「天災は忘れた頃来る」。物理学者で随筆家の寺田寅彦の言葉とされる。雪や氷の研究で知られる弟子の中谷宇吉郎が、戦前に発表した文章に取り上げてから広まったようだ。
中谷には「天災は忘れた頃来る」と題した戦後の随筆があり、その中で「実はこの言葉は、先生の書かれたものの中には、ないのである」と明かしている。「話の間には、しばしば出た言葉」だったが、寺田の書いたものの中にあると思い込んでいたのだ。
思い込みは誰にもある。中谷にしても、寺田が考えたり口にしたりしなかったことを世に広めたのではなく、さして問題ではない。だが、思い込みがトラブルにつながることも。列車のオーバーランもそうではないか。運転士が停車するはずの駅を通過駅と思い込んでいたケースが、これまで何度もあった。
災害となれば、思い込みが身の安全に影響しかねない。「自分は大丈夫」「ここは大丈夫」。人間には、何か気になることがあっても、過小評価したり無視したりする「正常性バイアス」という習性がある。平時には物事を深刻に考えすぎないなどプラスに働くが、災害時には「大したことない」という思い込みが避難の遅れにつながる。
「天災は忘れた頃来る」は至言。ただ、近年は忘れる間もなく大災害が相次ぐ。きょうは防災の日。備えは大丈夫か。災害に関する安易な思い込みは禁物だ。