物造庵 ものつくりあん ナラ(楢崎賢)

ものつくり人「ナラ(楢崎賢)」による
絵や作品の制作過程、自作詩の発表、その他徒然…

鹿子裕文 『ブードゥーラウンジ』 読了!

2020年01月05日 21時44分10秒 | 徒然のこと


読み終わった。
眠い頭が冴えていくのが分かるほどに、一気に読んでしまった。
一気に読んでしまったからか、濃密な内容がまだ消化しきれずに胸の中に残っている。まだまだ時間がかかりそうだ。読み返しながら消化していこうと思う。

面白かった。とにかくまずは面白かった。ノンフィクション小説として、素晴らしい作品だと思う。
約3〜4年の出来事を濃縮して濃縮して、しかも読みやすいように構成された流れ。視点の角度。
あくまで主観的であるが故に立ち上がる生々しさと浮かび上がってくるブードゥーラウンジという場所の特異さ。
この本を読み物として一番純粋に楽しめるのは、実はブードゥーラウンジを知らない人だろうなと思う。
何も知らないが故に、自分の中で完成させる楽しさ。自分の中にある何かと無意識的に融合していく楽しさ。そういうものは実際を知らない人の特権だと思う。是非とも全国に、全世界に広まってほしい。たくさんの人に読んでほしい。そして読んだ人それぞれのブードゥーラウンジ幻想を抱いてほしいと思う。だって今はない奇跡のような場所だから。

鹿子さんの音楽やその周辺の捉え方が好きだ。僕の考え方とも近しいものを感じている。
「音楽は刹那そのものだ。音は出た先から虚空に消えていく。それは考えるより感じるものだ。特に譜面を見ないで演奏する種類の音楽には、感性のすばしっこさが何よりも必要とされるのだ。」とか、
「…それでも音楽を続けようというモチベーションはどこから来るのだろう。……お金のためじゃないというのなら、じゃあなんのためにやっているのだろう。……」のくだり。
この本の中には見返す箇所が無数にある。
群像のような各バンドの姿も生々しくて勇気の湧いてくるものばかりだ。

この本に名前の出てくる各ミュージシャンの方々もきっと読んで楽しめるだろうし、泣けるだろうし、お客さんとして来ていた方々もきっと情景が浮かんで楽しめることだろう。知っていればまた別の楽しみ方ができる。
文章には書かれていないことも自ずと蘇ってくる。光の具合、色、匂い、音の歪みや、自分がその時に感じたこと。そんないろいろを蘇らせる装置としてもこの本は爆弾的な威力がある。
ユウスケさんの何度もある復活ライブのくだりや、ラストのボギーさんの長いしゃべりなんかも、どうしても読んでいて涙が滲んでしまう。

そして個人的なことを書くと、僕は誰とも違った楽しみ方ができる。
僕がブードゥーラウンジと関わりを持つようになったのは、鹿子さんが通い始めるようになった少しだけ後のようだ。
カシナポKに誘われて、なつやすみバンドを観に行ってから。その頃はギターを触ったこともなかったから、完全な客として。でも慣れないからいつも恐る恐る入って、終わったらそそくさと退散してた。
その後自分も音楽を始めて、カシナポKに、こっちからは一方的に知っていたボギーさんにも自分らを紹介してもらってから、ラウンジサウンズに出るようになった。
それがちょうどこの本の真ん中あたりの時期と重なる。だから僕はこの本の中に自分の存在をいろんな形で感じることができる。まるで鹿子さんの世界と僕の世界が交錯しているような不思議な楽しみ方ができるのは僕の特権かもしれない。なんて書いたところで、それは誰にでも当てはまることだよなぁ、って気付いた。

最終章、56人弾き語りには僕も出演して確か9番目に歌った。
そして年末から新年にかけて新ブードゥーラウンジへの引っ越しの手伝いにも参加した。その時にはカツさんも一緒だったけど、ラウンジサウンズに出始めた頃はカツさんとのつながりもなく、全く別の場所でつながりができたのも偶然だった。

読み終わった後、一つの作品としてはこれ以上ない完成された物語だったけれど、実際にブードゥーラウンジに関わってきた僕たちみたいなやつらにとっては始まりの物語のようにも思える。少なくとも僕はそう受けとった。
旧ブードゥーラウンジは唯一無二の奇跡のような場所で、ラウンジサウンズでは本の中にあるような奇跡のような瞬間がたくさん生まれた。
そして新ブードゥーラウンジは、唯一無二の場所になりつつある絶賛進行中であり、やっぱりラウンジサウンズでは休みなく奇跡のような瞬間が生み出され続けていて、僕にはその一端を担っている自負も誇りもあるんだ。
なんてかっこいいこと言ってるけど、正直なこと言うとただやりたいことやって楽しんでるだけだけど。
とにかくどっちのブードゥーラウンジも僕は同じくらい大好きだ。

僕は過去を振り返るのも未来を夢見るのも嫌いだ。
もうそんなに永くない人生そんな暇ないから、ボギーさんが言うようにとりあえず今をやり続けるしかないんだと思っている。今!今!今!
だからこの本は奇跡を胸の中に溜めてさらに爆発させる装置としてこれからも使います。

鹿子さん、おつかれさまでした!

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