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ネコリンヘンプ

安定剤(ソラナックス0.4㎎1~2T/dayを頓服で反復服用20年近く)断薬の記録つきヘンプブログ

2011年の過去ログから

2013年02月11日 18時11分13秒 | 断薬
2013.2.11

陰と陽、光と闇。プラスとマイナス。たとえ悲しみでもその背後には甘美さを漂わせる。
このクスリの苦しみは全てから断絶された恐怖。
光と交わることの無い永劫の渦の中。
脳も含めてこの身体が宇宙の全てを映す精巧なツールなら化学物質で壊れかかったこの脳と身体は宇宙に浮かぶチリになってしまったのだろうか。
もう私は自分を羅針盤にしてこの宇宙を自由に旅することが出来ないのではないかとまじめに不安になっている。
精緻な宇宙の情報を使えないとしたら私ははじき出されたチリだ。
ブラックホールに吸い込まれるしかないのか。
なんてことだ、病気では壊れないシステムをクスリで壊してしまっていたら回復のユーテリティはどこにも存在しない。
こんなとんでも話を本気で考えている。大丈夫だと誰かいって欲しい。
チョプラさん、膨大なアナタの本の内容は私にも当てはまりますか?
大丈夫、大丈夫。チリはまた宇宙の全て、みんな一つ。


2011年まだ元気になる希望もあった頃に書いた記事。
一番の不安を書いている。


今もその思いは変わらない。

脳というセンサーが物理的に壊れて故障してしまっても

目に見えないコントローラーを持つ私たちは

自己ヒール出来るのだろう。

そうだろうか・・本当に。

そろそろ降参してすべてを手放そうか・・・。

それって事実どう言うことだろうか・・。

借りているこの肉体 頂いたこの身体

大事にしないで何を大事にしたというのか?

大事にしたつもりでいたのに・・。

ここまで苦しむほど取り返しのつかない事をしでかしたのか・・。

極めれば変化が起こる。

まだまだ追い詰められていきそうな予感。

最後に手にするものはなんなのだろうか。



減断薬経験者、向精神薬の専門家の方にお尋ねします。

2013年01月19日 11時36分37秒 | 断薬
20123.1.19
減薬についてお尋ねします。コメント欄にてお返事いただけましたら有り難く存じます。



知り合いのAさんの事ですが

50代女性
現在 ワイパックス 0.5mg2T/day=1mg/day....約5年間服用中
   ドグマチール 50mg/day....1年服用中(6年前に1年間服用後中止 一年前に再開)
去年の夏頃からワイパの効き目が悪いと感じ始め常用量依存で離脱を起こしていると思う。
重ねて去年の10月からドグマチールを自己流で減薬。体調不良が酷くなったので元に戻すも調子は戻らずのまま。(この時点でワイパックスとドグマチール両方の離脱を起こしているのか、ワイパックスの離脱症状のためドグマを元に戻しても体調が良くならなかったのかはわからない。 ネコの感想)
現在仕事を休んで日常生活もままならない。
家族のザポートは幼い息子だけなので得られない。
病院ではクスリをもらうだけ。離脱に理解は全くない。


というような状況です。簡単に書きましたが彼女がひとりで減断薬する場合
どのような方法が最善と考えられるか
クスリに疎いネコにはよくわかりません。
 離脱仲間、あるいはたまたまここを訪れてくださったクスリに詳しい方から
アドバイスを頂きたいと思います。
お忙しいところ済みませんがお頼みいたします。ネコ

皆さん早速の書き込み本当に感謝感激です!ありがとう~!

みうさん

2012年07月24日 22時52分02秒 | 断薬


2012.7.28
以下のみうさんの記事をTOPにしておきたいのでしばらく更新とコメ欄を中止します。

2012.7.23
みうさんが旅立った。

残された旦那さんとお子さん。

まだ若かったのに。



誰だって元気に幸せに生きていたい。

死にたくなんかない。

みうさんだってそうだったよね。

だから頑張っていたんだ。


クスリの離脱症状の苦しさが人を飲み込んで
そしてみうさんが旅立っても
みうさんの生きた証がきっといつか誰かを救う。

残されたご家族には慰めも無い時が過ぎていくのでしょうが

少なくとも私たちはみうさんのことを忘れないし
離脱症状が認知されないなんてこと
有り得るわけが無い

みうさんは苦しみのあまり亡くなった。
クスリの離脱症状の苦しみのために・・。
 
覚えておくよ  みうさん!
 
ずっと


しおんさんの思い。

2012年02月29日 13時41分11秒 | 断薬
2012.2.29
離脱仲間のしおんさんのブログにとても率直で心に響く記事が書かれていました。
しおんさんのお許しを貰ってここに転載します。
この知って欲しい!という気持ちは私も全く同じです。
そこから何を感じ考えるかは人それぞれでしょうが、先ずはこんな事が起きているということを広く知って欲しいと思います。
しおんさんの真っ直ぐな文章は人の心にす~っと入ってきて気持ちのいいものですね~。
しおんさん、ありがとう!サンキュ!



私はね・・・。

たぶん住む世界が違うと思う。

薬害についてなんだけど。

嘘だらけの精神医療や向精神薬の危険、怖さというものはもっと世の中に出てほしい。

精神医療の裏の顔を見てきた当事者としては。

一般の方には縁のない場所でこの10年過ごしてきたから。

先頭を切って活動してる方々には頑張って欲しいし援護射撃したいと思います。

ただ


私はやっぱり違う。

どうしてこんなに薬害についてしつこく発信してるのか。

このブログを立ち上げた意味。

「身近な大切な人を精神薬の危険から守りたい」

それは家族だった。


このブログに来てくれる方に家族を守ってもらいたかったから。
自分が精神薬に関わったことで自分はともかく息子の人生を変えた。

無知だった故に妹を巻き込んだ。


そして恐らく


母親も。

私が服薬していたことで安易に心療内科を受診したんだと思う。
あの人の性格だから。


そして循環器科からの処方にも疑問を持たずに服薬して依存した。
それをきっかけに私よりも先に離脱症状を体験してしまい本当の廃人になった。


私が悪い訳ではないけれどきっかけがそこにある。
母の副作用や離脱症状を理解できるのは身近では私しかいない。


向精神薬に限らず薬に副作用があることは一般的に知られていても
止めたら命に危険があるほどの薬だと知ってる人はどれだけいるのか。
そんな事すら知らずに苦しみに耐えられず自死する人だっている。


世の中に認めてもらえない症状に苦しみ自力で緩和方法を探し努力してる方々をたくさん知っている。
私もその一人だし。


毎日毎日日替わりで起こる様々な症状を抱えて生きること。
誰にでも身体の不調はあるにしても薬を止めて起きる現象に苦しむことがどれだけ辛いことか。


私はそれを世間に知ってもらいたいんだと思う。

だから声を上げている。

ただの被害者ではない。


今実際に離脱症状と戦ってる当事者として。
辛いから助けて欲しい、救って欲しい、分かって欲しいなんて気持ちじゃない。


知って欲しい。


それだけ。


理解なんて経験してる人でなければ分からないのは当然だし。


心の病として扱われて薬を服用した方々の中で
実際に断薬を決意して離脱症状で苦しんでる方々は大抵、服薬した心の弱さを悔やんでいる。
だから余計に助けを求めることはしません。


内科、外科的なきっかけがあった方だって身体の不調を訴えて処方された薬。
受診の際に離脱症状があることすら聞かされない状態でみんな薬の服用を続けた。

それを見て見ぬふりをする医療界は無責任すぎる。


私は精神医療や向精神薬だけを批判するよりもそのことを訴えたかったんだ。

向精神薬に離脱症状があることを世間に知ってもらいたい。


医師が認めない事を知ってもらいたい。
まともな治療法すらない事を知ってもらいたい。


今現在苦しむ方々がいることを知ってもらいたい。

これ以上被害者が出ないように行動してる方々は既にいるから。



何も知らなかった母は症状に苦しんだあげく精神科病院に強制入院になった。
閉鎖病棟に身寄りのない高齢者が強制入院させられる事の意味を知ってますか?
健全な家族関係なら足を踏み入れない場所で母は訳の分からない生活をしてると思う。


母を知ってるだけに閉鎖病棟の内情を知ってるだけに考えると辛すぎて涙が出る。


だからといってまた私は自分を責めても仕方がない。

今は感傷に浸ってる場合じゃない。


普段の生活は当たり前にある。
自分が決めてやるべき行動もある。

今思ってることをつらつらと書いてみました。


かなり悩んで迷って考えすぎてパンクしそうなので。


ここに自分の気持ちをまとめておきます。


しおんの日々徒然

寒さ

2012年01月08日 20時09分40秒 | 断薬
2012.1.9日曜日
このところ断薬仲間の心身不調の様子が伝わってくる。

去年の今頃はどうだったか。
断薬後1年と3ヶ月近く経った頃で
ぶり返し時期と何とかいける時期のくっきりした区別が数週間というタームだった。
どうかするとぶり返し期間は月を越えていた。

今はその判別がぼやけている。
今日もぐらついて横になったが嫌な感じの眩暈感で目線が落ち着かない。
しかし振り払うように気合をいれて暫くしたら気にならなくなる。

一年前は
あと1年経てば大方の症状は片付いて自由な日々が戻ってきていると期待していた。
仲間についても同じように感じていた。
あの頃は、思い返せば症状はかなり厳しくて今のようではない。仲間の状況も同じだったと思う。

しかし今はこの寒さで交感神経が興奮するせいか筋肉の緊張も出ているし、神経を使いすぎると不眠にもなる。
暮れから正月とイベントも続くし体も神経も無理をしている。その上に寒くなる。
交感神経はオーバードライブ状態に。

離脱は言って見れば人生の総ざらいという面がある。
精神面の過敏さに今まで生きてきた中で始末できなかった思いも乗っかって辛さが倍増するだろう。
その坩堝の最中で少しでも楽になる、あるいはこの際人生の塵芥まとめて放り投げてすっきり元気になるチャンスを掴むために
今までも何回か書いてきたけれど
テクニックが必要だと思う。

良い悪いから外れて、クールにテクを使う。
何でも試して損はないのだから心の、あるいは気持ちの、あるいは頭の、脳の使い方のテクをあれこれやるのが一番いいと思う。
精神症状が厳しい時には無理だと考えてしまうけど
本当にそうだろうか
よくよく辛抱して観察しているとふっとした隙間は必ずある
その隙間こそ
頑ななよろいのような離脱症状のほどけていくきっかけかもしれない

どんな状況にあっても幸せでいる力はある。
人間とはそういう生き物らしい。
そんな素晴らしい人間の力を奪ってしまう精神薬の副作用、離脱症状。

誰かへ。
渦中にあっても間隙をついてやってくるふっとした隙間を見逃さないで捉えて欲しい。
あなたが感じていないかもしれないあなたの力は、あなたの内からその素晴らしさを発現しようと一生懸命なのです。
あなたはその肉体に閉じ込められていると感じているし、まるで囚人のように辛苦にあえいでいると思っているけれど
あなたはもっと大きな存在です。
その体はこの世界であなたが生きていくための乗り物。
その乗り物が今は不調であなたも苦しい。
でもあなたは乗り物ではありません。
乗り物はあなたの一部分です。
そんな風にして意識を身体から離してみて欲しい。精神症状が酷い場合は何も考えない瞬間をつなげてつなげて、泣きたくなったから思う存分泣いて次の瞬間深いリラックスを感じてください。
毎日少しだけでも良いからやってみてください。
そのうちきっと離脱の牢獄に穴があきます。






誰か・・。

2011年09月03日 17時27分27秒 | 断薬
2011.9.3
断薬1年と10ヶ月
昨日は”誰か大丈夫だといって欲しい”という感じでブログは終わっている。
大丈夫大丈夫と付け加えているが。
離脱症状の苦しさはどうにも例えようがないものだ。そしてそれが理解されないというところに拘るのは理解されないことで非常な孤独感を味わうからだ。
そしてまたこれはクスリからの離脱とクスリの副作用が精神症状も引き起こしているから状況を複雑にする。
自分の状況を認識しようにもツールが見当たらない。
クスリは勝手にどこかで買って飲んだわけじゃない。病院へ行き医者が処方したのだ。
病院へは自分で行ったんでしょ?自己責任?
別に赤ひげじゃなくてもいい。一生飲んでも大丈夫じゃないクスリを一生飲んでも大丈夫って出さないでね。
そのクスリで苦しんでいるのにその状況を判断できない医者。
学校で勉強している時にはまだこんな状況がなかったから分らないんだろうと思う。
向精神薬の離脱症状、副作用というラベルがなかったのね。
ちゃんと教えられる学問ではなかった。
だからそれについて苦しむ人間が指摘しても考えても見ようとしない。
医者にクスリ売ったクスリ屋さんもね。
自分の人生が根底から覆されるようなことには誰だって簡単には耳を貸さない。
病院や医者というツールが役立たずでは仕方ない。それが災いか不幸中の幸いかいずれ知らぬが。
個人の状況は日々辛く何かを待っているわけにはいかないのだ。
身体と精神の症状は個々それぞれで複雑なもので、また個人の特質もあるから難しい。
たとえ誰かが”それはクスリのせいですよ”、”大丈夫ですよ”と太鼓判を押してくれても、すぐ次の瞬間湧き上がる”不安”。理屈を越えている。それでもその”大丈夫”が聞きたくてネットの上をウロウロする。
症状の強弱の波間で人生を考え続けてきた。苦しみのなかで手放したくなかったもの。
人間の誇り。大げさなようだがこの苦しみに比べたら何でもアリだ!
自己責任なんかじゃない。そんなものクソ食らえだ!
渦巻く症状の最中でも間隙を縫うように光はたち現れる。自分自身の精神の光を見つけたときそれを掴んで離さなかった。
そして”大丈夫だ”と自分に言い聞かせた。全ては事実として起こる。しかしそれは起こるだけ。
私自身は苦しむか苦しまないかすら選ぶことが出来る。
現実は苦しいのだけれど私たちはそれを越える存在なのだと光の中で見つけた。
光はすぐに闇にとって代わってしまうけど掴んだものは消えはしない。
これは薬害という社会問題だ。しかし社会問題と捉えて問題提起することと個人が楽になることは全く別ではないけど違うアプローチが必要だもんね。
そんなこと思いつつ今日も夜が来ました。







2009年9月、断薬直前の日々。

2011年09月02日 23時40分07秒 | 断薬
2011.9.2
8月30日と31日はほとんど絶不眠だった。
朝になって食事をして少し眠った。
急な不眠感。
眠れないだろうなぁと昼間のうちから察しがつく。身体の疲れとは別の脳の心地よい疲れが全くなくなる。
眠気もあるのに脳の芯が覚めている。
振り返ってみると2009年の8月末に急に不調感が強くなって9月1日2日3日と非常な不安感に襲われている。体調ももちろんだが腹の底から湧いてくるムクムクとした黒い不安は恐怖だった。
慌ててソラナックスをポリポリしたがいつものようには治まらず強いパニック感を覚えた。
去年もこの日々に不調を感じている。今年はどんなになるかと思ったが不眠はそのせいかもしれない。多少の不安感も戻っている。
身体は覚えているのだ。
そのことに気がついて身体を労わってあげれば不調も和らぐだろう。
しかしいま思い出せばなんという酷い状況だったろうか。10月に離脱症状と確信して断薬するまでの1ヶ月半は実感としては震え上がるくらいの恐怖だ。断薬後ももちろんすさまじいが、訳のわからない絶不調に見舞われてもがき苦しんだあの時期は本当に思い出したくない。

陰と陽、光と闇。プラスとマイナス。たとえ悲しみでもその背後には甘美さを漂わせる。
このクスリの苦しみは全てから断絶された恐怖。
光と交わることの無い永劫の渦の中。
脳も含めてこの身体が宇宙の全てを映す精巧なツールなら化学物質で壊れかかったこの脳と身体は宇宙に浮かぶチリになってしまったのだろうか。
もう私は自分を羅針盤にしてこの宇宙を自由に旅することが出来ないのではないかとまじめに不安になっている。
精緻な宇宙の情報を使えないとしたら私ははじき出されたチリだ。
ブラックホールに吸い込まれるしかないのか。
なんてことだ、病気では壊れないシステムをクスリで壊してしまっていたら回復のユーテリティはどこにも存在しない。
こんなとんでも話を本気で考えている。大丈夫だと誰かいって欲しい。
チョプラさん、膨大なアナタの本の内容は私にも当てはまりますか?
大丈夫、大丈夫。チリはまた宇宙の全て、みんな一つ。

ブログ開設1周年・・・でも離脱に疲れた。

2011年08月31日 11時38分25秒 | 断薬
2011.8.31
去年ふと思い立ってはじめたブログ。
とてもドキドキしてでもワクワクもした。
初コメは見知らぬ人のDMコメ。それでもうれしかったな。
毎日の離脱症状をカキコしながらヘンプの画像をUPする。
ポチポチやっていたらとあさんがコメくれた。とあさんは愚痴クイーンと呼ばれたよ。
次はユキさん。ユキさんはうちのお店のNO.1だったからね!(ブログをおばはんスナックとか呼んで笑ってた)
とあさんておっかしいんだ!!笑 ユキさんと一緒に今でも笑うよ。
テクノのよっちゃんが仲間入りして楽しさ倍増!
そしたらイサムちゃんがスネスネしながらやってきた。
一時はツイッター状態で忙しかったよ。
それぞれがブログ始めたり再開したりでツイッター状態は終息して、今度は遊びに行くところが増えて個人的にやり取りする人も出来たり・・・色々。
みんなたまごファミリーだったな。
かこさんはあれだけ嵐のような状態だったのがゴールへ一気に駆け抜けた!
イサムちゃんも腰曲げて畑の草むしりかな?
根無しさんはもうとっくにゴールテープ切ってたし。でも時々出没するから嬉しい。
なおちゃんはどうしたのかな?大丈夫なのかな?
貴子さんも来てくれた。酷い症状なのにブログでは弱音吐かない。どんだけ強いんだと思った。
冷え取りのご縁は思ってるより深いかも・・・。
くらさんはたまごさんのBBSで初めてこんち!して2年近く経っての再会。
イチローさんもまだまだ活動中!そういえばあーちゃんはブログ更新ないし心配。
クローバーさんはいつもヘンプを褒めてくれる。離脱は進んでますか?
momoさんの苦しさは今もまだあまり改善されないみたいで辛そう。
ユメさんは静かに頑張ってる。目標は今年中の断薬。でも気を楽にしてね。
ジュディーさんはいつも励ましてくれるのだよね。
セバさん、たまには覗いて頂戴な。
ほんとにごくたまにポチッとかしてくれるバッファローさん。ほんとはポッ!とかしてる私。
おっと可愛いゆきにゃっちを忘れるところだったわ!笑
そしてヘンプマスターのしょうさんはいろんなこと教えてくれる。少ない言葉で。。。

みなさん、いつもありがとう~!!






それぞれの場所で

2011年08月14日 11時31分07秒 | 断薬
お友達へのプレゼント。スモーキークオーツの石包み。
2011.8.14
猛暑の日々を何とか凌いでいる。
毎晩ペットボトルの水を凍らせてベッドに持ち込む。凍らせない水を入れたペットボトルを数個身体のそばに置くのもいいらしい。
私は500ミリリットルのペットボトル1本から2本を手に握り、脇に挟むような形で直に身体にくっつけずに置いている。
これがなかなかここちいい。ひんやりした冷気がなんとなく漂ってきて涼しい。
このところの離脱症状を久しぶりに書いてみる。

2010.9月ころの症状     現在 
(断薬11ヶ月)         (断薬1年10ヶ月)
* 頻脈・・・・3ヶ月前(2011.5)に起きている 不整脈もある
* 動悸・・・・ほとんど気にしないでいられる
* 右肩、首、腕 コリ痛・・・・身体全体の緊張感になってしまった
* 平衡失調・・・・長いスパンで悪化、軽快を繰り返すように
* 両足痺れ不快感 冷え・・・・これについては別に書く
* 離脱の全体的な不快感・・・・ベースと呼んでいたがだいぶ軽快
* 不安感 ・・・・たまに寝起きとかに訳のわからない不安を感じる
* 左耳鳴り ・・・・変化なしで続いている
* 頭部、特に左の痺れチリチリ感・・・・時々出るくらい
* 頭を酷く打ってダメージを受けたような不快感 ・・・・多少残る
* 不眠 ・・・・正常とは程遠いが生活をなんとかできるくらいの回復

両足の痺れについて
身体全体が(まぁ特に頭、手足、に強く出ていたが)しびれる状態が長く続いたのでよくわからなかったことがある。
今は足先の痺れが一番酷く残っている。むこうずねから下、足の裏まで。
そこは酷く血行が悪い感じがするし、正座の後の痺れに似た状態なのだけれど身体を支える神経がやられているのが感じられてきた。
最近急に足先、指がしもやけ解除のときのように異常にピリピリかゆくなってたまらない。・・・つまり血行が戻ろうとするのだろう・・・・また歩いたり、立ったり座ったりするときがとてもストレスフルで長いこと来たのだけれどこれって足がしびれているからだと思う。
単純な痺れではなくて足の裏の深いところにある平衡、バランスを司る神経がしびれて働かないのだと思う。
離脱直後からずっと足の不快感に悩まされてきた。今も2本の足で頑張って立たないと、歩かないといけないしジンジンした痺れと熱湯につけたみたいなヤケド感がクッキリ残っている。
身体を動かすことが非常にしんどいと感じるがこの足の痺れが軽いとかなり楽になる。
強いとどうやって身体を支えていいかわからない感じで買い物に行っても落ち着いてはいられない。もつれるような足でそそくさと帰る。
手のひらの熱感、足の裏の熱感、ひきかえ下肢の冷え。冷えたと思えば靴下の重ね履きをする。
しかしこんな風に分析できるようになったということは症状が段々限定的になっているからだと思う。
夏を生きて乗り越えなきゃな。

たまごエンジェルさんのBBS閉鎖

2011年08月09日 21時29分33秒 | 断薬
チャハットターコイズでねじり編み お花みたいに可愛くしすぎ?

おかげさまで完売だそうです。次回は9月。
浜のミサンガ第二弾いよいよ8月11日からです!

2011.8.9
たしか2007年から始まったたまごさんのブログ。その掲示板が閉鎖になる。
たまごさんの苦渋の選択。
いつまでも同じことは続かない。いつまでもそこにあると思っていたものもある日突然なくなる。人生もいつまでもは続かない。この世でこの身体を纏っている命もいつか姿を変える。
情報の殆ど無い中で本当に貴重な存在だったBBS。
いま多くの人が突然放り出されるような危機感、不安感まるで恐怖のような感情に晒されていると思う。でもそれはたまごさんの決断のせいではない。
みな自分の人生に責任を持って生きていかなきゃならないから。たまごさんにはたまごさんの人生がありそれが最優先されるのはあたりまえの話だ。
心穏やかにその時が過ぎてたまごさんの人生が祝福されますように。
ほんとうにありがとうございました。
そして不安を感じて苦しくなっているみんなにもきっと新しい道が開けるはずだから。
2009年10月に単剤ソラナックスの断薬をしてそろそろ1年と10ヶ月。2周年記念にはたまごさんのBBSに報告カキコをしようと思っていた。
頓服での反復服用とはいえ少量0.4mg1T/dayという量でこれだけ酷く長く続く離脱症状。
数回のプチ離脱の経験は症状の回復を複雑にしているようだ。
しかし一応日常生活は家事を含めそれなりにやっている。離脱直後もやってはいたがその苦しさの度合いが違う。泣きながら這いつくばってやっていた。
今年に入ってからも続いていた入眠時の脳の気持ち悪さ苦しさはだいぶ影をひそめて、多少回復してきた不眠、まだ続く平衡失調、不整脈を除けばあとは許容範囲になってきている。
あれほど苦しんだキリキリ痛い痺れも貧血のような船酔い感も殴られたような頭の痛みも本当に軽くなった。
こうなるとこれらの症状のなかった時をかなり鮮明に思い出す。まぁ不眠や自律神経失調症状はつねにあったが,この離脱特有の生命活動の根幹を揺るがすような不快感が無かった頃をつとに思うとまだまだ回復は遠い気もしてくる。これからが焦りとの戦いになるのかもしれない。気長に楽天的にリラックスを心がけていこう。