
カバー装画 直江博史
(◎1980/講談社文庫 に 2 5)
堅岡清太郎一家は続発する怪事件に恐慌を来していた。長男清嗣は睡眠中にガス栓を抜かれ、二男冬樹は暴漢に襲われ、末娘このみを誘惑するという脅迫状までが舞い込んだ。事件解明の依頼を受けた探偵三影潤が謎に挑むが、やがて第一の殺人が起こり悲劇の幕があく。呪われた一家を待ち受ける運命は……。
刹那い……刹那いエンディングです。
読みながら"はたしてこれはハードボイルドなのだろうか?"と問い続けました。まず一人称単一視点から物語が語られる点はハードボイルドの定石なのでこれは最良とし、国内ハードボイルドものでは海外ものと違い法律上、拳銃を持つことは許されないのでその点もOK、アクション・シーンも一箇所出てくるので、まぁ良しとします。けれどもどうしたわけか、中盤まではハードボイルドというよりはむしろ本格推理小説といった雰囲気なのです。
ところがその雰囲気は終盤247頁で交わされた会話によって一変します。
「おれのおふくろなんか、あんたには関係ない人間だよ。会ったことだってないんだし」(冬樹)
「人間である以上、関係ないとは言えないよ。ほかの犯罪ならばともかく、僕は人間の命を奪う奴は赦せない。命は人間の手でこしらえて返すというわけにはいかないものだからね」(三影)
この部分にくるまでは私立探偵三影潤の"芯"がなかなか見えてこなかったんですが、ここでやはりこれはハードボイルドだと思いました。もしかしたら国内で女性作家が最初に書いた男性主人公ハードボイルドではないでしょうか。いずれにしても、海外でも女性作家が女性主人公のハードボイルドを書く例は多く見受けられますが、女性作家が書く男性主人公ハードボイルドは内外含めて珍しいと思います。類型的にこの真面目さに似た探偵を探すならマイケル・Z・リューインのアルバート・サムスンあたりでしょうか。
だから読み始める時に"女性作家に男性主人公のハードボイルドが書けるのだろうか?"という一抹の不安があったのも事実です。けれども読み終えてみて、その不安は全く不要だったことがわかります。そして悲しい過去を背負いつつ、『冷えきった街』だからこそ際立つ温かい心を持った三影潤は、わが愛すべき私立探偵の一人となりました。