはAADDの人間が地球人よりも劣っていると考えていた地球側コンタクトチーム代表の安藤が、密航猫ライナスを介してAADDのウスールに対する態度を徐々に変えていくとともに、非実存的知性体ストリンガーとファースト・コンタクトする物語ですw(ウソ。でも半分ホントだよw まず前作『ウロボロスの波動』からアグネスや紫帆、アイリーンといった面々、さらには本書の最後に登場するあの人まで登場人物が引き継がれているのが嬉しいです。それにしても非実存的知性体って……ウェルズの火星人に始まって、これまでSF作家が創造してきた異星人を全否定するような異星生命体を描くことを目指したのでしょうか。いや、でも忘れてはならないスタニスワフ・レムの『ソラリス』がありましたね。それにしても面白かったなぁ~。まだこのシリーズもう一冊あるというか、あと一冊しかないというか、ずっと続けばいいのに……。カヴァー・イラストもこれぞSFって感じで最高です♪

林譲治 『ウロボロスの波動』(2002)

2012年10月01日 | SF 複数舞台

JYOUJI HAYASHI The Ouroboros Wave
Cover Illustration◎緒方剛志
Cover Design◎岩郷重力+Wonder Workz


西暦2100年、太陽系外縁でブラックホールが発見された。その軌道を改変、周囲に人工降着円盤を建設し、全太陽系を網羅するエネルギー転送システムを構築する――この1世紀におよぶ巨大プロジェクトのためAADDが創設されたが、その社会構造と価値観の相違は地球との間に深刻な対立を生もうとしていた……。火星、エウロパ、チタニア――変貌する太陽系社会を背景に、星ぼしと人間たちのドラマを活写する連作短編集。


ハードSFっ! ハードSFの醍醐味は読み手を置き去りにするところにありますっ! そういう点でこの『ウロボロスの波動』はかなり置いてきぼりを喰らってしまうほどのハードさですw でも面白かったです。初めて読んだ林譲治作品だったんですが、図面があるにもかかわらず本文と照らし合わせてもわかったようでわからないところがあったり……orz こちらの読解力がないのか、ついていけるだけの頭がないのか……orz でもでもでもでも、そういった難解な点があるにもかかわらず面白かったです♪ AADD(人工降着円盤開発事業団)……解説の後ろに小川一水さんのコラムがあって、そこに「人工降着円盤ってなに。」って書かれていますが、まさにそこなんです! 一体何?w

「ウロボロスはCSS建設のための足場のような存在だ。半径二〇二五キロ、幅五メートルの環状構造物は、仮に直径一メートル前後に縮小すれば、リボンの幅は原子が一〇個並ぶほどにすぎない。」(本文)

で、CSSっていうのはチャンドラ・セカール・ステーションの略なんですけど、ここ読んで"ははーん、なるほど"なんて思う人いるんでしょうかね。

個人的にハードSFってホーガンしかり、登場人物の感情模写が希薄なものが多いっていう固定観念があって、この『ウロボロスの波動』もまさにそんな感じでした。子どもの頃はこういうの読むの苦手だったんですが、今は逆に宇宙空間にある人工物やらをリアルに感じられるので結構好きですw 特にこの2123年から2171年までの6つの宇宙史連作もの短編集は、各話読み切りは読み切りなんですが登場人物が重なって出てきたりしもし、ストーリーもしっかりしていますので読み応え十分。『ストリンガーの沈黙』(2005年)、『ファントマは哭く』(2009年)と続くのが嬉しく、必ず読みます。あと表紙の緒方剛志さんのイラストがとてもいい感じですね(ハヤカワSFシリーズ Jコレクションとはカバー・デザインが異なります)♪