百億の星ぼしと千億の異世界

SF、ファンタジー、推理小説のブログ。感想を出来る限りネタバレしない範囲で気ままに書いています。

クリストファー・プリースト『伝授者』(1970)

2015年10月19日 | SF 地球

INDOCTRINAIRE by Christopher Priest
鈴木博訳
カバー=上原徹
(1970/Faber & Faber Ltd. ◎1979/サンリオSF文庫 43-A)


南極大陸の氷の下6000フィートにある集中研究所でウェンティック博士は機密の研究を進めていた。刺激→反復→教化→習慣というパブロフの実験を薬を投与して短縮しようというのだ。スターリン体制下でパブロフの実験が悪用されたように、一歩間違えると危険な薬だった。ところが政府関係者と称する二人の男が突然現れて、博士はその仕事を解除されたというのだ。まだ研究は完成していないのに。そして一枚のフィルムを示して、新しく別の任務を申し渡した。目的も理由もわからないまま博士はブラジルのジャングルへ連れてこられた。ジャングルを抜けて目的地のプラナルト地域の草原へ踏み入って背後を振り返ってみると、今までそこにあったジャングルは消え、かわりに前方に見えるのと同じ草原の地平線がどこまでも広がっていた。その上、手の生えた机、耳のある壁、高等数学の公式に従って設計された迷路のある監獄に収容されてしまった。現代イギリスSFの代表作。

サンリオSF文庫には素晴らしいカバー・アートワークが多く、これもそのうちの一冊で、読了後にはカバーが内容を如実に表しているのを感じられます。英国SF界重鎮のこれが処女長編だったんですね。ウェンティック博士が典型的な巻き込まれ型主人公となって物語は展開していき、途中間延びしたような退屈な部分も感じられましたが、その部分ですらも結末に至ってはなるほど必要不可欠なパートだったのかと膝を打つほど練られています。読後の清涼感は全くもってありませんが、それでもビターな味わいのある一品。

マイクル・コーニイ 『ハローサマー、グッドバイ』(1975)

2014年02月11日 | SF 地球
MICHAEL CONEY Hello Summer, Goodbye
山岸真 訳
カバーデザイン◎木庭貴信(オクターヴ)
カバー装画◎片山若子
カバーフォーマット◎佐々木暁
河出書房新社/河出文庫 コ 4-1


夏休暇をすごすため、政府高官の息子ドローヴは港町バラークシを訪れ、宿屋の少女ブラウンアイズと念願の再会をはたす。粘流(グルーム)が到来し、戦争の影がしだいに町を覆いゆくなか、愛を深める少年と少女。だが壮大な機密計画がふたりを分かつ……少年の忘れえぬひと夏を描いた、SF史上屈指の青春恋愛小説、待望の完全新訳版。


せつない...せつなすぎるラスト・シーン。

「これは恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説であり、さらにもっとほかの多くのものである」と作者自身が冒頭で言う通り、思春期に少年から大人へ変わる瞬間をとらえつつも、その背景には戦争SF的設定がなされ、しかもそれだけにとどまらずに人間(性)をも描いた味わい深い一冊。昨夜読み終わって一夜明けても未だ余韻冷めやりません。

70年代イギリスSFの最高峰とも評される本書('75年)はその昔、サンリオSF文庫から翻訳が出ていましたが、出版社がなくなったため長いこと入手困難本となっていました。そのため、この本の存在だけは知っていましたが読むことが出来ませんでした。けれども去年、河出文庫から新訳版が出ていたんですね。

マイクル・コーニイは英国生まれのSF作家。亡くなる直前のメールインタビューで自作のお気に入りを問われて、真っ先に挙げたという本作は自伝的要素が強いと作者自身の語るところだそうですが、なるほど、工業地帯バーミンガム出身とのことで、この本の中にも工場がちゃんと出てきています。そして献辞にはパラークシ-ブラウンアイズ(本書のヒロイン)のモデルの名も...。

余談ですが、このSF的背景設定は後に荻野目悠樹が《双星記》シリーズで使った設定に通じるものがありますね。

(2009年02月20日 他サイトへの投稿を転載)


今は無きサンリオSF文庫も少しずつではありますが他の出版社から再刊されています。以前ちくま文庫から再刊されたトム・リーミイ 『沈黙の声』をレビューしましたが、これもそんな一冊。残念ながらカバー・アートワークはサンリオのものとは変わってしまいましたが、これはこれでブラウンアイズのひとつのイメージなのかも。ガチのハードSFファンとかにはお勧め出来ませんが、もっと柔軟にSFを楽しめる人にならお勧めです。誰もが通過してきたであろうあの"思春期に少年から大人へ変わる"徳永英明的瞬間(なんのこっちゃ?w)を味わえますよ。あと"少年の日の"・・・とかいうと銀河鉄道999の映画版(名作です!)の予告編ナレーションとか(違っw

そして、な、な、なんと本書の続編『パラークシの記憶』がやはり河出書房新社から昨年文庫化されているじゃありませんかっ! さっそく入手したので、いずれレビューしたいと思います。

仁木稔 『グアルディア』(2004)

2013年04月12日 | SF 地球

MINORU NIKI Guardia
Cover Illustration D.K
Cover Design 岩郷重力+WONDER WORKZ。
(2007/ハヤカワ文庫JA 886/7)


遺伝子管理局の知性機械により繁栄した人類文明は、ウイルスの蔓延により滅亡した。西暦2643年、汚染された中南米の都市エスペランサは、その支配者にして知性機械サンティアゴに接続する生体端末アンヘルの力で、唯一古えの科学技術を保っていた。レコンキスタ軍を創設した彼女は、不老長生のホアキンらと中南米平定を目論みつつ、放浪の父娘JDとカルラを密かに監視する……。冲方丁、小川一水に続く新鋭の叙事詩大作

知性機械サンティアゴの到来を神の奇蹟と信じる民衆は参詣団を組織し、到来の地・グヤナを目指していた。アンヘルは参詣団の守護者として同行するJDとカルラの監視を続け、JDが失われた殺戮兵器・生体甲胄の着用者であると確信、二人を招きサンティアゴ確保のためグヤナへの共闘を迫る。アンヘルの残酷で悲壮な企みの果て、ついに到来するサンティアゴの秘密と、彼女の真の目的とは?愛憎と頽廃のSFオペラ、完結。


最近、ハヤカワ文庫JAをコレクションし始めて、この何やら凄そうなあらすじを読んで気になってしまって、"いつか必ず読まなければ…"などと思っていました。満足しましたよ。有り得るかも知れない未来、でもあって欲しくはない未来……ということで、読後の清涼感はありませんが、満足度は高いです。
世界の構造もよく構築されているんですが、なんといっても本書は生体甲胄JD、これに尽きます。個人的にはモニークというサブ・キャラに惹かれましたがw でも考えてみると中南米を舞台とするSFって初めて読んだ気がします。珍しいですよね。読みながら気になって調べてみたら、チリ共和国の首都サンチャゴって聖ヤコブ(イエス・キリストの十二使徒の一人)由来だったのか~……St. Jacob…Saint Jacob…サンチャゴ…なるほど……トレビアw

以前、荻野目悠樹の双星記シリーズを読破したんですよ。サイド・ストーリーも含めると15冊くらいだったんですが、そこに登場するロヴェルト・ランディスヴァーゲン提督が本書のアンヘルと当初、重なったりしました。もっともロヴェルト・ランディスヴァーゲン提督はちょっとオチャラケた男性キャラ、本書のアンヘルはもう少しダークというか…しかもアンヘルは女性なので性別的にも違うんですが、なぜかふと思い出したんですよね。でも徐々にアンヘルは性格がきつくなっていくような……

とりわけ情景描写が精緻なわけではないのに場面場面でイメージがすぐ浮かぶのは、作者が読者に連想させる術に長けているからなんでしょうね。本書はアニメ化したら相当カルトなものになるだろうな……。

カバー・イラストは主要登場人物を見事に視覚化しているように思います。上巻左からJD、カルラ、そして下巻左からホアキン、アンヘル……。

本書の前日譚(といっても本書より400年も前の話なので直接的つながりはないとのこと)である『ラ・イストリア』(発売は本書の後)も入手してあるので、そのうち読みます(すぐ読まないのは続編じゃないからw)。

伊藤計劃 『ハーモニー』(2008)

2013年03月14日 | SF 地球

Cover Illustration◎シライシユウコ
Cover Design◎岩郷重力+Y.S
(2008/早川書房 ハヤカワSFシリーズ Jコレクション 124644)

第30回SF大賞受賞
第40回星雲賞日本長編部門受賞
フィリップ・K・ディック記念賞特別賞


「一緒に死のう、この世界に抵抗するために」――御冷ミァハは言い、みっつの白い錠剤を差し出した。21世紀後半、<大災禍>と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は医療経済を核にした福祉厚生社会を実現していた。誰もが互いのことを気遣い、親密に"しなければならない"ユートピア。体内を常時監視する医療分子により病気はほぼ消滅し、人々は健康を第一とする価値観による社会を形成したのだ。そんな優しさと倫理が真綿で首を絞めるような世界に抵抗するため、3人の少女は餓死することを選択した――。それから13年後、医療社会に襲いかかった未曾有の危機に、かって自殺を試みて死ねなかった少女、現在は世界保健機構の生命監察機関に所属する霧慧トァンは、あのとき自殺の試みでただひとり死んだはずの友人の影を見る。これは"人類"の最終局面に立ち会ったふたりの女性の物語――。『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。

まず最初に作者が作家デビューしてからわずか2年ほどで早逝されたことを全く知りませんでした。まだ第一作『虐殺器官』も積読状態になっているんですよ……。どうりで最近出てきた作家のわりに古書店で探していても作品数が少なかったわけです。

主人公霧慧(きりえ)トァン、御冷(みひえ)ミァハ、零下堂キアンの3人の少女を軸に物語が展開していきます。内容についてですが、心臓の弱い方はパスした方がいいかも……。(一部地域の人を除き)大人になるとWatchMeという生体監視装置みたいのを体に埋め込まなければならない世界で成長したトァンはかなりタフになっています。

一日で読み終えてしまいました。それだけ一気に読ませてくれる作品でした。各賞を受賞したのも頷けます。風景描写の不足を感じるところもあるのですが、それを補って余りあるストーリーでした。読み終えてあくまでも想像の域を出ませんが、もしかしたら作者は肺がんと闘病しながら、その痛みからヒントを得てこの小説を書きあげたのかななどと思ったりしてしまいます。だって読んだ方ならわかると思いますが、痛みとかにも内容が関係してるし、最後の予想外の展開が待っているんですよ。そしてさらにこの終わり方……だからもしかしたら作者はこれを求めていたのかなと思ってしまうんです。

追悼、伊藤計劃(けいかく)。

梶尾真治 『クロノス・ジョウンターの伝説∞インフィニティ』(1994~2008)

2013年02月28日 | SF 地球

カバーイラスト=佐竹美保
カバーデザイン=安彦勝博
(2008/朝日新聞社 ソノラマノベルズ)

吹原和彦の軌跡
栗塚哲矢の軌跡*
布川輝良の軌跡
鈴谷樹里の軌跡
きみがいた時間 ぼくのいく時間*
野方耕市の軌跡*
(* 今回新たに収録)


三つの新たなエピソードを収録し(「<外伝>朋恵の夢想時間」、「時の力と愛の力 ――あとがきに代えて――」をオミットし)たクロノス完全版ともいうべき本書、『クロノス・ジョウンターの伝説』の感動ふたたび。カバーイラストのクロノス・ジョウンターには蒸気機関車を思わせるはずの黒光りがなく、どこかプラネタリウムの投影機を思わせ、機械自体の設定も少々大きすぎる気がしますが、でもこれはこれでメカニカルな味わいがありなかなかいい感じです。

新たなエピソードについて…。

「栗塚哲矢の軌跡」短いエピソード。ちょっと泣けます。恋愛ではなく、親子愛がテーマとなっている点が新しいです。

「きみがいた時間 ぼくのいく時間」泣けますというか、泣けました。これこそ本書『クロノス・ジョウンターの伝説∞インフィニティ』に収録されるにふさわしいです。クロノス・ジョウンターの兄弟機ともいうべきクロノス・スパイラルは39年の倍数の過去か未来にしかいけない……そのため主人公里志は恋人紘未のために……。うぅ……(泣) もうタイム・パラドックスなんて問題じゃありませんw

「野方耕市の軌跡」実家が中野区野方にあったので地名と人名の違いはありますが、『クロノス・ジョウンターの伝説』を読んでから野方耕市に親近感を覚えていました。クロノス・ジョウンターの名付け親である野方耕市がクロノスのいろんな意味でのラストを締めくくります。普通の人の基準からいえば、野方耕市の時間旅行は"そこまでやるの?"という感じになるかも知れません。他のエピソードと違い、自分の恋愛のためではなく親友と初恋の人のために過去へ飛ぶのですから。これはもう完全なる利他です。そしてあの人(初恋の人ではありません。ネタバレになっちゃうのでこれ以上は書けませんが……)との再会。小道具として使われるパーソナル・ボグⅡ。そういえばハネス・ボクというSF作家がいましたねw でもこのエピソードが書かれたということはもう新たなクロノス・ジョウンターの伝説は生まれてこないということなのかな……? それはとても残念です。面白い物語ほどもう終わってしまうのかという残念な気持ちが強くなりますよね。

SFとファンタジーの境界があるとしたら本書はその境界線上にあるような気がします。クロノス・ジョウンターという物質過去射出機、つまりタイム・マシンと時間旅行、これはSFのテーマなんですが、このクロノス・ジョウンターによって過去へ飛んださまざまな人が作り出した感動の物語はファンタジーだと思うんです。そしてこれはたくさん泣ける本、素敵な愛がいっぱい詰まった本。なんだかクロノス・ジョウンターをトリビュートした短篇を書きたくなっちゃいましたよw