

ご報告します。2019年4月より新潟経営大学観光学部観光学科で、特任教授として仕事をすることになりました。
発端は、12月中旬に新潟経営大学観光学部に欠員公募があることを知り、必死になって観光学を勉強しました。観光学は、さまざまな学問が入り混じっています。史学、法律、経済、経営、社会学、地理学、メディア論などなど。勉強するために観光に関係する本を10冊程度買いこみ、正月返上で、元日も大学に立てこもり、観光学に関する本を読み込みました。もちろん観光学は初めて接する学問ですが、実は非常におもしろい学問であることに気がつき、途中から経営大学の教員試験を受けるというよりも、観光学を研究するための勉強に変わるほど熱中しました。もち落ちてもこのまま観光学の研究を続けようかと思うほどでした。年明けて、1月25日が願書の締め切りで、締め切りの前日までやっと公募条件の研究活動への抱負に関する文章を書き上げ、っそいて難関だった旅行ビジネス論の15回分の授業計画を書き上げました。しかし小生は、旅行実務が全くないだけに、書類選考が通るのかどうか不安でしたが、2月1日にメールで書類審査通過の連絡をもらったときは、本当にうれしかった。しかし、次の面接も大きな壁です。それは二次試験は模擬授業があるからです。面接はともかく、模擬授業がやっかいです。とりあえず、自分の得意なところを強調するために観光学とメディア論というタイトルで、観光学にとってメディア論が大きな影響を持っていることを示すような授業するにしました。思いのほか、面接では好意的に見ていただき、っそいて模擬授業も自分の評価としては、それなりに乗り切れたのでほっと胸をなでおろしました。採用していただけるのかどうかはまったくわからない状況です。
実は、2018年11月に東京・町田市にある桜美林大学を二次面接で落ちた経験がありました。その時も、面接が終わった後の感触は悪くなく、ひょっとすると思いながら帰って来たのです。しかし、その3日後に手紙で不採用通知が来ました。ショックでした。もちろん落ちた理由はわかりません。もっといい適任者がいたということだろうくらいしか思い当たるものがありませんでした。採用枠が一人なだけに、自分自身がどうのこうのではなく、相手が上ということになれば、必然的に不採用という結果になるわけです。今回も、実務経験がある人がいれば、小生よりもその人の方が有利ということになる可能性は否定できません。それでも2月20日、ついに大学の事務人から採用の電話がありました。
小生、61歳です。中にはもう再就職は無理という声もありました。しかし小生を探している大学は必ずあるはずだと思い、チャンスは逃さないようにしてきたことが今回の採用につながったと思っています。
大変なのは、これからですが、とりあえずほっと一息ついたあとは、また一生懸命に走り出そうと思っております。これからも応援をよろしくお願いします。
発端は、12月中旬に新潟経営大学観光学部に欠員公募があることを知り、必死になって観光学を勉強しました。観光学は、さまざまな学問が入り混じっています。史学、法律、経済、経営、社会学、地理学、メディア論などなど。勉強するために観光に関係する本を10冊程度買いこみ、正月返上で、元日も大学に立てこもり、観光学に関する本を読み込みました。もちろん観光学は初めて接する学問ですが、実は非常におもしろい学問であることに気がつき、途中から経営大学の教員試験を受けるというよりも、観光学を研究するための勉強に変わるほど熱中しました。もち落ちてもこのまま観光学の研究を続けようかと思うほどでした。年明けて、1月25日が願書の締め切りで、締め切りの前日までやっと公募条件の研究活動への抱負に関する文章を書き上げ、っそいて難関だった旅行ビジネス論の15回分の授業計画を書き上げました。しかし小生は、旅行実務が全くないだけに、書類選考が通るのかどうか不安でしたが、2月1日にメールで書類審査通過の連絡をもらったときは、本当にうれしかった。しかし、次の面接も大きな壁です。それは二次試験は模擬授業があるからです。面接はともかく、模擬授業がやっかいです。とりあえず、自分の得意なところを強調するために観光学とメディア論というタイトルで、観光学にとってメディア論が大きな影響を持っていることを示すような授業するにしました。思いのほか、面接では好意的に見ていただき、っそいて模擬授業も自分の評価としては、それなりに乗り切れたのでほっと胸をなでおろしました。採用していただけるのかどうかはまったくわからない状況です。
実は、2018年11月に東京・町田市にある桜美林大学を二次面接で落ちた経験がありました。その時も、面接が終わった後の感触は悪くなく、ひょっとすると思いながら帰って来たのです。しかし、その3日後に手紙で不採用通知が来ました。ショックでした。もちろん落ちた理由はわかりません。もっといい適任者がいたということだろうくらいしか思い当たるものがありませんでした。採用枠が一人なだけに、自分自身がどうのこうのではなく、相手が上ということになれば、必然的に不採用という結果になるわけです。今回も、実務経験がある人がいれば、小生よりもその人の方が有利ということになる可能性は否定できません。それでも2月20日、ついに大学の事務人から採用の電話がありました。
小生、61歳です。中にはもう再就職は無理という声もありました。しかし小生を探している大学は必ずあるはずだと思い、チャンスは逃さないようにしてきたことが今回の採用につながったと思っています。
大変なのは、これからですが、とりあえずほっと一息ついたあとは、また一生懸命に走り出そうと思っております。これからも応援をよろしくお願いします。
もと上司の告別式に出席してきた。その上司は堅苦しいことが大嫌いな人だった。だからかはわからないが、告別式も変わっていた。線香がない。坊さんのお経がない、といよりもお坊さんがいない。その前に通夜がない。お経がないので、いきなり友人の弔辞から始まった。それでもなんだか故人をしのぶいい告別式だった。最後にお顔を拝顔させてもらったが、すべてをやり切った悔いのない人生のような、そんな印象をもてるようなお顔だった。なんだか安心した。
明星大学で、非常勤講師としては異例ではあるが来年度、卒論指導教員となる。これはいまの3年生のゼミを担当している関係で、大学側が特例として認めた。当初は非常勤講師ということで、認めないとしていたが、ゼミを担当していることから他の教員に担当させるわけにはいかないために認めたようだ。ゼミ学生も小生に卒論を見てもらえるということで、ほっとしているようだ。
ということで、さっそく来年度に向けてどんなことを卒論としたいのか、どんなことを今の時点で考えているのかを書いてもらった。予想通りというか想定内というか、このレベルかと思うほどだった。小生も最初はひどかったのを覚えている。小生の場合は、記者という仕事上、文章を書くのは慣れているが、書き方がちがうことで指導する教員も小生もいろんな面で戸惑いがあった。その想定内のひどさを、ほんの少しだけ紹介すると。まずテーマについて「興味を持ったから」と書いているが、なぜ興味を持ったのか、まったく書いていない。これは論文の前文において重要なことである。それから、頭の中にあることがつながって文章になっていないので、前段と後段で論理の不一致がある。これは小生もあることだが、順序よく書いていないために起こる現象だ。きちんと筋立てて書くことで、その不一致は解消される。まあ最初からかけるわけはないので、だから指導する意味があるのだが、いまから来年度のことを思うと、憂鬱になってきた。
結局のところ、小生は修士論文、博士論文は書いてきたが、卒業論文を自慢ではないが、書いたことがない。だからどのレベルで指導すればよいのか、基準が正直言えば不明だ。ゼミ学生は1,000字程度ならば書いた経験を持つが、1万、2万という字数を書いた経験がない。だからその書き方、構成の立て方から丁寧に指導する必要あるようだ。そして本を読む習慣をつけて欲しいと思う。すべては先輩たちが書いた本の中にヒントは隠されている。
ということで、さっそく来年度に向けてどんなことを卒論としたいのか、どんなことを今の時点で考えているのかを書いてもらった。予想通りというか想定内というか、このレベルかと思うほどだった。小生も最初はひどかったのを覚えている。小生の場合は、記者という仕事上、文章を書くのは慣れているが、書き方がちがうことで指導する教員も小生もいろんな面で戸惑いがあった。その想定内のひどさを、ほんの少しだけ紹介すると。まずテーマについて「興味を持ったから」と書いているが、なぜ興味を持ったのか、まったく書いていない。これは論文の前文において重要なことである。それから、頭の中にあることがつながって文章になっていないので、前段と後段で論理の不一致がある。これは小生もあることだが、順序よく書いていないために起こる現象だ。きちんと筋立てて書くことで、その不一致は解消される。まあ最初からかけるわけはないので、だから指導する意味があるのだが、いまから来年度のことを思うと、憂鬱になってきた。
結局のところ、小生は修士論文、博士論文は書いてきたが、卒業論文を自慢ではないが、書いたことがない。だからどのレベルで指導すればよいのか、基準が正直言えば不明だ。ゼミ学生は1,000字程度ならば書いた経験を持つが、1万、2万という字数を書いた経験がない。だからその書き方、構成の立て方から丁寧に指導する必要あるようだ。そして本を読む習慣をつけて欲しいと思う。すべては先輩たちが書いた本の中にヒントは隠されている。
小生に原稿の書き方と文章の書くことの楽しさを教えてくれた、元報道部長の玉水敬介氏が12日、肺がんのために亡くなった。玉水氏はテレビ朝日からの出向で新潟テレビ21の報道部長に就任した。その時は私は5年目のくらいの記者兼デスクだったと記憶している。小生は取材相手に鼻っ柱は強かったが、文章を書くことを当時は教えてくれる人がいなく、悩んでいたところにこの玉水さんが部長としてきた。押しつけがましくなく、さりげなくいろんなことを教えてくれた。特に展覧会や催しものの原稿は難しく、どうやって書いていいのかわからないことだらけだった。玉水さんの文章はどこにも無理がなく、読みやすくわかりやすかった。そんな文章は小生は何回も読んで学んだ。いまでも文章を書く時は、玉水さんのことを思い出し、言葉をひねり出す。当時はまだパソコンやワープロがないころで、手書きで原稿を書いていた。それだけに玉水さんのボールペンの字は忘れることはない。いまでも決して文章を書くことがあまりうまくはないが、それでも書き続けることができるのは、当時の玉水さんのおかげだと思っている。
夜は夜で友人のように飲んだことを覚えている。決して強くないが、雰囲気が好きで、一人でも飲んでいるタイプだった。飲むのも決して押しつけがましくなく、さっぱりとして雰囲気のある飲み方だった。ご冥福をお祈りする。合掌
夜は夜で友人のように飲んだことを覚えている。決して強くないが、雰囲気が好きで、一人でも飲んでいるタイプだった。飲むのも決して押しつけがましくなく、さっぱりとして雰囲気のある飲み方だった。ご冥福をお祈りする。合掌
6日で61歳になりました。自覚はしておりませんが、学生の親の年齢を聞くと愕然とします。今の学生の親次世代は50歳前後です。先日は福島県内でフリーでラジオDJをやっている女性が、もうすごくお父さんが60歳になりますと、FBで告白しておりました。聞いて唖然、それ以来彼女は小生のことを「おとうさん」と呼んでいます。自覚せざるを得ない。健康に気をつけて、もう少し前に進みます。今後ともよろしくお願いいたします。
年明け早々に、観光学と社会学とメディア学というテーマで講演して欲しいという依頼が舞い込んだ。講演話はうれしいが、観光学はまったくの門外漢。観光はすきだが、学術的な知識はゼロに近い。そこで元日から観光学について猛勉強を始めた。「入門観光学」「ここからはじめる観光学」「観光メディア論」「観光ビジネス論」「観光のまなざし」この5冊を買い込み、すでに3冊を読破した。観光は未知の領域だったが、非常におもしろい。メディア論とも見ている面がある。なんだかはまった感じさえする。観光とは、「非日常への移動であり、その動機を作り出すのはメディアの力によるところが大きい」。なるほど。
あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。ブログが思うように更新できず、申し訳ありません。
去年はなんといっても、博士論文を出版化できたことが最大の出来事となりました。思った以上に反響があり小生も驚いております。大学院在籍中から、本を書いた方がいいというアドバイスや叱咤激励をいただいておりましたが、実現できるとは夢にも思っておりませんでした。それというのもひとえに数多くの方に支えていただいた賜物です。あらためて感謝申し上げます。ありがとうございました。特に、編集者の方には大変お世話になりました。
来年はまだまだやり残したことが数多くあり、その実現に向けてさらに努力を重ねてまいる所存です。みなさまがたには引き続きのご支援とご鞭撻をよろしくお願いいたします。
去年はなんといっても、博士論文を出版化できたことが最大の出来事となりました。思った以上に反響があり小生も驚いております。大学院在籍中から、本を書いた方がいいというアドバイスや叱咤激励をいただいておりましたが、実現できるとは夢にも思っておりませんでした。それというのもひとえに数多くの方に支えていただいた賜物です。あらためて感謝申し上げます。ありがとうございました。特に、編集者の方には大変お世話になりました。
来年はまだまだやり残したことが数多くあり、その実現に向けてさらに努力を重ねてまいる所存です。みなさまがたには引き続きのご支援とご鞭撻をよろしくお願いいたします。
100球制限が来春の大会から新潟県高校野球で導入されることになった。これはきのう(22日)新潟県高校野球連盟が明らかにされた。狙いは言うまでもなく、選手の負担軽減だ。球数制限は全国で初めてのことだ。小生は少しびっくりしている。将来ある選手の負担軽減と言われれば、反対はできないというのが、本音だ。県高野連では球数制限に関して各校の監督にアンケートを実施し、その60%が賛成したことを明らかにしている。しかし40%が反対した事実は軽くはない。そしてその反対理由も知りたいところだ。小生に記憶をたどれば100球で交代となれば、5回程度で交代しなければいけないチームも出てくる。6回以降投げる選手を作らなければいけなくなる。勝負どころでの交代ということが考えられる。しかしそうした状況であっても将来ある選手のためと言われれば、反対の声は小さくなる。それ故に反対の意見をきちんと開示をして欲しい、現場の監督がどんな意見をもっているのか、なぜこうした選手負担に対することに反対せざるを得ないのかを知りたい。もう少し丁寧に背景説明が必要だと思うが、いかがなものだろうか。
低気圧アレルギーって知っている?小生はどうやらそのアレルギーらしい。最近も雨になると、鼻水が止まらない。きょう(21日)も朝から鼻水が止まらない。風邪ではないし、鼻水色は真っ白で、でも粘着力がある。なんだろうと調べてみると、低気圧による気圧の変化でアレルギー症状がでるらしい。睡眠、食事など規則正しい生活習慣が大事としているが、これといった対策はないらしい。
既報した博士課程の友人が、はやり博士論文を取り合下げることになった。つまり論文提出を断念するということである。小生は新潟大学しかシステムを知らないが、博士論文は主指導教員と副指導教員の3人以上で構成されている。この3人が指導をするのだが、論文審査にはこの3人が首を縦に振らない限りは大学の論文審査会議には提出はできない。彼の場合は、この指導教員からの許可を得ることができなかったようだ。具体的にはどんなところが学術的に適わなのか、小生にはわからないが、いずれにしても社会人学生として4年間がんばってきたので、ここにきての論文取り下げは想像を絶するきつさであろう。またこれまでになんとか修正する時期や時間はあったであろうと思うが、どうなっていたのかは直接話したわけではないので、わからない。さぞかし思うところはあるだろう。小生も痛いほど気持ちはわかる。今後はどうするのであろう。もう一だチャレンジするのか。それとも少し時間を置くのか、いまの精神状態をいい意味で忘れることができて、しかも研究テーマがしっかりと決まっていれば、続けることができると思うが、今の状態は精神的にきつい状態だろうと推測できる。もう少ししたら、会ってみようと思うが、要するに博士号は手段であって目的ではないのでいまま研究は続けて欲しいと思う。
前立腺肥大症もしくは前立せんがんの疑いと健康診断で指摘され、大学近くの泌尿器科に先週行った。尿とエコー検査ではまったくの異常は見つからず、きょうは血液検査の結果を聞きに再度病院に行った。あさは8時40分に到着するとすでに10人ほどが待合室にいる。診療は9時からである。一人5分としても50分。小生が終わるのは、10時ころかなあと思いながら、本も読まずにずっと人間観察をして、待っていた。結局10時ジャストに診察室に呼ばれ、予想通り一時間待った。血液検査の結果は全く異状が見つからず、逆に健康診断結果の数値が異常だったことが判明した。ほっとした。一時は最悪なことも考えたが、よかった。
それにしても一時間の待合室にはいろんなドラマがある。泌尿器科にかかる人は100%といっていいほど、男女50歳以上の高齢者だ。その中に見た目60歳くらいの男性がいた。その人の隣には、母親とみられる推定90歳くらいの女性がいる。その女性は、歩行が困難な状況で、一歩ずつ、一歩ずつすり足のようにあるくがやっとな状況だ。トイレに立った時も息子さん逆向きになって母親の両手を持って、トイレに行った。母親の病気がなにかをうかがい知ることはもちろんできないが、まさに老々介護という感じだった。待合室にいる高齢者らもじっとその介護の状況を見ていた。
それにしても一時間の待合室にはいろんなドラマがある。泌尿器科にかかる人は100%といっていいほど、男女50歳以上の高齢者だ。その中に見た目60歳くらいの男性がいた。その人の隣には、母親とみられる推定90歳くらいの女性がいる。その女性は、歩行が困難な状況で、一歩ずつ、一歩ずつすり足のようにあるくがやっとな状況だ。トイレに立った時も息子さん逆向きになって母親の両手を持って、トイレに行った。母親の病気がなにかをうかがい知ることはもちろんできないが、まさに老々介護という感じだった。待合室にいる高齢者らもじっとその介護の状況を見ていた。
論文を書くために小生は、文献調査ではなく現地での聞き取りが基本である。いまは熊本地震で設置された臨時災害放送局を題材に来年春をめどに論文を書き上げることにしている。そこで現地での聞き取り調査を終え、録音した音源をワードに戻す作業が必要になる。いつもながらだが、小生は聞くよりも自分がしゃべるばかりで、聞き下手だなあと、毎回落ち込む。さらに、必要で肝心なことを聞き逃すことが多い、きのうも熊本での聞き取り調査の録音を聞いていたが、聞き逃しが数多く見つかり、がっかりした。なにか現場には魔物がいて、わかった気にさせてしまう。といって、メモを片手に会話なしで聞くスタイルは嫌だしなあ。
きのう(16日)の朝、仙台の知人から小生の拙著が河北新報の書評欄に掲載されていると、Facebook上で連絡があった。新潟日報の読書欄には昔からの友人がたまたまおり、拙著を「いま話題の本」というコーナーに載せてもらったが、一番載せて欲しかったのは、内容的に東北ブロック紙(青森、秋田、岩手、宮城、山形、福島で配布)で、宮城県の新聞といわれている河北新報だった。しかし、以前山元町で親しくさせていただいた記者は、いまは本社の運動部に異動し掲載を頼む記者がいなかった。それだけに誰に頼めばいいのか、困っていたところだった。記事はインターネットで読むことができるが、新潟日報の記事とはちがい、拙著をきちんと読み込んでいるように思える記事内容だった。どこから拙著の情報を得たのか、わからないがきちんとした内容で掲載していることで、非常に評価されて掲載されていることがうれしい。価格(税込み3240円)は少し高めに設定されているが、一人でも多くの人に読んで欲しいと思っている。これで購読者に弾みがつけば幸いだ。